《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#03
キオ・スー家の砲艦を追い払った『ヒテン』から三隻の作業艇が発進して、追われていたクルーザーの護衛艇が沈沒した地點へ向かって行く。それを眼で追っていたノヴァルナは、テシウス=ラームの「殿下、クルーザーが到著しました」という聲で、視線を桟橋へ戻した。
古びた外見の灣周遊観船が停泊する桟橋の、空いている反対側へとクルーザーは進して來る。三隻の護衛艇はそのまま波止場を囲むようにして、警戒態勢を取った。上空の『ヒテン』はゆっくりと前進を続けてやがて左へ回頭、その巨がスェルモル灣を塞ぐように橫を向く。
白い反重力クルーザーがエンジンを停止すると、船は靜かに海面に浮かんだ。それを見てノヴァルナ達は歩を進め、観船の乗船ゲートの前まで來た。クルーザーから降りて來る十人以上の男達は、揃えたスーツ姿ではあるが、ノヴァルナはそののこなしから、彼等が全員、軍人だと見抜く。
男達はゲートのり口で迎え合わせになって、両側に一列ずつに並んだ。ノヴァルナは僅かに斜に構え、その兵の列の前に立つ。右側にはテシウス=ラームら配下の者を従え、左側にはノアと二人の妹が控える。
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するとやや置いて、クルーザーの中から人影が現れた。若いだ。ノヴァルナはしれていた軍裝の襟元を指で直し、背筋を真っ直ぐばす。それはおそらく、數か月前のドゥ・ザン=サイドゥとの會見以來の、ノヴァルナの禮を正した態度だった。
現れたは、薄紫の格調高いドレスを著ており、煌びやかな寶石を散りばめた、幅広のネックレスを首に巻いている。長は160センチ弱、々細で巻き上げた金髪とコバルトブルーの瞳。その瞳を據えた大きな眼は僅かに吊り上がって、他者にきつい印象を抱かせた。年齢はノヴァルナやノアとほぼ同じぐらいに見えるが、優雅な所作は彼が平民などではなく、高貴な生れであるのを一目瞭然にしている。
そのがノヴァルナの前に進み出ると、ノヴァルナは自分のに右手をあて、ゆっくりとした作で會釈した。配下のテシウス=ラームやノア達も同様だ。
次いでノヴァルナは、丁寧な言葉遣いでに挨拶の言葉を述べる。
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「我が領地へ、よくお越し下さいました。カーネギー=シヴァ姫」
それが亡命者―――かつてウォーダ家が仕えていた、舊オ・ワーリ宙域星大名シヴァ家の、新たな當主となったの名前であった。
カーネギ=シヴァはこの時、ノヴァルナと同じ十七歳。
これまでに何度か述べられている通り、シヴァ家は星帥皇アスルーガ家の一門に連なる貴族であり、ヤヴァルト協約以前の宙域総督時代から、このオ・ワーリ宙域を支配していた由緒ある星大名家だ。そしてこれも何度か述べられている通り、『オーニン・ノーラ戦役』へ出兵している間に家老職家であったウォーダ家の簒奪に遭い、支配者としての地位を奪われたのだった。
現在のシヴァ家はキオ・スー=ウォーダ家の庇護下に置かれ、アイティ大陸のごく限られた地域に領地を與えられていた…はずであったのだが、それが今こうしてキオ・スー家と敵対する、ノヴァルナのナグヤ家へ亡命して來ている。
その理由は、カーネギーの父親で前シヴァ家當主であったムルネリアス=シヴァが、キオ・スー家によって弒逆されたためだ。殺害したのはキオ・スー家筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイの指示の下、チェイロ=カージェスが指揮する陸戦部隊によってである。
殺害に至る経緯は、昨年起きたノヴァルナの父、ヒディラス・ダン=ウォーダの死に始まる。
ヒディラスがクローン猶子のルヴィーロに暗殺された際、星シルスエルタでノア姫と會っていたノヴァルナに対し、キオ・スー家は戦力を派遣して、彼を捕らえるなり殺すなりする事を目論んだ。
それに対し、ノヴァルナの後見人だったナグヤ家次席家老セルシュ=ヒ・ラティオは、先手を打ってノヴァルナの直率部隊である、第2艦隊を迎えに遣った。
ノヴァルナはそのおかげでキオ・スー家の艦隊を撃ち破って星ラゴンへ帰還したのだが、実はこのキオ・スー家のきをセルシュに告したのが、シヴァ家だったのである。
シヴァ家は長年、キオ・スー家の庇護下にあったのだが、その僅かな領地は毎年のように一部をキオ・スー家に編され、小されるという憂き目に遭っていた。その不満がしづつ溜まって來ていたところに、昨年のサイドゥ家、イマーガラ家との戦闘で財政が迫したキオ・スー家から、領地を半分まで小するという通達が屆いたのだ。
そうなると、もはや我慢の限界を超えたと判斷したムルネリアスが、キオ・スー家と敵対するナグヤ家と手を組もうとするのは、自然なり行きと言える。ヒディラスの死を契機に、新當主となるノヴァルナとの協力関係を築くため、セルシュにノヴァルナ襲撃計畫の告を行ったのだった。
追撃部隊の攻撃に曬されていたカーネギーは、端正な顔をし青ざめさせているが、落ち著いた口調でノヴァルナに言葉を返す。
「ご助力謝致します、ノヴァルナ様。おかげで命拾い出來ました」
「いえ。我等にご協力頂きました父君をお助けする事が出來ず、また救援が遅れ、姫殿下を危険な目に遭わせた事…我がの不徳を、猛省する次第にございます」
當主となっても、普段の暴な言葉遣いは一向に直らないノヴァルナであったが、こういった場面での態度は、ガラリと変えるようになっていた。
數日前に、ナグヤ=ウォーダ家の報部が摑んだキオ・スー家の不審なきは、カーネギーの父親の、ムルネリアス=シヴァ殺害を目的としたものだった。
ムルネリアスのナグヤ家との通を察知したキオ・スー家は、シヴァ家をこの際、滅ぼしてしまおうと考え、星ラゴンにおけるキオ・スー家の直轄地アイティ大陸にある、シヴァ家の領地に侵攻したのである。
僅かな戦力しか持たないシヴァ家は必死の抵抗を試みるも、ムルネリアスは敗死、ただシヴァ家の支配する飛び地である、南洋の島へ視察に來ていた娘のカーネギーだけは、運よく出に功。途中でキオ・スー家の部隊から追撃をけたが、それを知ったノヴァルナの命令で急遽派遣された『ヒテン』と『ホロウシュ』によって、ギリギリのところで救援が間に合ったのであった。
慇懃な態度のノヴァルナに、カーネギーはようやく笑顔を見せて応じる。
「そのような事…どうかお気になさらぬよう。我がシヴァ家はもはや、一門たる星帥皇室からも見放された。我等を必要としてくれるウォーダ家の庇護の下でのみ、存続出來るというものにございます」
それに対し、ノヴァルナはどこまでも謙虛さを見せる。
「何を仰せられます。我がウォーダ家の今日《こんにち》があるは、すべてシヴァ家の恩顧の賜。それをどうして仇や疎かに出來ましょうや」
「まぁ…ノヴァルナ様」
これにはカーネギーもじったようで、頬を上気させる。それからノヴァルナはカーネギーに、婚約者のノアと二人の妹を紹介した。三人ともカーネギーと同世代であり、流浪のとなったカーネギーがしでも気を紛らわす事が出來ればという、ノヴァルナの細やかな配慮である。
こうしてノヴァルナに保護されたカーネギー=シヴァは、リムジンに乗り換えてスェルモル城へと向かって行った………
▶#04につづく
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