《高校生男子による怪異探訪》32.信頼

聲は隣から上がった。これまで會話にも參加してこなかった朝日の聲だ。その決死なびに思わず意識が引かれてそちらにと顔を向ける。朝日はを乗り出して逸る気を表すように口を戦慄かせていた。

「違うんです、先輩! 私は言霊の力で先輩を好きになった訳じゃないんです……!」

「……お前も否定するのか? 朝日は俺の「春が好きだ」って言葉に惹かれたんだろ。言霊に引き摺られた確かな証拠だ」

「それが違うんです! わ、私は先輩の優しい聲に惹かれたんです!」

頬を薄らと染め上げて、けれど目は逸らさずに朝日は言葉を叩き付けてきた。場を読まない告白。そうけ止めるには朝日の目は余りに真っ直ぐと俺を真正面から捉えていた。

「先輩の聲は寒さに凍えていた私を助けてくれたんです」

気を取り直したように朝日は語り出す。凍雨の話か。朝日は名前に“春”がっているから狙われた。

「あの頃の私は“春”の字を持っているからって拒否されていました。病気に罹るからといろんな人から遠巻きにされて……。一人になっていたんです。自分の居場所がどこにもないようにじていました。そんな頃に多分噂で語られていた人だと思うんですけど、男の人と出會いました」

凍雨の、“雨雲の下の男”のことだ。俺が見付けた時には朝日は意識を失って檜山たちに守られていた。

「あの人は私が“春”だからって否定してきたんです。“春は要らない”って酷く冷たい言葉を掛けられました。それから雪みたいに冷たい雨と真冬のように冷えた風に襲われて、気付けば地面に倒れていました。雨に打たれてどんどんと溫が下がっていったのを覚えています」

男は春を否定して冬を留まらせようとしていた。男の被害者は真冬に放置されたように冷え切っていたと聞いたが、その寒さを被害者たちはさせられていたのか。

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男の姿は今思い出しても怖気が走る。あんな男と遭遇してその上凍える思いまでしたなんて、改めて酷い目に遭ったのだなと同する。

「……凄く寒くて、それに心細かったんです。學校でも私は否定されて、更に行きずりの人にまで“要らない”とまで言われて……。を切るような寒さには凍えていましたけど、それ以上に心が、自分の存在をっこから否定されているようで凄く苦しかったんです」

「……え」

「この世にいちゃいけない。そのくらいの拒否じたんです。名前を否定されるって、まるで生まれてきたことそのものを間違いだったかのように思わせるんですね。私は、この時にそれを知りました」

薄く笑んで朝日は悲しげに語る。ただ昏倒しただけだと思っていたのに、そんな存在の否定までじていた……?

冷たい雨に打たれて全を濡らして倒れていた姿が脳裏に浮かぶ。ぐったりとを投げ出していたが、同時に神まで追い詰められていたのか……。

「……本當に、心細かったんです。まるで冷たい水の中に沈んでいくような心地で、このまま誰にも見付けてもらえずにどんどん暗い方へと行ってしまうのかなって」

でも、と朝日は顔を上げた。ばちりと視線が合う。朝日は小さくはにかんで、それから嬉しそうに言った。

「真っ暗で寒さくらいしかじ取れなかったんですけど、そこに「春が好きだ」って凄くらかで暖かい聲が聞こえたんです。その聲自がまるで春を伴っていたようでした。優しくて、暖かくて。要らないとまで言われた自分の存在がその一言で「居ても良い」と許されたようにじたんです」

朝日の円い目がこちらをじっと見上げてくる。微かに潤んだ瞳はどこまでもらかなを湛えていた。俺への恐れも嫌悪もなくて、純粋な好意だけがそこには浮かんでいるように見えた。

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「優しい聲でした。否定された私をそんなことはないってらかく肯定してくれるような聲でした。聲の、先輩の優しさに、その時私は確かに救われたんです。だから先輩は私を助けてくれた恩人で、……私は、先輩のその優しさを好きになったんです」

潛めた聲で、まるで大切な寶に抱くように朝日はらかく告げてくる。

朝日が俺を好きになった切っ掛け。「春が好きだ」という文言に惹かれたと聞いていたが、真実はその聲、だって? 言葉ではなくて優しい聲に惹かれた?

「だから言霊に引き摺られた訳じゃないんです。私はこんなに優しい言葉を掛けてもらって、勝手に救われた気にもなって、助けてもらったお禮と自分自を肯定してもらった嬉しさをずっと忘れられずにいて気が付けば好きになっていたんです。だから言霊は本當に無関係です。先輩は私の心を弄ってなんていません」

「……」

「ハヤツリ様の一件も私は意識を弄られたなんて思ってません。言霊が働いていようとなかろうと、私は絶対に先輩の味方になっていますから結果は変わりませんし。むしろ、助けられたと思っています。ハヤツリ様の影響から守ってもらえて先輩を追い込む側に立たずに済んで本當に安心してるんです。もし、願われたままに先輩を拒絶してたら……、そっちの方が私は凄く嫌です」

心からの思いだと言わんばかりに聲は真剣だった。

助けられたってなんだ。俺の所為で俺を疑うことも出來なくなってそれで一人にもなった、なのにそっちの方が良かった?

良くはないだろう。朝日は要らない苦労をして、ハヤツリなんていう祟り神とも相対する羽目になって。それは俺なんかに味方したから起こり得たもので、なのに助けられたとか……。

「ねぇ、永野。いい加減認めなよ。君は誰からも好かれない人間なんかじゃないよ」

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こいつらの言葉の何一つが信じられなくて混する所に樹本の刃のような鋭い言葉が突き付けられる。

強く目に力を込めて俺をい止めるようにして睨み付けてくる。仕留めるつもりなんだと、その顔を見返して漠然と思った。

「言霊は否定された。皆君がんだかどうか関係なく君のことを思っているよ」

「実際にクラスの奴とか先輩とか、永野どうしたんだろうって気にしてる奴はいるから。俺らもそうだし!」

「二岡さんに朝日さんのお友だちもそうだね。お休みしてるのを心配して俺たちに確認を取りに來たよ。多數の人に心配掛けるなんて悪い人間だねぇ」

嵩原がさも愉快げにこちらを流し見てくる。くんと僅かにが引かれる。目を向ければ朝日が俺の服の裾を握り締めて強く強く見上げていた。聲には出していないが、樹本たちの言葉に同意を返しているように思える。

言霊が否定されたってなんだ。俺があんな酷いことを言わなければ父さんが死ぬこともなかったはずだ。こいつらだって俺が言葉を返さなければ今もこんな面倒な対面だってやっていなかっただろうに。

「僕らだって同じだよ。君とは凍雨の時からの付き合いでもう二年近くにもなる。二年って結構長いよ? そんな長さの中で君という人間の格とか考え方とか、そういった人としての在り方を知って、それが好ましいとじたから一緒にもいたんだよ。それは言霊なんか関係ない。僕らがそうしたいと思って君の傍にいたんだよ。君は優しくて良い人なんだから」

畳み掛けるように言葉を重ねて、でも聲音だけは酷く優しい。

優しい? 良い人? そんなはずはない。我が儘で他人を好き勝手にろうとする人間なんだ。自分本位の他人の事もよくよく考えないで、そんな人間は本來、好かれて良いはずが。

「……あなたは、々頑固というのか」

不意にポツリと、これまで黙って事を見ていた宮杜が呟きを落とした。なんのも見えない目がじっと俺を見る。

「あなたはどうしても己が肯定されることに納得がいかないようですね。皆さんの言葉が信じられませんか? 全て言霊がもたらしたものだとお思いですか?」

「……」

「あなたの言霊の力は強い。それこそ天候さえも思いのまま……。ああ、いえ。違いますね。あなたが信じられないのは自分自でしたね。人に好意を持ってもらえる己というものを信じられずにいる」

淡々とこちらの心を探ってくる。今更何を口にするつもりだ。これ以上に言葉を重ねられたって、もう何も聞きたくはない。

「父親を死に追いやったという過去がトラウマとなっているのでしょうね。酷いことをしてしまった。そんな意識が心の底に存在しているからこそ、あなたは己を肯定することが出來ない。“嫌われるのが當然”という考えを捨てられない」

「……勝手に人の心を語るな。ただ、俺は人としてやってはいけないことをしたから」

「それが引っ掛かっているのでしょう? 自責の念がお強いのですね。あなたが実に真っ當な倫理観を持っている証拠です。ですが、行き過ぎはよくありません。周囲の人々の聲も聞きれられないというのは異常ですよ。今のあなたの狀態は、そうですね……。それこそ己に『許されてはいけない』と呪いを掛けているように見けられますよ」

「……は……?」

唐突に何を。呪いとか、人のことを馬鹿にしてるのか?

「違いますか? あなたの頑なさはいっそ異常です。あなたのご友人がここまで言葉を、機會を盡くしても未だ納得などしていないのですからね」

「……」

「普通であればしでも意識の変化はあったり、または優しい言葉をれているものですよ。誰だって辛い時に優しく言葉を掛けられたなら縋るものです。あなたのように、延々と己を責め続ける人間はないでしょうね。自覚はないのですか?」

「……」

「客観的に今のご自分を眺めてみてください。一つの思いに囚われて、失敗だったと認識していた事実さえ覆されて、なのに未だ己の考えを変えることもせずに自戒の意識を保ったままにある。まるで誰かに『そう思うように』と信じ込まされたようにも見えてしまいますよ。それこそ、言霊で命じたようにね」

「……え?」

言霊? 命じた? なんでそんな考えが浮かぶ。俺が自分に言霊なんて……。

「え、宮杜さん……」

「ああ、なるほど。言霊が真人自に効かないという保障はないですもんね。強い自責と自戒の思いで、『許さないように』と己に命じてる可能もあると」

「自分で自分に命令したのか? 言霊って自分にも効くのか。でも呪いとか言ってなかったっけ?」

他の奴らも一緒に困を返すかと思えば、実にあっさりと宮杜の発言を噛み砕いて飲み下している。俺が俺に言霊を掛けたとか、そんな馬鹿な話があるはず……。

「……呪いは、言葉である……」

はっと息を呑んだ気配のあとに朝日が小さく何事かを呟いた。虛を衝かれて視線が向かうが、一人宮杜はその通りと言うように頷いた。

「ええ。最も手軽な呪いは言葉によるものです。単純に負の意味を持つ言葉をずっと言い続けるだけでもそれは対象を蝕む呪いとり得る。厳かな儀式等も必要とはしない誰しもが使える呪いですね」

「え、朝日さんなんで……」

「嵩原先輩が以前に仰ってました」

「……あ。縁切りの時のかな? 確かにそんなこと言ってたような記憶も」

「言葉が呪いって、じゃあ永野は言霊で自分を呪ったってことか?」

俺に視線が集まる。探るような目だが、自分に呪いを掛けたなんてそんな自覚があるはずがない。自戒も、己を律したのも全てそうするのが正しいのであって。

「無自覚、いえ呪ったという認識もないのかもしれませんね。それだけ彼に深く浸しているということです」

「で、でも自分を呪うとか……。まして言霊ですよ? 本來は守護神の祝福なんじゃ」

「祝福と呪いは紙一重なものです。良い結果を招くなら祝いと、悪い結果をもたらすなら呪いと區別するだけです。共に言葉という形態を取っているのなら両者の間にある違いなどほんの些細なものなのですよ」

宮杜は真っ直ぐと俺を見つめてくる。その視線には、どこか哀れみが込められているようにも思えた。

「人を活かす言葉は祝福に。人を損ねる言葉は呪いに。それだけのことなのです。あなたはあなた自を許せなかったのでしょうね。自責と自戒、両者があなた自を苛む呪いの基となった。誰よりもあなた自が己の罪を赦せなかったのでしょうね」

憐憫の眼差しが注がれる。宮杜は俺を哀れだと思っている。自分に呪いを掛けて自滅したから? 俺は俺に呪いを、言霊を使用したという自覚だってないのに。確かな事実であると見なして皆は俺を見てくる。

「そこまで自分を追い込んでいたの……?」

「そんな、お前が自分を責める必要なんかないじゃんか。自分を呪ってまでとか……」

「これが本當なら用なことするね。自分を罰するために自分の罪を言い聞かせる……。自滅するタイプの追い込みだ」

「……先輩……」

皆が痛ましげに俺を見る。そのが理解出來ない。俺に同を寄せる余地はないだろ。全部が自業自得。俺はそれだけのことをやらかしたんだ。仮に言霊で呪いを掛けていたとしても、それは當然の、當たり前の処置であって……。

「もう良いのではないですか?」

宮杜が穏やかな聲で何か言ってくる。聲に似合いの、冷たい無表が噓のようならかな目をしていた。

「あなたは充分に苦しんだでしょう。もうご自を赦しても良いのではないでしょうか。これ以上に己に罰を與える必要があるとは私には思えません」

「……」

「そうだぞ、永野! というか全部勘違いだったし、お前が自分を責める理由もないじゃん! 一人になんかならなくてもいいんだって!」

「一応、ハヤツリ様の時と俺たちを遠ざけようとしていた時のものは言霊発していたっぽいけどね」

「ノーカンノーカン! 別に害なんてないし! 永野は誰も傷付けてないんだから問題なし!」

「いや、遠ざけられた時の言い様は……。まぁ、真意を知っちゃえば責める気にもなりはしないけど」

やれやれと嵩原が肩を竦めた。檜山はニコニコとまるで全てが解決したかのような明るい笑顔で俺を見る。もう大丈夫なんだと言わんばかりに。

「先輩……」

後ろからか細く聲を掛けられる。振り向けば朝日が痛ましげに、だが労るように俺を見つめていた。

「先輩の苦しみを、私は全部は理解出來ません。私自が先輩の苦しみの元にもなっていましたし、ご自分の力にそれだけ悩まれたのだとも思います」

「……」

「でも、でも私は先輩の言葉に確かに救われたんです。本當に、心から謝しています。先輩がいなければ私は今、ここでこうして話を出來ていたかも分からないんです。先輩が助けてくださったからなんです。それだけは、どうか忘れないでくださいね」

「……っ」

朝日は謝を述べてくる。なんで、今この場でお禮なんか口にするのか。朝日の真意は読めない。だが、注がれる目が掛けられる聲が俺を労っていることだけはしっかりじ取れた。朝日は優しく俺をめてくれているようだった。

なんで皆、そんな俺に優しくするんだ。俺なんか放って置けばいいだろうに。痛々しく見えたとしても、こいつらには何も関係がない。

「永野」

真正面から名前を呼ばれた。向かい合いたくない。思えど、ノロノロと首はいて正面を見る。樹本と目が合った。

「……ね。皆も言ってるよ。君はね、君が思っているような責められるべき人間じゃないんだよ。もうさ、自分を許してもいいと思うんだ」

「……お前たちには関係ないだろ。俺がやったことなんだから俺の問題」

「関係あるに決まってるじゃん」

苦し紛れに吐いた臺詞に思いの外強い言葉が返ってきて面食らう。見れば、樹本は不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。

「関係あるに決まってるでしょ。僕らは友だちなんだよ? 君が悩んでいたり、苦しんでいたりしたなら放っとけないよ」

「……っ」

「君だって散々に僕らのことを助けてくれていたのに、いざ自分の番になったら関係ないとか言って遠ざけるの? それはないでしょ。そんな一方的なのはないよ」

怒りを湛えたままに文句を重ねられる。友だちって、まだそんなこと言うのかよ。なんでそんなに俺に括る。俺には誰かに執著されるような価値もないのに。

「……どうしてだ。どうして俺に括るんだよ」

「……」

「言っただろ。俺は取っ付き易くもないし、お前らなら他にいくらでも友だちなんか出來る。俺に拘ったって良いことなんざないだろ。なのにどうして……」

こんな縋り付くようなことは本當は言いたくもない。それでも訊ねずにはいられなかった。

こいつらの執著の理由が分からない。俺は、こんなに誰かに想ってもらえるような人間では絶対にないのに。

「それも言ったと思うけど」

「え……」

「君は優しくて良い人だから。友だちになろうなんて機はそれで充分だと僕は思うけどね」

言いながら苦笑を浮かべる。仕方ないと言わんばかりの、今にもやれやれと肩を竦めそうな態度だった。

「僕もね、君の言霊とか、お父さんのこととか知った時にはちょっと戸ったりもしたんだよ? 君と向き合うのも正直怖かった。踏み込んでも大丈夫なのかなって迷いもしたよ」

「……」

「でもね、そうやって嫌がって、その結果君と離れたり、あるいは君がどこか遠くに行ってしまうかなって考えたらそっちの方が堪らなかったの。君と向き合う怖さよりも、君がどこかにいなくなっちゃう、そっちの方が僕はよっぽど怖くて嫌だった」

「……!」

「だから今こうしてここにいるんだよ。僕は、僕らはね、君が一人っきりになってどこか遠くに行ってしまうのが嫌だから必死に引き留めているんだよ。お父さんとのことだって結果的に良かったとも思ってるけどさ、でも実際に君が手を掛けていたとしてもやっぱり見捨てるなんて選択は採れなかったと思うよ。多分それでも、君がいなくなる方が嫌だと思うからさ」

あまりよろしくはない考えだろうけどね。

そう言って樹本は困ったように笑った。笑って君に原因があったとしても一人にはさせてあげられないと言った。

ね、と男二人にも訊ねる。檜山の元気の良い肯定の聲と、嵩原はやれやれと言わんばかりに肩を竦めてそれを答えとした。二人共否定はしない。樹本と同じだと言うのか。何も言えずにただ三人に視線を這わせた。

「……信じられない? 僕らの答えはまだ納得いかないかな?」

「……」

「君はとことん、自分を評価してないんだね。ここまで言ったら普通なら照れたりなんだり、とにかく僕らの意見をれるものだと思うんだけどな。それだけ自分に掛けたっていう言霊が強いのかな……?」

難解な問題を目の前にしたように樹本は眉を寄せて、それからまた仕方ないと苦笑をその顔に浮かべた。

「君のその自己不信は深いみたいだね。でもさ、ならこれだけは覚えていて。君が自分を信じられなくても僕らは君を信じるから。君は優しい人間で誰かを守るために一生懸命になれる人だって」

「……!!」

「自分を信じることは難しくても、僕らが君を信じてることはどうか覚えておいてしいな。朝日さんじゃないけど忘れないでね」

そっと溢される。どこか照れ臭そうに視線をかして、でも本心なんだと俺から逸らせることはない。

「そうだぞ! お前は良い奴だ! 俺を助けてくれたこと、忘れてないかんな!」

「……ま、お世話になってるのは事実だし、恩だと思わない訳でもないからね」

檜山に肩を摑まれ引っ張られて笑い掛けられ、嵩原には気の抜けた、奴には珍しい含みのない笑顔なんて向けられて樹本の発言を肯定された。

唖然と二人を見返して視界の端に樹本の見守るような穏やかな表を眺めて。そうしたら檜山とは反対から腕を引っ張られる。顔だけで振り向けば泣き笑いの表をした朝日がにこりと微笑んでいた。

「皆さんも先輩を信じてるんですね。……良かった。先輩は一人じゃないんですね」

良かったともう一度呟いて俺に笑い掛けてきた。心の底から嬉しがっているようだ。俺のことなのに朝日はまるで自分のことのように本當に喜んでいる。

皆が俺を見ていた。優しい眼差しであったり、あるいは仕方ない人間を見るような目であったり。込められている熱量に違いはあれど、しかし誰もが好意的な目をしていることは理解出來た。ちゃんとじ取れた。

何故俺にこうも甘いのか。思い込み、言霊、呪いと俺が抱えていたものに関して散々に言い募られてもきたのだがやはり俺は納得出來ない。自分が許されるべきとも、樹本たちが信頼を寄せるだけの人間であるとも思えない。この狀況に対してだって言霊が作用しているのではと疑いも捨てられない。

俺にとって都合の良い展開となっているだけではないか。思い込みは消せない。何より自分に対する疑いが強かった。

認めてはいけないと思って、目を覚まさせてやるべきではとも迷いがあって、しかし、己とこの狀況に拭えない不信を抱いてはいても。

それでも信じると言ってくれる皆を、拒絶することだけはもう二度と出來そうにもなかった。

次回、ラストです。

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