非常警報のサイレンが鳴り響くキオ・スー城、広い敷地の一角にあるシャトルポートの周辺からは、幾筋かの黒い煙が立ち上っている………

乾いた銃聲は単発音と連音が差し………

鋭い発音に人間の絶らしきものが混じり込む………

うららかな春の青空の下では、芝生に出來た溜まりが一層生々しい………

小型のＢＳＩユニットを思わせる、裝甲強化服を裝著したヴァルツ＝ウォーダ軍陸戦隊の重裝機歩兵が三名、立て続けに擲弾筒を発する。その向こうでも三名の重裝機歩兵。また視界には捉えられないが、他にも六名の重裝機歩兵がいるはずだ。

擲弾の激しい炎が閉じられていた非常扉を吹き飛ばし、その両側でサブマシンガンを撃つ城の警備兵を、複數人ひとまとめに薙ぎ倒した。

するとシャトルポートに著陸し、後部ハッチを開けていた二機の輸送用大型シャトルから、ボディアーマー姿の特殊部隊が十二名ずつ駆け出して來る。輸送シャトルと高級將用シャトルの中では、キオ・スー家から派遣されていた連絡將校が、軍用ナイフで首を掻き切られてすでに息絶えていた。特殊部隊は列をして、重裝機歩兵が開けた非常扉へ突してゆく。

とその時、シャトルポートを上からむ管制室橫の張り出し部を越え、キオ・スー側の重裝機歩兵が三名飛び降りて來た。察知したヴァルツ軍の重裝機歩兵三名がそれに立ち向かう。塗裝パターンこそ違うがどちらも同じＷＡＭＴ―５５４『ゼランドン』。雙方がほぼ同時にブラスターライフルを連するものの、エネルギーシールドに弾かれる。

「白兵戦用意！」

三名一分隊の分隊長が命じ、三機の重裝機歩兵は揃って、やや肘を曲げた両腕を突き出した。すると裝甲強化服の前腕部橫側から、ＢＳＩユニットにも標準裝備されているＱ(クァンタム)ブレードが、薄っすらと紫のを放ちながらび出る。

このような騒の中、ヴァルツ＝ウォーダは腕組みをしたまま、高級將用シャトルの脇に突っ立っていた。いつ狙撃されたり、流れ弾を喰らったりするか分からないというのに、まるで運試しでもしているような豪膽さだ。

「ヴァルツ様、ここは危のうございます。そろそろご移下さい！」

參謀の一人が訴えるが、ヴァルツは耳を貸さずに命じた。

「そんな事より制圧を急げ。ディトモス殿とダイ・ゼンだけは逃すな!!」

ノヴァルナがノアを連れ出した夜のツーリング―――その時ノアに吐した心こそ、ヴァルツ＝ウォーダが會食の際に提案した、キオ・スー側に寢返ると見せかけて城にり込み、ディトモスを捕縛してダイ・ゼンを殺害。城を奪取するという獻策に対しての葛藤だった。

キオ・スー家が領民を人質とする策をとった直後、筆頭家老のダイ・ゼンからヴァルツに対して、ナグヤ家からの離反を勧められたのは前述の通りだが、ヴァルツはこれを利用し、キオ・スー城を奪い取る事を畫策したのである。

一方ヴァルツからその話を聞かされたノヴァルナだが、これまで幾度も敵の裏をかき、悪ふざけのようなやり口で敵を翻弄こそして來たとは言え、ヴァルツの策に納得出來ないものがあった。それは會食の時にヴァルツに指摘された通り、まだ若者であるノヴァルナの持つ清廉さ、「格好良く戦おうとしている」部分だ。

ノヴァルナにとって敵の裏をかいたり、敵を翻弄したりするのは、最後は自らが命を懸けて戦うためへの布石であった。だが今度のヴァルツの策は、自分のこれまでのやり方とは似て非なるものだ。言ってしまえば、徹頭徹尾卑怯なやり方である。しかも自分は安全な後方に居て、叔父が上げる戦果を待つだけなのだ。

いつもコソコソとした敵対者を、“気にらねぇ！”と言ってぶっ飛ばして來た自分自が、その“気にらねぇ”人間になってしまった気分に、ノヴァルナの葛藤は如何ほどのものであったろう。

無論、時にはそういう策謀が必要である事は、ノヴァルナも承知している。いや、むしろそういう策謀に満ちた世界へ、を置いている事も承知している。

それに今回は、人間の盾同然であるキオ・スー市の領民の、安全が掛かっていた。さらに滅亡寸前のキオ・スー家の兵も、無駄に殺したくはないと來れば、ヴァルツの策が気にらないからといって、卻下出來るようなものではない。

だがやはり、納得出來ないものは納得出來ないノヴァルナだった。人並み以上にが強いがゆえに葛藤も大きくなる。そこでノヴァルナは納得出來ないままの自分の気持ちを、ノアに打ち明けたのだ。そのおかげもあって、どうにか自分の気持ちを割り切る事が出來たノヴァルナは、何食わぬ顔でキオ・スー城への移住を冗談じりに、口にする事も出來るようになったのである。

「これがほんとの、“果報は寢て待て”ってヤツだ！」

自分の葛藤は割り切った事と意識の隅に押しやり、ノヴァルナは冗談を言い放って私室へ向かう。

ナグヤ艦隊でキオ・スー城へ奇襲の艦砲撃を仕掛けようとしたのは、無論、ヴァルツと打ち合わせを行った上での欺瞞行だった。ナグヤ艦隊とヴァルツ艦隊の撃ち合いも、演習用のビームによる見せかけであり、ノヴァルナの『ヒテン』などは、冷卻ガスを艦の數か所から放出し、被弾・発したように演出したのである。

私室へ著き、扉を開くノヴァルナ。広い居間の真ん中では、キノッサがこちらを向いてちょこんと立っていた。

「お風呂は現在準備中です。間もなく完了かと」とキノッサ。

「おう」

そう言うノヴァルナはもう服をぎ始めている。するとノヴァルナは部屋の中のが、幾つか見當たらない事に気付いた。お気にりのアンティーク調の棚や、寢そべって『ｉちゃんねる』でネット民と口論する、いつものソファー。そして絵柄が１６パターンに変化する『閃國戦隊ムシャレンジャー』のホログラムポスターなども無くなっている。

半になりながら、不審そうな目をあちこちに向けるノヴァルナに、キノッサは背筋をばして告げた。

「ノヴァルナ様が執務室に閉じ籠っておられた間に、ご用のものを選び、すでに荷造りを終えておりますです」

「は？…荷造りだと？」

「キオ・スー城へ移られるのに、持って行かれるであろうでございます」

「それを、てめーが選んだってのか？」

胡散臭そうに反応するノヴァルナ。キノッサはＮＮＬを使って、目の前に小さなホログラムスクリーンを展開すると、「これがリストでして」と言って指先でスクリーンを押さえ、ノヴァルナへ向けてらせた。ノヴァルナは飛んで來たホログラムスクリーンを、同じように指先で押さえて止める。

スクリーンにはキノッサが判斷して荷造りしたのリストが、箇條書きされていた。確かにノヴァルナが普段こだわりを持って使っているから、半ば無意識のうちに手に取っているようなまでが、過不足なく選ばれているように思える。

「ふん…」

よく見てやがる…と心する気持ちを鼻を鳴らして誤魔化し、ノヴァルナはぶっきらぼうにキノッサに命じた。

「このリストに、てめーの名前も書き込んどけ。向こうの城で、何か新しい職務を與えてやっからよ」

それを褒とけ取ったキノッサは、笑顔でペコリと頭を下げた。

▶＃０３につづく