《高校生男子による怪異探訪》13.流言の決著
「えっ」
子に、それと樹本と檜山も揃って聲の方にと振り向く。聞き慣れた聲の持ち主は爽やかな笑顔など浮かべて人垣の中に紛れ込んでいた。
「嵩原……」
「やぁ。また派手に諍いなんてしてるね」
教室以外ではすっかりと顔を合わせることもなくなった嵩原がそこにいる。周囲の人間も嵩原の存在に気付き、ざわりと沸き立つ群衆からは小さく黃い悲鳴も聞こえてくる。
そんな見人に笑顔で手を振って応え、関係者の登場にとを退いて出來た隙間を悠然と歩いて嵩原はの中にと進み出た。
「え……っ、なっ……!」
「ちょっとお邪魔するね」
更なる闖者の登場に唖然と口を開ける子たちに嵩原は如才なく斷りをれてあっさりと樹本たちと合流を果たす。
「盜み聞くつもりはなかったんだけど皆堂々とやり合ってたから嫌でも耳にっちゃった。なんだか狀況は錯綜しているみたいだね」
「……他人事みたいに言うね」
呑気な嵩原に樹本の胡な眼差しが刺さる。その錯綜とした狀況の原因に嵩原もどっぷりとを浸しているはずなのだが。
「そこまで突き放した捉え方はしてないと思うけど」
「嵩原も永野守りに來てくれたんか?」
「冗談。俺はの子の盾になることはあっても男は基本無視するよ」
揺るぎない嵩原に向を見守る生徒たちもさわさわと囁きを再開させた。男子と子、その差によって反応は正反対な様子を見せているが、當の本人は周囲のざわめきなど全く気にもせずにすっと視線を樹本たちから外す。
「でも、誤解が生じているなら、それで困ってる子がいるならかない理由もないってね」
くつりとで笑う。嵩原の視線はたじろぐ子たちにとひたりと合わされていた。
「誤解……? そういえば、そんなこと言って合流してきたけど」
「そ。先の話にも上っていたでしょ。真人が一人ぼっちになっちゃった云々」
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言いながら嵩原は傍らに立つ永野にチラリと視線をやる。樹本も釣られてそちらにと顔が向いた。
これまでの諍いの中心的立場にずっといた永野は、の欠片さえ全く見せない無の表で事の推移を眺めている。
そのただ突っ立っているだけの姿は抗う気力をなくしている、というよりは最初から己の行く末にさっぱりと興味を持たずにいるように樹本の目には寫った。
散々に無な扱いもされてきたのに、その目には悲しみも憤りもなんのも浮かんでおらず樹本はゾッと背筋を震わせる。
嵩原は暗く沈む瞳を一瞥し、そして子たちにと向き合った。
「さてと。どうやら君たちがこの場に大膽にも登場したその理由、それには俺たちの仲違いが大いに関係しているようだね。なんだか騒がせてしまってごめんね?」
「え……。あ、その……」
軽く苦笑いなど浮かべた謝罪に分かり易く子の挙が怪しくなる。つい先程まではあんなにも激烈な主張を繰り広げていた子があっさりとその攻撃を抑えてしまっている。
頬を赤く染め俯く子の姿に流石の誑しと恐らくこの場にいた全員が同じ想を抱く中、嵩原は苦笑の顔のままに更に言葉を重ねた。
「確かに、そちらが指摘したように一度俺たちは真人と距離を取った。いろんな噂が溢れていた頃合いだったからね。俺たちの行は噂を補完するようにも見えたかもしれないね」
「! そ、そうなの! やっぱり関係はあるんだよね! 永野真人が噂通りの問題行起こしたから嵩原君たちも嫌気が差してっ」
「全く噂とは関係ない喧嘩だったんだけどね」
ニコリと、綺麗な笑顔で嵩原は言い切る。子が顔を上気させ得意気に話すその臺詞を無遠慮に途中で割り込んで押し退けた。期待にはしゃぐ表のままに子が固まる。
「え……」
「タイミングが本當に悪かったね。俺たちが喧嘩した理由は噂とは全く関係のない極々の事なんだよ。それこそ大したことはない、ちょっとした行き違いって奴なんだ」
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ね?と嵩原は樹本と檜山に顔を向ける。一瞬呆けてしまったものの、瞬時に嵩原の狙いを理解した樹本が慌てて頷けば檜山もそれに乗った。
「そ、そう。うん。本當些細、というか誤解というか」
「お、おう。そうなんだよ」
咄嗟に話を合わせたは良いが、やはりぎこちなさはどうにも隠しようがない。明らかに不自然と思われるだろう対応に子も訝しんだ目など向けてくる。
「……え、えっと。それは本當なの?」
「うん。そうだよ。時期が時期だったから誤解してしまうのも仕方ないよね。四人の中でのちょっとした諍いが発展しちゃって冷戦にまで行ってしまったのが真実なんだ。多分年に一回あるかな?ってくらいの大喧嘩だったんじゃないかな?」
「……そうなんだ。それなら、どうしてさっきは答えてくれなかったの? 違うって分かっていたなら直ぐに訂正してくれても良かったんじゃないの?」
しおらしい態度で嵩原の話に耳を傾けていた子は、けれどもまだ自分の主張を通すことを諦めてはいないらしい。
樹本たちに水を向けるもその容は矛盾を突いている。理解を示すようならかな口調とは裏腹に、樹本たちへの追及と非難のがそこには確かに盛り込まれていた。
「それは」
「まぁ、言ってしまえば自の恥を曬すようなものだからね。俺たちの諍いが校の混に拍車を掛けたとも思えば言い出し難かったんだよ。本當なら俺たちが真人の誤解を解いて回るべきだったんだよね」
答えようとした樹本を制し代わりに嵩原が聲を上げる。申し訳なさそうに眉を下げるその姿に幾つもの共の眼差しが向けられた。
「誤解を解く、て」
「あの頃に流れていた真人関連の噂は全てただのでっち上げ、虛偽のものだったんだ。真人は俺たちを利用するために近付いてきた訳じゃないし、二掛けるような軽薄な人間でもない。一番親好も深かった俺たちはそれを理解していたんだけど、でも喧嘩しちゃって変に意固地になっちゃった。だから真人も噂も放置したんだよ。そうすべきじゃなかったのにね」
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ふと嵩原は僅かに顔を俯かせその整った面に影を纏わせる。聲もそれまでの威風堂々とした通りの良いものが暗く小さく靜まって沈痛のを覗かせる。
分かり易く纏う雰囲気の変わった嵩原の様子に、はっと息を呑む音が漣のように木霊した。
「君のように真人を誤解する人間が今も存在するのは俺たちの落ち度だね。噂が広まった時、俺たちだけでも聲を上げて訂正しておけば結果はきっと違っていただろうに。自分たちの優先で徒に騒を広げてしまったと反省しているよ。ごめんね、皆には凄く迷を掛けてしまったね」
力なく弱り切った表を浮かべて嵩原は申し訳なかったと頭を下げる。多數の視線が集まる中、それでも、いやだからこそか嵩原は謙虛な態度を貫き自分たちにこそ落ち度があったと明確に述べた。
子を含む大勢が嵩原の謝罪に見る一方で、樹本もここが勝負の賭け時だと嵩原に続いた。
「紛らわしい振る舞いではあったよね。あの時は頭にが上っていて周囲のこともよく考えられなかったんだ。嵩原の言う通り、僕らがもっと冷靜に対処出來ていればこんな騒ぎにもきっとならなかっただろうね。ごめんなさい」
「っ、と、あ、その、なんか変に喧嘩長引かせて本當ごめんな?」
樹本に脇腹を突かれて檜山もどうにか流れに乗った。三人からの謝罪をけて、この場の雰囲気ががらりとれ替わる。
「そんな! 謝らないで!」
「あれは結局自分たちが鵜呑みにしちゃったのがいけないだけで……」
「嵩原君たちは悪くないよ! 友だちでも、喧嘩することはあるもんね!」
ざわざわと人垣からは嵩原たちへの擁護の聲が屆けられる。聲を上げているのは子ばかり。皆殊勝なイケメンたちの振る舞いにコロッと落ちてしまったようだった。
嵩原の言い分は決して大多數の人間を納得させられるようなものではなかっただろう。反省の弁として述べてもいるが、彼らが取った態度による永野及び多數の人間への影響は決して小さなものではない。事態の収束のためのきもなかったことは責められれば言い逃れも出來ない。
しかし、嵩原はそんな不利益が生じることも覚悟して堂々と己の非を認めた。永野周りの騒にそれを結果助長する働きをしてしまったと自らの責任であると周囲に示したのだ。それは実に潔く、誠実な姿勢であると周囲の人間の目には寫ったことだろう。
だからこその擁護の聲に反省の弁が上がる。事実何も嵩原たちが全ての原因という訳でもない。永野と縁を切るその前にもう騒は起こっていたのだ。嵩原たちの対応如何に依らず、永野への凄慘な振る舞いが引き起こされただろうことは想像に難くない。
皆もそれをよく自覚はしていただろう。子だけではない。聲を上げることはないが男子とて噂をどうこうは同じのなんとやらだ。事実人壁となっている中にはばつの悪そうに視線を落とす姿も散見される。嵩原たちが謝罪したとてそれを指差して野次る、などという厚顔な真似が出來るはずもなかった。
結果、この場にいる人間は嵩原の言をけ止めて自のしたことをもう一度振り返り反省すると同時に、嵩原の主張は事実であると、そうけれることと相った。
直向きなまでの謝罪はそれが噓であるとは到底思えない、思わせないだけの説得力を有していたのだ。
同と納得の聲が辺りには満ちている。掛けられる聲に自省のを乗せた苦笑で謝と謝罪を返す嵩原を樹本はそっと窺い見た。大した役者だと誰にも気付かれないよう靜かに息を吐く。
真実を語らなかった時點で嵩原はこの件を誤魔化す気だと、そう當たりは付けていた。喧嘩? 噂に関係ない? どの口が言うのかと白けた目を向けないよう我慢した己を樹本はやかに褒める。
つまりはこれが嵩原の出した最良の誤魔化しの手ということだ。祟り神云々なんて話せるはずがない、その代わりの補完の話が要はあれだと。自分たちに責任があると示す代わりに永野への謂われなき風評の全てを嵩原は見事に否定してみせた。
なるほどと純粋にその機転とに富んだ発想に心する。自は咄嗟の時に何も返せなかったのだから尚更だ。
共に地頭に関しては績に比例するだけの能力はあると自負しているのだが、こういった所謂『教科書では學べないこと』の分野においては樹本は嵩原に勝てる気がしない。多數の子を引っ掛けてなんら癡のもつれなど起こさない、その周到な立ち回りの経験が活きているのだろうか。
あるいは事前にこうなることを予測していたか。嵩原は予習と復習ならば予習の方に重點を置くタイプだ。『鬼』の際に後始末を容易にするためにわざと寫真に撮られたように、ある程度先を読んでくことを信條としている節がある。
今回のこともこの展開を読んで理論武裝を整えておいた可能はあった。何せ恐らくは誰よりも先に対処に乗り出したはずなのだ。一人で行していた最中に諸々の仕込みを行っていたとしても樹本に驚きはない。
全てはこの男の手の平の上なのかもしれない。そんな益もない思考が脳裏を過ぎる。例えそうだとしても樹本には悔しいなんてはない。樹本の優先事項は永野の憂いを晴らすこと、それだ。
自に責が及ぶことになっても、それでしでも永野への風當たりが和らぐならば対価として懸けるだけの意義がある。それが素直な樹本の気持ちであった。
いや、事前にちょっとでもいいから相談の類はあってしいとちょっぴりの不満はやっぱりのにある。
「そ、そうだったんだ……」
「私たち、誤解してたんだね……」
嵩原へ向けられる肯定の聲の合唱に子の連れも考えを翻す。それぞれ申し訳なさそうに永野のことは誤解であったと、そう口にした。
彼らはやはり數合わせの人員だったのだろう。嵩原の導はあれども、こうも簡単に意見を変えるなど元から己の主張にそう強く執著なども持っていなかった証拠だ。本來、人一人の糾弾を行うのならそう簡単に自己の主張の撤回など出來ないはずなのだ。
「……」
一人納得いかない様子で強く周囲を睨み付ける子のように。
周りは真実が知れたと、に刺さった小骨のように引っ掛かっていた疑もすっきり解消したと、そんな解散ムードも漂っているというのに子は険しい表を浮かべたままでいる。
きりりと吊り上がる目を見れば分かる。あれはまだ諦めていない。取り巻きも前言を撤回し周囲の人間も嵩原の言い分を信じ込んでいる。今日のことは直ぐにでも校中に広まるだろうに、それも理解していてしかし子の目からは全く敵意が翳りもしなかった。
厄介だなと素直に思う。どうするべきか、ばつが悪くなりそそくさとこの場から離れようとする取り巻きの聲にも応えない子を眺めながら悩む樹本の視界に、すっと嵩原がり込んだ。
子の取り巻きたちに爽やかに聲を掛けつつ、さりげなく子を一人引き離した嵩原を何をする気だと観察する。子の傍に立った嵩原はやかに話し出した。
「納得していないみたいだね」
「……」
「でもこれが真実なんだ。紛らわしい真似をしてしまって本當に申し訳ないと思ってる」
「……っ」
再度のんでいなかった真実を話されて子の顔が醜く歪む。余程永野を悪者に仕立て上げたいらしい。
そこまで括る理由は何か。疑問は嵩原によってあっさりと解消された。
「君はどうにも真人に拘ってるよね。そんなに自分の考えを支持してもらいたかった?」
「……」
「俺としてはこちらの話をけれてもらいたいな。これ以外に真実はない。君の意見を聞く人は今後も現れないと思うんだ」
「……っ、そんな訳ない……!」
「そんな訳もあるんだな。だってさ」
子の耳に顔を寄せて小さく小さく囁く、嵩原の口元には薄く笑みが浮いていた。
「君の願いはもう葉えてもらえないからね」
優しく、邪気なく、いっそ朗らかなまでのらかな囁きが樹本の元にまで屆く。
単なる囁きであるなら、大概の子は顔を真っ赤にさせ驚愕と照れに目も見開くほどの威力があっただろう。
対して子はその顔を真っ青に染め上げていた。完全にの気の引いた、恐怖さえ表すほどの驚きをその顔に宿す。樹本も盜み聞いているのを忘れて目を見開いた。
錆び付いたロボットのように、ぎこちないきで視線を上げて自分を注視してくる子に、嵩原はただ爽やかな笑顔を返す。爽やか、というのは々贔屓目のった表現か。綺麗な歪みなど一つもない所謂アルカイックスマイルと呼べるような笑顔は、一見すれば優な印象とは裏腹に全くと溫度がじられない。
酷く冷えた笑顔だけを返し嵩原は子に背を向ける。青冷めた表で俯き小さくを震わせる子などもう視界にもれようとしない。
フェミニストを公言する嵩原にしてはかなり珍しい景だ。尤も、そう振る舞う訳を樹本は先の一言で充分に理解していたが。
「嵩原」
「さて、とりあえずこんなものかな? 皆誤解がなくなって何よりだよね。相手を慮ってただ見守ることも優しさではあるだろうけど、真実は明かしていかないと新たな偏見や誤解を招くこともある。勉強になったかな?」
子から離れた嵩原に聲を掛ける。つい先程までの溫度のじられない上っ面だけの朗らかさは鳴りを潛めて茶化した臺詞が樹本を出迎えた。
「真実、ねぇ」
「おや? 何か言いたげだね、聖。意見申したいことでもあるのかい?」
「……」
分かって聞いているのだろう。ここで異を唱える意義は樹本にはない。
黙って睨み返す樹本の隣からひょこりと檜山が參戦した。
「よく分かんねぇけど、あれで良かったのか?」
「うん。バッチリ。亨もよく空気読んでくれたよ。また正直に正論吐いたらどうしようとかちょっと心配だった」
「樹本が乗ったんならそうした方が良いと思ったんだ。これでオッケー? もう永野が酷いこと言われたりしない?」
「噂関係は大丈夫でしょ。沈黙を破り俺たちは真実を語った。暫くはその話に意識が向いて、邪なこと考える輩も大人しくはしてるんじゃないかなぁ。だから、まぁ」
檜山の問いに答えていた嵩原の目がチラリと脇に逸れる。視線の先には未だ囲いの解けない人垣の中にてポツンと佇む永野。晴れやかな空気が辺りには満ちていても、永野當人だけは暗い表のままでの読めない目を床にと落としていた。
「あとはあれだけだね」
覚悟を促すような冷めた嵩原の呼び掛けに、樹本と檜山の顔にも自然と力が込められた。
三人分の視線をじてか、不意に顔を上げた永野は僅かに目を眇め、樹本たちを一瞥するなりさっさと背を向けて人垣の中にと向かう。離れるつもりなのだろう。今ならばこの場を辭しても周囲の人間はそれを止めないはずだ。
「まっ……!」
同時に掛け出し、そして數歩の距離を一番に詰めたのは檜山だった。一瞬で永野に追い付きその右腕をがしりと摑む。摑まれて、永野はピタリと足を止めた。
「えっと、その」
何を言えばいいのか。歩みを止めた當人は上手く言葉が出ないようで、もごもごと口の中で言葉にならない言葉を転がす。そこに遅れて嵩原と樹本が追い付いた。
「ちょっとごめんね。予定あるかもしれないけど時間をくれないかな?」
「永野、その、し話をさせてもらえない?」
三人で永野を取り囲む。周囲の人間もなんだなんだと興味の目で見ている。
突然に腕を摑まれ進行を妨害された永野は特に反応も示さない。二人に問い掛けられてそれでやっとゆっくりとだが振り向いた。碌に抵抗らしい抵抗も見せない永野は、ただ曇ったガラスのような目を三人にと向けていた。
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