《高校生男子による怪異探訪》15.街の噂
ここから後半です。
至れたと、そう思っていたのに。
永野に自分たちが抱えていた後悔や懺悔の思い、過ちの訂正がやっと行えたと思っていたのに。
朝日を始めとする突然の態度の翻意にも漸く踏み込めたと思っていたのに。
結果、返されたのは心からの拒絶であった。
「……」
いつも通りの教室。クラスメートが和気藹々と雑談にはしゃぐ景が広がっている。なんら変化もない見慣れた風景だ。そこに永野の姿がないこと以外には。
あの子との対決により、漸くと雪解けも見えたかと思われた永野と樹本たちの拗れた仲は、しかし周囲からの期待を裏切る形で未だ変わりなく距離も微塵とまってなどいない。
永野は対話を拒み孤獨を深めている。樹本たちもそんな永野に近付こうともしなくなった。
多數の生徒の目がある中で、堂々と永野を庇い自らの責を認めた樹本たちの振る舞いは予想通りに校中を駆け巡り様々な人間の耳にもった。これはきっと仲直りの序曲であると、そう思い至る人間もなくはなかったことだろう。それだけ生徒たちの目には樹本たちは永野にしっかりと歩み寄っていると、そう見えたはずだ。
だが現実は違った。永野は他者を拒むことを止めず人のからも自ら離れていく。そんな永野に樹本たちは苦言を呈するでもなくただ近寄らない。失敗したのだと眺める周囲の人間が理解するまでにはほんの一瞬も掛からなかった。
まだ拗れた狀況が続く、そう結論を得た傍観者たちは當たり前に何故そうなったのかと理由を探り出す。無責任な憶測が飛びうが、主として囁かれたのは『永野が仲直りを拒んだ』という説だ。樹本たちの擁護に、また現在の彼らの永野への遠慮した態度を思えば有力な見解として見なされた。
永野は未だ自分に辛辣な態度を取った周囲の人間を許しておらず、それは歩み寄ろうとした樹本たちにも同じであると。僅かな非難のを乗せてそんな憶測が真実味を持ち生徒たちの間を闊歩し出していた。
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當然、樹本たちの耳にもる。自分たちのんでいた結末とは程遠い、一度払ったはずの暗雲が再び立ち篭んでくるような現在の狀況には、當然聲を出し抗いたい気持ちはあった。
だがけない。焦燥と不安に焼かれる自意識は確かにのに燻っているというのに、それでももう一度と立ち上がる気力だけがどうしても湧かない。
永野に正面切って近付くなと切り捨てられたからか。永野の力になりたいという本當に純粋な親のを必要ないと斷言されたその所為か。樹本も檜山も嵩原も、あの永野が糾弾されていた場面に堂々と割りったその時にのに燃やしていた信念だとか執念だとか、永野との間にあった問題解決への意が現在さっぱりとなくなってしまっていた。
いや、なくなるとも違うのか。ただ表に発揮が出來ない。の奧の方に確かに息づく何かはあるのに、でもそれを糧としてくことが出來なかった。
何故なのか。それは樹本たち自もとんと見當さえ付けることが出來ていなかった。
樹本たちが靜観しかしないことに狀況はどんどんと悪くなっていく。永野の授業のボイコットは度を増していき教師の表も厳しくなる。
孤立を深めていくことで一度嵩原が収めた永野への非難の聲も再燃しそうであった。校のあちこちから雑多な噂が流れてくる。樹本たちはその噂を否定するためにくこともままならない。
どうしてなのか。何故なのか。
為したいとむ心とは裏腹に無気力な己の振る舞いに疑念だけをので暴れさせて、樹本は上手くいかない現実にそっと臍を噛んだ。
「……」
休みを明けての週明け。日を置いて自の心持ちにも何か変化があるかと思えばそんなこともなく、さわめく教室で樹本は鬱なため息を一つ溢す。
休み時間である現在、教室、廊下からははしゃぐ聲も多數屆く。雑談と稱するに相応しい特にジャンルも定まっていない噂話のその中にはついピクリと反応しそうになる話題も散見された。
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やれ、怒りを拗らせて完全にぼっちを決め込んでいる。
やれ、授業をボイコットしてその辺を遊び歩いている。
やれ、その所為で補導もされ掛けた、云々。
どれも一人の人に関する噂だ。誰の噂と名前を出す必要もないだろう。時に気遣わしげに、時に面白おかしく語られている。
無責任に流布される噂を耳にする度、樹本の腹の中では言い様もない不快な気持ちが渦を巻いた。それはスキャンダルと言わんばかりに懲りずに噂など流す周囲への憤りか、それとも放置は拙いと理解していながら何も策を講じない己の怠惰への怒りか、あるいはまたもや拒絶されてしまったことへの嘆きか。
どれだけ口惜しみ、どれだけ歯を食い縛り、どれだけ脳で何故を繰り返しても、それでも永野のためにとく気持ちだけがどうしても湧いては來ない。
「……大丈夫、じゃないよな」
機に項垂れている檜山がポツリと一言溢す。目的語を欠いた一言であるが何について訊ねているのかは聞かずとも分かる。
落とされた呟きはすっかりと沈んでしまっていて、元気印が売りの檜山も悄気返ってしまっていた。自のに行が添えない現狀に一番ストレスをじているのは檜山かもしれない。
「……良くは、ないだろうね」
「……なんで何もしてやれねぇんだろ……」
その呟きは檜山から溢れたとは思えない鬱なものだった。揃ってやる気をなくした自分たちのことを指しているのか、それとも面と向かい厚意を拒否されたことを嘆いているのか。ついついとそんな現実逃避染みた傷を樹本は裏に浮かべてしまう。
「うわ、暗い」
そこで端的に樹本たちの狀況を言い表した臺詞が頭上から降って來た。わざわざ顔を上げて誰かなどと確認する必要もない、慣れ親しんだ聲の持ち主である嵩原は肩を竦めながら椅子を引っ張ってきて腰を下ろす。
「二人共凹み過ぎじゃない? 冬だっていうのにここだけジメジメしてるよ?」
「……嵩原は元気そうだね」
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軽い嫌味に軽い嫌味で以て応える。すっかりと気力をなくした二人と違い嵩原には特に消沈した気配は見當たらなかった。
「嵩原はなんも気にしてないのかよ?」
「二人みたいに無力だなんだと後ろ向きには捉えてはいないね。俺は報仕れられないと息も吸えなくなる現代社會の人間だし」
「その報ってのが噂の収拾なの?」
ピリッと樹本の纏う空気がひりつく。嵩原も面白おかしく流れる噂を追っているのかと八つ當たり気味の苛立ちが裏を過ぎったのだ。
樹本から向けられる刺すような視線など意にも介することはなく、嵩原は鷹揚にただ頷いた。
「そうそう。報は何をするにしても必要となる原料ってね。まぁ、それだけじゃなくていきなりやる気なくなった自分の神狀態の確認って意味合いもあったんだけど」
「神狀態の確認だぁ?」
「ま、そっちは今はれずにいてよ。確信持てたら話すから」
「ここで勿振るってなんなの」
困の目が集中するもそれもまた無視をして嵩原は話し出す。
「一口に噂と言っても別にそっちのことばかり皆も囁き合ってる訳でもないよ。元から噂なんて悲喜こもごも、雑多に流れてるものだからね。で、その関係外の噂なんだけど、なんだかおかしなことになってるみたいだよ?」
檜山がはてと首を傾げた。
「おかしいって? 俺おかしな噂しかここん所聞いてねぇぞ」
「ああ、それはまぁそうなんだけど。いやさ、なんでもここ最近この街のあちこちで不可思議なモノが目撃されているようなんだよね」
「不可思議……?」
久しく聞くこともなかったお決まりの前口上を聞かされて樹本の警戒心がぞろ目を覚ます。
そういえば自分たちは元々噂の解明なんていう奇矯な活を定期的に行っていたなと、そう昔でもない過去の記憶を大脳から掘り起こしてそっと構えた。
「なんでも市のあちこちで常識では考えられないものが出沒しているんだとか。異常に手の長いボロボロのワンピース姿のが何かを探して彷徨いてるとか、民家の屋の上で言葉にならないびを上げ続ける猿っぽい生きがいるとか。夜の國道を大きな四つん這いの何かが高速で駆け抜けていったって話もあるみたい」
「そ、それって……」
「なんだか怪談みたいだなぁ」
樹本が敢えて口に出さなかった所を檜山があっさりと吐き出す。ゾワゾワと最近は縁遠くもなった寒気が樹本の背筋を這い上っていった。
「冬に怪談ってのもおかしなものだけどね。でもその通り。空前の怪談ブームが起きたのかってくらいいろんな不思議な話が次々に生まれてるみたい」
「ブーム? うへぇ、俺関わりたくねぇや。また変なじに巻き込まれんのやだ」
「すっかりブーム嫌いになっちゃって。気持ちは分からないでもないけど」
心底嫌そうに顔を顰める檜山に嵩原も同意を返す。そのブームを率先して喧伝しといて何を言ってるんだというツッコミは、生憎と嫌な予に苛まれて顔を悪くしている樹本の口からは飛び出せそうにない。
「まぁ元々噂なんて年中溢れ返っているような土地だし、今更不穏な噂の一つや二つ流れた所でそれが何か?という話だけど」
「不穏って言った。それに一つや二つって數じゃないじゃん。既に三つ逸話出てるじゃん」
「なんか気になるとこでもあるのか?」
「どれもこれも『目撃した』、て文言で語られているんだよ。想像や推測、単なる語という形式ではなくね。証言という形で不可思議な噂は流れているんだ」
「証言?」
「そう。誰かが実際に目の當たりにしたってことだよ」
ピタリと會話が止まる。聞かされた側は突飛もない結論に虛を衝かれ、提示した側である嵩原は二人の反応を冷靜に眺めていた。
やがて嵩原の言わんとする所を理解して、樹本はいやいやと手を振って否定しながら反論を口にする。
「いや何言ってんの目の當たりにした? 怪談のそれらが実在してるって言いたいの君?」
「有りに言えば? だってどれもこれも市のどこそこにこんなのがいた、て斷定する形で噂されているんだよ? これまでの憶測や推測に基づいた伝聞型ではなくて目撃証言というで流布されてるのは珍しいと思うんだよね」
「そそ、それ、だからって事実であるとは限らない訳で、今はそんな風に話すのがブームとか!」
「怪談と目撃がブームになってんのか? なんか変な組み合わせだな」
「校だけでの話なら聖の言い分も分からないではないけどね。でも聞こえる噂は市の全域からのものだし、お世辭にも流行りそうとは思えないブームが街中に広がってるのもそれはそれで怖くないかい?」
「う、うぅっ」
「そうなるとやっぱ実際にいんのかね? 俺らでも見えるかなぁ?」
「何を恐ろしいこと言ってるの!? やだよ!? 僕は絶対見學ツアーとか不參加貫くからね!?」
「えー? でっかい奴は俺みたいなぁ。國道ってどこだ? もしかして山の方? それだと見に行くのも時間掛かるか?」
「あ、験するだけなら手間は多分掛からないよ? 何せ校にもいろいろ出て來ちゃってるみたいだから」
「「え?」」
不意打ちに暴された新事実に二人の聲がハモる。嵩原は得意気な笑みなど浮かべて言い放った。
「學校でもその手の目撃報告がここ數週間で加速度的に増していってるようなんだよね。幽霊見たーとか、七不思議は本當だったんだーって、騒いでる聲も実はあったみたい。俺たち、というか二人は真人とのことで一杯一杯で耳にもってなかったかな?」
「……」
「マジで? 始めて聞いたわ。あんま噂とか気にしないからなぁ」
固まる樹本とは対照的に檜山はどこかのんびりと構えている。檜山らしい回答に軽く苦笑など浮かべてから、嵩原はついと樹本に視線をやった。
「市の異変ならともかく、校でこの手の噂が蔓延るとなると會長さんも黙ってはいられないんじゃないかな? 多分その呼び出されると思うよ」
「……」
「真人とのことを考慮される可能はあるかもしれないけど、危急ともなればそうは言ってられないからね。今日か明日か、まぁ連絡くらいは來るんじゃないかな? 校の騒ぎようはいよいよ大きくなっているようだからね」
「…………」
不吉な嵩原の予言染みた忠告。そんな訳ないと否定したい樹本であったが、しかしこんな時ばかり外れない嫌な予はビンビンに己に迫る都合の悪い展開を予期させていたのだった。
「やぁ。急に呼び出してしまってすまないね」
嵩原の予言を違えることなく、まるで予定調和であったかのように掛かってきた蘆屋からの呼び出しに応えた結果、放課後になるなり樹本たち三人は久しぶりのオカ研部室にとやって來ていた。
オカ研部室にて対峙した蘆屋は挨拶もそこそこにそう詫びから話を始める。
「大事は把握していますのでお気になさらず」
「學校に幽霊出るって本當?ですか?」
「ああ。君たちも噂は耳にしているんだね」
しょぼんと肩を落とす樹本を放置して報のり合わせが行われていく。とは言え大した中はない。嵩原が事前に忠告していたように校に広まっている噂についてだった。
「ここ最近、正確には先々週の週末辺りから古戸萩市のあちこちで不穏な目撃報告が噂として流布され出した。どれも異形であったり、はたまた理法則に則らない特を宿していたりとその容は明らかに『異常』なものである。にも関わらず『目撃した』という報告が途切れずに上がり続けている」
「単なる噂とも違いそうですよね。どれも『実際に見た』という報告の形を取ってるのが気掛かりです」
「そうだな。無拠に流れる噂とは真実が違う。いっそ験報告と言い換えても良いのかもしれない」
しんと一瞬靜まり返る。
んーとその靜寂を掻き回すように唸り聲など上げた檜山は、暫し後にあっと理解に至ったようだ。
「本當にいるかもってことか!」
「そういうことだね。単なる見間違い、あるいは愉快犯による便乗であるならば捨て置いてもいいのだが、しかしもし本當にそれら異常なものが実在しているのであればこれはオカルト研究という題目を掲げる我が同好會が調査しない訳にもいかない」
當然の結論というように蘆屋は言い切る。樹本の頬が引き攣った。合いの手をれるようにして嵩原が質問を飛ばす。
「俺としては急に噂が上がり出した、その原因が気になるんですけど」
「そちらも要調査項目ではあるな。噂が事実であるならば異常なるものが急速に増えたという結論になる。それは何故なのか。とても無視出來ない疑問ではあるが……」
そこからは言葉にならずに息だけがれる。明らかに続きがありそうであるのに、どうしてか蘆屋はそこで意見をにと収めてしまった。
嵩原が訝しげな目を向ける一方ではい!と檜山が元気良く手を上げた。
「実際に見に行くってことだよな? 何調べるの? 俺は大きな四つん這いの奴が気になる」
「まずは近場から回っていかない? ネタは富なんだし出來れば全部回りたいなぁ」
「嵩原正気?」
乗り気ではしゃぐ二人に真顔など浮かべて驚く樹本を制するように蘆屋がパンパンと手を叩いた。
「すまないが調査対象はもう決定している。我々がまず調べに上がるのは校七不思議だ」
「七不思議?」
近場にも程がある名稱を出されて思わずと目を瞠る。だが、そういえば嵩原からも既に予想は立てられていたなと樹本は思い返した。
樹本の脳裏にも描かれていた當人はなるほどと訳知り顔で頷く。
「七不思議も目撃報告が出ていましたね」
「ああ。場所が場所なために生徒間の噂にもよくよく上がる。単なる噂で済むのであれば良いが、これがもし実在した場合校では騒の種になる虞もある。まず先に真偽を確認したい」
「真っ當な判斷だと思いますよ」
樹本も言葉にしないが同意する。街中で遭遇をするかもしれない怪異より、校に付く七不思議の調査を優先すべきだろう。あまり前向きな発言をすれば無茶振りにも繋がり兼ねないと思い口に出すのは抑えたが。
「そっか。七不思議、トイレと鏡くらいしか覚えてないけど変なの出たら騒ぎになるよなぁ」
「どちらも下手に関わると実害が出るから放置は怖いね」
「あ、でも鏡の方は……」
永野が解決したという事実が脳裏を過ぎり、それがそのまま口から溢れ落ちようとする。だが再度ので起きた説明のし難い虛に似た制止力が働いて永野の名前まで出すには至らなかった。
至らなかったのだが、蘆屋の耳にはしっかりと屆いてしまったようで。
「ふむ? 鏡がどうかしたのかい?」
「あ、いや……」
訊ねられて言い淀む。説明する気力が湧かないのもそうなのだが、そういえば鏡の件は蘆屋にはまだ明かしていなかったと思い出したのだ。
これまで単に意識にも上らなかった所為で話をすることもなかったのだが、蘆屋にしてみれば隠し立てされていたことに違いはない。自分たちが永野へと無な振る舞いをした時のことが嫌でも脳裏に浮かび上がった。
慌てる樹本に蘆屋は眉を寄せる。
「? 樹本君?」
「えっと……」
「……會長さんには黙っていましたが、実は件の鏡はもう無力化されているようなんです」
答えに詰まる樹本の代わりに嵩原が口を開いた。すっと蘆屋の雙眸が憐悧に細まる。
「ふむ。『ようだ』とは曖昧な言い方だね。君たちの誰かが対応した訳でもないのかい?」
「ええ。まぁ、そういうことです」
「ふむ……」
じっと蘆屋は対面する三人の顔を眺めた。心の底まで見通すような真っ直ぐと逸れない視線だ。
こちらの顔を窺っているのか、あるいは単に返事を待っているだけなのか。そう思い至りもしたのだが誰も『誰が』を話そうとはしない。正確に言えば出來ないとなるのだろうが、なんら答えのない自分たちの態度に何を見出したのか、やがて蘆屋はポツリと小さく溢した。
「……なるほど。やり遂げたのは永野君か」
「!」
見事に正解を抜いた蘆屋に驚きが顔に表れる。疑問でもない斷言調での一言でもあったし、樹本たちの態度を見た蘆屋にも特に反応は見られなかった。
「な、なんで……」
「単純に消去法だ。あの鏡の実を知っていて、対処にも乗り出せる人材と條件を付ければ現狀では永野君が最有力となる。彼は祟り神とも相対した。神と悪魔を比べればそれは流石に悪魔の方が格落ちだろう?」
淡々と蘆屋は己の思考の道程を語る。永野に辿り著く過程も確かに気にはなるが、それ以上ににされていたことに対して何か思う所はないのかと勝手に焦る。
「ほ、他に何か思ったりは」
「うん? まぁ、どんな悪魔が取り憑いていたのかは聞きたいな。格落ちとは言ったが、ものによっては神に匹敵する存在である場合もある。名前が明らかになっていたのなら是非とも知られた名であるのか確認は取りたい」
いやそんなこと聞いているんじゃなくて。ズレた答えを返す蘆屋に戸うも、蘆屋は樹本の心などには頓著せずに好奇心に輝いていた瞳をひたりと三人に向けた。
「その永野君とのことで君たちも余所に関わる余裕はないかもしれない。だが、どうか力を貸してくれないか。もし怪談が本になったとすれば確実に校に混をもたらしてしまう。それだけはどうしても阻止したいのだ」
頼む、と頭を下げる。永野とのことと指摘をされてギクリとのに殘る痼りが疼いた。
確かに他のことに時間を割く余裕はないのかもしれない。拗れに拗れて関係修復のためにくこともままならない狀況にあるとは言え、それでも一日でも早く永野との問題解決にくべきでは。
焦りが生じ、けれどやはり能的にはけない。永野のために、とそう思うだけでは鉛のように重くもり付いたように聲が出ない。急激に減じる現狀を変えようとする活力に、視線も自ずと床に落ちていく中嵩原が口を開いた。
「いえ。こちらも手詰まりではありますから。気分転換と言えば會長さんに失禮かもしれませんけど、し別事に取り掛かるのは歓迎しますよ」
実に爽やかに勝手に了承を返してしまう。思う所あり顔を上げる樹本の目の前で今度は檜山にと確認を取り出した。
「亨も良いよね?」
「え、でも、永野のことも放って置けない……」
「校の騒ぎというなら巡り巡って真人にも被害が降り掛かる虞もあるんじゃないかな? 直接的に関われなくても間接的に出來ることをやっていくのも重要だと思うけどね」
「そうか? ……そうなのかな。まだ、永野のためにやれることはあんのかな」
呟きはか弱く、けれど確かに縋り付くを覗かせて檜山は嵩原を見た。一つ頷きを返して嵩原は蘆屋にと代表面をして向き直る。
「そういうことなのでお気になさらず。生徒の學校生活の一助となるべくお手伝いしますよ」
ニコリと良い笑顔を浮かべる嵩原に否を唱えられる人間は、生憎とこの場には一人もいなかった。
次回からはホラーのターン。
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