《高校生男子による怪異探訪》9.流言の元
一旦朝日を落ち著かせるべきと閑散とした教室に戻る。蘆屋と樹本と檜山も便乗した。
言って事は蘆屋くらいしか分からない。ここで先輩を追い返す、とそう膽力のある人間も友人らにはいなかったようだ。
「大丈夫?」
「春乃どうしたの?」
朝日の友人が口々に話し掛けるも返答はない。朝日は深く俯いてしまっている。皆が皆困の表を浮かべる中、蘆屋だけは冷靜だった。
「……先程、永野君に嫌われたと言っていたが、それは本當かい?」
問えばピクリと肩を揺らし、それからゆっくり朝日は頷く。皆信じられないと言わんばかりに顔を見合わせた。
「……え、でも朝日さんは永野に味方していたし」
「嫌う理由あるか? なんかの間違いじゃね?」
代弁するように男二人がそう否定をするも、朝日は顔すら上げずにただふるふると首を振る。朝日の態度は頑なだった。
「……そんな……」
「でも……」
「……先週の土曜日までは君たちの仲は良好だったことと思う。その後に、一何があったんだい?」
揺も激しく小さく囁き合う友人らを置いて蘆屋が更に一歩踏み込んだ。
この中では蘆屋が一番朝日と永野の事に通している。朝日を心配する気持ちはあるが、それ以上に二人の間に何があったのか知りたい樹本たちは黙って朝日の答えを待った。
「……」
だが返ってきたのは沈黙だ。朝日は重く口を閉ざしてしまう。余程言いたくないことなのか。またもや皆で顔を見合わせた。
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「……ふむ」
そんな停滯が見えてきた空気の中、蘆屋は一つ唸りを落とすとやおら口を開いた。
「どうやら朝日さんは中々に複雑な事を抱えてしまっているらしい。そこでどうだろうか。ここは私に任せてはもらえないか? 人數もなくなれば、彼も話し易くなるかもしれない」
そう友人らに向かって話す。つまりは席を外せと言っているのだ。子たちの顔が顰められる。友人を初対面の人間に預ける理屈はなく、當然はいそうですかと頷けるはずもない。
「な、何を言って……っ」
一人が聲を荒げる。明確な拒絶を示し、それは他の子も同様であるようで蘆屋に非難の眼差しを向ける。が、向けられた當人は鷹揚にそれを流した。
「心配なのは分かる。だが複雑な事であるならば多人數に明かすことに躊躇いが生じるのは仕方ないことだと思う。彼も話し難いからこそ沈黙を選んだのだろう」
「だ、だからってどうしてあなたが」
「私は彼と、そして永野君から相談をけていた。この中では二人の向も一番把握していると自認している。ならば私が話を窺うのに適任であると思わないかい?」
「……っ」
きっぱりと言い放つ蘆屋に反論していた子が怯んだ。正論を吐かれて答えに窮したとも見えるが、樹本は永野、と名前が出た際に表が強張ったのを見逃さなかった。子は永野の名前を出されて気勢を削がれたように樹本には思えた。
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「……」
「心配だろうし、それに友人として傍にあれないことに迷うのも理解はする。だが友人という近しい間柄だからこそ話し難いものもあると私は思う。決して彼に無な真似はしないと誓おう。私は彼が気に病んでいる悩みに添いたいだけなのだ」
真摯に語り掛ける蘆屋に子たちは戸ったように互いの顔を見合った。蘆屋の指摘通りに朝日を任せることに迷いがあるのだろう。言葉に詰まるが、やがて一人が痺れを切らしたように朝日にと問い掛けた。
「春乃は、どうしたい? 私たちには話し難いかな?」
訊ねれば朝日は數瞬躊躇いを見せてからこくりと頷く。その返事に何人かが複雑そうな表を浮かべた。
「……この人になら話せる?」
また暫しの間のあとに一つ頷く。暫く沈黙が橫行したあと、互いに頷き合った子を代表するようにして一人が口を開けた。
「分かりました。……あんまり納得はしたくないけど、でも春乃のことよろしくお願いします」
揃って頭を下げて願う。朝日の心を慮り蘆屋にと譲ったのだ。本心は複雑そうではあるが、しかしその目には朝日への気遣いが確かにあった。
「ああ、承った」
向けられる目をしっかりと見返し蘆屋は毅然と答える。その聲に友人らはしだけ安堵にか表を和らげた。
「……なんだか、話が纏まったみたい?」
「俺らがれる隙間ってなかったな」
ただの傍観者とり果てていた男二人は、子の集団の死角に當たる位置に隠れてこそこそと愚癡を吐きつつ事のり行きを見守っていたのだった。
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朝日の友人らとは教室で別れ、話を聞くにはここがいいだろうとオカ研部室に移した。狹苦しい四畳ほどといった部室には、主である蘆屋と連れて來られた朝日。そして樹本と檜山の二人もお邪魔している。
「なんで僕たちまで」
「俺らも一緒に來たけどいいの? 先輩」
教室で子たちと別れたあと、自分たちも出直そうかと踵を返した所を呼び止めたのは蘆屋だ。こっそりと二人にも著いて來るようにと指示を出してきたのだが、何故友人らは駄目で自分たちは良いのか二人も理解出來ていない。
部室に著いて尚、俯く朝日を橫目でチラチラと気にしつつも二人は蘆屋に問い掛ける。當人は涼しい顔で問題ないと一蹴した。
「彼の話には君たちも関わりがある。いや、君たちにこそ聞かせるべき話だ」
「え……?」
「そうだろう? 朝日さん、君と永野君はあの神社で、校を騒がせた噂のその元兇と対峙したことで何かの目に遭った。そうだね?」
「……」
訊ねる蘆屋に朝日からの返答はない。正解なのか外れなのかもはっきりしないが、蘆屋は無言の肯定とでもけ取ったか男二人に向き直った。
「私は君たちにも話があると告げていたと思う。折角の機會だ、今ここで私の用件は済まさせてもらおう」
「いや、ちょっと待ってください。一なんの話なんですか? 神社ってなんです。校の噂の元兇って、なんですかそれ」
「先輩、何を俺らに聞かせようとしてんの?」
次々に展開されていく話に二人は著いていけてない。訝しむ視線を蘆屋へと向ける。戸う二人に、蘆屋は無表のままに言って退けた。
「君たちが絶対に耳にしなければならない真実だよ」
そう斷言し、それから先々週から引き起こされた校の異変、噂に支配されていった生徒たちに巻き込まれた永野の、その一連の出來事を語った。
占いブームからの変遷。ジンクスの臺頭によって急遽表に上がった『願いを葉える神様』の噂。
どんな願いであれ葉うとされた神様は、実際には不幸となる願いしか葉えない祟り神であったこと。その神様に樹本たちとの決別を願われ、より不幸な形として葉えられた永野はそのために校でも孤立してしまったこと。
打ちのめされた永野は、けれども朝日の支えをけて現狀に違和を抱き、祟り神の存在に行き著いて自分を含めた周囲の人間の狀態が元に戻るようにと神社に乗り込んでいったと明かされた。
俄には信じ難い話だ。でも祟り神だと口にする蘆屋は酷く真剣な気配を纏っていてとても噓や冗談を言っているようには思えない。
それに樹本たちからしても話を聞く前から自分たちのに起こったことについて荒唐無稽な予想は立てている。人外の存在だって頭の中には浮かんではいたのだ、神の登場、それ自には面は食らっても信じられないと強な態度を取ることはなかった。
「……そんな、狀況だったんですね」
「永野……」
でも、ならばこそ永野のに起こった変事も痛烈なまでにけ止めることとなる。
周囲が悪い噂を信じて永野から距離を取る中、味方であったはずの自分たちまでも手の平を返して離れていって永野はどんな気持ちになったか。
何も悪いことなどしていないのに悪評ばかりが真実であると信じられるのはどれほど辛かったか。
たった一人取り殘されて、周囲がどんどんと敵にり変わっていく狀況はどれほど悲しく恐かったか。
當時の永野の心を思えば思うほどにのがくしゃりと潰れてしまいそうなほどの悔恨に襲われた。
永野を傷付けた自覚はあった。仲違いしてからあとのことは碌な記憶もないが、しかし永野を排斥したその瞬間のことはまざまざと覚えている。
どれだけ自分たちが永野を追い詰めたのかも自覚的に理解もしていた。それを第三者の口から客観的に知らされて、猛烈な後悔の嵐が樹本たちののを荒らしていく。
何より二人を打ちのめしたのは、永野をそんな苦しい狀況に追い込んだ原因が自分たちにあることだった。
離別をんだ子の勝手な願いには憤りしか抱かない。何を人の友関係に口を挾んでいるのか。誰と仲良くしようともそれは自分たちの勝手だろうと思う一方で、永野が一部子から勝手な反を持たれていたのは知っている。
もっと自分たちが上手いこと事を運んでいればこんな事態も起こらなかったのでは。そんな今更どうしようもない罪悪が樹本たちを責め苛んだ。
「……君たちも被害者ではある。個人のに曬されてまぬままの行を取ってしまったのだと、それは忘れないでくれ」
見かねたのか蘆屋がそうめの言葉を掛けてくるけれども、樹本と檜山にとっては気休めにもならない。仕組まれていたのだから仕方なかった、そんな諦観で自分を被害者に転換することなんて出來るはずもない。
永野を一人にさせたこと、傷付けてしまったこと、そして自分たちのために事の解決に走らせてしまったこと。それら全ての事実が樹本たちには重く、重くのし掛かっていた。
「……」
部室を重苦しい沈黙が席巻する。樹本も檜山も自分のしたことに深く項垂れ消沈している。
聞くべきではなかったのでは。樹本の中にそんな自分勝手な思いも生まれた。それを振り払うように頭を振る。自分たちこそ知るべき事実だと、蘆屋の言葉を借りて己に言い聞かせた。
「……會長の言った僕たちに伝えたかったことってそれなんですか?」
様々なに荒れる中を押しやり樹本は顔を上げて蘆屋に訊ねた。冷靜な仮面は全くと剝がず、蘆屋は一つ頷きを返して肯定する。
「そうだ。永野君がどんな目に遭い、そして真実に気付き解決のために何をしたのか。その一連のきを君たちにはどうしても伝えたかった」
「……」
「それだけではない。恐らく祟りは覆されたはずだ。君たちは永野君に対する悪を未だ持ち続けているか?」
「……いいえ。まるで夢から覚めるように永野への嫌悪は消えています」
「……俺も。そっか。永野にまた助けられたのか……」
ポツリと落とされた檜山の呟きがを締め付ける。助けられた。正にその通りだ。永野は異常を來した周囲の人間、樹本たちを元に戻すために祟り神という恐ろしいものに立ち向かった。自分を排斥したはずの人間のためにいたのだ。
でもだとしたら。樹本は確証を持って蘆屋へと訊ねる。
「……何が、あったんですか?」
「ん?」
「永野は、今誰をも拒絶して近寄らせようとしません。僕たちも謝罪さえけてもらえない狀況にあります。永野が僕らを元に戻すため、僕らのために祟り神にも向かっていったのだとしたら現在の狀況と永野の現狀には乖離があるように思えてなりません。永野に、何か起こったとしか思えないんです」
自分たちを元に戻すために骨を折ったのだとしたらどうして拒絶するのか。祟り神の元に乗り込んだのはまた元の友人関係を取り戻すためではなかったのか。
どうして話の一つも聞かずに全てを遠ざけようとするのか。樹本は確かな疑念に聲を上げた。
「……私も、恐らくは何かイレギュラーが起こったのではないかと疑っている」
「會長も知らないんですか?」
「私は彼と共に現場には乗り込んでいないからね。行ったのは朝日さんだ」
傍らで押し黙ったままの朝日に視線が向かう。蘆屋が話している間も朝日はずっと一言も話さずに俯いたままだった。
肯定も否定もない。だが、その意気消沈とした姿から察するに、樹本たちの推測は外れてもいないと思える。
「私も神社でどのようなやり取りがあったのかは詳しくは知らない。永野君とは連絡が取れず、また朝日さんからも二人は無事であるという報告しかなされなかった。……想像になるが、祟りをどうにかしたその過程か後か、永野君の心境が様変わりするような何かが起こったのではないだろうか」
「心境が、変わる?」
「朝日さんまでも拒絶するほどの何かだ。……ただ一人、周囲が祟りに染められた中、永野君に寄り添い勵ましていた彼を拒絶する理由が永野君にあったとはとても思えないからな」
この部室に集まるに至った當初の目的。永野が朝日を嫌ったという信じ難い話を脳裏に想起させる。
確かに何かはあったのだろう。そうすんなりと思わせるほど、永野が朝日を拒絶したという話は誰にとっても有り得ないと斷じられるものであった。
全員の視線が朝日に集う。唯一永野に付き添い事の中心にも立っていたはずの人間。
「朝日さん。どうか話してはもらえないだろうか。君と永野君のに一何があったのか。どうして永野君が君を嫌ったのか、知っていることを話してはくれないか」
を乗り出し、蘆屋は真摯に朝日へと訴える。樹本と檜山も知らず朝日を見つめる目に力を込めた。
真剣に請われたからか、あるいは視線の圧に耐えられなくなったからか。やがて俯いたままの栗の頭がゆっくりと持ち上げられ、沈んだを湛える大きな目が三人をひたりと捉えた。
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