《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#14
それはキオ・スー=ウォーダ家にとって、悪夢のような大敗北だった。地上戦ではBSI部隊総監のチェイロ=カージェスが、宇宙戦では艦隊司令のソーン・ミ=ウォーダが緒戦で戦死してしまったのだ。
地上戦ではキオ・スーの殘存戦力が、ナガルディッツ地方の中心都市アジ・ク市から撤退を開始。キオ・スー市から南南西に約百キロの、サンノン・グティ市へ司令部を移して再度防衛戦を企図しているが、勝算は薄い。
しかもオ・ワーリ=シーモア星系外縁部でも、モルザン星系からノヴァルナの応援に駆け付けて來たヴァルツ=ウォーダの艦隊に、キオ・スーの星系防衛艦隊が敗北。ノヴァルナに敗れた恒星間打撃艦隊と共に、月の艦隊駐留基地『ムーンベース・アルバ』に封じ込められたのである。
もはや敗北必至のキオ・スー家に対し、ノヴァルナは一旦戦闘行を中止。翌日になってキオ・スー家に対し降伏勧告を行った。
ノヴァルナが示した條件は、ディトモス・キオ=ウォーダは星大名としての全ての権限を剝奪して、妻と共に追放。ただディトモスの三人の子は、ウォーダ一門としてノヴァルナの元に置く。そして筆頭家老のダイ・ゼン=サーガイは、前シヴァ家當主ムルネリアス=シヴァ暗殺を指示し、またノヴァルナの殺害も幾度となく試み、さらにイマーガラ家とも通している事により処刑、というものであった。返答の期限は五日後。拒否すれば、衛星軌道上からの艦砲撃をキオ・スー城へ行う。
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それに加えノヴァルナは、もう一つの選択肢もキオ・スー家へ與えた。武人の面目を施すため、最終決戦で雌雄を決する事をむのならば、キオ・スー城の放棄と引き換えに、ディトモス以下キオ・スー家の殘存戦力を全て、月面基地『ムーンベース・アルバ』へ移・集結させる事を認めるというものだ。これなら総戦力比的に、キオ・スーに勝ち目がなくもない。
だがこれに対し二日後、キオ・スー家は思わぬ暴挙に出た。ノヴァルナからの降伏勧告に伴う、それを諾しなかった場合のキオ・スー城への艦砲撃に備え、キオ・スー市から外への通手段を全て封鎖したのだ。つまり領民が市外へ避難する事を領主自ら阻み、人質―――いわゆる人間の盾にしてしまったのである。もし衛星軌道上に展開したナグヤ艦隊がキオ・スー城へ砲撃を行ったなら、逃げられない民間人にまで、被害を及ぼす恐れがある。
家の存続のため、なりふり構わなくなったディトモス・キオ=ウォーダとダイ・ゼン=サーガイは、守るべき領民を盾にすると逆にノヴァルナに対し、衛星軌道上の艦隊の撤収を要求して來た。民主主義であっても封建主義であっても、またその他の政治形態であっても、民心が離れたトップが治める國に栄華はめない。それだけにキオ・スー家も必死だという事だ。
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その翌日―――星ラゴン衛星軌道上會戦が終了して四日後。
ノヴァルナは今日になって、衛星軌道上の総旗艦『ヒテン』から地上のナグヤ城へ、降りて來ていた。ナグヤ軍の首脳部や叔父のヴァルツ=ウォーダを伴ってである。
緒戦の勝利に、激もあらわなカーネギー=シヴァ姫の出迎えをけたノヴァルナは、丁寧に禮を返すと、首脳部と簡単な會議を行い、今はヴァルツ=ウォーダと二人だけで夕食をとっていた。
「最後の詰め…甘く出たものだな。我が甥《おいご》は」
ヴァルツは何のもえず、淡々とした口調で告げると、手にしたグラスの中の赤ワインを飲み干す。
「甘かったッスか?」
ヴァルツと向かい合わせに座るノヴァルナは、分厚いステーキにナイフをれながら、軽い口調で問い掛けた。広いテーブルが置かれた食堂には、ノヴァルナとヴァルツ、そして二人の給仕しかいない。
「甘い。おまえはまだ綺麗に…格好良く戦おうとしている」
給仕がグラスに代わりのワインを注いでゆくのを眺めながら、ヴァルツは答えた。ただこれはヴァルツ自、仕方のない事だとも思っている。將才にあふれた自分の甥っ子は、すでに様々な戦略・戦を巡らす能力をに著けていた。とは言え、まだ十七歳の若者である事は否めなく、戦略・戦のその先にあるのは、自らの正義に差した華々しい勝利である事をしているのだ。
無論、勝利とはそれだけではない事は、ノヴァルナも頭では理解しているだろう。しかしそれが実際にどういったものであるかは、本當ならこれから、父親のヒディラスや後見人であったセルシュが、教授していくべき課題だったのである。だがその二人はもはや帰らぬ人となり、ノヴァルナ自が思っていたより早く、自分一人で星大名の道を歩いていかなければならなくなった。
「正直、困っておるのであろう?」
ヴァルツにそう切り出されると、ノヴァルナは言葉を失う。
「………」
ノヴァルナの分かりやすい反応に、ヴァルツは人の悪い笑みで冗談を口にする。
「本來ならしい婚約者の姫ととるのが道理の、帰城して最初の食事に、このようなむさいオヤジをったのだからな」
これにはノヴァルナも苦笑いで同意するしかない。
「はあ、まぁ…」
ノヴァルナもディトモス達が、キオ・スー市民を人間の盾にする可能を、考えなかったわけではない。ただディトモスもダイ・ゼンも武人の端くれであるなら、最終的には決戦を選択するはずだと踏んでいたのだ。
この判斷には以前に述べられたように、人間の行を理屈優先で考えようとするノヴァルナの欠點…とまではいかなくとも、思考パターンの偏りがあった。それは或いは“死のうは一定”とするノヴァルナの危うさ―――自分の生への、希薄な執著に基づいているのかも知れない。
ただ今のこの狀況に、ノヴァルナが手詰まりとなってしまったのも確かだった。中途半端な判斷と條件で降伏勧告を行ったために、緒戦の敗北で神経を研ぎ澄ませていたキオ・スー家に、つけ込まれる隙を與えてしまったのだ。それを評してヴァルツから叱咤されたのである。
そしてこれはまたヴァルツ=ウォーダ自にとっても、ノヴァルナへの支援と引き換えに、自らがむ褒章を提示するチャンスでもあった。兄のヒディラス・ダン=ウォーダ、ナグヤ家次席家老であったセルシュ=ヒ・ラティオ無き今、敵対者が多いナグヤ家の中でノヴァルナを支える事が出來るのは、叔父である自分に回って來た好機だと言える。事実ノヴァルナも自分を頼って來ているが故の、この夕食へのいに違いない。
「されば我が甥よ…一つ、提案があるのだがな―――」
ヴァルツ=ウォーダとて戦國の世に覇を宣する事を夢見る一人。モルザン星系獨立管領だけで生涯を終えるつもりは無い。自分の思を語り始める叔父の雙眸に、野心のが燈るのを、ノヴァルナは敢えて冷めた目で見返していた………
一方その頃のミノネリラ宙域、オウ・ルミル宙域境界面付近―――
星大名ドゥ・ザン=サイドゥ自らが率いる、対ロッガ家迎撃艦隊の総旗艦『ガイライレイ』の艦橋は、不穏な空気に包まれている。オウ・ルミル宙域との國境付近には、接近が報告されていたロッガ家の宇宙艦隊がどこにも確認されず、それに加えて本國の首都星バサラナルムとの連絡が昨日來、取れなくなっていたのだ………
▶#15につづく
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