《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#05
ミノネリラ宙域オスカレア星系、皇國暦1556年4月29日。第四星オスグレン。
モスグリーンのガス雲に南半球を包まれたその星は、ほんの三十年ほど前から植民が始まった、サイドゥ家の新興植民地であった。総人口はまだ二百萬にも満たず、最大の都市である星都スケイドでも、人口は二十萬ほどである。
このような若い植民星系であるから、防衛拠點としては甚だ脆弱だった。星間移能力を持つオスカレア機要塞が衛星軌道上にあるだけで、星系防衛艦隊は司令部のみが存在、実働砲艦は一隻もなく、宙雷艇二十隻が配備されているだけだ。
だが今、オスグレンの衛星軌道には多數の艦船がひしめいている。首都星バサラナルムを遂(お)われたサイドゥ家當主、ドゥ・ザン=サイドゥの主力艦隊である。嫡男ギルターツのクーデターにより、首都を奪われたドゥ・ザン一派がその拠點を、このオスカレア星系に定めたのだ。
オスカレア機要塞に臨時総司令部を置いたドゥ・ザンは、要塞最上階にある執務室で、晝食をとっていた。相伴するのは妻のオルミラと腹心のドルグ=ホルタ、そして第5艦隊司令のコーティー=フーマである。
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「しかし、星大名家のご主君と首脳部の我等ともあろうものが、執務室で一般兵と同じ食事をとる事になるとは、思いませなんだな」
執務室に置かれたソファーセットに向かい合わせに座り、士食堂から屆けさせた味気ないトレーに盛られた晝食を味わう四人の中で、ドルグ=ホルタが冗談を言う。その言葉が冗談である事は、四人の和やかな表を見れば瞭然だった。
「あら。私は楽しゅうございますよ」
そう朗らかに応じるのはドゥ・ザンの妻、オルミラだ。
「ふん。先日、命からがら艦(ふね)を出したと言うのに、もう呑気なものじゃ」
オルミラの言葉に、ドゥ・ザンが茶化してみせた。ドゥ・ザンが言っているのは先日、オルミラと二人の嫡男リカードとレヴァルをオ・ワーリへ逃がそうとして、ギルターツの部隊に待ち伏せされ、乗っていた軽巡航艦が大破した時の話である。嫡男兄弟と離れ離れになって救命ポッドで艦を出したオルミラは、救援に來たドゥ・ザン艦隊に危機一髪で回収されたのだ。
「それはもう、ドゥ・ザン様自らお助け下さったのですから、萬事安心にて」
事も無げに言う妻の言葉に、さしものドゥ・ザンも年甲斐もなく照れを見せた。
「萬事安心と言えば―――」
と言って話題を切り替えたのはコーティー=フーマ。ギルターツのクーデター時に麾下の第5宇宙艦隊と共に首都星バサラナルムを出し、ドゥ・ザン艦隊に合流して來た、重臣である。
「今もしずつ、ギルターツ様のもとを離して來た艦が、この星系へ集まって來ております。その數は最終的には、半個艦隊ぐらいにはなるかと…」
それを聞いてドゥ・ザンは、わざとらしい苦笑を浮かべた。
「なんとも呆れた者どもじゃな。わざわざ儂(わし)と共に、命を捨てに參るとは」
「命を捨てに…とは、ドゥ・ザン様はやはり、來たるべきギルターツ様との決戦で、討ち死になさるおつもりですか?」
そう言うドルグ=ホルタだが、口調は暗くない。
「無論の事じゃ―――」と簡単に言うドゥ・ザン。
「たかだか半個艦隊分の戦力が増えたところで、ギルターツの総戦力はその三倍には達しよう。これでは勝ちようもないわ」
ドゥ・ザンの手元にある戦力は自が率いる第1艦隊78隻、コーティー=フーマの第5艦隊62隻。ドルグ=ホルタの第1遊撃艦隊39隻。そしてまだ集結中の艦艇。あとは妻のオルミラの実家、アルケティ家が領有するカーニア星系にもアルケティ家直轄の艦隊と、ギルターツのもとを離した艦艇の一部がいるが、こちらは星系の防衛で手一杯になるなずだ。
これに対してギルターツの戦力は、自の直率の第2艦隊をはじめ、これまでサイドゥ家の宇宙戦力の中核をしていた“ミノネリラ三連星”の部隊、そのほかにも四個艦隊がいる。
「これはやはり、ノヴァルナ殿にお助け頂かなくては、なりませんかなあ」
わざと大袈裟に言ってみせるドルグに、あとの三人は笑顔を浮かべた。ノヴァルナ自がキオ・スー城で口にしたように、ドゥ・ザンに本気でノヴァルナに救援を求めるつもりがない事は、すでに彼等にとっての共有事項となっている。
「ノヴァルナ様は、どうかれましょうか?」
フーマがそう尋ねると、ドゥ・ザンはニタリと笑って応じる。
「さて…な。あの婿殿なら、無言を通しておる儂(わし)の真意を、ちゃんと見抜くであろうが、どうくかは婿殿次第じゃ」
すると隣に座る妻のオルミラが、「ホホホホホ…」と可笑しそうに笑った。
「ほんにドゥ・ザン様は、すっかりノヴァルナ様がお気にられて。今では姫よりノヴァルナ様の事ばかり…」
オルミラの言う事も尤もであった。最初は娘のノアに纏わりついていたノヴァルナを、どのように料理してやろうか…としか考えていなかったドゥ・ザンだったが、今では息子のギルターツ以上に、ノヴァルナを自分の後継者に相応しい若者として、俗っぽく言えば“れ込んで”しまっている。
オルミラの言葉にドゥ・ザンは、「カッカッカ…」と乾いた笑い聲をらし、ドルグとフーマを見渡して続けた。
「よいかお主達、ギルターツとの決戦で儂(わし)は敗れる。そのあとは皆、各々が好きにすればよい。ギルターツに降るもよし、婿殿を頼ってオ・ワーリへ逃れるもよしじゃ。だがこれだけは覚えておけ、これからびるは婿殿。臣下となって働き甲斐があるは婿殿じゃ」
食事を終え、ドルグとフーマを下がらせると、ドゥ・ザンはオルミラと共に、星オスグレンを眺できる展窓の前へ立ち、モスグリーンの雲海に浮かぶ青い星を眺めた。
しばらく置いてオルミラが口を開く。
「負けると分かっていて、貴方様ご自はノヴァルナ様のもとへは、逃れられないのですね?…」
「そのような事、出來るはずもなかろう…」
ドゥ・ザンは指で顎をでながら、薄い笑顔で続ける。
「死に場所と死に時を弁(わきま)えずに、未練たらしく逃げ回るは小悪黨のする事よ。儂は“國を盜んだ大悪黨”じゃからな、その辺は違(たが)えまいぞ」
それを聞いてオルミラも、微笑んで告げた。
「その大悪黨様が、ギルターツ殿の出生の事…自分お一人のにしまって逝かれる?」
妻の言葉にドゥ・ザンは僅かに両目を見開く。
「知っておったのか?…」
「はい…」
ドゥ・ザンは「そうか」とだけ応じると、オルミラの肩に手をばした。再び靜寂が訪れ、また幾何かの時間が流れると、今度はドゥ・ザンが口を開く。
「不思議なものじゃ…何もかも失って、今おまえとこうしている時が、これまでの人生の中で一番心が安らぐとはな」
「では、しばらくはこうして、過ごしましょうか」とオルミラ。
二人の嫡男はノヴァルナのもとへ逃がす事に功し、殘るはギルターツとの決戦だが、急ぐべき話ではない。ノヴァルナがどうくにせよ必要なのは時間だ。その點でも妻の意見は正しい。ただドゥ・ザンは妻に対する照れもあってか、わざとらしく難しい言いで応じた………
「うむ。理に適(かな)った話じゃ」
▶#06につづく
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