《高校生男子による怪異探訪》16.Re:室の怪

早速とばかりに本日夕過ぎ、午後六時から調査に乗り出すことになった。

數ヶ月前に調べに上がった七不思議は要件に夜以降であることを含むものがある。六時過ぎという半端な時間が果たして夜に該當するのかは時刻的、言語的解釈、はたまた季節による差異など様々な要素により判斷は違ってくるだろうが、なくともとっぷりと暗闇に沈む校舎だけを見ればこれは間違いなく夜だと樹本は思う。

二時間ばかり待機をし、そして煌々と電燈の照る部室から人気の掃けた廊下へと躍り出る。途端に芯から冷え上がる冷気に全が包まれた。

十二月の日も沈んだ時分、更に言えば人の発する熱量さえも失われた大きな建屋など、部は外とそう変わらない気溫にまで下がるものだ。

「さて。それでは行きますか」

パッと懐中電燈の明かりを黒に染まる廊下に一點落としながら嵩原が宣誓する。前回の七不思議検証時に使用しただ。また校舎を懐中電燈片手に彷徨わねばならなくなった現実に樹本はそっと意識を遠くに投げ遣ってどうにか向き合う。

「確か室からだっけ? 校長の肖像畫?」

「ああ。『夜になると目がる』。まずはそれからだ」

檜山、蘆屋とスイッチをれながら検証の行程を確認し合う。

短くはない待機時間の間に散々と打ち合わせは済ませてある。前回の検証の記憶が曖昧であった檜山も表層くらいは思い出し、巡る七不思議の順番も前回と同じように、室からスタートとそう決められた。

樹本も明るい部室から後ろ髪を引かれる思いでどうにか暗闇へと進み出て同じく懐中電燈を翳す。心許ない細い線の中に漂う埃がモニターのちらつきのように白く踴るのを眺めながら、確認せずにはいられないと聲を上げた。

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「あの、本當に鏡とトイレは良いんですか?」

しんと靜まり返る建屋に細い聲が響く。闇の中に吸い込まれるように消える聲に己自を重ねて、ひやりと背筋を震わせる樹本に蘆屋は淡々と答えた。

「ああ。両者共既に存非は確認したようなものだ。噂との相違はないか、危険はないかの調査はしたいが喫までに重要度は高くはない」

「どちらも危険な噂という意味ではは高そうですけど」

「だからこそだ。安易に飛び込み我々が被害をけては本末転倒だ。幸い両方共怪異の発現要件には一般生徒では容易く達出來ないものがある。目撃報告という現在出回っている噂でもどちらも名前は聞かないしな」

「あ……。鏡は夜に覗くこと、トイレは手順が必要だから……」

先程確認したばかりの噂の詳細を樹本は諳んじる。合いの手をれた嵩原も納得した様子だ。

「なるほど。確かにそれなら優先順位は後に回しても問題なさそうですね」

「許可を得ていると言えどもそう長く滯在などは出來ない。時間が惜しいので今回は遭遇もし易いだろう他の怪談の調査を重點的に行いたい」

改めての指針の発表に男三人は了承の返事をする。今回もまたきちんと顧問である駒津に許可は取り施錠時刻後にまで居殘る権利を得てはいるのだが、だからといってこれから數時間も校に居座れるかというとそんなこともない。

ただでさえ日りの時刻は早く、夏のあの時と比べても暗さもそう変わりがないとなればタイムリミットの時間も早まるというもの。條例による未年者の夜歩きの刻限そのものに変化はなくとも、朝が遠いことによる一般認識のキャパシティの変化にまで法規を照らし合わせることは困難であるのだ。

そういった諸々の事を鑑み、本日の調査は室から階段までの四つの不思議に留めるとそう決められたのだった。

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「會長さんの言を逆手に取ると、四つには目撃報告が出ているってことになりますけど、どうなんです?」

「幾つか耳にる話はある。だがそれだけで結論は出せない。虛偽や反対に匿がなされている場合もあるだろうからな」

含みのある発言だ。証明するように蘆屋は厳しい目を暗闇の彼方にと向けている。気にらないことがある、というよりはが引き締まるほどの張をそのに抱いているようだった。

確かな結果がめるこの検証に気を逸らせているのか。樹本はそう思い至るも、しかし英気に満ちている割りには蘆屋の纏う気配は沈んでいる。どちらかと言えば、気の休まらない討論會にでも出席するようなじか。

「これより我々は実在化の疑いある怪談の調査に乗り出す。言われるまでもないかもしれないが、皆充分に注意して調査は行ってしい」

ピリリとを刺すような厳めしい宣言を以て校調査は開始された。蘆屋の余裕のない対応に、この先の調査という校巡りの難解さを予言されたようで、樹本は手にする懐中電燈をギュッと強く握り締めた。

予定通りにまずは室へと向かう。パタパタ、ペタンペタンと殺し切れない足音を廊下に響かせながら特別棟四階まで上がり古い木戸の前までやって來た。

「確か後ろの壁に掛かってたんだっけ?」

「そ……、會長?」

そのまま乗り込む、と思いきや蘆屋は室の扉を無視して更に奧へと進んでいく。面食らいながら慌てて後を追うと、もう一つの室の扉さえも通り過ぎてその更に奧の戸の鍵を外しに掛かった。そこは室に付隨する準備室であるはず。

「え、どうして……」

「會長さん? 目的は學校長の肖像畫なんじゃ?」

「ああ。そうだよ。だからこちらだ」

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迷いなく斷言をされて顔を見合わせる。それでも蘆屋が言うのならばと、準備室にり込む背を追い後に続いた。

隣の室よりも、一般的な教室よりも尚狹い準備室に足を踏みれる。室は暗い。南向きの窓からは薄ぼんやりとした明かりが差し込んではいるものの、あまりにか細過ぎて闇と影の區別さえ付かない。

本日の月は細かったか、あるいは雲でも広がっているのか。四つの線で雑多なの溢れる室を照らして蘆屋の導に従って進む。蘆屋は部屋の暗がりの一畫、棚と積み上げられた段ボールの間に空いた隙間を前にして足を止めた。

「これが肖像畫だよ」

すっと懐中電燈が下ろされる。白いの中に、角張った形を浮かび上がらせる布がある。いや、それは布を被せられた絵なのであろう。

「え? どうしてここに? 室の壁に掛けられていたんじゃ……」

當然の疑問が口から飛び出す。檜山もそうだよなぁと小首を傾げた。事を知らないもう一人、嵩原はどうしてか険しい表で布の掛けられた絵をじっと見つめていた。

「移したんですか?」

「正確にはさせられた、だな。……布を取り払うが、どうか冷靜であってくれ」

不吉な宣告に靜止を求める言葉が出るのも待たず、蘆屋は布に手を掛けてパッとそれを取ってしまう。はらりと波打つ布地の向こうに額縁に収められた白い紙面が覗き、そしてそこに描かれた中年の男の姿がぬぅと、落ちる布の影より迫り上がってくるかのように現れた。

前に見た時と同じように目力の強い相貌だ。じっと前方を見據える真っ黒な眼に、樹本はれる悲鳴を完全に抑えることは出來なかった。

「あー、こんな絵だったなぁ」

「……前は確か絡繰りは畫鋲だったはずだけど。今は流石に刺さってはいないか」

ドキドキと煩い悸を必死に抑える樹本とは違い男二人は揺の一つもない。さっさと検証に移る姿に驚愕の眼差しなど送る傍らで、蘆屋が靜かに呟いた。

「この絵の怪談を覚えているだろうか。『初代學校長の肖像畫は夜になると目をらせる』というものであった。我々の調査によりそれは最早古典蕓能ともされる目に刺された畫鋲が原因だと明かされた」

「ええ。まぁそうでしたね」

「小學生も高校生もやってること一緒だよな」

じっと目を逸らさずに絵を注視する蘆屋に気の抜けた臺詞が返る。普段ならば苦笑して同意の一つも返すのに、今は微笑さえ浮かべず蘆屋はそのまま視點を固定させて続けた。

「この怪談の要件は『夜』である。本來ならばそんな遅くにまで學校に殘ること自が稀なはずなのだが、しかし最近の日暮れの早さが影響したか、部員を中心にその目撃の數は複數上っている」

説明をしながら蘆屋はすっと懐中電燈のを床に落とす。他三人にもをどこかへやるようにと指示が出された。

このままではったとしても判別は難しいか。言われるがままに三人も床や壁にと照らす先を変える。明かりが失われた肖像畫に、準備室全に掛かる濃い藍のヴェールがもう一度降り掛かった。

本當に怪談で語られる所の怪異など起こるのだろうか。懐疑に眉間にシワを寄せた樹本の視線の先にて、やがて薄らと僅かなが肖像畫を白く浮き上がらせる。

「あっ」

「えっ!?」

短い悲鳴が狹い一室に響いた。源などどこにも仕込まれてないだろう、なんの変哲もない額縁の中にある男の目がぽうっとを宿らせている。眼鏡の四角いフレームの中にある黒を強調した円い點から、蛍くらいの淡いれているのだ。

怪談通りの確かな変化。それを目の當たりにして誰もが息を呑んだ。

「……蛍塗料、が塗ってある訳でもないですよね?」

「それならばもっと分かり易いり方をしているだろう。このように微かな揺れを包するようなではないはずだ」

言われてよくよくと観察をすれば確かに目から発されるには揺らぎがある。水が揺うような、あるいは一つの焦點を結び続けらずにブレる黒目のような揺れだ。

機械的とは思えない、実に生々しい反応であると、そう稱した己に樹本はゾッと二の腕に鳥を立てる。このは肖像畫が発しているのだと、自然と認めたことに怖気が走った。

「これは実化した、という結論になるかな?」

「目ったな!」

「……背面に機の取り付けなどもなく目にも機械的な痕跡は見られない。今の所はこれは自力により目をらせていると、そう稱するより他にないな」

恐れる樹本とは違い三人はあっさりと超常現象の類であると認めてしまった。納得のいかない気持ちは樹本の元で渦を巻くようにして己の存在を主張しているが、それを正當なものだと押し付けるだけの論拠はない。所詮は個人の慨だとぐっと顎に力をれて押し黙る。

「最初の不思議は黒、と。隨分あっさりと正を明かしてくれたね」

「不思議だなー。なんで目がるんだろ。こいつ貓なの?」

「隨分渋い顔の貓だねぇ」

嵩原の指摘通り、短時間にて判明した結論に弛んだ空気が流れる。樹本とて恐怖はあるが、しかしさっさと決著したためにほっと安堵する気持ちはあった。

これならばもうここに留まる必要もないだろう。そう退室する理由も出來たと蘆屋の顔を見上げ、その顔が検証結果に弛むこともなくむしろ厳しく引き攣っている様を見て思わずと息を呑んだ。

「會長……?」

問う聲が闇の中に落ちる。安穏とした空気にさっと水を差す聲音に二人も意識をこちらに向けた。蘆屋はじっと肖像畫を見つめ続けた。

「……怪談はそれだけであった。元は生徒の悪戯か、知らずに刺さっていた畫鋲によりこの肖像畫は逸話の一つを背負うこととなった」

すっと懐中電燈を絵に向ける。絵自が放つより余程強烈な白に曬されて蛍のような淡いはその中に溶けて消えた。真顔で正面を見つめ続ける、目元に不自然な影を落とす男の姿が殘る。

「だが、君たちは調査によってその畫鋲が刺される理由らしきものにも辿り著いていたと思う。高校生がやるには稚に過ぎる悪戯だ。そんな稚拙な行に走る誰かが生まれたのはどうしてだったか」

積み木を一つ一つ積み上げていくような論調。しずつ高さが更新されていくように、聞かされる樹本のにじわりじわりと迫り上がるものがあった。それは焦燥とも恐怖とも、思い出すことへの忌避とも呼べた。

畫鋲を刺された理由。この々目力のった絵。今も不自然な影が鮮烈なの下に絵畫の目の周りに浮かんでいるが、平坦なはずの絵にどうして影が浮かぶのか。

樹本の頭に今とは違い涼やかさをじた夜の室でのやり取りが思い出される。あっと思い出した容に踵を返す暇もなく。

懐中電燈に照らされた肖像畫の目。その黒點がぐりっと樹本の方にいた。

「あー……、びっくりしたぁ……」

真っ暗な廊下にて膝に手を著き檜山が溢す。傍には嵩原、樹本、蘆屋と全員がそれぞれ落ち著きのない様子で立ち竦んでいた。

慌てて飛び出した準備室は彼らの背後にてなんの変化もなく戸を閉めてある。出て行く時と閉じる時に些か暴な扱いをしてしまったが今はそれを気にする余裕もない。

「そういえば『見守っている』なんて話もありましたっけ……」

はぁと一つ息を溢した嵩原がで下ろしながら今更な報を口に出す。

元々あった肖像畫に施されていたギミック。生徒と目が合うように、などと半ば以上に冗談で造形されたその技法は、なくとも描かれた黒目そのものがくことはないはずなのだが。

「會長さんはあれを知っていたので?」

「話には聞いていた。目がるだけでなく時折人の後を追うのだと報告されてな。そのために準備室の方に人目を避ける形で移されたのだよ」

「先輩がそっち行ったのはそれでかぁ」

ネタ晴らし、と稱するのは軽薄が過ぎるが、蘆屋の口より事の真相が語られた。七不思議の一つである初代學校長の肖像畫に起きた異変は夜になると目がる、だけでなく絵に施されたトリックを下地とした不気味な特のより生々しい形での発もあったようだ。

「話だけでは信じ難かったが、この目でしかと観測をしたのだ、どうやら冗談や虛偽などではなくここの怪談は本になってしまったようだな」

「絵のが勝手にく様を見せられたらそれは怪異だとしか思えませんよ」

「すげぇなぁ。なんで目がいたんだろ? あのおっさん生きてるってことか? 絵の中に住んでんのか?」

「それだと『生きてる絵』ってことで話はまた変わってきそうだけどね」

まだ整わない呼吸を必死に宥める樹本の頭上でそんな軽やかに會話がわされる。己を真正面から捉え塗りたくった漆黒の眼で以て抜いた絵に、悲鳴を上げて逃げ出したのは樹本だけであった。

無機である絵畫が意思を持ってく。その驚き、悍ましさ、何より背筋を一瞬で駆け抜けた恐ろしさは筆舌に盡くし難い。あの一瞬にドンと跳ねた心臓は冗談でも誇張でもなく、樹本は己の肋骨をへし折り筋を突き破り外にと飛び出してしまったのだと本気で思った。

それほどの恐怖。それほどの神的的な負擔をけて樹本の心はもう半分折れている。

一発目なのにこの破壊力は一なんだ。臆病で怪異なんて全くと得意ではない己の格をきっちりと把握している樹本は、だからこそ一発目から本に當たってしまった事実を重くけ止めて蘆屋にギブアップを宣言しようとしたのだが。

「ふむ。心霊現象とは全くの無縁であったこの怪談が確かな付きを得て顕現しているとなると、他の話は一どのような形で現れているのか。実に気になる」

「一癖二癖あるものばかりですしね。ここの調査はこれで終了ですか? 次に行きます?」

「他の奴も変わってるなら見てみたいなぁ」

上げようとした聲に被さるように三人の好奇心に逸る臺詞が強引に継続する流れを生み出してしまう。

懐中電燈のに照らされてなくとも暗闇の中尚キラキラと輝く瞳を見付けてしまい、樹本はここで己が理屈をどうねようともむ展開には絶対に至れないとそう諦めの中心で悟ったのであった。

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