《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#08
キオ・スー城の広い廊下を足早に歩き、城主であるディトモス・キオ=ウォーダの執務室へやって來た、キオ・スー家筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイは、扉をノックして、その向こうからの「れ」という言葉と同時に把手を摑んだ。
扉を開け、中へると間を置かずに、ディトモスへ告げるダイ・ゼン。
「殿。大うつけが我等に、宣戦布告致しましたぞ」
どこか悪いのではないかと疑いたくなる、頬のこけたダイ・ゼンだが、その眼は爛々と輝いている。執務室にいながら仕事をするでもなく、大型ホログラムスクリーンで古い映畫を鑑賞していたディトモス・キオ=ウォーダは、驚く素振りも見せずに「そうか」と応じると、太り気味の腹を捻ってダイ・ゼンに振り向いた。
「―――だが危険な賭けだ。ぬかりはないであろうな?」
念を押すディトモスに、ダイ・ゼンは「全て萬端にて」と頷く。
実はキオ・スー家でも、カーネギー=シヴァを取り逃がし、ナグヤ家に逃げ込んだ場合の事を想定していたのだ。そしてその想定の中には可能の高いものとして、カーネギー=シヴァを前面に置いた、ノヴァルナの軍事行があった。
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その理由として第一に挙げられるのは、連戦を繰り返して消耗したナグヤ家の戦力が、もはやキオ・スー家の戦力に追いつく事が不可能なレベルにまで、差が開いた事だ。
本來、キオ・スー家の配下であったナグヤ家が、その工業生産力を主家のキオ・スーと同等にまで増大させたのは、かつてノヴァルナの父ヒディラスがミ・ガーワ宙域へ侵攻して、ヘキサ・カイ星系周辺を占領、ナグヤ家の支配領域としたからである。
しかしそれを失陥した現在、生産力は大きく後退して経済も疲弊、新造艦の補充はおろか、損傷艦の修理も遅れがちとなっている。それに対してキオ・スー家は昨年の、『カルル・ズール変星団會戦』でノヴァルナの部隊と戦い、第1艦隊、第4艦隊、第1機部隊に大きな損害を出しはしたが、すでにその補修は完了していた。
ナグヤ家がこの差を埋める事は困難で、むしろ広がっていく一方だ。そうであるなら、ナグヤ家としては戦力比がまだ近い今のタイミングで、決戦を仕掛けたいところのはずである。それに今であれば、サイドゥ家からの援軍も得る事が出來る。カーネギー=シヴァを保護し、キオ・スー家に殺害された父親の敵討ちを行う事は、ナグヤから攻撃を仕掛ける絶好の大義名分だ。
ダイ・ゼン=サーガイはこれまで戦場でこそ“無能”だったが、ウォーダ宗家の一つの筆頭家老を務めているだけあって、戦略的なものの見方は確かであった。
ノヴァルナの方から仕掛けて來る以上、戦力不足を補うために、対立している弟のカルツェとも一時休戦するはずで、カルツェも休戦をけれて、今回はノヴァルナの味方となったに違いない。
さらにノヴァルナの叔父で、モルザン星系獨立管領ヴァルツ=ウォーダが今回もまた、ノヴァルナのために部隊を派遣するはずで、それに加え、ムラキルス星系攻防戦の時のように、ミノネリラ宙域星大名のサイドゥ家からも、増援部隊が駆け付ける可能がある。
それを承知でダイ・ゼンに慌てる様子が無いのは、こちらも今回はイマーガラ家と連攜しているからであった。セッサーラ=タンゲンが生前シェイヤ=サヒナンに授けた、自分の死後の行策定に、今回のケースの戦略も記されており、それがシェイヤを通じダイ・ゼンの手元にも屆いていたのだ。
それによると、モルザン星系のヴァルツには、イマーガラ家に寢返ったナルミラ星系のヤーベングルツ家に加え、モルトス=オガヴェイ指揮のイマーガラ軍第5艦隊を差し向けてきを封じ、ミノネリラ宙域ではサイドゥ家次期當主、ギルターツがナグヤ家への増援部隊派遣を阻止。けるのはナグヤ家の戦力のみとなるよう、シェイヤが手配するという事だ。ナグヤ家のみの消耗した戦力なら、キオ・スー家の戦力でも撃滅出來るだろう。
「我等もあまり悠長に、構えておられませんからな―――」
そう言って、ダイ・ゼンはな笑みを浮かべ、続けた。
「ノヴァルナめを早々に始末し、カダール殿が政権掌握に手間取っているうちに、イル・ワークラン家も排除せねば、面倒事が長引きまする」
ダイ・ゼンが口にしたように、キオ・スー家の真の目的はもう一つのウォーダ宗家であるイル・ワークラン家を滅ぼし、キオ・スー家のみでオ・ワーリ宙域を支配する事だ。つまりナグヤ家の排除はまだ、その前段階でしかない。
「とは申せ、油斷は大敵。今度こそに染みておるであろうな? ダイ・ゼン」
「無論の事…」
これまでノヴァルナに敗れ続け、『カルル・ズール変星団會戦』では弟のジーンザックまで失ったダイ・ゼンには、もはやこれまでのような、ノヴァルナを侮るような表は無かった………
▶#09につづく
お薬、出します!~濡れ衣を著せられて治療院から追放された薬師さんが辺境で薬屋を開きました。極めたポーションは萬能薬と呼ばれて回復魔法を超えるようです~【書籍化コミカライズ企畫進行中】
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