《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#06

セルシュ=ヒ・ラティオが亡くなって、ノヴァルナが一番変わった點は、心ではともかく、回しの手間を面倒がらなくなった點だった。

時間は昨日に遡る―――

カルツェの雙子の姉となる妹のマリーナを使い、カルツェを執務室に呼びつけたノヴァルナは、取り巻き連中がそれぞれの職務で離れた時間を見て、一人でやって來たカルツェに椅子を勧めた。

「おう、カルツェ。よく來たな、まぁ座れ」

そう言いながら、呼びつけたノヴァルナ自し驚いている。カルツェが何らかの理由をつけて、訪問を拒否するのではないかと思っていたからだ。

しかしそれは、ノヴァルナの方に考え違いがあった。ノヴァルナは今やナグヤ家の當主であり、カルツェはその家臣なのである。當主に呼ばれて來ないはずがない。その辺りはまだノヴァルナも、自分の地位に馴染めていないようだ。

とは言え、ノヴァルナの単刀直さは相変わらずで、兄弟が一対一で話をするのは本當に稀有な事だというのに、カルツェが執務機を挾んだ向かい側の椅子に座ると、いきなり本題を切り出した。

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「キオ・スー家と決著を付けようと思う。おまえのBSI部隊を…力を借りたい」

その言葉にノヴァルナを、さらに線を細くした印象のカルツェは、軽く片方の眉を上げて、しばし無言を続ける。そしてしの間を空けて靜かに告げた。

「私に、“キオ・スーと手を切れ”と仰るのですか?」

自分の派閥がキオ・スー家と手を組んでいる事を、すでに兄は知っている。そういった事を承知の上で一足飛びに切り返す所は、やはりカルツェにも兄のノヴァルナと同じが流れているのをじさせた。

それを聞いたノヴァルナも、小気味良さげにニヤリと口元を歪め、「そういうこった」と応じる。

「だがそれでこれから先、俺に服従しろってんじゃねぇ。俺と張り合うなら、どうせならナグヤ家だけじゃなく、このオ・ワーリ=シーモア星系の支配を賭けて張り合った方が、おまえもいいってもんだろ?」

確かに、今の狀態でカルツェがノヴァルナを排し、ナグヤ家の當主となったところで、宗家のキオ・スーの配下でしかない。キオ・スー家はあくまでもナグヤ家を配下に収める條件で、カルツェを支援していたのであるから、逆に考えれば、キオ・スー家と事実上対等の立場である今のナグヤ家の地位から、後退する事になる。

腹蔵なく自分の意見を伝えたノヴァルナに、カルツェもずばりと切り返す。

「兄上のお考えは賜りました。それで…私《わたくし》が兄上にお味方して、その見返りには、どのようなものを用意して頂けるのでしょう」

「キオ・スー家が降伏するなり滅ぶなりしたら、俺はキオ・スー城に移る。おまえにはナグヤ家の直轄地、ヤディル大陸をやる」

それはつまり、兄のノヴァルナがキオ・スー家を支配し、カルツェが事実上、ナグヤ家を支配するという事だ。カルツェからすれば當人の本音はともかく、兄と爭う事無くナグヤ家を手にれるという目的を果たせるうえに、そこからさらに高みを目指すにしても、倒すべき相手の數が一つ減るというメリットがある。

「………」

「………」

ナグヤの兄弟は向かい合ったまま、無言の時を過ごした。カルツェは思考を巡らして、兄が提示した見返りを評価し、ノヴァルナは弟の考えが決まるまで、腕組みをすると暇そうに窓の外を眺める。

やがてカルツェは小さく咳払いをして、ノヴァルナの注意を引き戻し、抑揚のない口調で告げた。

「助力を請われるなら…もう一つ、條件があります」

「おう、言ってみ?」

「私の配下の中にいる、兄上の手の者を引き上げさせて頂きたく…」

「アッハハハハ!」

カルツェの大膽不敵な言いに、ノヴァルナは高笑いした。そういうっこの部分を相手がさらけ出すのは、嫌いなノヴァルナではない。カルツェが言っているのは、カルツェ支持派の中にいるノヴァルナへの通者の件だ。

それが発覚したのは、昨年のルヴィーロ・オスミ=ウォーダとの人質換へ向かうイェルサス=トクルガルを、キオ・スー家が奪おうとした際に、ナグヤ家のカルツェ支持派がそれに協力して報を流した事を、通者からの告でノヴァルナに逆用された時の事である。そのような者がいる限り、カルツェが兄に対して謀叛を起こすにしても大きな障害になる。カルツェはその障害を、ノヴァルナ自らの手で排除しろと言っているのだ。

しかしノヴァルナ自、重要な部下である通者を、そろそろ引き上げさせるべきタイミングだと思っていたところであり、奇しくも両者の思は一致したのだった。大膽不敵さでは負けていないノヴァルナは、あっさりと通者の名前をえて応じる。

「いいぜ。ナルガヒルデの奴なら、そろそろ戻してやろうと思ってたとこだからな」

ナルガヒルデ=ニーワスの名を出され、カルツェは思わず眉をひくつかせた。二十代半ばの赤髪のしい家臣は、重巡部隊の第9戦隊司令としても、実働部隊のないカルツェにとって重要な人材だったからだ。

ただ通者といっても裏切者という意味ではない。若くして堅実な人選眼を持つナルガヒルデは、早くからノヴァルナという若者の將を評価し、この若者こそ我が主《あるじ》と見込んでノヴァルナに接近したのだった。そしてノヴァルナのウォーダ家の地位確立を補するため、自らノヴァルナに申し出てカルツェ支持派に加わったのである。

「ナルガヒルデの奴を悪く思うんじゃねーぞ」とノヴァルナ。

無言で見返すカルツェにノヴァルナは続けた。

「アイツはおまえより、その取り巻きのミーマザッカやクラードといった、胡散臭ぇ連中が、おまえを利用しているのが気にらねぇだけだ」

「…つまり、私の目を覚まさせるため、と?」

カルツェがノヴァルナを見據えて靜かに尋ねると、ノヴァルナは軽く肩をすくめてあっけらかんと言葉を返す。

「ま、そこまで大袈裟な話じゃねぇがな。とにかく俺も、今はああいう奴等にウロチョロされたくねーし―――」

そこまで言うとノヴァルナは、執務機に両肘を置いてを乗り出し、し探るような目で弟に問い掛けた。

「で?…おまえ自はどうなんだよ。頭の切れるおまえなら、ミーマザッカらがおまえを利用してるだけって事も、分かってるんだろ?」

ノヴァルナは軽い言いでありながら、核心を突いた。聡明さが人評であるカルツェであるなら當然、ミーマザッカやクラードが出世から、カルツェのナグヤ家當主継承をんでいる事は見抜いているはずだ。それを放置しているという事は、カルツェ自にも思うところがあり、敢えてこういった先鋭的とも言える支持派連中の、好きにさせているという事になる。

「………」

だがカルツェは何も答えない。するとノヴァルナも押し黙り、兄弟は向き合ったまま、幾ばくかの時間を無言で過ごした。

「………」

「………」

やがてカルツェが表も変えず、靜かな口調だがずばりと告げる。

「私には兄上を、ナグヤの當主として認められません」

それに対しノヴァルナは怒ったふうもなく、むしろ興味深げに尋ねた。

「へぇ。どこが?」

▶#07につづく

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