《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#10

カーネギー=シヴァ姫と、ライアン=キラルークが會見を行うトゥ・エルーダ星系は、オ・ワーリ宙域とミ・ガーワ宙域の國境地帯の外れに位置する植民星系だった。

外れというのは、両宙域の國境地帯の中でも、宇宙城で激しい攻防戦のあったアージョン星系や、イマーガラ側に寢返ったヤーベングルツ家が領有するナルミラ星系、そして、ノヴァルナの弟分であったイェルサス=トクルガルが初陣を果たした、テラベル星系からさらに奧まった、悪く言えばノヴァルナとイマーガラ家雙方にとって、特に戦略的に重要ではない星系である。

ただその分、雙方の本拠地からはそれなりに距離があって、ノヴァルナのオ・ワーリ=シーモア星系からは約三千年、恒星間航法のDFドライヴを繰り返して一週間近く掛かる距離にある。

ノヴァルナの新キオ・スー=ウォーダ家から、カーネギー=シヴァ姫のお供として隨伴するのは、ノヴァルナ直卒の第1艦隊。イマーガラ家もギィゲルト・ジヴ=イマーガラの第1艦隊が、ライアン=キラルークの護衛について來る予定だ。

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漆黒の宇宙空間を、方形陣を組んで進む新キオ・スー=ウォーダ家第1艦隊。星ラゴンを出港した艦隊は現在、オ・ワーリ=シーモア星系第七星サパルの公転軌道を通過しようとしていた。

艦隊は最初の晝食時に差し掛かり、全クルーが代で食事をとり始めている。

旗艦『ヒテン』でもノヴァルナが、禮儀もあってカーネギー=シヴァを晝食にっていた。『ヒテン』は星大名當主用の総旗艦級戦艦であるから、他國の要人を同乗させる場合も考えられて、貴賓室などの高家に対応する設備も整えられている。二人が晝食をとるのもそういった設備の一つで、『ヒテン』の艦底外部に張り出す形で設けられた明のドーム型展室だった。

360度すべてが見渡せる展室には、ノヴァルナとカーネギーの他には給仕のアンドロイド一人しかおらず、古典音楽が控え目に流れる上品な空間を生み出している。

海洋星ラゴンで高級魚とされる、ウォスカルデヒラメのムニエルに銀製のナイフをれながら、カーネギーは朗らかな笑顔を浮かべてノヴァルナに告げる。

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「私、実は宇宙に出るのは初めてですの。なのでドキドキします」

「そうですか。意外ですね」

と普段のイメージと外れた丁寧な口調のノヴァルナ。ただ本來が貴族然とした容姿であるから、見慣れるとそう違和はない。

「なにぶん、家があの通りでしたので…」

舊キオ・スー家の庇護下で、不遇な扱いをけていたシヴァ家の姫であり、カーネギーが宇宙を知らないのも無理はない。し気まずそうな空気になりかけるが、カーネギーは再び笑顔になって、おもねるようにノヴァルナへ禮を言う。

「ですから、このような機會を與えて頂けるようして下さったノヴァルナ様には、本當に謝していますのよ」

「いえ。そのような…以前にも申し上げました通り、今のウォーダ家があるは、シヴァ家の引立てのおかげにて」

ノヴァルナがそう応えると、カーネギー笑みは不意に憐悧なものになり、ノヴァルナに問いかけた。

「そう仰るなら、このオ・ワーリ宙域を私達に…シヴァ家に返して頂けません?」

その言葉に僅かに眉をひそめるノヴァルナ。晝食をとる手が止まり、無言の時間が過ぎ去る。するとカーネギーは表を緩め、「ふふふ…」と悪戯っぽい笑い聲をらした。

「冗談ですよ、ノヴァルナ様。星大名の座を失ったのは、私達シヴァ家が弱化し、後れをとったからです。力あるものが宙域を支配する…それが今の銀河の掟だと、私も理解しています」

「………」

どう返答したものかと、迷うノヴァルナ。シヴァ家の衰退は自分とは直接関係ない話だが、そのシヴァ家を今の地位にまで落としたのは、間違いなくウォーダ家なのである。

しかしカーネギーは、自分が持ち出した話であってもすぐに興味を失ったらしく、視線を外の宇宙空間へ向けた。その先には銀の粒をバラ撒いたように輝く、小星帯が艦隊の下方を通り過ぎ始めている。

「ノヴァルナ様、あれは?」

「ああ…あれは小星帯のフォルクェ=ザマです。第七星のサパルと、第八星のルグラの間にリング狀に広がっていて、一部は鉱資源として利用されています」

「そうですか…綺麗ですね」

星帯フォルクェ=ザマを眺めて目を細めるカーネギーに、ノヴァルナは「そうかもしれませんが…」と関心が無さそうに言う。

「宇宙には、もっと綺麗だと思える場所が沢山ありますからね。フォルクェ=ザマは比較的普通な部類ですよ」

ノヴァルナの反応の薄さに、カーネギーは不満そうだった。

「もぅ…ノヴァルナ様は意地悪ですね」

「いえ、別にそういうつもりでは…」

そう応じるノヴァルナに、カーネギーは再び「ふふふ…」と小さく笑う。

「ノヴァルナ様はやっぱり、本當は真面目な方でいらっしゃるのですね。私に気ばかりを遣っておられる…」

カーネギーにそう指摘されて、手で頭を掻くノヴァルナ。するとカーネギーはグラスに注がれた冷水を一口含んで飲み下し、し首を傾げて訴える。

「ノヴァルナ様…私にもそのようなお気遣いはなさらず、ノア姫様や、他の方になされておられるような、俗っぽくて楽しい言葉遣いをして頂けませんか?」

カーネギーが言う“俗っぽくて楽しい言葉遣い”とは、ノヴァルナが普段使っている、暴な言いの事であった。それに対してノヴァルナは苦笑いを浮かべる。

「申し訳ありませんが、あれは私のか、敵となる可能のある者のいずれかに向けて遣う言葉でして…」

「つまり私はノヴァルナ様にとって、毒にも薬にもならない存在だと?」

別段咎めるふうもなく笑顔で尋ねるカーネギーに、ノヴァルナはむしろ居心地の悪さをじた。個人的な間柄でこういう噓くさいやり取りが、苦手だからだ。「では…」と切り出すカーネギー。

「…今回のキラルーク家との會見、上手く運んで、イマーガラ家を抑える事が出來ました時は、私もノヴァルナ様のおに加えて頂けますか?」

それを聞いてノヴァルナは“なかなか喰えない姫様だぜ…”と思った。父親の仇を討って領地を回復してもらった返禮―――そう言いながらカーネギーの目的は、ウォーダ家の中で今以上の地位を得る事のようだ。つまりは取引である。

「そうですね。上手く目的が達せられたなら、一考させて頂きましょう…」

と、ノヴァルナが微笑みながら応じると、カーネギーはにこやかな表で無言のまま、靜かに頷いた………

ただカーネギーとのやり取りを、単に取引と判斷したノヴァルナが未だ“青い”のは、というものをまだ、一元的に捉えてしまうところだ。いつも共にいたノアが一途で裏表が無いというのも、その一因であるのかも知れない。

ノヴァルナとの晝食を終えて、自分にあてがわれた貴賓室へ戻って來たカーネギーは、出迎えた側近のキッツァート=ユーリスに上著を預け、まるで化學式を解くような、冷めたを向けながら告げる。

「今夜の夕食は晝食の返禮という形で、ノヴァルナ様をご招待する事になりました。この機會に道中…なるべくノヴァルナ様とご一緒出來るように、貴方も協力するのよ。いいわね、キッツァート………」

ノヴァルナやカーネギーがそれぞれの家のために星々の海をゆく一方、同じウォーダ家に屬する者の中でも、極めて個人的な目的で星を渡る者もいた。

星ラゴンのナグヤ宇宙港、夜の離著陸床ではる円形のランディングマーカーが、円の真ん中へ向けて白と青のを明滅させている。

そこへ降下して來る恒星間シャトル。民間旅客航宙會社オ・ワーリスペースラインの、モルザン星系首都星モルゼナからの定期便だ。著陸を完了したシャトルは離著陸床ごと橫へ移し始めた。円形の離著陸床は、それ自が移式となっているのだ。

ドッキングポートにまで運ばれたシャトルに、三本の式ギャングウェイがびて來て、機のハッチに接続されると、ほどなくして乗客の導が行われる。

それからおよそ四十分後、宇宙港の表玄関から自のオートタクシーに乗り込む、スーツを著た一人の男の姿があった。モルザン=ウォーダ家の政務補佐、マドゴット・ハテュス=サーガイである。

の電子音聲で行き先を尋ねるオートタクシーに、マドゴットは「ナグヤ城」と告げる。するとタクシーは「ご指定された場所は星大名家指定地區につき、分証明書または進許可証の提示が必要となります。ホログラムスキャンにご協力下さい」と応じて來た。星大名家の城などの施設は、民間人の立ちりは原則止なのである。

これに対しマドゴットはNNLを使って、自分の分証明書のホログラムを立ち上げ、それを手の平の上で展開して掲げた。タクシーはコンソールからスキャンビームを照してそのホログラムを読み取る。マドゴットがウォーダ家家臣である事を確認したタクシーは「ありがとうございました」と禮を言ってき出した。

だがマドゴットは、政務補佐としての職務で星ラゴンを訪れたのではない。休暇を取ってやって來たのだ。目的は…主君ヴァルツ=ウォーダの妻、カルティラに會うためである。

カルティラを通じてヴァルツに、自分も星ラゴンに転屬させて貰えるよう働きかけたマドゴットだったが、うやむやのうちにモルザン星系に置き去りにされていた。今回のラゴン來訪はそれについて、カルティラを問い詰めるためだ。

を強張らせたマドゴットは、タクシーの窓から遠出來る、小高い山の上にライトアップされた、巨大ナグヤな城を見上げた………

▶#11につづく

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