《高校生男子による怪異探訪》18.Re:保管庫の怪

結果だけを述べれば怪談二つ共にその有り様は変容してしまっていた。肖像畫は己にもたらされた科學的現象を己がものとして、呪われた本は本が別に現れるという始末だ。

に言えば図書室に関しては新たな怪談が生まれたとそう評すべきなのかもしれないが、元の怪談からの派生であることには違いない。結果、どちらも実化してしまったとそんな評価を蘆屋は下した。

「それでまだ調査は続けるんだ……」

「言っても半分だ。ここで終わらせては片手落ちにも程がある」

図書室での衝撃も抜け切らぬままに次の七不思議へと取り掛かる。第二備品保管庫。図書室の目と鼻の先という近さも思考の切り替えを鈍らせる原因の一つではあるだろう。

「ここは中にると誰かが駆け込んでくるって怪談だね。ま、正は排気口のがたつきだったけど」

「あー。なんかガタガタ鳴ってた奴か。空気って面白いとか思った気がする」

雑談を紛れ込ませて怪談のおさらいをする。

この部屋は空調の関係で気が高くなっており、そのため空気の流れが限定された所為で頭上の排気口が扉の開閉によりがたつくと、そんな理的現象が怪談にと昇華されたものであった。完全なオカルト的余地のない怪談なのである。

「ここも実話怪談という目撃報告があるんですよね?」

「そうだ。実験というで広まっているな。なんでも本當に追われるらしいぞ」

「ヒエ……」

樹本はゾッとを竦ませる。想像の中では郭もはっきりしない誰かが自分のあとを嬉々として追い掛ける映像が再生される。こちらを捕まえんとばされる手の、指の一本一本さえ明瞭に思い浮かべてしまい胃の底が周りの冷気を取り込んだように冷えた。

「調べるのは簡単ですね。実際に中にってしまえばいい」

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「よっしゃ!」

「ちょ、しは躊躇おう檜山!」

腕捲りしそうな勢いで扉に向かう檜山を慌てて止めた。慎重を期すべきという當たり前の樹本の言葉に、檜山は不満そうに眉など寄せて見返してくる。

「えー」

「もっといろいろ策を練ってから! 本當に追われたらどうすんの! 捕まったらいけないって行だって本文にはあるんだから!」

「逃げ切りゃいいだけだろ?」

「それが出來ないかもしれないって話してんの!」

平行線の言い合いが続く。流石に見てられなくなったか、殘りの二人も檜山を止めにった。

「まぁ待て、檜山君。そう焦っても功を得られるとは限らない。樹本君の言う通りに一旦作戦會議と行こう」

「そうそう。これまでの怪談の変質っぷりから見てもここも変な拗くれ方をしている可能は否定出來ないから。もしかしたら扉が開かなくて出られない、なんてオチがあるかもだし」

「えー」

不満そうにはするものの、二人から説得されて檜山も大人しく引き下がった。そして協議を重ね。

「それでは、亨と聖、頑張って」

「危ないと思ったら大聲を出してくれ。直ぐに扉を開くよう待機しているから」

待機組、突組と二つに別れて互いを見合う。嵩原は朗らかな表を、蘆屋は心配げな顔を突する二人にと向けている。

「おう! 任せろ!」

「なんでこんなことに……」

快諾をぶ檜山と違い樹本はげんなりと項垂れてしまっている。自らがまさかの突班に組み込まれてしまったのだから當然の落膽ではある。

班決めは実に合理的に進められた。前回調査した時のように半々での班分け。安全面、効率を考えれば二手に分けるのがそれは一番理に適っている。

そして人員の振り分けはまず檜山は突撃に即決定。そんな彼の補佐(とは名ばかりの暴走阻止人員)として付き合いの長い樹本が選ばれたのだ。蘆屋も檜山を止めることは出來ると思えたが、危険な橋を渡らせるのにを行かせるのはよろしくないと嵩原から言いがったためにこの結果だ。

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「だったら君が檜山と一緒に突撃してよ」

「俺だと亨を止めるのには々力不足だから。こっちで會長さんの補佐やってるよ」

言い返されて樹本はぐうの音も出ない。檜山に関しての事柄もそうだが、何より樹本では咄嗟の時に男手として期待が出來ない。

もし強引に扉が閉まったらそれを無理矢理にこじ開けるなんてことは樹本には荷が重かった。蘆屋の補佐とはつまりはそういうことなのだ。

納得なんて出來ないけれども、この配役はこれ以上なく目的に合致した振り分けだと樹本は理解している。納得はさっぱりいってないけれども。だから言いたい文句を必死に飲み下し、樹本は檜山と共に古ぼけた木の扉の前にと立った。

「そんじゃ行くぞー」

「うん……」

一人元気な檜山の聲に気乗りしないまま返事などして固く閉ざされている扉をきぃと開けた。くんと僅かな反発を伴い開いた扉を引き開けて、そろりと覗いた室は前の時とそう変わらない。噂が出回るほどには利用頻度もそれなりにあるのであろうが、使用された痕跡云々は樹本には分からなかった。

「中にると追ってくるんだよな?」

「うん……。噂ではそう……」

確認しつつも檜山はさっさと足を踏みれてそのまま中程まで進んでしまう。本當に躊躇いというものがない。

チラリと背後に視線をやった樹本は、そこで良い笑顔で親指を立てる嵩原と真剣な表で見つめてくる蘆屋を認めて諦めて後に続いた。

雑然との積み上げられた室は酷く渇いた冷たい空気に満ちている。出り口より正面にある窓からは上から照明らしき白が急な角度で差し込んでいた。

夏に見た時とそう変わらない景。籠もる気溫こそ快不快と極端な差であるが、これから本に追われるかもしれないと思えばそんな違いは些細なものでしかない。

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「……?」

ふと、樹本は背後を振り返った。誰かに背をでられた気がしたのだ。ふわりと真ん中に手を置かれた気がする。

振り返っても當然ながら近くに人はいない。殘る二人は扉の向こう、とてもではないが樹本の背に手が屆くはずもない。

気の所為、と前方に顔を戻した所で前回の調査時にも似たようなことがあったのを思い出してしまった。誰もれたはずがないのに確かに誰かに背を押された、あの顛末。

思い出したくもない過去のオチを思い出して樹本は背後に振り返られなくなった。

「んー、誰も來ねぇなぁ」

固まる樹本にも気付かずに檜山が呑気に周囲に目をやりながらそう溢す。キョロキョロと辺りを見回す檜山に樹本は怯えに竦む足を懸命にかして近寄った。

「ひ、檜山……」

「ん? んん? どうした? なんかあったか?」

明らかに様子のおかしい樹本に檜山が聲を掛けて一歩近付いた、その時。

バンッと閑散とした室にけたたましい音が響く。驚きに飛び跳ねた樹本は恐れていたことも忘れて慌てて背後に振り返った。直ぐそこに蘆屋たちの姿が見えていたはずの出り口は扉によって遮られてしまっていた。

「え!? なんで!?」

「勝手に閉まってったぞ。建て付け悪いんじゃねぇ?」

「冷靜!? 冷靜に見送ったの!?」

パニックに陥りそうなほどの揺に見舞われつつも、こんなことも前回の調査時にはあったよなと頭の片隅では冷靜に思い出していた。あの時は慌てて扉を開けて、そしてそれが噂で語られる所の狀況の再現に至ったのだったか。

今も狀況は酷似している。そう判斷も下していながら、それでも怯えと驚きに掻きされた心は真っ直ぐに閉まった扉へと向かっていった。

そこでパタパタと軽い音が微かに背後から聞こえた。

ピタリと足が止まる。パタパタと、確かに意識を僅かに擽る音が背後、いや室からさわめいていた。なんだと疑問に思えたのは一瞬だけだ。徐々に大きくなる音は、どう考えても誰かの足音であった。

「ひっ……!?」

「ん? なんだこの音」

パタパタからバタバタとだんだんと足音煩く変化するそれに樹本は竦み上がる。檜山は周囲を見回した。音は背後と言わず左右と言わず、まるで反響しているように室をぐるぐる回ってどこから聞こえているのかも分からない。

でも、徐々に大きくはっきりと、樹本たちに近付いていることだけは確かであった。

「や、やだ……! もうやだ!」

「あ、樹本!」

恐怖に堪え切れず樹本は扉に向かって駆け出した。一歩遅れて檜山もその後に続く。バタバタと周囲から木霊すそれと重なるようにして二人の足が狹い保管庫の床を鳴らす。

扉までは數歩で辿り著けた。飛び付くようにドアノブにと縋り付き、震える手でどうにか捻る。カチャンと僅かな抵抗をけて扉は問題なくドア枠から離れていった。

この部屋から出られる。そう安堵の気持ちに恐怖に掻き立てられていた心がほっと緩んだそこで。

バタバタバタ!と、背後から盛大な足音が轟いた。檜山が立てたのか、緩んだ気のまま何気なく振り返り、自分の直ぐ背後にいる檜山、の、その更に後ろに真っ黒な人影がいるのを樹本は目撃してしまった。

それは檜山の後ろ、距離にして一メートルも切っているくらい間近にいるのに表の一つも分からない。黒く塗り潰された顔の中、歪んで開いた口の中だけは居並ぶ歯の一つ一つさえ形も分かるほどにはっきりと見える。

人影は荒い呼吸を吐いているかのように大きく真っ赤な口を開けていて、そしてゆっくりと強張って開いた五指の手を檜山の肩に掛けようとしていた。

「……ひっ」

息を呑んだのは一瞬。

「わああぁぁっ!?」

「うおわっ!?」

を破きかねない大聲を張り上げて樹本は當たりの勢いで廊下にと転がり出た。気付けば檜山の片腕を摑んでおり、樹本に巻き込まれたからかあるいは近距離で大聲などぶつけられたからか、檜山も素っ頓狂な聲を出して飛び込むように外に出る。

驚いたのは待機していた二人だ。幸いにも樹本たちや扉にぶつかることはなかったが、それにしたって飛び出た二人の様子は尋常ではない。急かされるように廊下にへたり込む二人に聲を掛けた。

「どうした!?」

「二人共大丈夫?」

「っとと。俺は平気だ。樹本、どうした?」

完全に腰が抜けて廊下に座り込む樹本とは違い、檜山は何もないと直ぐに立ち上がる。実際、何が起こっていたのか檜山は把握し切れていないのだろう。

三人に見下ろされる形となったが、樹本は跳ねた呼吸をどうにか落ち著かせてそろりと顔を上げ、そして三人の顔を見るなりが決壊して涙腺まで決壊した。

「……うぅ」

樹本君?」

「え!? ど、どうした!?」

「……ああー、これは……」

三者三様の反応を目にしながら、樹本は暫し小さな子供のように嗚咽を溢していった。

「……つまり、追い掛けてくる人間はいたと。そういうことだね?」

「はい……」

樹本がなんとか落ち著きを取り戻し、そして事を把握するのに十數分の時が流れた。

頑是ない子供のように一時は嗚咽を堪えるだけで必死になっていた樹本も、三人に寄り添われまた怪異に襲われる虞もないと安堵して質問に答えられるだけの余裕も取り戻した。

保管庫で見た人影について、樹本は鼻を鳴らしながら三人にと説明した。

「黒い人影か……」

「その手のものにはよくよく縁があるようだけど、怪異イコール黒という図式でもあるんですかね。まぁ一目で異常だと知れるのは楽ですけど」

「そんなのいたのかよ。俺取っ捕まる寸前だったのか?」

難しい顔で悩む蘆屋はともかく、斜め上の想をらす嵩原にまるで他人事な檜山には樹本も胡な目を向けてしまう。嵩原も同意であったらしい。

「亨は何も気付かなかったの?」

「足音するなーくらい? 気配もなんもなかったぞ。真後ろに立ってたら気付きそうなもんなんだけどなー」

首を捻って納得いかない様子の檜山に嵩原はやれやれと首を竦めた。その隣、蘆屋は閉じられた扉を見つめてふぅむと唸りを上げる。

「明瞭な姿を現す、ということだよな。私も観察をしたいものだが」

「!? だ、駄目駄目! やらない方がいいですよ!」

今にも乗り込んで行きそうな蘆屋を樹本は必死に止めた。その鬼気迫る引き留めに皆樹本の顔をまじまじと見つめる。

「え、そこまでヤバい奴なのか?」

「そんな恐ろしい気配でもさせてた?」

「……見た目は、真っ黒で顔だってよく分かんない。どちらかというと不気味さが勝ってたと思う。でも」

思い出してブルリとを震わせる。樹本が何より恐怖したのは檜山にとばされたその『手』であった。

「あれは、ちゃんとした意識を持って檜山に手をばしていた、気がする。捕まえて、それでどうするつもりなのかは分からないけど、でも何かをする気のものに安易には近付かない方がいい、と思う」

恐ろしいのは意識があることだ。その辺りを漂う埃のように、明確な意識などなく揺っているだけのものは遭遇してもそう恐ろしくはない。

ただ自意識を持ち何かしらの目的を持って近付いてくるものなど傍に寄るのもご免被りたかった。それはつまりは機を持ち害を與えてくることの何よりの証左なのだ。

「……私も確認はしたいのだが」

「……」

樹本君の態度が何よりの証拠だな。危険の判斷はまた別の機會に回し、今回はその存非の確認が出來ただけでも吉としよう」

「あれ? それで良いんで?」

理的要因ではなく確かな『何者か』の介が確かめられたのなら、それだけでも今回の調査には充分な果だ。やはりここも怪談が本になってしまっていたな」

くるりと閉じられた扉に向き直って蘆屋は語る。第二備品保管庫は先程までの騒ぎが噓であったように靜寂に包まれていた。蘆屋の言う通り、怪談が現実化していたとその報が得られたのならばそれは充分な果ではあった。

「じゃあ、ここはこれで調査終了と。それで良いんですね?」

「ああ。樹本君に檜山君には危険な検証をさせてしまい申し訳ない」

「俺は別に大丈夫。怖いもんはなんも見てないし」

「それもねぇ。本當に亨は何もじられなかったの?」

「それがさっぱり。……ああ、でも」

そこで檜山は何か思い出して言い掛け、しかしチラリと樹本を見てそれ以上は続けなかった。

はっきりしない振る舞いに檜山らしくないと全員が首を傾げる。視線で問うも、檜山は答えなかった。

「……うむ。重ねる疑義も特にないならばここはもう撤収としよう。それで良いね?」

訊ねられ、是の答えを返す。異常な存在の確認は出來た以上、ここに留まる理由もないのは當然のことなのだが。

すつと蘆屋の憐悧な瞳が樹本にと向けられた。

樹本君、君は部室に戻っているかい?」

「え……?」

脈絡もない問いに樹本は疑問の聲を上げる。どうして己に聞くのだろうと回転の鈍い頭でぼんやり考える。

「まだ検証は終わらない。次で最後になるが、その最後の怪談はこれまで以上に危険を孕んでいる。恐ろしさも一層だろう」

真剣な様子で説明をされ、樹本は最後の怪談を思い出した。次に調べる予定の七不思議は階段。昔そこで事故死したとされる男子學生の怨念渦巻く怪談である。

詳細を思い出して青冷めた。ここまでの三つの怪談とは違い、次の怪談には明確に害意を與えられるという文言が組み込まれていたのだ。

確かに蘆屋の指摘の通りだ。最悪は命を取られる。もしこれが現実味を帯びて実化していたら。それは本當に灑落にならないだろう。

「……」

「……まぁ、次の怪談はそうか」

「君たちも、危険だと思うなら部室に戻っていてくれ。ここまでの検証で七不思議の危険は概ね把握が出來た。最後の話に無理矢理と付き合わせる訳にはいかない」

重苦しく口を閉ざす樹本たちを眺めやり、蘆屋はそう逃げ場を三人にと提示する。いや、監督者としては當たり前の危機管理であったか。

「俺ら止めるってなったら先輩はどうすんの? 一緒に帰る?」

「いや、私は一人でも向かうよ。それが責務だからね」

檜山の疑問に當然と蘆屋はあっさり返した。危険だから參加は自己判斷でと明示した當人であるのにそこには退く気配は微塵もない。

「先輩一人は駄目だろー」

「そうだね。危険な検証だと分かってて一人で行かせたりは出來ない。俺はお供しますよ。どんなもんだか気になりますし」

「俺も。ここまで來たら最後まで見て行きたい」

二人は蘆屋の気遣いもあっさりと打ち払って同行を快諾した。蘆屋を心配する気持ちもあるが、純粋に興味も燃やしている二人に蘆屋は小さく笑みを浮かべる。

そしてその顔が樹本に向いた。

「君はどうする? 一人で待っていてもらうことになるが……」

「……行きます」

やり取りを見させられ、樹本は重苦しい心を吐き出すように顔を上げた。靜かに様子を窺う蘆屋の目を見返して告げる。

「僕も行きます。……怖いけど、途中で投げ出すのも無責任だし、唯一の部員が何もしない訳にもいかないから。……一人にされる方が嫌だし」

ポツリと落ちた呟きは小さい。それでも靜まり返った廊下には耳鳴りよりも余程はっきりと耳には屆く。

蘆屋も當然聞き屆け、一瞬申し訳なさそうに眉を歪めてから潛めた聲で禮を告げた。

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