《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#19

弟達を見舞って一安心したのも束の間の出來事…ノヴァルナ達と共にラウンジに移したノアは、『ランブテン』の砲長からの報告に頭の中が真っ白になる。

「謀叛…ミノネリラで…ギルターツの兄上が…」

ノヴァルナと並び、『ランブテン』の砲長と向かい合わせにソファーに座るノアは、目の焦點も定まらないまま、茫然と呟いた。

「…どうして?」

狀況は以前にも述べられた通りである―――

サイドゥ家次期當主ギルターツ=サイドゥは、自分がドゥ・ザン=サイドゥの実の子ではなく。ドゥ・ザンの前妻ミオーラと、ドゥ・ザンに追放されたミオーラの前夫、舊領主リノリラス=トキの間の子であるとして、母方のイースキー家の姓を名乗り、自分―――ギルターツ=イースキーこそが、ミノネリラ宙域星大名正統統継承者であると宣言。対するドゥ・ザン=サイドゥを、舊領主に対する反逆者として討伐する旨を広く伝えた。

その謀叛はロッガ家による國境侵犯の報告に出撃したドゥ・ザンが、本拠地星バサラナルムを留守にした隙を突いて実行された。ギルターツの嫡男オルグターツが陸戦隊を率いて、首都イグティスとイナヴァーザン城を占領。同時にシナノーラン宙域から侵攻して來るタ・クェルダ軍に備えるためと偽って出撃、近くの星系で停止していたギルターツの本隊がバサラナルムへ引き返して、星系全を占領下に置いてしまったのであった。

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しかもイナヴァーザン城を襲ったオルグターツの陸戦隊は、ドゥ・ザンの家族を狙って城の敷地の別館を襲撃、これを防ごうとしたドゥ・ザンのクローン猶子、ノアにとっては義弟扱いになるマグナッシュとキーベイトという、まだ十六歳の年を殺害した。

このような暴挙に対するノアの「どうして?」という言葉も、尤もなものである。ギルターツはすでにサイドゥ家の次期當主として、ミノネリラ宙域の支配者の座が約束されていたのだ。

しかしこれは、“理不盡な”というノアの差したものだった。隣で厳しい目をして報告を聞くノヴァルナは、ギルターツの謀叛の理由も分かる。真実はともかく、ギルターツは平民上がりのドゥ・ザンの子であるより、舊名門貴族のトキ家やイースキー家の子である事をしたのだろう。民主主義の時代と違い、封建制が復活した今の皇國では、統は民を支配するための重要な要素の一つだ。無論ノアにも、そんな推察は出來ているはずだ。

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謀叛の狀況を報告した『ランブテン』の砲長は、さらになぜ自分達がここへやって來たかを説明し始めた。

「バサラナルムへ帰還出來なくなったドゥ・ザン様は、オルミラ様とリカード様、レヴァル様をノヴァルナ様のもとにおられるノア様に託そうと、私どもの宙雷戦隊にお預けになられ、送り出されたのです」

それを聞いてノアは顔を強張らせる。『ランブテン』に母のオルミラが乗っていたなどとは、ひと言も聞いていない。砲長を見據えて問い質す。

「母上?…母上は!?」

「落ち著け、ノア」

そう言ってノヴァルナがノアの肩に手を置く。何かあったのなら、先に告げられているはずだろ…肩に置かれたノヴァルナの指先に込められた力の緩やかさに、そんな言葉をじ取ったノアは、小さく「ごめんなさい」と砲長へ告げて詫びた。砲長が順を追って狀況を説明する。

當初、オルミラとノアの弟達は『ランブテン』ではなく、もう一隻いた別の軽巡航艦に乗っていた。それが駆逐艦十隻を護衛として、オ・ワーリ宙域へ向けて出発したのだが、途中でギルターツ配下の艦隊に待ち伏せされて攻撃をけた。正確にこちらの航路を把握していたところから、ギルターツへの通者がいたらしい。

オルミラと弟達が乗っていた軽巡も被弾し、危機的狀況に陥ったその軽巡は、シャトルで三人を『ランブテン』に送ろうとしたのだが、乗り遅れたオルミラはシャトルではなく出ポッドで艦を離れ、近くにいた駆逐艦に収容。それに続いた戦闘でバラバラになった艦隊は、オ・ワーリへ向かうものとドゥ・ザン艦隊のもとへ引き返すものに分かれ、『ランブテン』はオ・ワーリ宙域へ、オルミラを乗せた駆逐艦はドゥ・ザンのもとへ出したのであった。

「我が『ランブテン』には二隻の駆逐艦がついて來たのですが、追って來るギルターツ様の艦隊を足止めするために、オ・ワーリ宙域との國境で踏みとどまって…オルミラ様の乗られた駆逐艦は、その直後に駆け付けて來られたドゥ・ザン様の艦隊と、合流できた旨の通信を傍しましたので、ご無事のはずです」

そこまで聞いてようやく、ノアは大きく息をついた。しかし…が痛む。ウォーダ家の警備艦隊だけでなくサイドゥ家の兵も、母や弟達を逃がすために多く犠牲となってしまったのだから…そして父のクローン猶子、義弟のマグナッシュとキーベイトまでも。

長の話を聞き終えたノヴァルナは、ノアの弟達を『ヒテン』に移し、破損した『ランブテン』を駆逐艦に曳航させて帰途へついた。その途中で、先の戦闘で捕虜にした敵のBSI部隊指揮を尋問する。

前線のBSI部隊指揮であるから細部まで知ってはいないが、それでも今回の『ランブテン』とそれを回収した哨戒基地E―4459に対する、シーガラック星系艦隊の襲撃がギルターツ=サイドゥ、いや、ギルターツ=イースキーからロッガ家へ依頼されたものが、シーガラック星系軍へ回って來たものらしいという報を得た。

つまりロッガ家はギルターツがイースキー家を名乗る事を、すでに承諾していると考えた方がよく、これまで反目し合っていたオウ・ルミル宙域とミノネリラ宙域が手を組んだと見るべきだ。

さらに通信妨害の主はイル・ワークラン=ウォーダ家である可能が高く、水棲ラペジラル人絡みでノヴァルナが大暴れし、一度は破綻したイル・ワークラン家とロッガ家の関係も、修復したと見てよさそうである。そしてミノネリラ宙域侵攻の欺瞞行をとって、ギルターツに協力したとしか思えないタ・クェルダ家…

総旗艦『ヒテン』の窓の外を眺めるノヴァルナは、今の狀況を思うと、黒く広がる宇宙の暗闇の中に亡霊が潛んでいるような気になった。イマーガラ家の宰相だった、セッサーラ=タンゲンの亡霊である。

一連のきが、タンゲンの志を継いだイマーガラ家新宰相、シェイヤ=サヒナンの企みである事は知るはずのないノヴァルナだが、それでも幾重にも周到な戦略を巡らせる、かつての宿敵タンゲンの存在をじないわけにはいかない。

仏できねぇってか?…ぞっとするぜ、タンゲンのおっさんよ」

宇宙の暗闇にそう呟いたノヴァルナは、部屋の中を振り返った。その視線の先ではノアが、早くも病室のベッドに座れるようになったリカードとレヴァルの間に、椅子を持ち出して來て座り、らかな笑顔で話をしてやっている。

ドゥ・ザンはともかく、ここまで築いたミノネリラとの関係は全てぶち壊し、不安も山ほどあるに違いないのに、今だけは弟達のためにか…気丈なこった、とノヴァルナはノアの背中に心で語り掛けると、口では気な聲で三人に言い放った。

「よぉおーーし、おまえら。次はこのノヴァルナ様の大活躍の話をしてやるぜ!…まずは宇宙海賊の話だ―――」

同時刻オ・ワーリ宙域、ミ・ガーワ宙域國境地帯KU-74961星系―――

スクラップ同然の貨船が、赤紫の星間ガスの中に漂う小星群へ進していた。その前方には大型の宇宙戦艦。だがその戦艦もスクラップ同然で、幽霊船のようである。外殻に大きなが複數空いているのは、過去の戦闘によるものだと推察出來た。要は何十年も前に起きた戦闘で大きな損害をけ、放棄された宇宙戦艦の骸(むくろ)だ。

宇宙戦艦の殘骸の周りでは、幾つかの宇宙船が停泊しており、そのどれもがまた接近中の貨船同様、かなり古びれている。

宇宙戦艦の殘骸を利用した、輸業者の易ステーション―――これがこの施設の正だ。敵対するオ・ワーリ宙域とミ・ガーワ宙域の間で輸業者が行う、非合法の易の中継點。こういったものは他の宙域でも、無數に存在している。

ステーションに到著した貨船から、コンテナに紛れて降りて來たのは、平民…いやそれ以下の、古著を著た貧しいなりに扮するダイ・ゼン=サーガイ。つい先日までキオ・スー=ウォーダ家の筆頭家老だった男である。

格納庫の中、わざと汚した反重力キャリーケースを引きながら、人目を忍ぶように歩くダイ・ゼン。するとその前に三人の人が現れる。三人とも黒のロングコート姿で、真ん中の一人は。両側の二人は格のいい男だった。真ん中のが聲を掛ける。

「ダイ・ゼン=サーガイ殿ですね?」

周囲を目で探りながら無言で頷くダイ・ゼン。

「イマーガラ家報部佐のマクファーと申します。宰相シェイヤ=サヒナンから直接命令をけ、お迎えに上がりました」

それを聞いて僅かに安堵した表を浮かべたダイ・ゼンは、「おお…」と聲をらし、「よしなに頼む」と続けた。マクファーはらかな笑顔で応じる。

「ステーションの反対側に、私どもの船を泊めております。どうぞこちらに…」

數時間後、易ステーションの片隅で、元を確認するものを何も持っていない男の死が発見された。だが無法者が集まるこの非合法ステーションでは、つまらない理由で命を落とすのもよくある話である。関わっても面倒臭いだけの死は、葬儀もされず宇宙に捨てられた。

それが舊キオ・スー=ウォーダ家筆頭家老、ダイ・ゼン=サーガイの野心の行きついた果てであった………

【第4話につづく】

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