《高校生男子による怪異探訪》20.想定外の遭遇
翌日の放課後。前日の探索による疲労も完全には抜けないままにぼんやりと一日を過ごしたその終わり。樹本たち三人は蘆屋の招集をけてまたオカ研にと呼び出されていた。
「すまない。昨日の今日であるのに」
部室にるなり蘆屋は申し訳なさそうにそう謝罪を口にする。へにょりと下がった眉は前日のあの毅然と校長と協議すると語った姿の名殘もない。
「いえ、僕は特に予定もありませんから……」
「俺も會長さんとはいろいろ詰めていきたいと思っているくらいなので」
「先輩怪我大丈夫?」
三人共がそれぞれに気にするなと蘆屋に答える。それに仄かな笑みを浮かべてありがとうと謝を述べた。
「そう言ってもらえると私も気が楽だよ。怪我はそう大したことはない。気に掛けてくれてありがとう」
「それで、用件は一なんでしょう? 昨日は暫くは同好會としての活はないと言っていたはずじゃ」
早速と本題にる。わざわざ謝罪を述べた所から蘆屋としてもこの呼び出しは突発的なものであるのは間違いない。となれば用件は余程差し迫ったものなのか。
そんな予測を立てて訊ねた先で、それはと躊躇いがちに口を開いた蘆屋を、邪魔するように突然ガチャリと扉の開く音がした。えっと振り返ればそこには樹本でさえ姿を見るのは稀なオカルト研究同好會顧問である駒津が立っていた。
「あ、皆さんもう集まっているんですね」
ひょいと室を覗くなり、気さくなんだか緩いんだか分からない口調で集合人員について口に出す。駒津が絡んでいる?と疑心をのに芽生えさせる樹本の頭の後ろから蘆屋が駒津にと話し掛けた。
「やはり彼らも連れて行かなければいかないのでしょうか?」
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「それがおみですから。まぁそんな警戒はしなくても大丈夫ですよ。何も取って食おうって訳でもないんですし」
ひらひら手を振りながら何か不穏なことを堂々と口にしている。ざわわと男三人の間に揺が走った。
どうやら呼び出したその當人は駒津、というか教師を使いっ走りにさせられるだけの人間であるらしく、また蘆屋が警戒を滲ませるほどには馴染みのない相手となる。
なんとなく、実になんとなく樹本は駒津を顎で使う仁に當たりが付いた。
「……仕方ない。こういうことなので、皆には私と共に來てもらいたい。突然の話で申し訳ないのだが」
ふぅと一つ観念のため息など吐いて蘆屋は樹本たちにと申し出る。あまり乗り気ではなさげであるが、それでも樹本たちを帰すという選択はないらしい。
「……あの、つかぬ事をお聞きしますけど」
「なんだろうか」
「僕たちも纏めて呼び出したその人って……」
恐る恐ると訊ねた樹本に蘆屋はキリリと目元に力をれて。
「八柳校長だ。どうやら我々に話があるらしい」
聞きたくもない上蔵高校の責任者の名前を吐き出したのだった。
場所を移して校長室前。
「なんで僕らが呼ばれたんでしょうか……?」
「話があるとは伺っているが正確なご用は私も聞かされてはいない」
「俺も頼まれただけなんで」
道中せめて用件は知りたいと蘆屋に駒津に訊ねたのだが益のある回答はもらえなかった。蘆屋はともかく教師はどうなんだと八つ當たり染みた不満が中に渦巻くが、それを吐き出した所でなんにもならない。平靜を保つためにも巻き添えに違いない男二人にと樹本は視線を定めた。
「なんか、巻き込んじゃってごめん」
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「樹本が謝ることじゃなくね?」
「そうだね。まぁ、十中八九昨夜の検証に関してのことだろうからオカ研の活に巻き込まれたのは事実だろうけど」
嵩原の指摘にぐっと息を詰める。彼の言は正しいだろう。昨日の今日のこのタイミングだ、この三人が同時に呼ばれるなどあの検証會絡みでのことであるのは間違いないと思えた。
「ん。そう、だよね」
「ま、それならそれでどうして呼び出す理由を明らかにしないのかは気になるけど」
そうだ。オカ研の活に関しての聞き取りであるならば素直にそう明かしてしまえばいい。校長という校の権力者が一同好會の後ろ盾的な立場に立っていることは醜聞に繫がるかもしれないが、それだって蘆屋を通じて伝えるのならばなんら問題もないだろう。
蘆屋當人にも詳しい話は伏せるなど聞かせられない事があると言っているようなものだろうに。
「まぁまぁ。立ち話してるのもなんですし、中でお待ちだからさっさとりましょうね」
嫌な予に二の足を踏むのに駒津が背中を押してくる。ここまで來てやっぱり止めたと踵を返すことなんて當然出來なくて、吐き出しそうになる重い息を飲み込んで叩かれる扉を無言で眺めた。
「失禮します」
いらえの返った扉を駒津が開けてそのあとにぞろぞろと続く。
學生生活の間に校長室に赴く機會などそうあるものではないだろう。今自分は貴重な験をしているに違いない、なんて現実逃避を脳で繰り広げながら室に目を移し、視界にった人を見てそんな思考さえもピタリと回転を止めてしまった。
「オカルト研究同好會會員並びにその協力者をお連れしました」
「ありがとう。また働かせてしまうが、お茶を煎れて來てくれるかな? 客人の分と合わせてね」
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「畏まりました」
室にある來客対応用のソファに腰掛けたこの學校の校長である八柳が鷹揚に指示を飛ばす。駒津は粛々とそれに従って校長室を出て行った。あとには六人の人間が殘される。
「よく來てくれたね。蘆屋君もまた呼び出してしまってすまない」
「いえ、お気になさらず。これもまた校の活組織を擔う者の責務の一つですから」
固い會話などわしつつこちらにどうぞと校長から席に座るよう促される。それと同時に校長の正面に腰掛けていた人が今度は隣にと席を変えたが、目の前に顔を曬す相手を樹本たちはどうにも正面切って眺めることが出來なかった。
「君たちも。突然の呼び出しに応えてくれてありがとう。いきなりのことで驚いたのではないかな?」
「い、いえ。そんなことは……」
八柳は朗らかに樹本たちにも聲を掛けるが、目上の者に対する張と今直ぐにでもこの場から離れたいと焦る気持ちで碌な応答も出來ない。意識は校長の橫にて無表でこちらを眺める男にと全力で向いていた。
チラチラと視線を、あるいは全く顔を背ける態度に八柳も様子のおかしさに気付いたか、ああと聲を上げて並ぶ人を紹介する。
「こちらの方は市役所に勤めていらっしゃる宮杜さんというお人だよ。私と同じく君たちの話を伺いたいと願われたので同席されている」
「お久しぶりです」
校長の紹介に宮杜は丁寧に一禮を披する。客人とは何度も顔を合わせたあの宮杜であった。
眼鏡の奧から冷徹な眼差しがじっと自分たちを見つめてくるのに、樹本は嫌な予が単なる予でなかったことを嫌でも理解した。
「お久しぶりです。蔵出祭以來ですね。その後お変わりなどはありませんか?」
「々忙しくなっている以外には特には。昨夜お怪我をなされたと伺いましたが調は如何ですか? 本日は無理をして我々に付き合っているのでは……」
「いえ、怪我と申しましても大したものではありませんから。お気遣いありがとうございます」
言葉を発しない樹本たちに代わって蘆屋が宮杜の相手を務める。蘆屋とて樹本たちと同様の脛に傷を持っているはずなのにけ答えはどこまでも穏やかだ。
いや、文化祭の折に話し合いはもたれたのだったか。樹本たちだってお咎めはなしとの宣言はなされていたのだが、この場に宮杜がいる理由など自分たちの校外活に関することしか心當たりはない訳で。だからこそ張はどうしたって解けやしない。
「ところでお話というのは一なんでしょうか?」
世間話の頃合いを見て蘆屋が校長にと訊ねる。八柳は顎に蓄えた大分白のじった髭をでながら頷いた。
「うむ。まぁ既に思い當たってはいるかもしれないが、我が校の怪談並びに現在古戸萩の地に蔓延っている噂について々意見を聞きたくてね」
八柳の口から當初予想していた容と、し発展した疑義が出されて思わず首を傾げる。
「街の噂、ですか?」
「ああ。我が校の七不思議だけでなく、街で話される不可思議な噂が、現在異様に出回っていることは君たちも理解しているね? どちらも『本』の怪異として実を伴うようになっている」
「それは……」
『本の怪異』などとわざわざ口に出されて言い淀む。悠々とした口調でとても常識とは思えない発言をする校長に、ここに來て々驚きを抱いてしまう。
オカルト研究同好會などと厳粛な教育者としては認め難いだろう同好會の支援などやっているのだから、そちらに傾倒とまでは言わないが理解があるのは分かり切ってはいるものの、ここまで真面目にその舌に乗せるとは意外も意外である。況して學校関係者以外の客人が隣にいるのにだ。
宮杜も話を聞きたいと言ってる以上は同じの何やらではあるのだろうが、この目の前の紳士然たる初老の男も偏見なくけれているのが不思議で仕方ない。
「お聞きしたいのはつまりは本となった怪談の詳細ということでしょうか? 生憎、まだ僕たちは街の方の噂には著手もしていないのですが……」
訊ねるのは嵩原だ。宮杜の登場に複雑そうな表など浮かべていたのだが気を取り直したのか八柳にと質問の意図を問う。
意見を聞きたいというのも漠然としている。問いに答えたくとも求める真意が理解出來なくては答えようがない。
「ああ。それも聞かせてもらいたいのだが」
「お話というのはこの異常事態に対して解決のために協力してもらえるかと、つまりは一緒に対策に乗り出してはもらえないかとの要請です」
「え?」
八柳の発言を遮って宮杜が真っ直ぐ過ぎる本音を四人にとぶつけた。話が急に変わり過ぎである。意表を突かれて固まる四人の前で、八柳が困り顔で宮杜を窘めた。
「宮杜さん……」
「無為に時間を掛けても被害が広がるばかりです。ここは出來るだけ早急の対応をするべきでしょう。この場を設けたのもそれが目的であるはず。彼らも真実の一端にれているのです、どの道説明は必要なはずですが」
宮杜は譲らない。八柳をじっと見據えて必要なことなのだと強く請う。八柳も承諾はしているのかそれ以上反論を口にするでもなく諦めたように瞳を伏せた。
「……彼らには重い真実となるでしょうな」
「それでも関わりを持ったのなら無知ではいられませんよ」
今にも重いため息を吐きそうな八柳に返る答えはしばかり當たりが強い。
自分たちを置いて繰り広げられる二人のやり取りに樹本は僅かな違和を抱いた。宮杜は客だと紹介はされている。學校の責任者として八柳が丁重に対応することはおかしな話ではないが、それにしては宮杜の威勢が々強過ぎる気がした。
片や一つの教育施設の長であり、片や役場の職員である。役職による優劣や実際の力関係など樹本の把握する所ではないが、それにしてもこの話においては宮杜の立場の方が八柳よりも上のように樹本にはじられた。
深刻とまではいかないピリッとした空気が辺りに満ちる。
一自分たちは何を請われようとしているのか。不安が顔を覗かせた所で、軽快なノックの音が室に響いた。八柳の返事に駒津が盆を片手にってくる。途端に漂うコーヒーの芳しい香り。
そそと六人の元にまで進むと駒津はトントンとカップを置いていった。三々五々にと謝の聲を掛けていく。
「はいどうぞ。砂糖にミルクはご自由に。宮杜さんもどうぞ」
「すまないね」
「頂きます」
張り詰めた空気が僅かに緩む。駒津は平素と同様、眠たげな顔のままに給仕を済ますとそのまま部屋を出て行った。顧問として一緒に話を聞く気はないようだ。
何はともあれ、駒津の登場によりぬるりとき出した空気で、それに促されるように八柳が口を開いた。
「うむ……。まぁ、つまり我々の用件というのは共にこの街を覆う暗雲を払ってはくれないかと、そのような申し出なのだよ」
「……暗雲というのは穏やかではありませんね。この街にあなた方が懸念を抱くほどの危急が訪れていると、そう仰るんですか?」
懐疑を隠しもしないで蘆屋が問い掛ける。いきなり危機的狀況にあるなどと言われた所で信じ難いのは樹本も同じだが、そう骨に不審な目など向けてしまっても大丈夫か。心配はしかし平然と言葉を返す宮杜によって杞憂となった。
「実際に街にはなくない混が生まれています。これまで空想、あるいは虛偽の中でしか存在を認識することもなかった常軌を逸した現象が多々起こっているのです。充分に早急な対応が必要だと思いますが」
「……」
そう言われると反論も出來ない。
街に広がる本となってしまった噂の數々。それらが住民の生活にどれほどの影響を與えるのかは樹本たちだって想像は簡単に出來る。なんたって昨日、正に命にも関わる事態にと発展し掛けたのだから。
「……対応が必要、つまり現在引き起こされている諸現象に関し、あなた方は対応出來るものであると、そのような見解を抱いているのですね。つまりは多數の超常あるいは怪異と稱されるそれら不可思議な存在について、ある程度の解析ないしは生まれた本原因を理解していると見なしてもよろしいでしょうか? なんら手掛かりのない狀態で我々一介の生徒に助力を求めるとも思えませんし」
問い掛けたのは嵩原だ。宮杜の発言を鋭く突いた彼に八柳が軽く目を瞠る。
確かに。常識では図れない異常な現象を前にし、多數への影響が問題視されるとしてもそれで直ぐに解決のためにくとなるものなのか。問題の本を見通す、それから解決のための道標を見出すのは樹本たちが散々に関わってきた噂話の調査にも通ずるものである。
であるならば、八柳に宮杜、現狀の問題にも言及しまた解決のための対応を求める彼らは、そのための方策もある程度は検討済みであると、そんな理屈にもなるはず。
言外に含んだ意図を読み取った嵩原への答えは、なんら顔の変わらない宮杜から平然と返された。
「本原因を知っているとは正にその通り。あなたには、以前にお話もしたかと思いますが」
え?と思わず嵩原に目を向ける。噂が実化する、その理由を嵩原は知っていた? それも宮杜に教わって?
意外な返しに嵩原に視線が集まる。當の本人はやはりそうかと言わんばかりに苦渋をその表面に浮かべた。心當たりがあると雄弁に語っている。
「え? そうなのか嵩原?」
「ど、どういうこと……?」
思わずと問えば苦笑だけが返される。その力ない笑みはどこか途方に暮れたようにも見えた。
「おや? そちらの方にもお教えしたと思うのですが」
「え!? 僕!?」
「えー? 俺だけ仲間外れ?」
水を向けられて心當たりのなさに素っ頓狂な聲を出してしまう。いつそんな話をしたと必死に記憶を巡らせる樹本の耳には不満を滲ませる檜山の聲など屆いてはいない。
「彼はその時倒れ掛けていましたから。だからそちらのお話は耳にってなかったと思いますよ」
「そういえば力されていたような……。あの時はそちらの檜山君だけが不在でしたっけ。あなた方三名にお話を伺いに行って……。ああ、もう一人お友だちがいましたよね。彼も知っているはずですが、本日は行を共にしていないので?」
何気ない質問だ。だが、その問いにより室の空気が一変する。樹本は顔を強張らせ、嵩原は無表になり、檜山は沈んだ様子で顔を伏せてしまった。
事を知る側で平然としているのは蘆屋のみだ。気まずい空気を纏う生徒たちに大人たちも一瞬息を呑む。
ピタリと會話の止まった室になんとも言えない沈黙が広がる。気まずさに満ちたその空気を冷靜な蘆屋の聲が切り裂いた。
「……話を戻しましょう。宮杜さんは現狀の多數の実化した噂話の、その本の原因を把握している。そういうことですね?」
「……ええ。私だけでなく、八柳さんも駒津さんも存じていることです」
気を取り直してと明かされた答えに蘆屋は軽く眉間にシワなど寄せる。報を隠されていたことへの不満なのか、あるいはこのあとの展開に対する懸念であるのかは分からない。ただなくとも解決の糸口を得られたと、そう安堵している訳ではないのは確かだ。
「その原因とは、一なんでしょうか?」
問われ、勿振ることもなく宮杜はあっさりと口に出した。
「原因はこの土地そのものです。古戸萩という土地は、昔から噂話が現実のものとなり易い希有な土地柄なのです」
そう、更に信じ難い話を真面目な顔で語るのだった。
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