《高校生男子による怪異探訪》26.他人は自分を

明くる日は昨日と変わりなく訪れる。昨日の曇天を引き摺るように灰の雲が空全を覆い、日差しも遮られて芯に響く寒さがを震わせる。

白く煙る息を誰彼問わずに吐き出して、そして日常は當然のように繰り返される。

教室の騒がしさもいつも通り。年末に向けて忙しい空気に包まれる街の気配に便乗するようにその口で來たるクリスマス、更には年越しについて各々の予定など話し合う聲がそこかしこから上がる。ざわざわと落ち著かない喧騒に満ちる教室で、しかし樹本たちの纏う空気だけはとても重い。

三人は集まって話し合うこともなく自席に留まったままでいる。楽しげなクラスメートなど後目に、深く何かを考え込んでいたりぼうっと宙を眺めていたり。傍から見れば々違和を抱く様子ではあっただろう。けれど三人には他人の視線など気にする余裕は微塵もなかった。

樹本はじっと機に視線を落としてただ昨日の出來事を何度も思い返していた。

桃花の話。噂の実化。永野の力。永野の言葉。

次から次にとまるでメリーゴーランドにでも乗っていたかのように事態はきにいた。様変わりする景は現実の変化と共に樹本の心境にも変化をもたらす。一日経ち思考も大分と落ち著きを取り戻していたが、それでも樹本にとって永野真人という人はもう正の分からない不審な者にとり下がっていた。

彼の持つ力。言霊。吐き出す言葉に確かな力を宿らせる、恐らくは萬能と思われる能力。怪異を意のままにるだけでなく生きた人間の意識にまで重度の干渉を行えるとする力。彼は自らそれを明かしそして樹本たちに牽制を放った。己の邪魔はするなと。邪魔をするならその意識を変えて何もなかったことにしてやると。彼は確かにそう告げた。

そんな人間ではなかったはずだ。樹本の記憶にある永野の人柄はただ不用に優しく己の意を強に貫くようなそんな人間ではなかった。なかったはずだが、しかし宣言は本人の口から正気の元に吐かれたものだ。疑いの余地なくそれは永野の本音には違いなくて、そして今の樹本はこれまで見知った永野の姿にこそ疑念を抱くようになっていた。

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今まで自分たちと仲良くしていたあの姿、あれは本當に永野真人という人間であったのか。困ったように笑うその顔の裏側で全てを騙して嗤う姿がなかったと否定することももう出來ない。

だって彼はもう自分たちに言霊の力だって使用したのだから。思い出すのは三度目の拒絶の時。永野を糾弾する子との対決を終えて再度向き合ったそこで、永野は自分たちを拒絶すると同時に『関わるな』と言霊に乗せて命令を下したのだろう。

今ならば分かる。あの永野にだけどうしてか関わりを持つ気にもなれなくなった異常な神狀態は、それが言霊による干渉であったから生じたものなのだろう。『己に関わることを止する』という命令に樹本たちは強制的に従わされたのだ。

己の意思を意図して歪まされた。もう既に永野は言霊による恣意的な干渉を行っていた。その事実は、重く重く樹本の、いや樹本たちの意識に暗く永野への不信を芽生えさせた。

昨日は結局永野のあとを負うことも出來ずに全員無言でそれぞれの帰路に著いた。判明した事実があまりに衝撃的で上手くけ止めることも出來なかったからだ。宮杜は気付けばいなくなっていた。それさえ大して気にもならない。多分、皆の意識にあったのは最後まで顔の見えなかった永野のことだっただろう。

チラリと樹本は斜め後ろの永野の席に目をやった。本日永野は學校を欠席している。邪推などしたくはないが昨日のことが影響していると思われた。気にはなるが、同時にほっと安堵している己も樹本は自覚していた。

今更どんな顔をして永野と向き合えば良いのか。もう樹本には何も分からなかった。

ぼんやりとした意識のまま授業をけ、心ここにあらずと集中を欠いていても勝手に時刻は進むものだ。

一限目の授業が終わり、二限目も恙なく擔當教師が退室したその時に不意に樹本は肩を強かに叩かれた。バンバンと容赦なく呼び止めるその手に顔を顰めながら振り返れば、そこにはクラスの男子數名がなんとも言えない表で屯している。そのの中に檜山と嵩原の姿も見付けて樹本は何事だと目をぱちくりさせた。

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「ちょっと今いいか?」

聲を潛めこそりと了承を取りに來たのは濱田だ。いつもならもっと快活とした表など浮かべている彼もどうしてか眉など寄せて困った風でいる。

困り事か何かの相談か。申し訳ないが、今の樹本に他人の悩みに寄り添えるだけの余裕はない。

「…ごめん。僕今ちょっと」

「永野のことで聞きたいことがあるんだよ。し時間くれねぇ?」

斷ろうとした所を樹本にとっても悩み深い名前を出されて思わず口を噤む。濱田の顔を見上げると心底困ったと彼は縋るような眼差しを樹本に向けていた。

他人の悩みに関わっている余裕はない。そう思えど、だからといってここで無礙に斷る選択も樹本は採れない。その名前を聞いて何も知らないと振る舞うことは出來なかった。

致し方なく濱田の申し出を了承する。するとほっと濱田が一息吐くよりも先に他男子がざざっと樹本を取り込んで円陣なんぞ作り上げた。

「え、何」

「しっ! 聲がでかい!」

人差し指を立てて注意を飛ばすのは佐伯だ。その聲の方が大きいと樹本は不満もわに目を眇めるが、佐伯以下男子は全く頓著せずに顔を寄せてきて緒話の様相を整え出したので閉口せざるを得ない。

共に円陣の一角を擔うに至っている檜山と嵩原の両名に何事だと目線で訴えても、片方は首を捻ってもう片方は肩を竦めてと要領を得ない。仕方なく樹本は濱田並びに他男子勢に胡な眼差しを投げた。

「……それで? 何、聞きたいことって?」

「ああ、うん、その。ほら、今日って永野休んだじゃん。それってさ、その」

さっさと本題にれと水を向ければしどろもどろに返される。視線も彷徨わせ落ち著きなく指同士をくっつき合わせる姿は非常に見苦しい。

更に樹本の目が細まっていく中、自信なさげに、というよりはばつの悪そうに濱田は言った。

「その、それは俺たちの所為、なのかな?」

「……は?」

ポカリと口を開けっ放して固まる。何を急に言い出したのか。樹本の心の驚愕を察したか、濱田はだってと言葉を重ねて続けた。

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「いやほら、元々永野がクラスで孤立しちまったのは俺たちの所為だし、ずっと拗れたまんまでいたからあいつとうとう學校に來るのも嫌になったかなって」

「……それが濱田君たちの所為になるの? 拗れたのも永野が近寄らせるの拒んだからじゃ」

「いやそれはそうなんだけどさ。でも元々は俺らが最初に喧嘩吹っ掛けたんじゃん。お前たちと仲良いのはの子と仲良くするためーとか。あれ今考えたら本當ひでぇ言い掛かりだったなって」

「その點については反省しているし名譽回復のための虛偽発言の撤回の準備は出來てる」

「右に同じ」

樹本の指摘に居心地悪そうに反省を述べる濱田の発言のあとを佐伯、池の二名が引き継いだ。彼らは己が発した言のその撤回並びに永野の名譽回復の責を取るつもりではあるようだった。

「ああ、うん。それは謝った方がいいだろう、けど……」

「永野が全然話聞いてくれなくて焦れてた部分はあんだけどさ、でもだからってとりあえずお前たちを一番槍に據えて傍観、てのは良くなかったかなって。それ結局あいつを針の筵にしちまってただけで、もっと俺らの方から歩み寄ってりゃ結果は違ったのかなって、なんかすんごい後悔が出て來ちまってさ。だから休んだのも気になって」

濱田の言い分に目を瞬いてしまう。當初は永野への謝罪にと何度もアタックを繰り返していたクラスの人間も、檜山が突撃を止めた辺りで同じく大人しくなっていたのは永野の取り付く島もない様子に嫌気が差したからではないのか。

信じられない思いで目を剝く樹本に更に他男子の言い分が重ねられる。

「ここまで永野が頑なに拒み続けるとも正直思ってなかったんだよな。あいつ、酷い悪口言われても表面上は大して気にしてないじだったし、俺たちが何度か失禮な言いしてもその場ではこの野郎と怒りはするけど直ぐに流すだろ? だから今回も直ぐけろっと許してくれるかなって甘く考えてた所はあった、正直」

「冗談の延長の諍いと今回の一方的な言い掛かりを一緒に考えたのがそもそも間違いだってことは分かってる……。だから、どうにかあいつと連絡著かないか? 俺たちの所為で學校に來るのが嫌になってるっていうなら放っとけねぇよ」

「檜山も嵩原もどうなんだ? というかあいつと話出來てる? 俺たちの謝罪する余地ってないか?」

樹本だけでなく檜山と嵩原も巻き込み男子たちは好き好きに永野への渡りを求めてくる。

樹本は軽く混した。永野のことは、もう皆とっくに呆れやら何やらで諦めてしまったと思っていたから。

「……皆、そんなに永野のこと気にしてたの?」

「え? そりゃそうだろ」

「悪いことしたって思ってたし。今でも変な噂流れてたりするけどあいつそんな人間じゃないだろ」

「そうそう。口も目付きも悪いけど優しい奴だよな。ほら、夏休みの時も檜山のこと気にしてやってたし」

「え?」

突然に名前を呼ばれて檜山は聲を上げた。あー、と本人を差し置いて納得の聲を上げる人間もいる一方、よせよと発言者を諫める者もいる。

なんだと同じく思い至っていない樹本が檜山と一緒に視線を向けると、発言者は気まずそうにしながらも答えた。

「ほら、夏休みの登校日。お前凹んでたろ。それをあいつは理由をクラスの奴に教えて、で、あまり表立って突いてやんなって言ってたの。お前が気にするといけないからって」

「……あ……」

「濱田が言われたんだっけ?」

「そう。掃除當番一緒だったから。何を過保護なこと言ってんだろって思ったけど檜山のこと気にしてたから手回ししてたんだよな。まぁ、実際にデリケートな話題だったし、下手にどうした!なんて突撃かまさずに済んだから正しいっちゃ正しかった訳だけど」

「結構あいつそういう気遣いさらっとやるよな。正しいと思ったら臆しないっていうか。ほら、去年の春頃の、樹本を表立って庇いに行ったのだって永野だったろ」

「あー、うわ懐かしー」

今度は樹本に飛び火する。きょとりと目を瞬くしか出來ない樹本を置いて濱田たちは気にせずに懐かしい思い出を語っていく。

「あの時も學校の中はいろいろ荒れてたよな」

「まぁ天気もおかしかったし変な病気も流行ってたしな。皆ピリピリすんのも仕方ないっちゃ仕方なかっただろ」

「それでも樹本槍玉に挙げられてたのは可哀相だったろ。病原菌扱いとか今時の小學生もやらねぇ嫌がらせなんじゃね? いくらから病人出たって噂流れてたにしてもさぁ」

「ちょっと酷かったよな。だからまぁ子たちなんかは結託して守りにったし、そこに永野も下らねぇことやってんなって態度見せたから真面な思考してた奴らは樹本擁護にいたしな。俺も嫌がらせする連中白けた目で見てた口」

「あの狀況で己貫いて先輩相手にだって引かなかった永野強いと思ったね。まぁ同クラになったら意外とヘタレであれぇ?とはなったけど」

好き勝手に永野に対する批評を口にする。次から次に明かされる過去の永野の振る舞い。

それらを樹本たちは呆気に取られたようにただ黙って聞いていた。

「あいつ良い奴だしさ、俺らが全面的に悪いことしたんだから謝りたいんだよ。あいつが話聞いてくれるってなったら俺たちのことも話題に出してくれね? 本當お願いします」

語るだけ語って最後に濱田たちはそう頭を下げて樹本たちに乞うた。永野を素直に気遣う男子勢の勢いに呑まれ、唯々諾々と樹本たちは頷くより他になかった。

時は過ぎ晝。晝休みだとざわつく空気で三人も倣いで機を引き寄せ卓を囲む。未だ三人だけで集まると空気は重くなるものの、それでも朝の時のような何も語りたくないと思うほどの凝り固まった重さはもうない。

空虛に沈黙が流れるが、やがてその沈黙を嵩原が打ち破った。

「……さっきの話、どう思った?」

唐突に投げられた問いは細部を欠いている。のない中は理解を阻むのが普通だろうが、幸いあるいは生憎と『さっき』という時間には心當たりがあり過ぎた。すっと嵩原から目線を逸らして低く答える。

「どうって……」

「……永野に謝ろうって話?」

らしくなく小さな呟きで以て訊ねる檜山に嵩原は首を橫に振った。

「そっちじゃなくて。真人の総評。皆好き勝手話してたでしょ」

「ああ……」

過去の永野の振る舞いを含めての人評。関わりのあった當人さえ忘れていた思い出の話。

「……それが?」

訊ねられたのを反対に聞き返す。話に上った記憶は確かに樹本にも覚えはある。あるが、だからなんだという。依然嵩原の問いの意図する所は読めない。

「俺たちは昨日、宮杜さんに訊ねられて真人の人評を明らかにした訳だ。優しく押しが弱くてヘタレ。度々俺たちを助けてくれるお人好し、てね」

「……うん」

その評価だって結局はその後の永野自の振る舞いにより実のない空想に様変わりしてしまった。永野の人となりなど今の樹本たちには一言だって語れない。

「これと、さっき濱田たちが好き勝手言ってた人評、容が違ってたと思わない?」

「……ん?」

「あー……。だな。俺たちの知ってる永野とちょっと印象違ってたよな」

疑問の聲を上げる樹本と違い檜山は実にあっさりと嵩原の言を肯定した。理解が出來ずに樹本は目を白黒させる。

「え? 違いなんてあった?」

「あったぞ。俺たちは永野はあんまり主張はしないで話を聞いてくれる人間だって思ってたけど、でも濱田たちは正しいと思ったら強気にも出るって言ってた。嫌がらせに面と向かって下らないって言うって」

「……あ……」

それは自分にも関係のある逸話だった。覚えがあると思ったのに樹本は話の流れに結び付けることも出來ていなかった。

檜山の指摘に嵩原は満足げに頷きを返す。

「そうだね。言われてみると確かに真人は々頑固な所が見られた。自分の中でこうと決めたのなら決して譲らない、聖を庇いに行ったのも真人の中で納得がいかなかったからそうしたのかもね」

「……」

「濱田たちの話を聞いてね、ちょっと自信が揺らいじゃったというか、俺たちの語った真人の人評はあれは正しかったのかなって。間違ってるとまでは言わないけどね、でもあれが全てではなかったかってそんな風にも考えてるんだよ。一面しか見てなかったかなって」

ふっと嵩原は口端に小さな笑みを浮かべる。自嘲というには気楽な、まるで普段肩を竦めてやれやれと首を振る時のような雰囲気の軽い笑みは、己の至らなさを嘆いている訳でもないらしい。

ならば今、何故こんなことを言い出したのか。反省でも自嘲でもなく永野の話題を出す意図は何か、樹本はその言葉を脳で反芻する。

「永野の一面か」

「果たして俺たちは真に真人を理解してると言えるのか。なんだかそう疑問に思っちゃったんだよね」

今度は実際に肩を竦めてみせて嵩原は言った。なんの気なしに語られた軽口のような疑念。その一言はぐるぐると思考の渦にどっぷり浸かる樹本の意識にすっとどうしてか染み込んだ。

思考しているのかそれとも晝食を摂っているのか、深く考え込みながらも弁當を片付けた晝休みも後半に差し掛かろうかという時間帯、不意に樹本たちは「呼ばれてるぞ」とクラスメートに聲を掛けられた。

「誰?」

「分かんね。でも一年の子だぞ」

確認を取るも心當たりはない。一年生子ともなると思い當たるのは朝日くらいしかいないが、彼ならば名も顔も他學年にだって知れ渡ってはいるはず。

恐らく彼ではないだろうと當たりを付けつつ三人が廊下にと顔を出せば、そこには何度か顔を合わせた朝日の友人たちがいた。

「あれ、君たち……」

「お、お晝休みに失禮します」

聲を掛ければペコリと頭を下げられる。挨拶もそこそこに樹本たちはなんの用だとその用向きを訊ねた。こうしてわざわざ出向かれるだけの何かが自分たちと彼たちの間にあるとは思えない。

當然の疑問であるが、しかし彼たちは言い出し難いのか、あるいは踏ん切りが著かないのか恐した様子で自分たちを眺めるだけだ。視線を彷徨かせる彼たちの様子を把握し、ならばと一先ず人気のない場所で話は伺うと耳目集まる教室出り口から離れることにした。向かった先は渡り廊下手前だ。

周囲に人気がないことを確認して話を切り出す。

「えっと、それで今日はどうしたの?」

話を振るもよくよく考えてみれば多の気まずさがある。

らとは朝日の本音を聞き出す際に蘆屋がちょっとした諍いなどしてしまっていた。樹本たちが直接言葉をわすことはなかったものの、そのあとに彼らを騙すようにして朝日から話を聞き出したことは不誠実ではあると思う。

まさかそれがバレた?などと中で焦る樹本を後目に、友人たちは口を開いた。

「あの、私たち、今日は永野先輩に謝りに來たんです」

「え? 永野?」

またもや予想だにしない相談相手の名が出て來た。クラスメートならいざ知らず朝日の友人たちが永野相手に何を謝るというのか。さっぱりと想像も著かない。

「生憎今日は永野休んでて……」

「はい。先輩方を呼んでもらう際に教えてもらいました。あの、永野先輩は調を崩されて……?」

「ああ、うん」

なんと答えたらいいものか。頭を悩ませる樹本のフォローのつもりか、嵩原がひょこりと間にった。

「ここの所寒くなってきたからね。ま、心配するほどではないよ。それで君たちはなんだって真人に謝りたいなんて言い出したのかな? もしかして噂を信じたことに対して? だとしたら律儀だね」

「あ……、その……」

らかく訊ねるのに友人らは頬を赤らめながらも気まずげに視線を逸らす。照れというよりもれられたくない部分をれられたと言わんばかりに顔を伏せるのにおやと嵩原が眉を跳ね上げさせた。

「ああ、ごめんね。ちょっと無遠慮だったかな」

「い、いえ。……その、私たち、間違ったことをしちゃったから……」

瞬時に引いてみせた嵩原に反対に口が緩んだか、それからポツポツと子たちは永野に謝りに來たその理由を明かした。

先々週、まだ校で永野への悪意の噂が猛威をっていた頃、唯一と永野の味方をする朝日に非難の聲が上げられた。彼は同クラスの子生徒に衆人環視の中糾弾され、それに目の前の友人たちも同調してしまったらしい。

「あの頃は噂が真実なんだと疑いもしてなくて、だから永野先輩も悪い人なんだと信じ切ってたんです。そんな人に味方する春乃もおかしいって……、皆で……」

たった一人を取り囲み、あんたはおかしいと聲高に子の言に乗っかって自分たちも朝日を責めてしまった。その時はこれが正しいのだと迷いはなかった。

「春乃は言い返してました。『先輩は噂にあるような人じゃない』って。信じられませんでしたけど、そこに永野先輩も現れて」

そして永野は糾弾する子に周囲の生徒に激烈な反論を述べた。『拠があって責めてるんだろうな』、『噂を鵜呑みにしただけじゃなくて非難出來るだけの証拠をちゃんと持ってるんだろうな』と。

永野の指摘は正當だった。皆噂を信じただけであって本當のことなど何も理解していない。それを永野に示されて彼たちは自分たちのやったことをまざまざと理解させられた。

「永野先輩に言われました。“友だちならまず本人の話を聞いてやれ”と。その通りでした。私たちは噂を信じる前にまず春乃に真実かどうか聞くべきでした」

「言われるまで気付きもしませんでしたけど……。でも、だから春乃に酷いことをしてしまったって反省して謝ることも出來ました。永野先輩が言ってくれたからです。迷を掛けてしまって、永野先輩にも謝りたかったんですけど中々行けなくて」

「でもいつまでも黙ったままではいられないから今日覚悟をして來たんです。春乃が嫌われたっていうのも、もしかして私たちが原因だったりするんじゃないかと思ったら……」

そうやってしょんぼり肩を落とす。やっとが生えたような足を上げて二年の教室にまで乗り込んではみたものの、しかし目當ての人は丁度學校を欠席していて會えなかったと。彼たちの『謝罪をする』という覚悟は先延ばしにされた形となった訳だ。

「それは殘念だったね」

「いえ、今日會えなかったことは仕方ないなと思いますけど、でも永野先輩は大丈夫なんですか? 調不良と仰いましたけど、もしかして本當は今流れてる噂と関係が……?」

樹本たちを見上げる瞳には、己の目的が達出來なかったことに対する悲観はなく純粋な心配のが見て取れる。彼たちは心底永野の安否を気に掛けているようだった。

「……そうだね。無関係ではないかな」

「やっぱり……。あの、大丈夫なんですか? 永野先輩に何かあったんじゃ……」

「うん、まぁ、ちょっとなぁ」

「……君たちはえらく真人に同的というか肩を持つんだね。また噂を信じる人間だって出て來てるはずなのに」

また話を躱すためにか嵩原が疑問を口に出す。謝罪したいと言って訪いまでしたのだから彼らが永野の悪い噂を信じるとも思えないのだが、それに彼たちは當然だとばかりに頷きを返した。

「永野先輩が噂にあるような酷い人じゃないってもう知ってますから」

「春乃のことだってして庇ったんです。噂通りの人なら絶対そんなことしない」

「春乃を庇った時の先輩は自分のことなんか全然後回しにしてました。ただどうにか春乃を助けないとって、そんな風に考えていたと思うんです。他人をあんなに一生懸命に守ろうとする人が悪い人だなんて思えません」

口々に友人らは永野への擁護を積み重ねていく。朝日を守り大衆の前に立って謂われのない風聞を否定してみせた。その懸命な振る舞いを彼らはいっそ絶賛するように肯定していく。

樹本たちの知らない永野の闘。それを語り終えたあと、そっと溢された言葉が確かに樹本たちのを貫いた。

「永野先輩は本當に優しい人ですよね。誰かのために立ち向かえる人です。春乃が好きになるのも分かる気がします」

はにかむようにして告げられた言葉が、ガラス一枚隔てたような曖昧な意識に確かな楔となって突き立った。

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