《高校生男子による怪異探訪》8.朝日突撃
朝日から話を聞き出す。
そう目標を定めたのは良かったが、しかし二人は朝日の連絡先を知らなかった。気付いたのは授業中のことで、さてどうするかと頭を悩ませる。
先々週のように二岡に頼めばいいかといの一番に頭に浮かんだりもしたが樹本は直ぐにそれを振り払った。神的に追い詰められてる二岡に永野の報は渡すべきでないと思えたからだ。
朝日に訊ねるのは自分たちが排斥してしまったその後の永野の様子だ。自責の念に駆られている二岡が耳にすれば更に自を責めてしまうのは簡単に想像が付く。いや、それはまだ良い方で、黒幕がいるかもしれないと明かせば解明のためにどんな無茶をしでかすか分からない。暴走の気配も窺える二岡を巻き込むのはかなりのリスクがあると言えた。
詳細は隠してただ繋ぎだけを頼めばいいかとも思うが、朝日に連絡を取りたいと突然言い出せばそれはなんのためかなんて容易に察することも出來るだろう。やはりそもそも話に噛ませないのが一番、そう結論を下すより他にない。
そうなると他に頼れる人はいるか。樹本には一人だけ心當たりがあった。
「……『良ければ、朝日さんに繋ぎを取ってください』、と……」
「上手くいくかな?」
時刻は晝休み、教室を離れて校舎裏にてひっそりと蘆屋とコンタクトを取る。メッセージを送る傍らで檜山は不安そうに眉を下げた。
「朝日さんがけてくれるか心配?」
「ん。だって俺ら永野を酷い扱いしたし。朝日は永野の味方してたんだから多分怒ってると思うんだよなー」
樹本の問いに檜山は參ったと言わんばかりに息を吐く。朝日の自分たちへの印象の悪化は確かに懸念すべき點ではあった。
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「それでも朝日さんほどに僕らの都合に合致する人はいないから……。永野と話し合う前にまずは朝日さんに許してもらわないといけないかもね」
「無理矢理永野を嫌いにさせられた、て言って信じてくれるかな?」
「……言い訳にしか聞こえないかも。正直に明かすのは止めておいた方がいいかもね」
蘆屋からの返信を待つ間二人で打ち合わせを進めて行く。最悪は朝日が二人との話し合いに応じない場合も含めて、どのように話を聞き出すか、開示する報はどこまでなのかを確認し合った。
そうして食事をしながら待つこと五分ほど。樹本のスマホが著信を告げた。
「ん? 先輩?」
「うん。電話だ。ちょっと失禮」
軽く斷りをれて出る。心では反応の速さに訝しさを抱いていた。
「もしもし? 突然メッセージなど送り付けてすみません。暫く同好會にも顔を出してないのに……」
『いや。気にしないでくれ。こちらはこちらで々忙しくなっていたからな。そのまた君たちにも手伝いを申し渡そうとは思ってはいたんだ。その時にはよろしく頼むよ』
初手でとりあえず謝罪を口にする。テスト明けに休みを言い渡されてから暫く足が遠退いていた。唯一の同好會員である自分が顔を出さないのもなんだとは思ってはいたのだが、蘆屋は大して気にも留めていなかったらしい。
代わりに後々の要請を宣言されてしまったが、それも同好會員としては致し方ないとこの場はさらりと流して話を進める。
「お手らかに……。それで、先程僕が送ったメッセージは読んで頂けましたか?」
『ああ。だからこそこうして電話しているのだよ。いろいろと伝えたいことがあるのでね』
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「伝えたいこと、ですか?」
『ああ。……朝日さんに関してなのだが。実はな、現在朝日さんとは連絡が付かない狀況にある』
「……は?」
思わずと空虛な聲が口から零れる。異常に気付いた檜山がどうしたと目で訊ねてくるも答える余裕もない。
「……え、どういうことです?」
『そのままだ。私からのメッセージに朝日さんが答えてくれないのだよ。學校には問題なく出て來ているようなんだがな』
「……あ、連絡が付かないってそういう……」
ほっと樹本は安堵の息を吐いた。てっきりと行方知れずという意味合いかと誤解したが文字通りのことであったようで。
斷片だけ拾った檜山が樹本と同じく顔を変えたのをどうどうと宥めつつ更なる詳細をと耳を傾ける。
「えっと、答えてくれないというのは?」
『テスト期間の間に彼からちょっとした相談があると連絡をけていてね。それでいろいろと話を聞いていたのだが、先週『ごめんなさい』という返信を最後に一切の答えが返って來なくなったのだよ。何故急に謝られたのか、連絡が途絶えたのかは私も理由は把握していない』
説明されたが樹本も首を傾げざるを得ない。凡そ禮儀正しい朝日が取るような行とは思えなかった。自ら相談があると繋ぎを取り、それなのにいきなり謝罪をしてその後問い掛けを無視するなど禮を欠く行だろうに。
「會長、何か嫌われるようなことしたんじゃないですか?」
『なくとも返信が途切れる直前まではやり取りは正常なものであったよ。嫌われる心當たりが私にはない』
「えー、でもそれだと……」
一番事件のない展開を否定されて樹本は言い淀む。関係の悪化による連絡途絶でないならば、それは朝日側に何かしらのトラブルが発生したからと考えるのが自然だ。
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『君も思い至ったと思うが、恐らく朝日さんの方に私に応答出來ない理由が生じたのだと思う。最後の謝罪もその理由に起因しているのではないかな?』
「それは……」
蘆屋に切り込まれて答えに窮する。朝日の態度は分かり易く異常が起こったと示していて樹本も否定出來ない。謝罪のあとに連絡途絶などミステリーでもよく見掛ける展開だと頭の片隅で思い浮かべてしまう。
『私も近々様子を見ようとは思っていたのだよ。君からの連絡は渡りに船だ、共に朝日さんの元へ行ってみないか?』
「え、會長も、ですか?」
『ああ。私も彼が無事なのか確認を取りたいのでね。どの道、私では朝日さんに渡りを付けることは出來ないよ。共に約束なしとなるが、まぁそれはお互い様だな』
蘆屋の申し出に樹本は意表を突かれる。まさか同行者が一人増えるとは思いもしなかった。訊ねる理由が理由なのであまり第三者を連れて行きたくはないものの、しかしこれはこれで都合が良いかと樹本は思い直す。元々、彼の中では蘆屋もまた事を明かすべき相手だと見なしていたからだ。
「……そうですね。僕らだけで訪ねるよりも會長も一緒にいた方が良いかもしれませんね」
『そうだろう? ならば本日の放課後に早速とお邪魔しに行こうか。何か予定はあるかな?』
「いえ、問題ないです。落ち合う場所は……」
『いや、時間をかけてしまえば朝日さんとれ違う可能もある。ホームルームが終了次第それぞれで向かって行く方が逃がさずに済むだろう』
「逃がさず、て……」
『アポイントは取れないからね。私も彼には聞きたいことがあるのだよ。悪いがこの機會を無為にする気はないよ』
電話の向こうで逸った聲がそう決斷を伝えてくる。どうやら蘆屋は蘆屋で朝日に括る理由があるようだ。
樹本は朝日への心配よりも己の気掛かりを優先している様子なのが気になった。後輩のより報取得に意識が向いているのは蘆屋らしくない。うっすらと相談とやらに関係しているのだとは思うが。
『それでは本日放課後に決行。朝日さんには約束など事前に取らないのでその點は注意してくれよ』
「分かりました。會長も決して無理強いはしないように。朝日さんを追い詰めたら駄目ですからね」
『分かっているよ。一応彼のを案じてはいるんだがね』
「その言葉、信じますよ」
『ああ。それじゃあ、放課後に……、いや、その前にちょっといいかな?』
「なんですか? 他に気になることでもありました?」
『朝日さんには直接関係はないのだが。……永野君はどんな様子かな?』
ピタリと。樹本は口を閉ざす。
傍らで耳を澄ましていた檜山も固まった樹本を不思議そうに眺めてくるが、本人にはそんな視線にだって気を払っている余裕はない。
「……どうして、永野のことを聞くんです?」
い聲で樹本はそう訊ね返した。不意を打たれ、そして蘆屋にもどう切り出そうかとまだ迷っていたからそんな探るような言葉も出てしまった。空気の変わり様に目を丸くする檜山を橫に蘆屋の反応を窺う。
『……ふむ。なるほどな』
返ってきたのは含みのある頷きであった。何かを納得したらしい蘆屋はそれだけを呟いて言葉をあとに続けない。自の返しに何を理解したのか、樹本ののに焦燥が湧き上がる。
「……會長。一何が聞きたいんですか」
『何、私は私で報を集めているということだ。今この場で訊ねるには時間が足りないのでな、そうだな、本日朝日さんに事を聞いてから後時間をもらえないか? 君たちも私に聞きたいことがあるのではないかい?』
「……!」
ぐっと心臓を摑まれた心地であった。まるでこちらの心を覗き見たような言い草、樹本は飲み込んだ呼吸を努めて穏やかに再開させて必死に揺を押し隠した。
「……はい。僕らも、會長に聞きたいことがあるんです」
『それは僥倖。互いに隠さず腹の中を曝け出すとしよう。……それでは放課後、まずは朝日さんの元に。待っているよ』
告げて電話は切られる。樹本は張り詰めた張を長い吐息に紛らせて吐き出した。
最後は終始リードを蘆屋に握られていたがそれでも朝日に蘆屋、二人の重要人との繋ぎは取れたのだ。大きく前進はしたと、そうまだ揺の殘る心臓を宥めて自分に言い聞かせる。
「……樹本。先輩、永野のことがどうしたって?」
不安げに檜山が訊ねてきた。樹本は自分を落ち著けつつ報整理も兼ねて蘆屋との間で取り付けた約束を檜山に話す。當然、永野についてのことも。
「んー、そっか。先輩から言われたかー。先輩が知ってることってなんだろうな?」
「さぁ……? でも會長のことだし、僕らが疑ってる作した存在についてもしかしたら報持ってたりするかも?」
「マジで? 流石先輩だな。だったら早く永野とも仲直り出來るかな?」
「もしかしたらね」
不安がないと言い切ればそれは噓だが、しかし確かな希も抱き二人は來たる放課後を気持ちを逸らせて待った。
午後の授業も無事に終わり放課後となる。蘆屋との約束に早速と向かいたかったが、連絡事項が重なってホームルームが長引き、々遅い出だしとなってしまったのが想定外。解散した頃には他のクラスはとっくにホームルームを終わらせていた。
「拙い。出遅れた」
「これ朝日捕まえられるかな?」
「會長が先行してるはずだし期待しとこう」
言い合いながら廊下を急ぐ。一年の教室は上階だ。二年である自分たちの方が近いため先に著くのはこちらだと思っていたのにとんだ誤算だ。
「……そういや、嵩原はいないのな」
走る訳にもいかず早歩きで以て疎らに人のいる廊下を突き進んでいた最中、ふと檜山が思い出したように訊ねてくる。嵩原は當然のことながら同行していない。ああ、と樹本は頷いた。
「嵩原には聲掛けてないよ。そもそも、先に一人で行し出したのはあっちだし」
「えー、仲間外れ? 話持ってった方がいいんじゃないのか? 樹本怒ってる?」
「いや、怒ってる訳じゃないよ」
平靜な聲で答える。実際嵩原の振る舞いに怒りを抱いて何も言わずにいる訳ではない。ただ、嵩原はとっくに真相を探るためにいてると樹本は斷じているだけだ。
誰よりも冷靜に事態と自分自の所業を客観視していたのは嵩原だった。迂遠な忠告だけを殘して先行したのは確かであって、ならばわざわざ呼び付ける必要もないと思える。
今頃は樹本たちより數歩先んじて真相に近付いていたとしてもおかしくない。こちらに引き込むというよりは自分たちが報を得るために接することになるだろうと、そんな予想を立てていた。
「嵩原には僕らの方で結論出てから接しても遅くはないと思うよ。嵩原は嵩原でいているんだろうし」
「そうかぁ? あいつここん所子と遊んでばっかみたいだけどなぁ。俺子の中で楽しそうにしてんの何回か見たぞ」
「……まぁ、多分。嵩原は好奇心は強い方だし」
檜山の報告に自信をなくしてそっと視線逸らせたりもしながらも朝日の教室に辿り著く。すると教室出り口に見知った背中が立っているのが視界にった。
「會長」
「お、先輩間に合った?」
見れば誰かと問答している様子だ。そのおかしさに顔を見合わせると二人も慌てて駆け寄った。
「先輩!」
「む。二人も到著したか」
聲を掛ければ二人の方にと振り向く。空いた隙間から顔を暗くした朝日が見えた。
「……ん? 朝日さん?」
「あれ? 朝日どうした? 元気ないな」
男二人もパッと朝日の異変に気付く。久しぶりに対峙した朝日は顔も非常に悪く、また常ならば朗らかな笑顔を浮かべて挨拶をわしてくれるのに今は無表で視線も床に落としてしまっていた。
明らかに元気がない。まるで萎れた花のような出で立ちに樹本たちは困した。
「え、會長何かやりました?」
「いの一番に私を疑うのだな」
「いえ、だって會長の方が先に著いていましたし」
「私が顔を覗かせたその時から彼はこうだったよ。そうだよな、友人ら諸君」
朝日の後ろにと投げ掛けるのでなんだと目をやればそこには數人の子が困ったような表で佇んでいる。その顔には樹本も見覚えがあった。
「……あ、文化祭の時に一緒にいた」
「階段の時にも見掛けたぞ」
「こ、こんにちは」
二人の視線が向いたからとぎこちない挨拶が返される。蘆屋も口にしていたように朝日の友人たちだ。
「えっと、會長、この先輩が朝日さんを追い詰めた、んじゃないのかな?」
「は、はい……」
訊ねればおずおずと答えられる。大概の子は樹本や檜山に話し掛けられれば張もするのだが、この子生徒たちには浮かれたような気配は見當たらない。それなのに萎している様に首を傾げていれば蘆屋が朝日にと話し掛けに行った。
「うむ。君のその生気のなさはもしや何かトラブルが起こったからなのかな?」
「……」
「思えば先週神社に赴いてから様子は違っていたね。そこで何かあったのかい?」
「……っ」
ぐっと朝日の表が苦渋に歪む。樹本と檜山は慌てて両者の間にった。
「ちょ、落ち著いて會長! なんだか尋問染みた雰囲気になってますから!」
「先輩何言ってんの? 朝日泣きそうになってっからちょっと抑えて」
蘆屋が何について訊ねているのかも分からず、一先ず悪い空気をじ取って諫める二人。
対して蘆屋は仲裁の聲も耳に屆いていないのか険しい表のまま続ける。
「私への連絡に返信が來なくなったのも、思い返せば神社、並びにそこでのことを聞き返してからだったね。私は確か君にこう聞いたんだ。『永野君はどうしたんだい?』と」
「……!」
まるで句を口にされたように瞠目した朝日は、次の瞬間にはじわりとその大きな両の目に涙の粒を浮かべた。突然泣き出した朝日に、蘆屋以外の全員がギョッと目を剝く。
「春乃!?」
「え、ちょ、どうした!?」
「な、會長!?」
わたわたと教室出り口前にて慌てる。友人らは朝日を取り囲んで大丈夫か、どうしたと聲を掛け樹本は非難の目を蘆屋に向けた。
泣かせた本人である蘆屋は難しい表で朝日を見つめている。かと思えばポツリと一つ呟きを落とした。
「……やはり、永野君と何かあったんだな?」
「え!?」
「え、永野?」
驚く二人を余所に蘆屋は朝日へと迫る。友人たちが気付いて前に出るが、そんな彼らを無視して蘆屋は更に問いを投げた。
「教えてくれないか? 一君たちのに何があった? 君も永野君も、先週から様子がおかしい」
「……っ」
「大丈夫だったと君は答えてくれたね? でもそれは本當なのか? 本當に異変は何もなかったのかい?」
一方的な問い掛けだ。蘆屋と朝日の間でわされる要領を得ない話に樹本も檜山も友人らも著いて行けない。話の斷片からは何かトラブルがあったようだとそれくらいしか分からない。
「ちょ、會長落ち著いて」
「永野が朝日の元気ないのに関係してんの? 永野が何かやった?」
「! ち、違う! 先輩は何も悪くない!」
何の気なしにポンと放っただけの質問だったが反応は劇的だった。涙を振りまきながら朝日は必死に首を振って否定する。その反のような否定に驚く周囲を置いて、朝日はしゃくり上げながら続けた。
「せ、先輩は悪くない。ただ、私がしつこかったから。だから、先輩にき、嫌われて、それで、勝手に悲しんで……!」
ひくひくと途切れがちの聲が賢明に事実を教えてくる。永野は悪くないと、そればかりを何度も繰り返す。
いよいよ本格的に泣き出し始めた朝日に、口に出された信じられない容に、この場にいた誰もが困したまま何も口に出せずに固まった。
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