《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#18
かくして戦闘は終了した―――ノヴァルナとノア達の目的は、あくまでもノアの二人の弟、リカードとレヴァルの保護である事は言うまでもない。
そうであるからキャーメラー星人の、コルツ=タルオン率いるシーガラック星系艦隊が戦意を喪失し、撤退を始めると、これを追撃するような事はしなかった。
タルオンが座乗する旗艦『ピチャメッド』は、ノヴァルナの旗艦『ヒテン』との撃ち合いに敗北し、這いずるように逃げていく。隨伴していた二隻の戦艦も同様で、特に一隻は『ヒテン』の大口徑ブラストキャノンを何度も艦に直接被弾。オ・ワーリ宙域を出る事もままならない狀況だった。
さらに各四隻あった重巡と軽巡、六隻あった駆逐艦は、ノヴァルナ側の二隻の戦艦『ログバール』、『ゼルストル』と戦した結果、半數にまで減っている。
そしてノヴァルナとノア達が直接戦した巡航母艦部隊も、駆逐艦六隻は航行能力だけは保持出來たものの戦闘力は完全喪失。宙雷艇部隊の魚雷攻撃で航行不能となった、二隻の巡航母艦(軽空母)を牽引して逃走した。
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一時間後、哨戒基地E―4459へ接舷した『ヒテン』から、ノヴァルナとノアがそれぞれの護衛を連れて基地へ乗り込んだ。出迎えたのは基地の指揮を執るアンドロイド指揮と、基地を挾んで『ヒテン』の反対側に接舷中の、サイドゥ家の軽巡航艦の砲長である。前述の通り軽巡の艦長と副長は戦死しており、砲長が指揮を執っている。
基地に回収されたサイドゥ家の軽巡航艦は『ランブテン』という名であった。その『ランブテン』の砲長が、アンドロイドの基地司令と共に、ドッキングベイの中でノヴァルナとノアの前に進み出てひざまずく。
四十歳前と思われる『ランブテン』の砲長は、よもやキオ・スー=ウォーダ家の新當主ノヴァルナと、自分達が仕えるサイドゥ家の姫であるノアが、直接救援に來るとは思ってはおらず、激と恐のあまり肩を震わせていた。
「ノヴァルナ殿下、ノア姫様、自らご救援下さるとは―――」
恐れった口調で挨拶しようとする砲長に、ノヴァルナは強くとも丁寧な口調で、聲を掛けてそれを遮った。
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「どうぞ、お気になさらず。よくぞ辿り著かれました。それより早速で申し訳ないが、ノアの弟(おとうとご)達の容態は」
ノヴァルナの言葉で、傍らのノアが微かにじろぎする。
基地には重傷を負ったノアの二人の弟、リカードとレヴァルが収容されていた。アンドロイドの指揮の「ご案致します」という言葉で、ノヴァルナとノアは基地の醫療區畫へ向かう。アンドロイドだけで運用される哨戒基地だが、こういった場合のための人員に対する醫療區畫は、標準的に設けられていた。
ノヴァルナからすれば砲長に、なぜこのような事が起きたのか…ミノネリラ宙域で何が起きたのか、を問いたいのは當然だが、今はともかくノアを二人の弟に會わせてやるのが先決だ。そのため醫療區畫へ向かう短い時間にノヴァルナが、砲長とわした言葉も短いものだった。
ただその短い會話の中でもノヴァルナを驚かせたのは、軽巡航艦『ランブテン』がノアの弟達を哨戒基地の醫療區畫へ移した理由である。『ランブテン』は追撃者が現れる可能に備えて、ノアの弟達を哨戒基地に殘し、たった一艦、満創痍の狀態で迎撃に向かうつもりだったのだ。自分達が到著するまで、大損害を被りながら敵の追撃を遅滯させた、第6警備艦隊といい、自分は果たしてその忠義に見合うだけの君主となれるのだろうか…と、思わずノヴァルナは考えさせられる気分になった。
醫療區畫に著き、自ドアが開くと、ノアは足早にならずにはいられない。
白とライトグリーンで統一された醫療區畫は、それほど広くはなかった。もう一つあるドアが開くと、そこには四つの醫療ベッドが二つずつ、向かい合わせに置かれ、その先に使用時には治癒用バイオリキッドを満たして患者をれる、集中治療用シリンダーが一基だけ置かれていて、隣には手ユニットが併設されていた。リカードとレヴァルは右側のベッドに並んで橫たわっている。
「リカード、レヴァル」
病室にるなり、ノアは控え目だがしっかりとした口調で、ベッドの上の弟達に聲を掛けながら歩み寄った。二人の弟は眠ってはおらず、姉の聲に頭を振り向かせ、僅かに笑みを浮かべて姉の言葉に応じる。
「姉上…」
砲長から到著を知らされていたのか、姉に対する二人の弟に驚いた様子はない。二人共ノアとよく似て、黒髪にし目が上がった綺麗な年である。兄のリカードの方がやや目の細い印象だ。集中治療用シリンダーの中ではなく、通常の醫療ベッドに寢かされているという事は、重傷であっても命に別狀はない事を示している。
「リカードもレヴァルも、合はどうですか?」
をかがめて優しく尋ねるノアに、二人の弟は「大丈夫です。申し訳ありません…」と応じた。二人共かなり広い範囲に火傷を負ったのか、の上半の肩口から腹にかけて、形に合わせてカットされた、白い治癒パッドに覆われている。兄のリカードは十二歳。弟のレヴァルは十一歳。この世界の今の醫療技なら治癒後に痕が殘る事はないが、それでも今はかなり痛みをじているはずだった。それをおくびにも出さない辺りは、やはり星大名の子弟といったところであろうか。
申し訳ありません…と気丈にも詫びの言葉まで口にする弟達に、ノアは「何を言うのです」と言って、それぞれの頭にそっと片手を置いてやる。
いつもの傍若無人ぶりはさすがに演じるわけにもいかず、慎重にタイミングを見計らっていたノヴァルナは、ここでゆっくりと顔を見せた。
「おっす」
ぶっきらぼうだが、気遣う口調がありありの婚約者の挨拶に、ノアは思わず苦笑いを浮かべてしまう。ノヴァルナの、時々こういった繊細さがむき出しになるところが、ノアにはおしい。
リカードもレヴァルも実際にノヴァルナと會うのは初めてであり、“あっ”といった顔をしたが、その目に宿るは好意的なものであった。子供ならではので、ノヴァルナという若者の本質が分かるのだろう。
「ノヴァルナ様…」
「お初にお目にかかります」
そう言ってを起こしだそうとするリカードとレヴァルに、ノヴァルナは慌てて「あ、いいって、いいって!」と手を振って止めさせる。そして冗談めかしてを反らし、両手を腰にあて、格好つけて言い放った。
「おう。今度おまえらの兄ちゃんになる、ノヴァルナだ。よろしくな」
これにはリカードとレヴァルも子供らしい屈託のない笑顔を見せる。そしてこの時ばかりはノアも、ノヴァルナの子供っぽい部分に謝する気になった。
「ともかく二人共、もう安心です。私と一緒にノヴァルナ様の星へ參りましょう。すぐに支度するので待っていてください」
ノアはそう言って、弟たちの「はい」という素直な返事を聞くとを起こし、ノヴァルナに振り向き、一つ頷いた。弟達の事は安心出來たから、ミノネリラで何が起きたのかを『ランブテン』の砲長から聞きましょう…という意思表示だ。ノヴァルナも頷き返し、ノアの弟達に聲を掛けた。
「すぐ戻るからな」
▶#19につづく
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