《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#21

ノヴァルナの問いに、ハッチは自分の考えを素直に口にした。

「恐れながら…ここは逃げずに、シェイ=サヒナンと戦うべきです」

「なんでだ?」

けておいて逃げては、ノヴァルナ様とセルシュ様の名譽に、傷がつきます」

ハッチの真っ直ぐな意見に、ノヴァルナは不敵な笑みを大きくした。そしてそのまま無言で対峙する。

「………」

「………」

やがてノヴァルナはきっぱりと告げた。

「やなこった!」

「や…」

翻意してくれる事を期待していたハッチは、拍子抜けした表で肩を落とす。すると小さく一息ついたノヴァルナは家臣達を見渡して、強く言った。

「おめーらの気持ちは、セルシュの爺もあの世で喜びはするだろうが、褒めてくれたりはしねぇぞ。それに俺の名譽も爺の名譽も、んな小せぇ事で傷つくような、ヤワなもんじゃねぇ。いいか、俺達が戦うのは國と民のためだ。誰かの復讐のための戦いとかは、お呼びじゃねぇって事をイマーガラの連中に教えてやる!…これが今回の逃げる目的だ! どうだ、合點がいったか!!??」

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そのような言葉を聞かされては、不納得顔だった家臣達も納得せざるを得ない。

他國からの侵略があれば多かれなかれ、侵略をけた側の民衆は搾取されて犠牲者が出る。それを防ぐのが領主たる星大名の務めだ。だが個人の復讐のための戦いには、そのような大義はない。大義なき戦いに兵の命を費やすのは馬鹿げている。それがノヴァルナの理屈だったのだ。

単純な理屈だ。しかしそれを簡単に導き出せないのが、中世的封建主義に立ち返った今のヤヴァルト銀河皇國であり、星大名家と武人の名譽を人命より重んじる、今の戦の世なのである。

そして無論、ノヴァルナもはじめは『ホロウシュ』達と同じ気持ちだった。シェイ=サヒナンを討ち、あの世のタンゲンにセルシュの命を奪った事を、後悔させてやろうという復讐心に燃えて、どのように戦うかを考えていたのだ。

ところがそこで、ふとノヴァルナはある言葉を思い出した。1589年のムツルー宙域で知り合った、カールセン=エンダーの言葉だ。

おまえさんは誰かの復讐のためじゃなく、大義のために戦うんだ―――

カールセンはっからの善人であり、ノヴァルナにとってはセルシュと並んで、見習うべき良き大人であった。そのカールセンが、自分や妻のルキナの復讐のために戦おうとするノヴァルナを諫めたのが、この言葉である。

そのカールセンの言葉を思い出し、さらにセルシュの最期の言葉がノヴァルナの脳裏に蘇る。

お征(ゆ)きなされ、思いのままに―――

“そうだ、今ここでシェイヤ=サヒナンを倒しても、今度はその復讐でイマーガラ家に全力攻撃を仕掛けられたら、キオ・スー=ウォーダ家はひとたまりもねぇ。それに大義もない戦いで無駄に兵を死なせるなんざ、愚の骨頂ってヤツだ。爺が最後に俺に告げた“思いのままに”とは、こんな事を好き勝手にやれって話じゃねぇ!”

我に返ったノヴァルナは、今回は戦わない道を選んだのだった………

場面は現在の星ウノルバに戻り、カーネギー姫とライアン=キラルークが友好協定の締結文書に署名を行っているところである。

「き、貴殿は…」

ギィゲルト・ジヴ=イマーガラは、奧歯を噛み鳴らしそうな口調で、突然隣席にやって來たノヴァルナに告げた。

「貴殿は、武人の誇りというものを、持ち合わせておらぬのか?」

それに対しノヴァルナは、何の引け目もじさせずに応じる。

「そんなものに命を懸けるのは、武將クラスまででいいでしょう。我が父ヒディラス・ダン=ウォーダが健在でしたら、私も一武將としての名譽をに、今回の戦いをおけしたところですが、これでも一応、星大名家の當主ですからね。もっと大局を見てくのが星大名家當主というものです」

そう言っておいて、ノヴァルナはわざとらしく付け足した。

「…ああそう言えば、ギィゲルト殿も一國のご當主。そのような事は、すでにご存知のはずでしたね。これは失禮」

その付け足しに、ギィゲルトの向こう側に座るテシウス=ラームが顔を青ざめさせる。なんでまた、こんな時に余計な挑発を!…という表だ。

しかしギィゲルトもやはり只者ではなかった。最初こそノヴァルナの仕掛けた挑発に、「うーむ…」と怒りを抑える唸り聲を発していたが、すぐに表を改め、右手に持つ閉じた扇で自分の肩を一つ軽く叩くと、落ち著いた口調で言う。

「なるほど、ノヴァルナ殿は儂(わし)が思うた以上に、喰えぬ仁のようじゃ。此度は我等の負けとしよう。領國に戻り、経営に勵まれるがよい」

するとノヴァルナは席を立ち、今度は本心から丁重にギィゲルトにお辭儀をした。その時ちょうどカーネギー姫とライアン=キラルークの署名が終わる。オ・ワーリとミ・ガーワの仮初めの友好関係の立であった………

▶#22につづく

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