《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#13

「―――えきしっ!!」

総旗艦『ヒテン』の司令席に座る、紫紺の軍裝姿のノヴァルナが、上を揺らして盛大なくしゃみを放つ。いや、ドゥ・ザンとドルグの噂話のせいではない。くしゃみの後に「ずずーっ…」と鼻をすすった辺りからして、雨降りの離著陸床ををシャトルまで歩いたために、風邪を引き込んだのかもしれない。

ナグヤ城上空で臨時編の三個艦隊と合流した総旗艦『ヒテン』は、衛星軌道を離れ、キオ・スー家の所有する月面著陸『ムーンベース・アルバ』へ向かっている。報ではキオ・スー家の艦隊もすでに発進し、こちらへ向かっているようだ。

四個あるキオ・スー側艦隊総司令はソーン・ミ=ウォーダ。ノヴァルナと同じウォーダの一族だが、傍流のそのまた傍流で、宗家の家督継承権は有していない。

「えきしっ!!」

再びくしゃみをするノヴァルナに、傍らに控えるランが「何かお薬をお持ちしましょうか?」と尋ねる。それに対し、ノヴァルナは首を左右に振って答えた。

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「いんや。こんなもん『センクウ』に乗ったら、すぐ治るって」

「今回もお出になられますので?」

そう訊いて來たのはナルマルザ=ササーラである。すぐにBSHOで飛び出したがる主君のを案じての言葉だ。

「おう。今度ばかりは、ソーン・ミやチェイロといった指揮連中を、逃がすわけにはいかねぇからな」

戦力的に厳しいナグヤ家は、そう何度もキオ・スー家と戦う事は出來ない。今回の戦いを決戦とするためには、艦隊指揮クラスを討ち取らねばならなかった。艦の數は揃えられても、人材の枯渇は自艦だけで補えるものではない。事実、ノヴァルナがノアと共にトランスリープで飛ばされた、皇國暦1589年のムツルー宙域では、友人となった星大名ダンティス家の當主マーシャルが、先年の大敗と麻薬『ボヌーク』の蔓延で人材不足に悩まされているのを、目の當たりにしていたのだ。

「ですが…ノヴァルナ様ご自が、危険な目に遭われる恐れがあります」

とラン。ササーラも頷いて言葉を繋げる。

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「ランの申す通りです。しかも我が『ホロウシュ』の機も、専用機は使えるのが半數。あとの半數は、通常の量産型『シデン』を代替使用するしかない狀況です。をお守りするには不安がございます」

二人の『ホロウシュ』は言外に、ノヴァルナの方が戦死する可能を伝えて、主君の説得を試みた。

ササーラが口にしたのは、先日のムラキルス星系攻防戦でノヴァルナ艦隊が、セッサーラ=タンゲンの捨ての攻撃をけた時の話だった。

その攻撃で総旗艦『ゴウライ』と二隻の直衛戦艦が撃破されてしまい、分けて搭載していた『ホロウシュ』の親衛隊仕様『シデンSC』も、半數が失われてしまったのだ。助かった半數は、三隻の戦艦が主恒星ムーラルへ飲み込まれる前に、どうにか格納庫から放出したものである。このため機を失った者は、量産型『シデン』を臨時使用する事になっていた。

しかし、そのような説得に応じるノヴァルナだったなら、これまでの行狀ももっと“まとも”であったはずだ。案の定「ふふん」と鼻で笑うと、不敵な笑みでランとササーラを見上げて言う。

「全てか無か。わかり易くて、いいじゃねーか」

それでもし俺が死んだら―――と、ノヴァルナは殘りの言葉をの中で続けた。

“カルツェの奴が何食わぬ顔でキオ・スーと渉し、當主に収まって、それなりにナグヤ家を維持していくだろうぜ…”

こればかりは致し方ない、と諦め顔で視線をわすランとササーラ。良くも悪くも、思いのままに生きるのが、自分達の主君であるからだ。その直後、艦橋オペレーターが艦隊前方に展開していた哨戒駆逐艦からの、敵発見の連絡を伝えた。即座に艦橋中央の戦狀況ホログラムへ報が力される。彼我の位置と距離のデータを見たノヴァルナは、僅かに表を引き締めて命令を発した。

「全艦戦闘配置。砲雷撃戦用意、艦載機発進準備」

今回の戦闘は星ラゴンと月の間の、極めて限定された空域の戦闘である。そのため艦隊の移も、速の20パーセント前後といった星間航行速度が使用される事は無い。とはいえ月までは30分程度であり、會敵したのはラゴンを離れて約20分後となると、思いの外、月に近い。キオ・スー側の艦隊のきが遅いからだ。

「敵艦隊の総數、およそ二百!」

「哨戒駆逐艦からの連絡によれば、『ムーンベース・アルバ』からの電子妨害で、艦數や正確な位置などの報を取得する事が出來ないようです」

「ふん。そういう事か」

報參謀の言葉にノヴァルナは納得の表で獨り言ちた。キオ・スー艦隊との會敵場所が予想より月寄りであったのは、『ムーンベース・アルバ』の電子戦能力を有効活用しようという腹であるのは間違いない。さらに基地からのビーム砲撃も予想される。

ノヴァルナは前を見據えたまま、気取った仕草で指を二度鳴らし、その指で指し示した報參謀に命じた。

「キオ・スー城のある、アイティ大陸からの対宙砲火を警戒。有効程エリアを戦狀況ホログラムへ投影しろ」

それをけて報參謀はオペレーターに指示を出す。ノヴァルナが求めた、キオ・スー側の対宙施設がアイティ大陸上に表示されて、有効砲撃範囲が映された。相対位置から西海岸周辺の対宙施設のビーム砲がギリギリで、ノヴァルナの艦隊を有効範囲に捉える。これに『ムーンベース・アルバ』からの砲撃有効範囲と、キオ・スー艦隊の推定位置を重ねると、ノヴァルナ艦隊が地上と月からの砲撃をけずに、キオ・スー艦隊を迎え撃つ事が可能なエリアは非常に限られていた。

つまりノヴァルナ艦隊は充分にき出來ない狀況で、キオ・スー艦隊と戦わなければならないのだ。ダイ・ゼン=サーガイが主君ディトモス・キオ=ウォーダに提示した作戦の容が、これだったのである。

「ふん。ダイ・ゼンの野郎も、しは頭を使ったか」

司令席で腳を組み替えたノヴァルナは、傲岸な言いをする一方で、素早く頭脳を回転させて対応策を考えた。キオ・スー艦隊は速度を落としているとはいえ、十五分もあればナグヤ城を艦砲撃出來る位置へ到達してしまう。それを阻止するのがノヴァルナの目的であるのだから、放置する事は出來ない。

ただノヴァルナは十七歳という若さでも、生まれ持った才能に加え、すでに戦場の経験は充分に積んでいた。すぐに対抗手段を導き出して命令を出す。

「俺が命じるまで艦隊はここで待て。艦載機でキオ・スー艦隊を叩く!」

そう言うが早いかノヴァルナも席を立った。自分も初手から出るという意思表示だ。自分達の説得も最初から意味を為さない事だったと、改めて思い知ったランとササーラは、二人揃って溜息をつく。その向こうでは早くも艦橋を出て行こうとするノヴァルナが、作戦參謀を振り向いて告げる聲と、それをオペレーターに伝達する參謀の聲がした。

「BSI部隊と攻撃艇部隊を、直掩機も合わせて全部出せ。急発進だ」

「艦載機、発艦はじめ。急げ!」

程なくしてノヴァルナ艦隊から、無數の炎の矢が放たれたような景が広がり始める。全艦載機の発進だ。そしてその中をひときわ速度を上げて突き進む二十一のが、ノヴァルナと『ホロウシュ』達であった。

▶#14につづく

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