《高校生男子による怪異探訪》29.『言霊』という力

ここから一萬字オーバーが続きます(別けるの面倒)。

電燈を點け明るくなった拝殿の板張りの上で車座になり腰を落ち著ける。力なく座る永野の左右には檜山と朝日がそれぞれ膝も著かんばかりの距離で永野を挾んでいる。未だ永野への警戒も解けずにあるので的、神的な弱味となる二人を傍に付けているのだが、パッと見たじでは永野はすっかりと観念してしまったように思えた。

「……それじゃ、これからいろいろと聞かせてもらうね、永野」

話し始めは樹本から。彼が代表となり永野に問いを投げる形だ。永野の真正面に陣取り左右に嵩原と宮杜が睨みを利かせている。

「君の本音をどうか聞かせてしい。僕らは君の口からどんな真実が飛び出たって驚きはしないつもりだよ。ただ、君が一人で苦しんでいるのをこれ以上黙って見ていたくないだけなんだ」

「……」

返答はない。それに若干の不安をじつつも樹本は早速と口を開いた。

「君は自分の言霊の力の強さを忌避して僕らを近寄らせなくなった。切っ掛けは朝日さん。ハヤツリ様を鎮めたその直後に、君は彼に言霊の影響が及んでいることに気付いた? だから自分の言葉が屆かないように誰を彼をも拒否して一人になろうとした。そうだね?」

「……」

問うも永野は視線を斜めに落として答え処かこちらを見ようともしない。樹本は彼の表を窺い見た。久しぶりに正面から見據えた顔は、ここ一週間ほどで大分と窶れてしまったように思える。それが彼が抱えた心労の表れとも思えば苦いが胃の底から沸き上がってくる。

さもすれば追及の手さえ鈍ってしまいそうになる己を押し止め、反論がないならばこれが真実だ、そう斷じて話を進めた。

「君が自分の力を恐れる気持ちは分かる気はするんだ。なんでも呟いた通りに葉うなんて恐いよね? でも、僕らも含めて誰も近寄らせないようにするなんて、そこまで徹底する必要はあったの? だって君はいつだってその力を誰かのために使っていたはずなのに」

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永野が他人を拒否したのは自分の言葉の向かう先をなくすため。吐く言葉に力が宿るならその言葉を発する機會自なくそうとしたのだろう。ずっと押し黙ったままでいてもおかしくないように。でも、そうまでして己を律する必要はあるのかと樹本たちは疑問であった。

「君はこれまでにもやかに言霊の力は使っていたよね? 僕らを影ながら守っていたはずだ。始まりは凍雨。雨雲の下の男と対峙して僕らが五満足でいたのも、彼を鎮められたのも君が言霊を駆使してくれたからだ。そうだよね? それからも僕らの噂の検証時には君は何度も言葉を介して皆が無事であれるように手を盡くしてくれていた。……君はいつだって、誰かのためにと力を振るっていたんじゃないの?」

「……」

「どうして今になって一人ぼっちになってまで言葉を発しないようにってその力を拒絶するの。……一、君は何を気にしてるの?」

樹本も、檜山も嵩原も解せなかった。永野は言霊の力を人を守ることにばかり使っていたはずなのだ。理的に存在しない怪異を鎮めるため、そんなものから樹本たちを助けるために彼は言葉を盡くしていたはずだ。

力の強大さに恐れをなしていたとしても、己をこうまで追い詰めてまで他者との関わりをなくそうとする、そんな徹底とした対応が必要だとはとても思えない。優しい力の使い方しかしなかったはずなのだ。

彼が己の力を否定して封じようとまで躍起になったその切っ掛け。全てはハヤツリを鎮めたその後、暮れ行く神社の境で朝日とわした會話が永野のここまで頑とした態度を生み出した原因なのだと當たりは付けているものの、彼がどうして恐れを抱くようになったのか、直接のことは分からないままだ。

永野のその心のに潛められたものであるかられられないのは致し方ない。

でも、今日はそれを明らかにする。例え永野が必死に隠したいと思っていて、暴かれることに彼が酷く傷付くのだと理解していても。

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「……実際にあなたは今回の騒に関しても力を貸してくれていますよね?」

「え?」

樹本の主張を補強する意図での発言か、不意に宮杜の口から知らなかった事実が吐き出されて彼の方へと顔を向ける。

「そうなの?」

「ここ二日の間に、実化していたはずの噂の幾つかが単なる虛構にり下がっている事実をこちらでも把握しています。これほど迅速に怪異を無力化出來る存在はあなた以外には心當たりもありません。學校を休んで騒の沈靜化に走り回っていましたか?」

永野は本日も學校を休んでいた。二日続けての休みに心配も大きくなっていたのだが、まさか噂の沈靜化に奔走していたとは思いもしなかった。

問い詰めるように永野にと視線を戻す。彼はやはり何も言わなかったが、否定もせずに目を伏せる姿は充分に肯定を示していた。

「ええ、一人で危ないことすんなよ」

「そうですね。それにそれなら我々の願いに応えて頂きたかった。助けを求めておいてなんですがあなた一人が背負わなければいけない道理はありませんよ。我々もせめてサポートくらいは務められたでしょうに」

なくとも八柳校長の後ろ盾くらいは得られたはずですもんね」

全員の視線が永野に集まる。やはり彼は優しい。強大だと理解した力をけれども我のために使おうとはしない。樹本だって怪異に襲われた所を助けられているのだ。

永野は襲われる誰かの存在を目の當たりにして被害者が出ないようにといたのではないかと、そんな予測も立てて俯いた彼を見やった。

「ね、永野。やっぱり君は優しい人だよ。言霊の力を持っていたからって無理矢理一人になる必要なんて……」

「……違う」

証明はされたと説得の言葉を重ねる樹本の聲がピシャリと阻まれる。やっと聞けた聲はしかし、こちらの逸る気持ちとは全く違った。ここに腰を落ち著ける前、朝日の問いにと答えた文言と同じ一言でも聲の張りも含まれたも何もかも違う。

その否定は暗く重く、まるで下手な言い訳を繰り返す犯罪者の言を斷ち切る裁判のような、お気楽な將來設計を呟く生徒を諫める教師のような、そんな厳粛と厳格に塗れた固い聲音をしていて樹本も思わず言葉を止めた。

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「……俺はお前が言うようなお綺麗な人間なんかじゃない」

続けて彼は己を卑下した。淡々と事実をただ述べたような酷く靜かな言葉だ。

樹本たちが繰り返した擁護の一切を撥ね除ける冷たい響きを纏ったそれを訂正したい。そうは思っても、じっとこちらを見據える影に沈んだ瞳に睨め付けられて言葉が出なかった。

沈黙を味方に付けて永野は語る。

「……俺が誰かのためにしか力を使わないなんてのは思い込みだ。俺は、俺のために力を使った」

「……それは、俺たちを自分から引き離した時のことを言ってるの? それだって結局は周囲の人間を言霊から守る目的」

「違う。それ以前の話なんだよ」

以前とはなんだ。樹本たちが自覚しているのは何度も告げられた「俺に関わるな」という文言だけだ。それ以外にどんな言霊を吐かれたのか心當たりなど全くと思い付かない。

永野は何について語るつもりなのか。ふっと湧いた不安に眉間に力がればその強張った瞬間を狙ったように永野は言った。

「どうしてお前たちは俺と仲良くした?」

「……え?」

突然話の方向が切り替わったことに思わずと顔面からも力が抜ける。私に言霊を使った話とどう繋がりがあるというのか。

「どうしてって、んなもん友だちなんだから當たり前」

「友だちになる以前の話だ。俺は無口で快活ともしていなくて人を寄せ付けずに一人でいようとする人間だ。これといった長所もなく人の目を惹く訳でもなく、お前らのような他人の関心を引く人間と接點持てるような要素なんて皆無なんだ」

「は、は? 突然何」

「それなのにどうして仲良くなった? 一緒に連むようになったんだ? 凍雨は切っ掛けにはなっただろ。でも切っ掛けはあくまで切っ掛けだ。そこから始めていかなけりゃあとにまで続くはずもない。俺は続けた覚えがなかった」

そうだろう?と顔を上げて問い掛けてくる。唐突な自己批判になんのことだと鼻白みながらも、永野の問い掛けにゆるりと記憶を探った。凍雨の後、樹本たちがしつこく永野に話し掛けに行っていたことを指しているのか。

確かに永野が能的に自分たちに絡みに來ることはなかった。専ら樹本たちの方からちょっかいを出し続け、それが學年が一つ上がってまで継続していたから今の友人関係に至ったのだとそんな認識は樹本たちの方にもある。

「僕らが、君と接點を持ち続けようとしたから」

「そうだな。それはなんでだ? 全く打っても響かない相手をお前たちはどうしてずっと追い回した? 普通ならどこか早い段階でもういいと投げ出していなかったか?」

「……」

じわじわと、永野が何を言おうとしているのか理解する。理解したくなくてもやっとこちらを向いた目が雄弁に語る。酷く真っ直ぐな目が“これは異常だ”と強く強く訴えていた。

「お前たちが俺に関わり続けたのは言霊の所為なんだろう」

答えは酷くあっさりと落とされる。構える暇もない。咄嗟に樹本は反論した。

「違う! それは違うよ!」

「違わない。じゃなけりゃ説明が付かない。俺と関わりを持ち続けようなんて思うはずがない。俺はお前たちとは違う。人気者で社にも問題ないお前たちが俺なんかに固執する理由なんてないだろ。俺以上に取っ付き易い人間なんかそこらにいる」

心からの反論も辛辣な自己評価の前に無礙にも切って捨てられる。こちらを見る永野の目はどこまでも真剣だ。

「きっと、無意識にでも「好かれたい」なんて願いを込めた言葉でも吐いていたんだろう。だからお前たちは俺に関わり続けた。俺の言霊に従ったんだ。……ハヤツリに願った子の言い分が正しかった。俺は無意識でもお前たちと接點が持てるようにって願って口にでもしていたんだ。嫌われて然るべき人間だ」

「っ!!」

はっと息を呑んだのは誰だったのか。吐き捨てるように溢された言葉に視界が白く焼けた気がした。

「そんなことねぇよ! 俺たちは心からお前と仲良くしたいと思ったんだ! 言霊とか関係ねぇ!」

一瞬の忘我の間に檜山が怒鳴り付けるように言い返す。永野の肩を摑み自へと向き直らせて決死の表で訴えるが、見える永野の橫顔は靜かな湖面のように凪いでいた。

「関係ある。俺は誰かに好きになってもらえるような人間じゃない。男だろうとだろうとも」

男だろうとだろうと。その一言は煮立つ湯にそっと差された水の如く茹だる頭に浸した。遠回しに示された意図を理解して、自然と目が一人に向かう。

「……まさか、君……」

「お前らも、それに朝日だって俺を好いたのは言霊の所為だ。お前らの本心なんかじゃない」

言わせたくないと思う言葉をあっさりと永野は口にした。皆の目が驚愕に見開かれる。一番に開かれたのは、それは朝日の目に違いない。

「……な」

「何を言ってるんですか!?」

甲高い怒りの聲が烈火の如く狹い室に木霊する。上げたのは朝日だ。彼は今にも泣き出しそうな顔をして永野に迫る。

「私は、私の意思で先輩を好きになったんです!」

「違う。お前は俺の言葉に騙されただけだ。俺を好きになんてなってない」

「!! いいえ、いいえ違います! 私は本心で……!」

「違う。お前は俺の「春が好きだ」という言葉に引き摺られただけだ。俺のその言葉を聞いてお前は俺を好きになったって言った。それは俺が口にした好意の言葉に影響をけたってことだろ」

「……!?」

「……お前は俺を好きになんてなってない。ただ、俺が吐いた「好き」という言霊に支配されただけだ。……お前は、お前の意思で俺を好きになった訳じゃないんだ」

愕然と言葉をなくして固まる朝日に永野は靜かに言い聞かせる。その言葉にこそ言霊が乗せられているように思えて慌てて二人の間に割ってった。

「ま、待ってよ! それだって永野が勝手にそう思ってるだけのことなんじゃないの!? 僕らの時と一緒で、朝日さんは君の言霊になんて看過されてない、それこそ確証はない話でしょ!?」

「朝日の口から聞いた。俺が口にした「春が好きだ」というその聲にをしたのかもしれないって。言霊に引き摺られた証拠だろう」

「……っ」

直ぐに言い返されて思わず言い淀めば嵩原が否を唱える。

「いや、それだけじゃ証拠とは言わない。あくまでも「春」に対する言及なんだ。そこから真人への好意に発展するのは些か苦しくない?」

「そ、そうだぞ! それに朝日はハヤツリの時だって永野に寄り添ってくれてたじゃん! それはお前のことが本當に好きだから……!」

「そうだな。あれはおかしかった」

「え」

「そもそも、なんで朝日だけハヤツリの影響をけなかったんだろうな」

頷き、でも返された臺詞は期待のものとはまるで違う。

ポンと雑に問われる。まるで無価値なを放り投げるような平坦な聲音は、一方でこの先に続く不穏さをわにしていた。

「あ、待って」

「お前らも他の奴らも皆俺を目の敵にして排除した。それはハヤツリが俺の排斥を求める願いを葉えたからだが、なんで朝日だけはそれが及ばなかった? 周囲に祟り神の祟りが降り掛かる中、朝日だけが無関係であるはずがない」

「……」

「朝日は俺に寄り添ってくれた。周りが皆俺を最低な奴だと斷じても、俺に味方するのはおかしいって諫められても。それで友だちとの間にが出來ても朝日は俺を一人にさせようとはしなかった。俺を信じてるって譲らずにな」

「……ま……」

「獻的過ぎるよな。でもな、不思議でもなんでもないんだ。「俺を信じろ」、俺がそう言ったから朝日はただそれに従ったんだよ」

待ってくれと、諫める聲も屆かない。不穏な予を確かに察してもいたのに、永野の流れるような獨白を止めることも出來やしない。

これ以上問い詰める、いや、朝日に聞かせるべきでないと分かっているのに口は勝手に問い掛ける。

「……どういう、意味だい?」

「そのままだ。鏡の悪魔と対峙する前、朝日に話を聞いたその時に俺はお守りを渡しながら「俺たちを信じて待っていてくれ」と朝日に言った。お前たちも覚えているよな?」

「……あっ……」

パッと脳裏に映像が蘇った。朝日を呼び出したオカ研部室で。悪魔に願いを乞うた人の當たりを付けるため。その際に、永野が朝日にと差し出した水晶のお守り。渡しながら彼は確かにそう告げていた。その記憶は樹本たちにもあった。

つまり、それは。

「だから朝日は俺を信じた。俺に巻き込まれて辛い立場に立たされても頑なに俺を「信じて」味方であり続けた。俺を信じることを強制されて、俺にとって都合の良い味方にさせられていたんだよ。俺を疑う気持ち自を排除されてな。……これじゃ、祟りを振り撒いたハヤツリと何も変わらない。俺もまた、勝手な自分の願いに他人を巻き込む最低な野郎に違いないんだ」

じっと永野はこちらを見據えてそう斷言した。しんと辺りが靜まり返る。そうじゃないと永野の言い分を否定したくとも、起きた出來事と語られた容の整合を勝手に纏めようとする脳が安易な否定を元で止める。

神の祟り。非現実とされる概念は、しかし実際に引き起こされたのだ。自分も學校の生徒たちも総じて思考までも作されたその恐るべき影響を何故朝日だけはけなかったのか。

それは樹本たちだって頭の片隅に小さな疑問となって存在はしていた。だが、他に気にすべきことがあったから、彼は唯一永野の本心にと迫れるだろう人材だと目を付けていたから。だから小さな疑問は流してしまった。彼が一人存在した永野の味方であったとその事実にばかり目を向けていたから。

永野の言うようにおかしいと思うべきだった。仮にも神の為すことなのだ、その影響下から逃れるのは簡単ではない。

は正常だった。でもその正常さがおかしかった。一人だけ正気を保てた、その事実が今では明確に異常さを証明してしまっていた。

言霊による意識の作。つまりは永野が人を遠ざけた理由というのもこれが原因か。朝日の心、自分たちの親。まさかと否定した言霊による意識への介が、しかしハヤツリへの対抗という形で有り得たものとして浮上する。

永野が態度を変えた切っ掛けというのも朝日の心を造したと気付いたがためか。言霊の影響が歪んだ形で発され、それに巻き込まれて人一人の心を弄くってしまったと、そう気付いたのか、祟り神を降したそのあとで。一人、神の祟りさえも撥ね除けた人の異常さにだって思い至ってしまって。

「……真人が、急に人を遠ざけたのはこれが理由なの?」

外の木々のざわめきが聞こえるほどに靜かな室にそんな小さな呟きが溢れた。途方に暮れたようなか細いその問いは何に邪魔されるでもなくこの場にいた全員の耳にしっかりと屆いた。

「……」

そっと視線が逸らされる。こちらを睨め付けるように見ていた永野の黒い瞳が目蓋の向こうに消えて、俯いたことでその目蓋さえ長めの前髪に隠されてしまう。

この場でも散々に見てきた拒否を示す態度。でも永野は沈黙を選ばずに見える口元がゆっくりと言葉を吐き出した。

「……自分の思い通りになんでもれるだけでも異常だ。その上、自覚もなしに他人を都合良くかすなんて、そんなの、人の傍にいない方が良いに決まってる」

吐き捨てるような、それこそ、一緒にを吐いているような重い言葉だった。

彼の徹底とした他者の拒絶。その振る舞いの底にあるものは自分の力への拒絶だけでなく、もう既に他者にと取り消せない影響を與えてしまったその事実による己への嫌悪だったのか。

決して彼がんだ形ばかりでの結実ではないが、それでも彼にとっては都合の良い事実に他者を導いたという結果になるのだろう。永野はそうけ止めてしまっている。

そんな帰結に至るなら、そう責任をじてしまうなら、それは一人になることを選択するのも無理もないと樹本も思う。彼は言霊の力を恐れていた。強いから、未知數過ぎるからと理由を勝手に推測もしていたが、そんなものは後付けに過ぎなかった。

永野が本當に恐れたのは己の力が影響してしまうことそれ自。意図した効果以外にも歪んだ形で、または無意識に溢した言葉が他者に深い影響を與える。その事実に、何よりも恐れとそして嫌悪を抱いたのだろう。

「……分かっただろ。俺は優しくも善良でもない。我のために力を振るう、人の傍になんて居ちゃいけない人間なんだよ」

こちらが何も言えないままに永野が自分で出した結論を述べてしまう。語る聲音は強張っていて一切の容赦がない。永野は自分自をもう見限ってしまっているようだった。

あるいはそれは罰であったのかもしれない。人と関わらずにいること。言霊の影響を抑える最適の方法であって、同時に自分自に課す罰でもある。悪いことをしたという認識を彼は持っているのだから、己に罰を下したとしてもおかしくはない。

風評が悪くなっていっても改めることもせず沈黙を守り続けた。それが自分自への罰則になると思い込んだから。

「……」

永野の懸念は痛いほどに理解も出來る。樹本も、結果そのものより人の行や意識に作用するという事実に恐れや不安は抱いてしまった。

実際に自分たちだって言霊によって右往左往はさせられたのだ。あの強制力を思い出せば安易に振るって良いとも思えず、枷を嵌めることにだって意義があるとも思える。

でも、そうであったとしてもだ。

「……そんなの、君のみとは違うじゃない」

絞り出した聲はけなくも震えている。でも拳に力をれてどうにか続けた。

「君は本心で誰かを利用するつもりじゃなかった。朝日さんに対しては偶然が重なって、そして僕らに関してはそれこそ仲良くしたいなんて思うのは普通のことでしょ。元々は僕らから先に君に聲を掛けにいったんだ。君はただそれに応えた。それの何が悪いの」

すらすらと言葉が出る。話ながらどんどんと思考も整理されていった。そう、朝日は偶然、心も信頼も永野がそうあってくれとんで吐いたものではない。むしろ、永野はただ守ろうとしただけだ。

「君はいつだって誰かを守るために言霊を告げてきたんじゃないの。反映のされ方がちょっと想定とは違った形になっただけで害を與えるつもりなんてさらさらなかった。そうでしょ? 君は許されないって思ってるのかもしれないけど、でも僕はそうは思わない」

すぅと息を吸い込む。これを告げるには覚悟がいる。もう引き返せないと、己の発言に責任を持つとそんな覚悟を腹の底に據えた。

「君は悪くない。僕はそう思う」

言ってやる。告げてやる。永野が散々にそうじゃないと否定した自分の最初の言をもう一度繰り返す。彼の懺悔を聞いた上でそう斷言してやった。これでもう樹本はどこにも引き返せない。

俯いていた永野がノロノロと顔を上げてこちらを見る。

「……何、言って、俺の話を聞いてたか」

「聞いた。しっかりと聞いたよ。その上で言わせてもらった。君はやっぱり悪くない。悪いことはしてないよ。だって君には悪意がないもの」

「……悪意がないからなんだ。結局は人を都合良くったんだ、本人の意思を無視するなんて、そんなの悪いに決まって」

「故意じゃないことは認めるんだね。君は狙って誰かに影響を與えた訳じゃないんだよ。僕らのことにしたって君の証言は曖昧だ。確信なく想像ばかりで、つまりは君も故意で以て言霊を使った記憶はない。あくまでも推測なんだね」

ずっと引っ掛かっていた點を鋭く突いてやる。永野は黙った。正解なのだ。好意を持たせたと、それ自も彼自の己への不信から出た言葉であるのだ。朝日で失敗してしまったから、その事実から勝手に類推しただけの彼の想像だ。

「ねぇ、どうして全部自分が悪いだなんて想像するの? 朝日さんの信頼に関しては狀況証拠的にも疑いは強い。でも他の例はどれも曖昧で確証だってない。それなのになんで君は自分がやらかしたことだって斷定するの。普通に君に親しみを抱いた。そうは思えないの?」

「……普通に?」

ピクリと永野が反応する。まるで稽な妄想でも聞かされたようにその目に蔑みが浮いたのが分かった。どちらに向けられたものかまでは分からないが。

「俺に、親しみ? そんなの有り得ない。俺は、」

「人に好かれる人間じゃない? ――言霊なんて持ってるから?」

言外に含みを持たせた呟きはしっかりと永野に屆いたか。彼のぼやけた瞳に焦點が戻って見えた。驚きに靜かに目を瞠るその黒を見返して樹本は滔々と述べた。

「ねぇ、思えば君はずっと始めから自分が悪いってそればかりだったね。自分を責めるのは分かるよ? 自分の所為で誰かに迷掛けたって思ったら申し訳ないと思うのは當然だもんね。でもさ、それにしたって君は君を責め過ぎてる。どうして君はそこまで自分を責めるの? ……ううん、正確には、どうしてそこまで自分を嫌うの」

「……」

「人に好かれないって何。君は君自をなんだと思ってるの。僕らが今ここにいるのもなんだと思ってるの。僕らはね、君を一人になんてさせられないから罠だって張ってここにいるんだよ。心配してここにいるの。君のことが嫌いならこんな手間なんか掛けてない。好きだから、友だちだって思ってるから話したいってこうして目の前にいるの。それなのに、君は僕らの気持ちだって言霊の所為だって否定するの? 何度も何度も、君に近付くなって拒否されても、それでも君と話をしたいって願った僕らのこのも噓だって言い張るの?」

永野に真正面から迫る。違うだろう、そうじゃないだろうと聲に口調に一杯潛ませて。

樹本の思いはしっかりと永野にも伝わったはずだ。すっと逸らされた瞳が僅かに困に揺れたのを見逃さなかった。でも、永野は答えようとしない。ここまで言っても彼はやはり己に向けられる好意をれることが出來ないようだ。

異常なまでに頑なに彼は他者からの好意を認めない。それは彼自が己には好意が向けられるはずがないと信じ切っているから。永野の自己批判のそのっこ、単なる想像にさえ縋り付き己は好かれる人間などではないなんて繰り返すそのの原因にも、樹本はなんとなく思い至っていた。

あの路地でのやり取りを思い出す。宮杜は言っていた。永野の卑屈さは自信のなさの表れ。己に対する評価の低さも、それは過去に大きな失敗を経験したから。

言霊の力に対する酷い忌避。それと並ぶ永野自への強い嫌悪。最早不信と呼んでもいい永野の自己評価の低さの、その源に言霊が関わっているのは間違いないだろう。

だとするなら、永野が己にこれほどまでに厳しい目を向けてしまうその原因となった“大きな失敗”とやらにも當たりが付く。

「ねぇ、永野。どうか僕たちに教えてしい」

永野に願う。もうこれ以上の問答なんてしなくて済むように。もう彼が苦しげに俯いたりしないでいいように。

永野が傷付くかもしれない。そんな予測もの奧に追いやって、樹本は祈るようにその言葉を吐いた。

「父親を自分が殺した、てどういうこと?」

はっと息を呑む音がそこかしらから聞こえる。視界の中では檜山と朝日が驚愕の顔をしてこちらを見ていた。

訊ねられた當人である永野は無言だ。ただ顔を真っ青にさせてが空くのではと思うほどに凝視してくる。呼吸をしているかも怪しいほどにがっちりと固まったで目だけを見開いて樹本を見つめていた。

「ちょ、樹本!?」

「流石にそれは……」

あんまりな問い掛けに非難の聲が樹本に向けられる。それを首を振って躱した。樹本はとっくに覚悟を決めているのだ。

「ごめんね。永野の過去について君のお母さんから聞いてるんだ。今の君の態度はお父さんが亡くなった時と似ているんだってね。君はお父さんが亡くなった時、「自分の所為だ」って言って酷く己を責めていたそうだね。その時からもう、言霊の力は君の元にあったの? だから「自分の所為」なの? ねぇ、永野」

固まったままの永野に容赦なく言葉を重ねる。酷いことを訊ねている自覚はある。だが、永野へ己の気持ちを屆かせるにはこうするしかないのだ。

「君は過去に大きな失敗をしてしまった。その失敗を今も引き摺っているからこそ、自分は好かれないなんて信じ込んでいるんでしょ? 君のその自分への評価の低さと、言霊に対しての嫌悪はお父さんのことが関係しているんだよね?」

永野が本當に忌避して隠しておきたかっただろうもの。それを面と向かい明かせと迫る。思いっ切り踏み込みもうどこにも引き下がれないと自分と永野の両者に知らしめる。

本當ならばれるべきでない痛ましい過去なのだろう。でも樹本にもう躊躇はない。永野を追い詰めて全てを話せとただ希う。

「教えて、永野」

青を通り越して白くの気の引いた顔を曬す永野を、樹本はいっそ真摯なまでに見つめ続けた。

參考:第八章 《コックリさん》、17.「願った人」より

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