《高校生男子による怪異探訪》10.突き放す理由

理的な影だけでなく沈んだ味となった両の目が三人を見つめている。

どこか虛ろにも見える。泣いた跡が目には殘っているが、それさえ霞ませるほどののない両目に男二人は思わず息を呑んだ。

「……話してくれるかい? 君と永野君の間で一何があったんだ?」

そっと蘆屋がまるで壊れ易いものでもるように優しく話し掛ける。朝日は悲しげに瞳を伏せ、それからゆっくりと瞬きをして話し出した。

「……蘆屋先輩は、先輩が私を嫌った理由を『ハヤツリ様』に繋げて考えているんですね?」

説明をしてくれる、そう構えていたのに反対に問われて蘆屋は思わずと軽く瞠目する。そんな揺も直ぐにに収めてしまって蘆屋も問い返した。

「……『ハヤツリ様』というのはもしかして祟り神の名前かい? 『葉』と漢字では表記されていたが」

「そうです」

「……永野君の心境の変化はあまりに突然過ぎる。なくとも朝日さん、君を彼が嫌う理由は私は思い付くことも出來ないんだ。ならば何か外因によって彼の心が様変わるような切っ掛けがあったと、そう考えるのが自然だと思うが」

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蘆屋の見解は樹本も檜山も、朝日の友人たちでさえ共通する認識だ。永野が朝日を嫌うはずがない。嫌う理由がないと。

だからこその蘆屋の予測であるが、しかし朝日は首を振ってそれを否定した。

「……確かに、私と先輩はハヤツリ様と対面して、祟りを振りまくその力を目の當たりにもしました。……でも、違うんです。先輩は、ハヤツリ様とは関係なく私を嫌いになったんです。私が、しつこく先輩に好意を伝えたりしたから……」

我慢し切れなかったがとうとう溢れる。湖面のように水を湛えていた目から一筋の涙が零れて落ちた。決壊した涙は次から次へと朝日のらかな頬を伝って元にと落ちていく。

「あ、朝日さん!」

「わ、な、泣くな!」

慌てて男二人が立ち上がる。悲しみに暮れる後輩をどうにかめたくても、傍によりその背をでることでさえ頭に思い浮かばない。

そうやって右往左往とばたついている間にも朝日は涙を滾々と流し続ける。周囲の人間からしてみればどうにも信じ難い『永野が朝日を嫌った』という話。朝日の態度を見れば、それは紛れもない事実なのだとそう思うより他になかった。

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「……一、君たちの間に何があったんだ?」

蘆屋も流石に呆然と訊ねる。嗚咽をらし聲を震わせる朝日は、その問い掛けにまるで反のように答えを返していった。

語られたのは神社での祟り神との攻防であった。一人で行くと決意した永野に無理矢理と著いて行き、そして裏寂れた様子の境で元兇たる『願い』の痕跡を朝日と永野は見付けた。

數多く絵馬掛け所に並ぶ様々な願い。自分勝手に他人の不幸を願うものも散見されて、人ののその醜さに唖然となっていれば不意にハヤツリが顕現した。

燃えて枯れたはずの大木が數多くの葉を繁らせて目の前に佇む。恐らくは燃え盡きる前の姿。雄々しい本を曝け出したハヤツリによって二人は境にと閉じ込められてしまったのだという。

「……え? つまり、祟り神そのものと相対したってこと?」

涙混じりに語られる話に思わずと樹本は突っ込む。檜山も蘆屋も困を顔に浮かべていた。

「そう、なるのだろう。単に祟りだけを解消したのかと思っていたのだが、まさか神そのものと顔を合わせていたなど……」

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「祟り神、て確かやべぇ奴なんだよな? 永野も朝日もよく平気だったなぁ」

今更紡がれる話に疑問を抱くようなこともないが、それでも荒唐無稽を越えて虛構とも思える語りに驚きは隠せない。

「平気か。いや、荒ぶる神にれて平常にあれるとは思えない。やはり永野君はハヤツリ様の影響をけて……」

檜山の臺詞を用いて蘆屋はそう反論を口にするも、その意見は朝日當人によって否定されてしまう。ふるふると、涙の粒を落としながら朝日はそうではないと口にした。

「ハヤツリ様と対面してからも、先輩の様子は何も変わりませんでした。……自分より私のことを優先する優しい先輩のままだったんです」

告げて、続きを語る。境に、正確にはハヤツリによって退路を斷たれてしまった二人は、それでも朝日だけは逃がしたいと願う永野の足掻きによって一つの解法を得た。

ハヤツリによって葉えられた願いをなかったことにする。ハヤツリは捧げられた願いの文言を自在にり、それを不幸な形に歪めて葉えていた。その歪められた願いを元に戻す、つまりは葉えたという事実をなかったことにすることでハヤツリの力を削ぐことが出來るのではと思い付いたそうだ。

「ね、願いを正す?」

「……絵馬に、元の願いの文章がって浮かび上がって……。その文章を読み上げれば、絵馬にはその正された願いだけが殘っていて……。ハヤツリ様も、苦しそうに葉を揺らしていたから……」

「……なるほど。ハヤツリ、『葉』の『葉』は『言の葉』の『葉』だった訳か。自の葉のように言葉を己のものとして人の願いを葉える。それがハヤツリの権能であったのか」

「……よく分かんないけど、それで二人は祟り神に勝ったのか?」

檜山の問いに若干の躊躇いを見せながらも朝日はこくりと頷いた。

読みは當たり、願いを正して行くことで目に見えてハヤツリの勢いは削がれていった。全ての願いを正す頃には生い茂っていた『葉』も全て落ち、ただ黒い幹を曬す巨木が立ち往生しているだけであった。

「最後に、ハヤツリ様のその由縁を読み上げました。元は人に寄り添い人の幸福を葉えてくれる、慈悲深い神様であったと。立て札には、そう書かれていました」

本來の、正しい由縁を口に出すことで巨木へと変じてしまっていたハヤツリ本も、元の焼け落ちた枯れ木にと姿が戻った。神木も絵馬も元の狀態に戻り、それで朝日と永野の二人は祟り神の鎮靜に功したと判斷を下した。

「……願いを元に。歪んで結実したものを読み上げることで元の狀態に戻すというのであれば、の本來の由縁を口に出すことによりハヤツリそのものの歪みもまた取り払えたと考えることは出來そうだな」

「え? か、神様そのものの歪み?」

「ハヤツリという神は由縁にもあるように本來は祟り神などではない。焼失してしまったからか、あるいは信仰が失われたからなのかは判然としないが、祟りを振りまく姿は正しいものではなかったはずだ。願いを正すと同時にハヤツリ様もまた祟り神にと変じるその前に正された可能はありそうだ。だからこそ、我々に降り掛かっていた祟りも無事に払われたのかもしれない」

「はー……。つまり、永野と朝日のファインプレー? 二人で神様どうにかしちまったのか」

檜山の心した吐息が暗くなってきた部室に響く。ここまでの話であれば結論はまごう事なきハッピーエンド、問題は無事に解決し、渦中の二人のにも何事もなかったとそんな終わりを迎えられるはずなのだが。

「……これまでの話で、永野君のに何か異変が生じたようには思えないな」

難しい顔でポツリと落とした蘆屋の囁きに空気がまた引き絞られていく。泣き腫らし、目元を赤く染める朝日へと蘆屋は努めて冷靜な態度で語り掛けた。

「君は頑なに永野君の変容は祟り神の所為ではないと否定し続けていたね。その拠は一なんなんだい? 君の話では永野君は君を守るために祟り神にさえ立ち向かったとしか思えないのだが」

問われ、また朝日は俯いた。もう枯れたと思えた涙がまた流れようとしている。余程辛い話なのか。見てられずに仲裁にろうとした樹本を蘆屋が引き留め首を振る。永野の変容、その理由は樹本たちだって見ない振りは出來ない。それが理解出來たから、樹本はぐっとを噛み、上げた腰を元に戻した。

やがてか細い聲が垂れた栗の髪の隙間から屆いた。

「……ハヤツリ様を、鎮めたあと、話をしていると、先輩が急に、怖い表になって。どうしたのかって聞く間もなく、何度も、何度も私に向かって謝り出して……」

ひくり、ひくりと堪えきれない嗚咽をらし朝日は訥々と語る。荒い息遣いが合間合間に挾まって短い文章ですらスラスラと発話出來ない。それはこれから自ら語ろうとする辛い記憶を思い出すがためか。徐々に徐々にと込み上げてくるの波に、華奢なは今にも浚われてしまいそうだった。

「わ、私が、驚いて、何も言えない間に、先輩は凄く、凄く冷めた目を向けて」

ひゅっとしゃくり上げる朝日のが不穏に掠れた音を出す。戦慄くを抑え付ける力もないのか、朝日はを震わせて告げた。

「もう、もう二度と自分に関わるなって、それだけ、言って、わ、私を置いて、神社から走って出て行った……!」

そこまで口にしてとうとう決壊してしまう。わっと聲を上げて朝日は泣き出した。先程のハラハラと涙を溢していた時とは全く違う、激しいの発を見せた姿に男二人は今度こそ朝日の元に侍って必死にめた。

「朝日さん! お、落ち著いて!」

「わわ、な、泣くなって! 辛いこと聞いて悪かった!」

両手で顔を覆って泣く朝日にそう懸命に聲を掛けるが朝日には屆かない。號泣しながら、朝日はまるで懺悔をするように尚言葉を重ねていく。

「私が、私がしつこかったから! せ、先輩に何度も、私の気持ち、押し付けたから! だから、嫌われたんだ! れ、連絡だって拒否されてた! 先輩、きっと、私に嫌気が差したんだ!!」

ワァワァと悲しみの聲を上げ続ける。普段の綻んだ可憐な花のようならかな雰囲気はどこかに消えてしまった。い慕う相手に手酷く振られて悲しみに沈む哀れながそこにいた。

もう話を聞く処ではない。己を見失い狂ったように嫌われたと繰り返す朝日を必死に宥める。何故永野は誰も彼もを拒否するのか、朝日さえ拒むその理由は何か。大事な最後の一欠片は埋まらず、ただ永野の変容ばかりが強烈に印象付けられただけで終わった。

謎ばかりが深まっていく。自分たちを祟り神から解放するべく立ち向かい、朝日だけでも助けると決死に抗った永野がどうして今ではそれら全てを捨てるような真似をするのか。相反する対応を取る永野に、樹本は自分たちとの間に広がるを意識せずにはいられなかった。

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