《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#20
時間は二日前、ノヴァルナが旗艦『ヒテン』の會議室で、イマーガラ家のシェイヤ=サヒナンから、“合同演習”の話を持ち掛けられ、それをけた事を家臣達に告げた場面に戻る―――
「…と申されますのは、殿下には何か策がお有りで?」
BSI部隊総監のカーネル・サンザー=フォレスタが訝しげな表で尋ねた。イマーガラ家のシェイヤ=サヒナンがBSIパイロットとしてもエース級の技量を持ち、それが自分のBSHOで出て來たら脅威になる…と説いたのを、ノヴァルナが「たぶん、そうはならない」と応じたところからの流れだ。
自分の席の背後に、ロンザンヴェラ星雲の星図ホログラムを展開させたノヴァルナは、「ふふん」と鼻を鳴らすと、恥も外聞もなくあっさりと言い放った。
「戦闘開始と同時に、俺達がケツ捲って逃げっからさ!!」
「は?…」
ノヴァルナを除いた會議室にいる全員が、今のは自分の聞き間違いではないかといった顔になる。當然だ、いつもは不必要なほど攻撃的なノヴァルナの口から、戦いもせず「逃げる」と告げられたのだ。
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「逃げるのでありますか?」
拍子抜けした聲で、真っ先に訊いて來たのはササーラだ。
「なんだてめ、ササーラ。さっきはあんだけデカい聲で、戦うのに反対してたろ」
何が不満なんだと言いたげな聲で、ノヴァルナはからかう。
「い、いえ。しかしその前に“売られた喧嘩は買う”とも、仰られていたので…」
「おう、だから買ってるじゃねーか」
「?」
まるで分からないと首を傾げるササーラ。するとそれに、ほぼ正解を出したのは、武將のナルガヒルデ=ニーワスだった。
「つまり…同じ戦わないにしても、演習の申し込みを最初から斷るのではなく、けておいて放棄するのが、この場合の喧嘩の方法だという事ですか?」
「おう。やっぱ、さすがだなナルガは。ただし“放棄”じゃなく“放置”な」
そう言うノヴァルナの笑みの質が、悪さを帯びて來る。一方のナルガヒルデは、その言葉の意味の違いに気付き、些か面食らったようだった。
「放置…先方のシェイヤ殿に何の連絡もされず、勝手にお帰りになるのですか?」
「おうよ!」
分かったか!とばかりにを反らすノヴァルナ。確かに毆り合うだけが喧嘩の仕方ではない。だが放置された方はたまったものではないだろう。
「しかし、それでよいのですか?」
そう言いだしたのは『ホロウシュ』のナンバースリー、ヨヴェ=カージェスだ。
「あ?…何がだ、カージェス?」
腕組みをして、興味深げに不敵な笑いを向けるノヴァルナ。
「これはセルシュ様の無念を晴らす、好機ではありませぬか?」
「は?…爺の無念だと?」
セルシュの名前を出され、俄かに不機嫌になるノヴァルナ。だがカージェスは、ノヴァルナの心のきに気付かなかった。
「さようです。イマーガラ家の新宰相シェイヤ=サヒナンを討ち取り、セルシュ様の無念を晴らす、絶好の機會ではありませぬか?」
その言葉を聞いて表を険しくしたのは、カージェスと同期のランである。それはしご主君に対して不躾過ぎる、と同期のカージェスに忠告しようとする。しかし些か手遅れだったようで、ランが続いて何かを言う前に、ノヴァルナは明らかに機嫌を損ねた口調でカージェスに詰問する。
「カージェス…てめぇに、爺の何が分かるってんでぇ…」
遠雷の到來を思わせる主君の口調に、カージェスはたちまちその場で立ちすくみ、背筋をばして謝罪の言葉をを口にする。
「もっ!…申し訳ございません!」
ただノヴァルナのこのやり口に、不納得な顔をする者も家臣達の中に何人かはいた。大半がノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』に屬する若者だ。その中でヨリューダッカ=ハッチが、躊躇いがちに右手を掲げて言葉を発する。
「意見を述べさせて頂いて、宜しいでしょうか?」
「おう。言ってみ」
そう応じるノヴァルナは機嫌が直ったようであった。自分が見いだして來たスラム街育ちの連中が、重臣の揃う會議で意見を出すようになったのが嬉しいようだ。
「恐れながら…逃げ出してはセルシュ様の仇を討ち、ご無念を晴らせなくなるのではありませんでしょうか?」
ハッチの意見に、それまで不納得顔をしていた家臣達が頷く。どうやら彼等も不満にじている點は同じであるらしい。
実は『ホロウシュ』達は全員が、セルシュ=ヒ・ラティオの死に責任をじていたのであった。それはムラキルス星系攻防戦で、セッサーラ=タンゲンに油斷している隙を突かれ、主君を守る事も出來ずに乗艦から出、結果として単BSHOで出撃したセルシュが、自分の命と引き換えにしてノヴァルナを救ったからだ。
それにセルシュは意外にも、『ホロウシュ』達に人気があった。ノヴァルナとつるんで散々悪さをし、その都度セルシュからこっぴどく叱られて來た、『ホロウシュ』の彼等であったが、それでもセルシュは一度として、他の重臣のように彼等の低い出自を、卑しんだりはなかったのである。
そんな彼等であるから、ノヴァルナがシェイヤ=サヒナンから申し込まれた、“合同演習”の話をけたと聞いた時には、これはセルシュ様を失った借りを返す、復讐のための絶好の機會だと思ったのも無理はない。それを當のノヴァルナから実際は「ケツをまくって逃げる」と言われては、納得できようはずもなかった。
いや、『ホロウシュ』だけに限らず、セルシュの実直な人柄を好ましく思っていた家臣は多く、敵対していた當時のキオ・スー家やイル・ワークラン家でも、好人として評価されていたのである。だから“合同演習”をけておいて逃げ出すのは、セルシュの死に不名譽を與える事になるのではないかと、他の家臣達も危懼したのだ。
真剣な眼差しで見詰めて來るハッチを、不敵な笑みで見詰め返し、ノヴァルナはし軽い調子で尋ねた。
「んで?…俺にどうしろってんだ、ハッチ。本音で言ってみ」
▶#21につづく
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