《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#07

「兄上は遠くばかりを見ておられる。足元を見ず、高みばかりを目指しておられる…自分の命だけでなく、周りの者全ての命まで、まるで賭け事のように軽んじられて―――私には認められません」

カルツェにそう言われても、ノヴァルナには一向に省みる様子が無い。

「そいつはおまえの見込み違いだ。賭け事は決して軽い気持ちでやるもんじゃねぇ。俺はいつだって真剣だぜ」

「ふざけていない時は真剣に、ふざける時はもっと真剣に、と仰りたいのでしょう?」

「おう、よく分かってるじゃねーか。さすが俺の弟だ」

「そんなものは詭弁です」

「あー、おまえな。そういうまとめ方は、思考停止ってヤツだぞ」

「!………」

暖簾に腕押し満點のノヴァルナの反応に、眉を痙攣させたカルツェは、思わず“だから兄上の、そういった所が我慢できないのです!”と聲を荒げそうになった。その言葉を無理矢理の奧に飲み下し、気持ちを鎮めて冷たく言い放つ。

「兄上は、星を統べる者―――星大名には相応しくありません」

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だがそれでもノヴァルナは怒る事は無い。

「おう、そうかぁ?…じゃあやっぱ、それより上を目指すしかねーな」

あくまでも冗談で通そうとする兄にカルツェは、もはやこれ以上話しても時間の無駄だとじたのか、おもむろに席を立つ。

「先程の戦力の提供のお話は了解致しました。指揮にはムラキルスの時と同じく、ゴーンロッグをつけさせて頂きます。詳細のり合わせは會議の後にでも」

「おう。助かるぜ」

快活に応えたノヴァルナに、カルツェは「では…」と言って退出しようとする。それをノヴァルナは「あー、カルツェ」と呼び止めた。

「今日は、おまえと話せて楽しかったぜ。ありがとな」

それを聞いて一瞬、カルツェは戸いの表をよぎらせた。だがすぐにその表を消し去り、無言のまま執務室を出て行く。木製のドアが重い音を立てて閉まると、ノヴァルナは背もたれに深く上を沈めて大きく息を吐いた。そして右手で頭髪をガシガシ無造作に掻きながら、「聞いての通りだ、ナルガ」とナルガヒルデ=ニーワスを呼ぶ。

するとノヴァルナの右隣に、ナルガヒルデの等大ホログラムが出現した。ノヴァルナは今のカルツェとの會話を、音聲回線のみでナルガヒルデにも聞かせていたのだ。

「本當におまえの名前を、バラして良かったんだな?」とノヴァルナ。

ノヴァルナの問い掛けに、ナルガヒルデのホログラムは「はい」と応じる。カルツェとの會見で、ノヴァルナが簡単に通者の名を明かしたのは、予めナルガヒルデからそのように申告があったためだ。

「名前を出して頂いた方が、彼等への牽制になります」

ナルガヒルデが言う“彼等”とは、ミーマザッカやクラードらの、カルツェ支持派を指していた。名前を告げた以上、ナルガヒルデので何かあった場合、一番疑わしいのはカルツェ支持派という事になる。それだけに、迂闊に復讐を企むわけにはいかない。當主となって、家臣の生殺與奪の権利を得たノヴァルナが、これを理由にカルツェ支持派の一掃にき出す可能もあるからだ。

それにまず第一、家中でも目立つ存在のナルガヒルデが、自らスパイ役を買って出るほどのノヴァルナの支持派―――いや、カルツェ否定派であったと知れれば、カルツェ支持派は大きく勢力を削がれる結果となるはずである。

「だが、おまえを危険に曬す事に、変わりはねぇ…」

珍しく奧歯にが挾まったような言い方のノヴァルナに、ナルガヒルデは眼鏡型NNL映像端末の蔓を指で掛け直し、自分のを案じてくれる主君に謝の笑みを浮かべた。

「ご心配には及びません。カルツェ様ならそういった事は、ご自分でも充分理解なされているはずです。ミーマザッカ様やクラード殿が私に何かしようとしても、カルツェ様がお止めくださるでしょう」

それを聞いてノヴァルナは、「ふふん」と鼻を鳴らす。

「ナルガも人が悪《わり》ぃな。カルツェに自分を守らせようってのか」

ノヴァルナの皮っぽい言葉に、ナルガヒルデは無言で恭しく一禮し、「そういえば」と言い返した。

「先程の弟君との會話…ノヴァルナ様、かなりお気を遣っておられましたね」

「う…」

ナルガヒルデの顔を見上げるノヴァルナの口元が引き攣る。

カルツェとの會見で、のらりくらりとした発言ばかりであったノヴァルナだが、心ではカルツェへの気遣いに腐心していた。それを観察眼の鋭いナルガヒルデに見抜かれていたのだ。“傍若無人”のノヴァルナとしては、あってはならない行であった。

イメージが壊れるような事を面と向かって告げられ、再び手指で頭髪をガシガシ掻いたノヴァルナは、気まずそうにナルガヒルデに言い放った。

「おま…マジ、人が悪《わり》ぃな―――」

前日にこのような経緯があったため、會議でのノヴァルナとカルツェのやり取りも、ナルガヒルデの主君への詰問も、周囲が張するほど、當人同士で火花を散らせたわけではなかった。

戦力の供出をあっさりと了承したカルツェに対して困する、ミーマザッカやクラードを目に、ノヴァルナは前日にカルツェが指定した通りに、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータを振り向いて命じる。

「ゴーンロッグ!」

「は…ははっ」

「聞いての通りだ。おまえがカルツェの代わりに地上部隊の指揮を執れ。奴等の直轄地、アイティ大陸へ侵攻し、キオ・スー城攻略の橋頭堡を築くんだ」

意」

簡単に頭を下げて承服するシルバータに、ノヴァルナはニヤリとして心で“馬鹿正直なヤツだぜ”と呟いた。いや、悪い意味ではない。カルツェを支持する事も含めて、シルバータは全てがナグヤ家のためだと思っている故の反応なのである。そういった點で先日のムラキルス星系攻防戦同様、今度の戦いに自分の名代《みょうだい》としてシルバータを派遣しようというカルツェの判斷は、間違ってはいない。なくともシルバータは戦いにおいて、自分個人の考えで何かの小細工をする人間ではないからだ。

カルツェがノヴァルナに従ってしまうなら仕方がない…と言いたげに、筆頭家老のシウテ・サッド=リンがし投げやりな口調で尋ねる。

「殿下の命とあらば、皆これ以上申しますまい。それで地上部隊はゴーンロッグに任せ、殿下は如何なされるおつもりですか?」

そう尋ねられたノヴァルナは腕組みをし、椅子の背もたれに上を預け、ふんぞり返った姿勢で不敵な笑みと共に言い放った。

「心配すんな。逃げも隠れもしねぇ。宇宙に上がって、月基地から來るキオ・スーの宇宙艦隊をぶっ潰す!」

その言葉に家臣達は息を呑んだ。確かにナグヤ家にとっては、キオ・スーの地上部隊より、月の軍港で修復中のキオ・スー家宇宙艦隊の方が脅威だ。衛星軌道上に展開されるとこちらの地上部隊は丸である。そしてそれを撃滅するという事は、今度ばかりは本気でキオ・スー家を潰す意志が、ノヴァルナにあるのを示している。

やがて三日後、シヴァ家當主カーネギー=シヴァを総司令として、前當主ムルネリアスを殺害した逆臣ディトモス・キオ=ウォーダと、それに従う者達への宣戦布告が、大々的に発表されたのである………

▶#08につづく

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