《高校生男子による怪異探訪》31.一と多の見解
樹本たちに知られたくない過去を知られていた。
その衝撃は重い。なんせ人を殺した過去だ。絶対に誰にも知られたくなかった。母さんにだって正直に打ち明けられずにいたのに。
なんで知ってるとか、知っていて何故こうやって話し合いの場なんて持とうとしたんだとか、疑問なのか文句なのかも分からない言葉が頭の中をぐるぐる回っていたりするが、でもよく考えれば丁度良かったのかもしれない。
これ以上誰にも何も明かさずにいられるとも思えなかった。俺のここ暫くの行は方々に疑念や不審を抱かせたことと思う。その筆頭がこの場にいる人間で、樹本たちは結局は何も知らないから俺などにずっと付き纏いもしたのだろう。真実を知ったら、他の奴ら同様に距離を取るに違いない。
この先も俺に付き合わせるのは申し訳ないし、正直もう解放もされたかった。言霊なんていう不気味な力を持っていると理解したら普通なら距離を取る。実際にこいつらは言霊の力を目の當たりにして恐怖だってじていたはずだ。
それなのにまだ話をしようと、俺が何を抱えているのか知りたいなんて言ってくるのはそれこそが意識に余計なバイアスが掛かっている何よりの証拠だ。
「永野……」
こちらをじっと見つめてくる。逃げ場はない。もう終わりなんだ。観念に近い投げ遣りな気分で肯定を返した。
「……そうだよ。俺が、父さんを死なせた」
狹い室が靜かにざわめく。目を瞠り驚きの表なんて浮かべているが向こうから言い出したことだろうに。嵩原と檜山の返しから見ても、俺が過去にやってしまったことについてある程度見當は付いていたはずだ。
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「……どうして? 君はお父さんのことが嫌いだったの?」
「……嫌いじゃなくても、死をむことはあるだろ」
喧嘩の勢いでの衝のままに吐いた言葉だった。あの時に明確に殺意を持っていたのかはもう記憶も曖昧だ。でも、父さんは死んだんだから言霊は正常に発したと見なすより他にない。
「嫌いじゃなくてもって、喧嘩でもしてたんか?」
こちらの頭の中を覗いたかのように檜山がピンポイントな質問なんか投げてくる。
本當にこいつは勘が良い。答える必要はあるのか疑問に思ったけど、逸らす気のじられない視線をけてそれから逃げるように口にしていた。
「……父さんは言霊を良くは思っていなかった。俺がなんでも言霊で葉えようとするのを止めようとして、それで言い合いになったんだ。だから……」
頑是ない子供の癇癪、と言えばそれまでだ。だが、現実は俺が言霊なんていう常識から外れた力を持っていたばかりに単なる癇癪と片付けることも出來なくなった。ただの口喧嘩であっても、悪意を持って吐き出した言葉は文字通りにナイフにもなるのだとよくよく理解していたならこんな後悔を引き摺ることだってきっとなかった。
だからせめて、もう二度と俺の言葉に被害を被る人間が出ないようにとこれまで己を律しても來たはずなのに。
「それは意図的に行ったこと? 真人は俺たちに対しては意図して距離を空けさせることと、反対に無意識に好意を持つようにって言霊を使用したらしいね。話だけ聞くと発條件がちょっと曖昧な気がする。願いを込めて、なんて言ってたけど、その辺りはどうなの?」
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立ち篭める重い空気を敢えて読まないような軽い問いを嵩原がしてきた。異様な話を聞かされているだろうに、こんな時でさえ冷靜に考察を進めるのは嵩原らしいとも思える。
好奇心故か、それとも対策でも講じたいのか。どちらにせよ隠す必要のない話だ。本當に知られたくないことまで明かした今、些細な容に過ぎないそれを深く考えもせずに口にした。
「言霊を発させるには、心から願ってそのことを口にしなければいけない。葉ってくれと思いながら言葉にすれば大抵のことは現実になる」
一口に言霊と言っても口から吐き出した言葉がなんでも現実のものとなる訳でもない。願いを葉えたいと強く思うことが発の條件であって、無差別に吐く言葉全てがむままに現実に反映されないのはまだ用意された逃げ道とも思える。
けれど、言い換えればんで吐けばそれは現実になるし現実になるならそれは俺が心からんだということになる。
父さん、朝日、こいつら……。どれも心からんでいたりはしなかった、はずなのに。でも吐いた言葉が葉った現実が確かにあるから、俺は心のどこかではこれらの結果を求めてはいたんだろう。
やはり俺はどうしようもない人間だ。樹本は俺は悪くないとか言っていたがそんなことはない。我を人に押し付けて都合の良いように扱い、そして気にらなければ命さえ奪い取る。
こんな利己的な人間が良い奴な訳がない。樹本が俺に見出していた人間像は、俺が勝手に植え付けた好意を持たれるためだけの刷り込みに違いないんだ。とても人の傍にいて良い人間なんかじゃない。
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嫌われて當然の人間。こいつらもやっと理解するだろう。俺に引き留めるだけの価値なんてない。今度こそ、二度と近寄らないでいてくれるはずだ。やっと目が覚めて俺を見限ってくれて、そうしたら。
「君は自分がお父さんを死なせた、て思ってるんだね?」
思考を飛ばしていれば何かを確認するように問い掛けられる。
一なんの確認だろうか。俺が父さんを殺した事実は今はっきりと俺が認めた。元々は樹本の方からほぼ確信を持って問い質してきたんだ。事実の確認? 俺を糾弾するための念押しだろうか。完全に認めているのに再度訊ねる必要があるとは思えないが。
「そうだ。俺が「死ねばいい」と告げてそして父さんは死んだ。俺が死をんだからだ。俺が父さんを殺したんだ」
自戒しろと言うなら何度だって口にも出す。忘れていた訳でもなかったんだがな。自分がずっと背負っていくものと何度も言い聞かせもしたはずなんだ。
なのにまた失敗して。言霊の力、それを理で以て制も出來ない己は誰かの傍にいること自避けなければならないんだ。
またその誰かを害さないようにするためにも。
「……」
重い、空気が凝固したように重く息苦しさをじる。視線は床に落ちていた。
皆どんな目を俺に向けているんだろう。當然、好意的な目線などではないだろうが、それを知るのはとても怖い。嫌われて當たり前、そう自覚していてもいざ面と向かい敵意など向けられるのはやはりとても恐ろしくある。
またあの酷く冷めた目をしているのか。一度屋上で対峙したあの嫌悪に塗れた目を思い出すとそれだけで震えが走る。あの時は訳も分からずに呆然となるしかなかったが、今は正當に俺を嫌う理由だって自覚している。でも、どれだけ恐ろしくて逃げ出したくても、もう目を逸らす訳にはいかない。
ぶつけられるのは非難か、糾弾か。
構えた耳に聞こえたのは深く長い、まるで深呼吸のようなため息、え。
「……馬鹿」
腹の底から吐き出し続けるような長いため息のあと、ぼそりと投げ付けるようにして吐かれた一言は非難の形を取っているものの存外響きは軽かった。
まるで呆れ果てているような一言だが、このタイミングで何に呆れるというんだろうか。正しくは嫌悪や侮蔑、あるいは人殺しへの恐れを表す場面では。
「この、馬鹿! 永野の馬鹿!」
続けられた言葉はやはり軽かった。悪口、には違いない。でも、嫌悪も恐れも予想した他のが全くとじられない。それこそ、ただ友だちにぶつけるような諫めるような聲音で……?
恐る恐ると顔を上げた。想像の中では酷く冷えた目が俺を見ている。正に殺すといった強い視線を思い描いていたのに、実際に視界に飛び込んで來たのは今にも泣き出しそうに吊り上がった目で。
「思い込みが激しいのも大概にしてよ、この後ろ向き!」
吠えるように吐き捨てられた一言は確かに俺を非難する容ではあったけど、しかし予想とは大分違ったものであった。
「え……」
「何が自分が父親を殺した、だ! 話聞いて確信したよ! 君はお父さんを死なせたりしてない! 単に思い込んでるだけだ!」
何を。酷く興した様子で喚く樹本の言葉が理解出來ない。思い込んでる? そんなはずはない。だって父さんは実際に死んだんだ。
「父さんは死んだ。間違いなく俺が殺して」
「通事故じゃん! 偶発的な事故じゃん! 君の言霊がなくたって起こり得ることだよ! 年間にどれだけの人が通事故で亡くなってると思ってるの!? 君のお父さんはタイミング悪く事故に遭っただけだ!」
床を強かに叩きそうな勢いで樹本は言い切った。
何を、言ってるのかよく。唖然と怒りを浮かべる顔を見返していると橫から呑気な聲が相槌を打った。
「そうだよな。車なんてそこら辺走ってるもんだし、通ルールを守っていても向こうからぶつかって來られちゃどうしようもないもんな。運が悪かったって叔父さんの時も言われたしなぁ」
聞こえてきた容に思わず顔を向ければ檜山は腕を組んで訳知り顔でうんうんと頷いている。しみじみと過去を振り返っているらしい、その澄ました顔を信じられない気持ちで見つめた。
「軽く語るねぇ、亨も」
「ん? あー、まぁまだ悲しいって気持ちはあるけど、でも今でもうじうじ引き摺るほどじゃないって。ちゃんとお別れだって出來たんだし」
「そこが真人との違いって奴かな? 死別した年齢の違いもあるんだろうけどさ」
さっきまでの重苦しさが噓のように軽快な會話がわされる。
なんだ。一何があった。俺は俺の最大の罪を明らかにして、それでこいつらからも責められて全てが終わると思っていたのに。
「……なんだ。何を言ってんだ。俺の話は聞いただろう。俺は、確かに父さんの死をんで」
「そこからおかしいんだよ。だって、君は誰かの死を心からむような人じゃない」
きっぱりと、えらくきっぱりといっそ軽やかなまでに斷言された。
上手くけ止められなくてじわじわと言われたことが耳から頭に浸していって、それから棒で毆られたような衝撃をける。
「……は……?」
「君はいつだって誰かを守ろうとしていたはずだ。僕らが出會ってからのこの二年近くだって、ずっと正の見えないものから僕らを助けてくれていたんでしょ? 僕が実化した噂に襲われていた時だって君は言霊を隠そうともせずに使って助けてくれた」
「……」
「言霊に対して一方ならない思いだって持っていたのに、それでも君は迷わずに僕を助けるために人目にだって曬した。どうして? 本當に利己的な人間なら他人なんか放って置くでしょ。君は助ける時には本當に果斷に迷いなく手をばすよ。僕の目に寫る君はいつだってそうだ」
怒ったような、悲しんでいるような目が俺を真っ直ぐに見つめている。今にも泣き出しそうに電燈のをうるうると反させていて、でも決壊はさせずにきっと睨み付けてくる目から視線を逸らせない。
「君のは間違いなく優しいんだよ。だってどこの誰が単なるクラスメートのために多數の人間を敵に回すの。ずっと影ながら助けの手をばしててそれを表にも出さずにいるの。今だって、君は自分の力が及ばないようにするために一人になることを選んでる。君はいつだって誰かを守る選択を採ってるじゃない。君は人を大切に想える人間なんだよ。そんな君が心から誰かに死んでしいなんて願うはずがあるもんか!」
樹本は、怒りさえ覗かせて言い放った。靜かな室に最後にはぶように吐かれた言葉が僅かな耳鳴りを殘していく。
樹本の眼差しは強い。まるで挑み掛かって來るようだ。反論はあるか、文句はあるかと雄弁に語る目に気圧されて聲も出ない。そんな、とかそれは違う、とか頭の中で否定を繰り返してみるも金縛りに遭ったように口ももかない。
「……だから君はお父さんを死なせてないよ。言霊は発しなかった。だって君はお父さんの死を心から願ってないもの。喧嘩の延長で、つい口から酷い言葉が飛び出した、それだけのことなんだよ」
軽く上がった息を整えて、やがて一息吐き出してから今度は落ち著いた聲音で話し出した。滔々と、靜かに言い聞かせてくるその言葉にぐっとの奧から迫り上がる何かがあった。
俺は父さんを殺してない? そんなはずがあるか。死ねと酷い言葉を口にして、そして父さんは事故に遭い死んだ。無関係なはずがない。
「……父さんは俺が言霊を吐いた次の日に死んだ。関係ないはずがないだろう。そんなタイミング良く、」
「ああ、なんだ開きもあるんだねぇ」
言い返そうとしたこちらを邪魔するようにのんびりとした聲が割ってる。
今度は嵩原か。どこか面白がるように口端が吊り上がっていた。
「開きってなんだ?」
「言霊を放ってから実際に発するまでの時間差。真人の自白で一日の差があるのが今分かった訳だ」
「ん? ああ、そうだな。で? それで?」
それが何かと檜山じゃないが俺も心では疑問に思った。一日の差があるからなんだって言うのか。
「いやね、ますますと真人の父親を死なせたって自供が信憑なくすよねって話」
「え」
何故、そうなるのか。訝しみと驚きの視線をじっと向けていれば、迎え撃つように笑った嵩原がだってと軽々しく答える。
「俺たちが目の當たりにした言霊の効力ってさ、どれもその場で即時発だったでしょ? 雲も俺たちの意識もね。なのに真人のお父さんは亡くなるまでに一日のインターバルがあった。これっておかしくない?」
言われて変な空気が漂う。
「ん? ああ、うん?」
「……そう、だね。言霊は告げた言葉が現実になる。なら、永野が告げたその場で結果が出るのが普通……?」
「そういうこと。なんで一日なんてズレがあったんだろうね?」
辿々しく嵩原の発言の要旨を樹本が纏める。
父さんが死ぬまでの時間? それがなんなんだ。一日くらい大した差じゃない。父さんは俺に死を願われてそして死んだ。この事実が何よりも重要で。
「本當に真人が言霊で死なせたって言うなら、きっとその場で通事故も関係なくお父さんは息を引き取ったんじゃないのかな? だって、ただ死をんだんでしょ? 死因の指定はなくて何日の何時にと決めた訳でもない。なら死を願ったその時に実現するのが當然じゃないのかなって俺は思うね」
必死に言葉をねくり回すこちらの思考を読んだように、嵩原はなんでもないことのように勝手な見解なんか垂れ流す。
なんだそれ。願いが葉うタイミング? それがなんだって言うんだ。重要なのは俺が父さんの死を願ったという點で。
「……あー、そっか。通事故は偶々ってことになるのか!」
「そう。言霊は発しなかった。お父さんは偶々翌日に不運にも通事故に遭い亡くなってしまった。だから一日という不思議な開きがあるってこと」
「ああ……。そうだ、そうだね。それなら説明が付く。事故なんて偶発の高い原因が絡むのも、告げた翌日に亡くなるのも、本當にただの巡り合わせが悪かっただけなら」
三人は俺を放って勝手に理屈を通そうとしている。こいつらが何を話し合っているのか分からない。理解出來ない。理解、したくない。
「……違う。違う。俺は、確かに父さんの死をんだ……」
「えー、違うって。お前はそんな本気でこいつ死ねとか思えるタイプじゃないって」
「基本がお人好しだしねぇ。それに子供の頃の話でしょ? 小さな頃って善悪の判斷もまだ曖昧で、暴言の類も自覚が薄いままに用しちゃったりするものでしょ。真人の場合もそうだったんじゃないのかな。言葉は口にしたかもしれないけどそこには願いは込められていなかったってオチ」
あー、と納得するような聲が聞こえる。願いは込められていなかった。だから言霊は発しなかった……?
「永野のお父さんの死は偶然だった。君の言霊の所為なんかじゃなくて、本當にタイミングが悪かっただけの偶然だったんだよ。……君は無意識でもね、誰かを傷付けたいっていう風には願いを葉えられないんだよ、きっと」
意識ばかりか焦點もぼんやりとしている視界の中で樹本が笑う。仕方ないと言わんばかりにく上がる口端から溢れた言葉が耳を打った。
そんなはずはない。だって俺は利己的な、己のことしか考えられない人間なんだ。
「……違う。俺は言霊を自分のために使ってる」
「まだそんなこと言って。それこそ間違いだ。君は何度も僕らを助けて」
「実際、お前たちや朝日の意識を歪めたんだ。誰から好かれることもない俺は言霊を使わなければ誰かと仲良くなんて」
「ち、違います!!」
不意に高い聲が否を告げてきた。
中途半端ですがここで。
次話と合わせると大凡15000字なので(長過ぎる)。
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