《高校生男子による怪異探訪》14.足りない一手

紆余曲折あったが、やっと捕まえることの出來た永野を連れて三人は人気のない場所にとやってきた。

重い扉を開ければそこには夕日に染まる空が広がっている。靜かで人の目も屆かない、解放に満たされた屋上に四人はり込ませた。

「……」

ひゅうと冷たい風が吹き抜ける屋上で誰も話し出さない。永野は相変わらず沈黙を保っているし、他三人にしても中々話を切り出すのは勇気が要った。気まずい沈黙が橫たわる。

「……こうしていても仕方ないよね」

やがてポツリと口火を切ったのは嵩原だ。檜山と樹本の視線が集まる。意気地もなく、戸って揺れる瞳を苦笑で迎え、嵩原はすっと黙りこくる永野にと意識を向けた。

「いきなり連れて來ちゃって悪かったね。真人にも予定はあったりしたかな? だとしたら先に謝っとくよ。もうしだけ俺たちに付き合ってしいな」

「……」

返事はない。表も変わらずい無表で高原たちをただ見返している。歩み寄るつもりはないのだと態度で示されているようだ。

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嵩原は怒るでも怯むでもなく肩を竦めるに留まらせて話し始める。

「沈黙は肯定と取るよ。まずはさっきの話し合いについて。勝手にいろいろ造しちゃったことについては謝るよ。真人としては納得いかないかもしれないけど、あの場ではああ言って誤魔化すのが一番だと俺は判斷した。だから謝るけど多分撤回はしないからそのつもりで」

「……」

飄々と謝罪なのか宣告なのか分からない臺詞を吐く。永野からのいらえはない。普段の彼ならばこんな言いには瞬時に噛み付いて來るだろうに、石像のように固まっている姿に嵩原は僅かに眉を顰めた。

「……それで」

「な、永野! 僕たちずっと君に謝りたかったんだ! 酷い態度を取ってしまって本當にごめん!」

我慢し切れず樹本は思い切って割り込んだ。謝罪を告げるも永野に変化はない。溫度のじられない目が樹本を貫いただけだった。

「ぜ、全部聞いたんだ。永野のに起こっていたこと。ひ、一人になってそれで凄く苦しんでいたって。元兇のことも聞いた。祟り神が暗躍していたって」

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「……永野、俺たちがおかしくなったからって頑張って祟り神のこと調べてくれてたんだろ? それに祟りどうにかするからって乗り込んだって……。俺たちが今こんな風に話せるのも永野のおかげなんだろ? 俺たちはあんな酷いこと言ったのに、助けてくれたんだよな?」

樹本に続いて檜山も參戦した。語り掛ける聲は泣き出しそうに震えていて己と同じ顔で永野を見つめているのかと樹本は頭の片隅で思う。これまで溜めに溜めていた様々なが噴き出してしまいそうだった。

「あのね、僕ら、君に酷いこと言ったでしょ? あれはね、本心じゃないんだ。確かに僕は君を怖がったこともあると思う。でもだからって永野を嫌いだなんて思ったはことないよ。永野はいつも優しく僕らを気に掛けてくれていたことを知ってる。優しい君を知っていて嫌いになるはずないよ」

「俺だってそうだ。永野があまり話さないのもそれはよく考えてるからだって知ってる。合わないとか嫌いとか考えたこともない。永野は俺に寄り添ってくれたじゃん。言いたいことも言えなくなってて、でも話せよって許されて、俺凄く嬉しかった。話聞いてもらえて凄く救われた気持ちになった。永野はあんまり喋んなくても、その分話を聞いてくれるんだって知ってる。だから、嫌うとかねぇよ」

言いたくて、でも伝えられずにいた本音を二人はぶちまける。祟り神の導で叩き付けてしまった心にもない永野を否定した言葉の數々。今、それがやっと本心ではないと口に出せた。

「……そうだね。あんな自分勝手にも程のある主張、あれを本心とすること自発言者の人間が問われるよ。あれが自分の本音だとは俺も思いたくないね」

流れで嵩原も己の発言を撤回した。どこか唾棄するような含みのある言い方をするが、しかし否定したことには違いない。三人が永野を嫌った、その本の理由が今覆されようとしていた。

「だから、だからね……」

「……」

必死に言葉を紡ぐ。そんな樹本たちを永野は平坦な眼差しで以て見據える。樹本たちの心からの謝罪も彼には響いていないようだった。まるで今更どうでもいいことだと語るように彼はただ視線だけをくれていた。

他者のには敏樹本と嵩原、野生染みた勘の良さを持つ檜山がそんな永野に気付かないはずもない。

「な、永野……」

弱り切った聲を檜山が出す。永野は何も言わない。三人が本音を曝け出した所で、依然三人と一人の間には飛び越えられないほどのが埋まらずにあるようだった。

「……っ」

何を言っても一顧だにもしない永野の態度に樹本はを噛んでやかに決意を固める。ゆっくりと息を吐き、そして告げた。

「……ねえ、どうしたの?」

「……」

「なんで君は誰の話も聞こうとしないの。……無礙にされたから? 皆が君を否定したから、その復讐で今誰も拒絶してるの?」

「……樹本?」

したように檜山が名前を呼ぶ。樹本は視線を向けることもせず、ただ首を振って檜山を黙らせる。言わせてと、言外に伝えて続けた。

「そうじゃないよね? だって永野は僕たちを勝手な願いから助けるために祟り神にも挑んだ。それは僕の主観かもしれないけどまた元のような関係に戻れるかもって期待だってあったんじゃないのかな。君は僕らと元の友人関係に戻りたいと、そう思って行していたはずだ。違う?」

「……」

「沈黙は肯定と見なす、だよ? なら、今こうして僕らの聲にも応えないのはおかしい。……ねぇ、永野。どうして何も言わないの? ……もしかして、祟り神とは別の何かに君は巻き込まれていたりしない? だから僕らとも距離を取ってたりする?」

「……」

答えはない。だが、すっと永野の視線が僅かに樹本たちから逸らされる。それは言葉以上に明確な答えに見えた。

「……だから、別の『何か』があるから僕らを遠ざけるの? 態度が変わったのもそれで? ……朝日さんももしかしてその理由から距離を取った?」

単なる探りの一言に過ぎない。永野の態度の違和。それを決定付けたのが朝日とのことだった。朝日への態度の変化は大きなヒントではあっただろうが、だからって今はまだ明確な答えも得られてはいない。

でも永野の反応は劇的だった。

「……っ」

ぐっと永野の顔が苦渋の形に歪む。痛む腹を無遠慮に掻き回されたような反応だ。それは図星を指されたのだと明確に表してしまっていた。

當然気付かないはずもない。

「やっぱり……。また別の問題に遭遇した? 祟り神関係? それとも無関係のもの? それが原因で君は誰とも距離を取ろうとしているんだね? ねぇ、それって何? 君は一どんな問題を抱えてしまったの?」

矢継ぎ早にと質問が口を衝いて出てしまう。やっと頑なな永野の本心にれそうだ、その期待と今度こそはきちんと助けになりたいという希樹本のを震わせ盛り上げていた。

檜山も嵩原も問題解決のが差したことに気付いたようで僅かにと気配が逸る。三人の視線が顔を逸らせる永野にと集中した。

「教えてしい。今度は、今度こそは僕らは君の味方でありたい。一人で苦しい思いをしてるなら、どうか僕たちにもその苦しみを教えて、永野」

真摯に、心からの懇願を樹本は口にする。二心も下心もない純粋な永野を思いやる気持ちからの言葉だった。ただ永野の助けになればという友人としての気遣いが顕れたのだ。

永野の助けになりたい、そう心は逸っていた。逸るままに俯く永野をただ追い詰めた。

「……」

ポツリと低い聲が何事かを囁く。永野からのいらえだ。反応があった、そう喜ぶ間もなく低く重い聲が叩き付けられる。

「『必要ない』」

突き放した取り付く島もない冷えた聲。ピシリと固まったこちらに向けてゆっくりと逸らされた顔が上げられていく。

見えたのは長めの前髪の間から覗く鋭い眼。まるで親の敵を見るように、鋭い眼差しが三人を睨め付けた。

「『誰の助けも要らない。誰かが傍にいることだって俺はまない』」

「……あ……」

ハキハキとした聲が屋上の空気を震わせる。風の他には部活を出す生徒の聲に吹奏楽部の音楽くらいしか聞こえない喧騒から隔絶されたような場所で、永野の聲は不思議な響きを持って三人の鼓を揺さぶった。

明確に示された拒絶。こちらを睨む永野の目を見て言葉を失う三人に永野は最後通告と言わんばかりに力の込められた聲で宣言する。

「『もう俺に関わるな』」

靜かな宣告が耳を脳を貫く。カチリとどこかに何かが嵌まったような覚が樹本のに刻まれた。それは他二人も同じようだったかもしれない。

誰も何も言えない。遠く聞こえる無関係な音だけが屋上に屆けられる。その靜寂に満足したのか、あるいはもう付き合い切れないと見限ったか、視線を逸らした永野は三人の脇を通り過ぎて屋上から出て行った。

その背中に引き留めの聲を掛けることもしない。出來ない。いつぞやの逆の再現のように、三人は棒立ちで暫くその場にい止められたように留まった。

永野からのどうしようもないほどの拒絶をけて、辛辣な言葉をぶつけられて、助けになるとそう心から下した決意もまるで風により吹き散らされた砂の山のように形をなくしての中から掻き消えてしまった。

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