《高校生男子による怪異探訪》27.映す鏡

放課後になると樹本は他二人も連れて部室棟にと向かった。

目的地はオカ研部室。既に約束は取り付けてある。蘆屋に相談したいことがあったのだ。

「やぁ。一昨日振りだね」

本日も一人狹い部室にて収集した噂の検証報告書など纏めていた蘆屋は三人を快く招いてくれる。室の際にちらりと彼らの後方を確認したのはあと一人がいるか気になったのか。

「これまでの報告書、纏めてるんですか」

「ああ。まぁ、これがこの同好會の本分ではあるからな」

視界にった紙の束を深く考えもせず話題に上らせる。答える蘆屋の顔には苦笑が浮かび、そういえば同好會の有り様について蘆屋は八柳に隠し事をされていたのを思い出した。

「えっと、やっぱり納得はされていませんか?」

かに己の集めたデータを流用されていたことについてはそうだな。統制機関云々についてはまた別だが」

「気持ちは分かりますよ。都合良く扱われていたと考えると気分は良くない」

嵩原の同意にも蘆屋は苦笑を溢すのみ。否定はしないが、ただ口を閉ざしただけというのはほぼ肯定を返したに等しい。

「先輩、校長のこと怒ってる?」

「怒ってる……とは違うな。先にも言ったが匿するその理由については納得はいってるんだ。安易に広められる話ではなく打ち明ける対象は厳選に厳選を重ねるべきだとも思う。私は己をその厳選の枠の中に當然の如くれるべきだと思えるほどに己を買ってはいない」

「會長さん以上に取り込むべく人材もいないとは思いますけど。個人的には」

冗談なのか本気なのか分からない嵩原の軽い賛辭に「そうかい?」などと満更でもない返しをする蘆屋を眺め、八柳が真実を明かさずにおいたことについて樹本は中でそっと理解出來なくはないとその判斷に同意を寄せた。

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樹本がオカ研などという趣味にも嗜好にも全く添わない同好會などに所屬するに至ったのは『凍雨』が切っ掛けである。

あの事件の折に中心に近い位置に立っていた己に目を付けた蘆屋に粘著、基話を聞かせてくれと何度も呼び出しを食らわされ、繰り返しているに気付けば同好會員に勝手に登録などされて逃げ場を潰されてしまっていた。今こうしてオカ研などという七不思議のオチとしても登録されている不気味極まりない部屋に詰めているのも、全てはあの時の長雨に関わったからに他ならないのだ。

その凍雨の解決に際し、盡力を果たしたのは間違いなく永野であるという認識が樹本にはある。あれもまた永野の持つ言霊の力が働いた結果なのではと漠然と今振り返りもするが、當時はその解決法を蘆屋は気にして気にして何度も樹本を呼び寄せた訳である。

つまりは蘆屋の狙いは永野(的に彼を指名した訳でもないが)であり、樹本も素直に白狀していたのならオカ研同好會員として登録されることもなかったかもしれない。

真実を語らなかったのは永野に対する恩義故だ。自分と、そして病に倒れた姉が助かったのは永野のおかげである。

ただでさえ永野には校で謂われなき風評に曬されて辛い立場にあった所を間接的に助けられてもいたのだ。返すべき恩はあれど仇として彼を売るという選択を採ることを樹本は己に良しとすることは出來なかった。

故に永野の存在は今年度、朝日の告白に端を発した騒によるシワ寄せが及ぶまで厳重に匿し続けていたのだ。

尤も、そんな恩義ですら濱田たちに指摘されるまで樹本の頭からポンと抜け出てしまっていたのだが。

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「まぁ、私の話は別にいいだろう。それで? 今日は一どうしたんだい?」

トントンと紙束を纏めて脇に退かしつつ蘆屋の方から用向きを訊ねてくる。深く思考の海に潛り込んだ意識を切り換え樹本は目の前の頼れる助言者に素直に來訪理由を明かした。

「今日は、會長からは永野はどんな人間に見えているかを聞きたくて來ました」

「うん? 永野君かい?」

きょとりと蘆屋は目を瞬かせる。脈絡のない問いなのだからそんな反応を返すのも當然だろう。樹本たちとてその自覚はある。それでも引き下がる気はない。

「はい。會長には永野はどんな人間に見えていましたか?」

「……ふむ」

真剣に真っ直ぐと問い掛ける樹本の顔を見返し、顎に手を當てて考える素振りを見せた蘆屋は本意を問うこともなくそのまま質問に答えた。

「私から見た永野君は、そうだね、思慮深い人だと思うよ。言葉數こそないが、彼は表に出さないだけでそので深く事を捉えているのではないかと思う」

「思慮深い、ですか?」

「彼は一見すればあまり己の意見も口にせず、その場の意思決定を他者に委ねてしまっているようにも思えるかもしれない。しかし実際にはきちんと己の考えを持ち、そして必要であるならば言葉に出すことも厭いはしない」

ほらあの時のように、と空に指を閃かせて蘆屋は訴えるが、そのあの時というのがどの時なのか分からずに首を傾げる。

「それっていつのことです?」

「先日の方ではない七不思議の検証會だよ。夏休みに実行した方だね。子トイレの検証後に下手を打った私に対して彼は真正面から非難をぶつけてくれた」

「あー……」

もう數ヶ月前と結構な期間の開きもある懐かしい記憶を掘り起こされて気の抜けた聲がから溢れ落ちる。

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開いた記憶の扉から持ち出すに、その時は止されていた降霊を手違いにより行って窮地に追い込まれたはずだ。蘆屋曰く降霊の実行は予定にはなく、しかしそのことを事前に通達してもいなく結果樹本たちはメモにある通りに儀式を行ってしまった。

あれは結局蘆屋の抜けと危険だと理解して強行した自分たち雙方の落ち度があったとして痛み分けという形で落ち著けたと記憶はしている。

「あの時の彼の苦言は君たちが危ない橋を渡ったという事実だけでなく、私が君たちを騙して危地へと追いやったための怒りも原力としてはあったのではないかな? 彼の中では私を追及するだけの理由があり、だからこそ臆せずに面と向かい言葉にもした。彼は君たちのためにこそ聲を張り上げもしたのだと思うよ」

「……」

當時は、痛ましい事件の詳細に更に己が行った不躾にも程がある降霊の実態を知り永野がどうして蘆屋にと食って掛かったのかも深くは考えずにいた。実際に蘆屋の謝罪をけてお前も言い過ぎだろといった視線を向けた記憶もある。

だが、蘆屋の口から語られるとそんな気もしてきた。自分の中の永野のイメージは、不平不満をそう親好も深くない相手にぶつけられるほど豪膽な格はしていないと思えるから余計に。

「彼はもしかしたら大切だと思えるものには存外素直にそれを表せる人間なのかもしれないな。それは労りであったりあるいは苦言であったり。普段の口數のなさが噓のように言葉を盡くすことに遠慮も躊躇いもしない。彼の中にあるなる線の中にり込んだ相手に関して、彼は遠慮容赦なく手をばせる人間なのではないかな?」

なる線……」

「私の勝手な見解だがね。君たちは彼の線の側にしっかりとっているとは思うがな」

「……そうかなぁ。まだ俺たちと仲良くしたいと思ってくれてるかなぁ」

「自信がないかい、檜山君? 君のことだって彼は大切に思っていてくれてるだろう。でなければあの夜の公園で君へと掛けた暖かな言葉も噓になってしまう」

はっと檜山は顔を上げた。忘れていた事実を思い出した檜山を蘆屋はらかな笑みで以て迎える。

「己へ複雑なを抱いていることを理解しそのために心さえ歪めてしまった友人を、それでもお前はお前だと引き戻すその心地というのは、ただ熱烈な告白を口にするより余程に満ちていると私は思うがね」

そういって蘆屋は眩しいものでも見るように目を細めた。

禮を言いオカ研部室を辭去する。そう時間も掛けていなかったはずなのだが校には暗い影がそこかしこに落ちている。

今日一日、いろいろと考えさせられた事柄についてそれぞれのでこれから考察なり結論なりを弾き出す、そう口に出さずともやるべきことに対しての決意なりなんなりをでこねくり回していたものだから會話も乏しく沈黙が校舎を行く三人の間に広がっていた、のだが。

「三人共、ちょっと良い?」

靜かな空気は耳慣れたクラスメートの聲により打ち破られた。

「あ、あれ、二岡さん?」

部室棟から本校舎にと渡るその通路、半屋外となっている寒々としたそこに鼻の頭を赤くして二岡が隠れるように立っている。

偶々出會した訳でもないだろう。二岡の目は確かな意図を持ってしっかりと三人の姿を捉えていた。

「やぁ。こんな所で待ちぼうけかい? 言ってくれたら時間だって取ったのに、寒かったでしょう?」

「そうね。時間をもらえないか聲を掛ければ良かったわね。つい、そっちも忙しそうにしてたから話し掛け難かったのよね。……蘆屋先輩には、永野のこと聞いてたの?」

ポツリと名を出される。探るような目を向けられて答えに窮した。

二岡とは既に永野への対処如何に関して話を著けてはいる。自分たちがまずはくからと、自責の念に駆られて暴走の兆しの見えていた二岡を押し止める目的もあって大言にも吐いた記憶は新しい。

それからいろいろなことがありはしたが、現狀は決して二岡が安心出來る報など與えられることもなく、こうして面と向かい訊ねられると困ってしまう。何を返したとて二岡の焦燥を煽ってしまう気がした。

「あ、うん……」

「あいつ、今日はついに休んだけど、話し合いは上手くいってないの? 噂じゃ三人の歩み寄りをあいつの方が蹴った、なんて言ってるけど……」

二岡もまた欠席した永野を心配して樹本たちにと話を聞きに來たようだ。聲にも態度にも気遣わしげな気配はよくよく滲んで見える。樹本が懸念したように下手に永野とのあれこれを明かすのはよろしくないスイッチを押すことになりそうだった。

「いや、その」

「……あいつとの仲直りは、諦めてしまったの?」

煮え切らないこちらの態度に二岡は寂しげにポツリと溢した。顔も暗くさせ今にも泣き出しそうな気配を漂わせる。

あっと思い樹本が言葉を重ねようとしたその一瞬前に檜山が割り込んだ。

「そんなことねぇよ! バリバリ仲直りしたいと思ってる! でも正直上手くいってない!」

本當に正直なの暴に二岡は不安げに眉を下げる。フォローのつもりか、言葉の足りない檜山のそのあとを嵩原が継いだ。

「向こうも強で中々快方には向かってはいないけど、それでも介出來る隙はあるんじゃないかって探ってるとこ」

「……」

「そんなに心配そうにしないで。ほら、だからこうして俺たちも積極的にいているんだからさ。會長さんにもね、ちょっと真人のことで聞きたいことがあったからお話聞きに行ってたんだよ。仲直りの取っ掛かりとしてね」

「……仲直りの、取っ掛かり?」

言い回しに興味を引かれたか、悲しげに俯く瞳を上目に向けて訊ねる二岡に嵩原は満面の笑みを浮かべて頷いた。

「そう。ちょっと俺たちの中の真人の印象が……って、そうだ。丁度良いから二岡さんにも聞いてみて良いかい?」

「え?」

「真人の印象。二岡さんから見た真人は、どんな格してる?」

ポカリと口を開けて固まる二岡に嵩原は邪気なく訊ねた。まるで世間話の延長のように、気安い笑みなど浮かべて。

実際、話のすり替えという意図もある問い掛けだったのかもしれない。永野とのいざこざから目を逸らせ二岡の焦燥をしでも軽くするための方便。いや、永野の印象を確認すること自充分に意義はあるのだが。

「あいつの印象……」

また視線を床にと落とし考え込む様子の二岡だが、困ったように下がった眉が暫くすると不快げにぎゅっと中央に寄る。

あれ?と思ったのは三人共同じだったろう。ほんのし前に見せていた頼りなさげにこまる姿などぽいと傍らに捨て去って、それから二岡は不機嫌そうに彼曰くの永野の印象を語り出した。

「……あいつは、口下手でに隠りがちの暗い人間で、コミュニケーション能力が乏しいからかそれとも不用だからそうなのかは知らないけど他人と流持つのを苦手としてて、その癖変に人を煽ることだけは得意としてるから咄嗟の時には喧嘩腰でしか話せなくてその所為で口の悪さが際立つような殘念な人間。でも別に不良でもなくて実際は押しが弱いヘタレ。煽るのだけは得意な意味分かんないヘタレ」

「……へ、ヘタレを二回も、そして著地點に持ってくるのは永野が可哀相……」

「何か?」

「いえなんでもないです」

流石に哀れだと口を挾んだ樹本もジロリと睨まれてさっと視線を逸らす。逸らした先で檜山と嵩原がなんとも言えない顔をして同じように二岡から視線を外しているのを見付けてしまい複雑な心地を抱えた。

大凡、つい先程まで學校を休んだことを心配した人間の吐く臺詞ではないよなぁと、口には出せないツッコミを中で溢す樹本の耳に「でも」と二岡の聲が続いて顔をそっと彼に戻す。二岡は険しく寄った眉間をいつの間にか元に戻していて、ふっと和らげた目元で更に続けた。

「でも、心は凄く優しいわね。目の前に傷付く誰かがいるとつい放って置けない。優しさの見せ方までも不用で、だから見ていて歯く思うこともあるけど、仕方ないわねって思っちゃう。まぁ、そこは別に良い所だとは思うけど、でもあいつ、異様に他人を優先することがあるでしょ。自己犠牲も肯定しそうな勢いで自分じゃなくて他人を守ろうとすることが偶にあるじゃないの、馬鹿みたいに。……そんな所は、あいつの優しさだって分かってるけど駄目な奴って思うわ。しは自分も大切にしたら良いのに、あの馬鹿は……」

靜かにらかく、そうやって語る二岡こそが満杯の優しさを宿しているようだった。小さく苦笑など浮かべて永野への真っ直ぐな慈しみを聲にも態度にも示してみせる。そこにはただ純粋なと信頼が込められているように樹本たちの目には寫った。

途中までの二岡の永野への印象は樹本たちと似通った部分もある。優しくけれど素直にそれを表せない不用な人間。口も達者でなくまたコミュニケーション能力にも苦手意識を持つ消極的な姿勢。

それは昨日、永野と対面し言霊の力を明かされる前まで樹本たちが永野に抱いていた印象と同じだ。親しくこの二年近くの時間を共に過ごしたその間に築き上げた永野真人という人間の人となり。言霊の力を使われてガラガラと音を立てて崩れた友も寄せていた見慣れた彼の一面。

一度不信の目により見失った永野という人間の姿が、今日一日様々な人間の口を介してもう一度再構されようとしている。本人の姿をそのまま観察したものではなく、他人という幾つもの客観的な目を通して。樹本たちがいつの間にか忘れていた、これまで見てきた永野の振る舞いの一部を確かに示されてそれが実を結ぼうとしている。

それは曇ったガラスのように永野の姿が見えなくなっていた樹本たちの目に、確かに鮮烈なを屆かせた。

「……自分で自分を大切にしない、だから放って置けないんでしょうね。あの馬鹿には、こっちがどれだけ心配しているのか、真正面からぶつけるくらいのことをやらないとその悪癖を正すことは出來ないのかもしれないわね」

仕方ない、やれやれと、今にもそう一息吐きそうな口調で以て二岡は最後に永野への苦言を苦笑いで纏めたのだった。

日も沈み出した頃合いの街中で、寒風にを震わせながら登録したての相手にと連絡を取る。

畫面に番號が表示されてそれから呼び出し音が數コール続いた。耳を打つ電子音は三回目が終わるか終わらないかの所で不意に途切れて、一瞬の靜寂がいやでも張を高めた。

呑まれないよう、あるいは逸る気持ちを抑えるべく意識を集中した耳に低い通話相手の聲が屆く。

『――如何なさいましたか?』

「――僕らに時間をしください」

覚悟を込めた聲で以てそう相手に願い出た。

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