《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#17

キオ・スー市の港灣部。宇宙港と一化したその南側に倉庫街があった。

他の星系から輸した品々を保管している倉庫は、アンドロイドをはじめとした様々なロボット類による自化が進み、広大な面積の倉庫街も、実際に働いている人間の數は驚くほどない。

そのの何の変哲もなく、飾り気もない無骨な倉庫の一つ―――警報裝置や監視裝置に細工が施されている倉庫の中に、人を毆打する鈍い音と若い男のき聲、そして若いの悲鳴が上がった。

「うぐぅッ!!」

厳つい軍靴に腹を蹴りつけられたキノッサが、苦しさに耐え切れず床に転がる。後ろ手に拘束されていては、自分の腹を押さえて苦痛を紛らせる事も不可能だ。痛みに歪むキノッサの顔には、顎と左の瞼に紫の腫れが出來ていた。口の中を切ったのか、の端からは鮮の筋が流れた跡がある。

「キーツ!!」

蒼白となった顔でキノッサの名を呼ぶネイミア。周囲を取り囲むのはカルツェの居城、スェルモル城に配備されている陸戦隊一個小隊だった。彼等の作るの中にはクラード=トゥズークがおり、キノッサがこの陸戦隊の小隊長に痛めつけられる様を、無表で眺めている。

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大きな図のわりに神経質そうな顔の小隊長は、抵抗できないキノッサの腹を、さらに二度、三度と蹴りつけた。「ガハッ!…ゲヘッ!」と、ネイミアの作った弁當の中を、吐き戻しそうな聲を上げるキノッサ。

「やめて! お願いだから、もうやめて!!」

悲痛な口調で哀願するネイミア。その言葉を聞きれたわけではないだろうが、クラードはゆっくりと歩き出しながら、小隊長に「中尉。その辺でいい」と告げ、理不盡な暴力をやめさせた。床の上で咳き込んだキノッサは、クラードを見上げて弱々しく問いかける。

「な…なんで…こんな事…?」

だがクラードはキノッサを無視して通り過ぎ、その向こうで怯えた表を見せているネイミアに歩み寄った。クラードが近づくにつれ、ネイミアの表はさらに強張って來る。

「さて…ネイミア=マルストス嬢」

纏わりつくような調子でネイミアの名を呼ぶクラード。「なっ!…なに!?」と、ネイミアはをすくませた。彼にまで危害が及ぶと思い、今度はキノッサが必死に訴える。

「やっ!…やめるッス!! その子は―――」

「慌てるな!」

キノッサを振り向きもせず、クラードは鋭い聲で遮った。そしてネイミアを見據えて話を続ける。

し、話をしようか…取引の話を」

「と…取引?」

恐る恐る問うネイミア。対するクラードは事も無げに言う。

「なに、よくあるパターンの取引さ。仲間の命が惜しければ、私の命令に従えという、パターンのね」

クラードのネイミアに向けた言いは、武家言葉ではなく一般人のそれだった。彼が武家階級の出ではないからだ。ノヴァルナの近くに仕える人間では、ネイミアは唯一の民間人だった。そしてこの“唯一の民間人”という事が、クラード達に狙われた理由なのである。

あとずさりするネイミアの服の襟を、背後にいた陸戦隊員が摑み取った。きを封じられたネイミアに、間近まで距離を詰めたクラードは、懐から小振りな試験管のような明の容を取り出す。封をされたそれには、淡い緑が詰められていた。事務的な口調でクラードが告げる。

「この中には星グニシアの毒蛇、グラスバインダーの毒を集めたものが、っている。これ一本で、星バドウルラムの巨獣ガンザム・ガンザが、十は倒せる量がある―――」

そしてクラードは、僅かに口元を歪めて続けた。

「これを、ノヴァルナ様が口にするものにれるのだ」

「!!!!」

それを聞き、顔を青ざめさせるネイミアと、床に転がったままのキノッサ。何か言おうとする二人に、クラードが先回りする。

「おおっと。できません云々で、余計な手間を取らせてくれるなよ。こちらの返答もお決まりの臺詞だからな」

皇國貴族院報調査部を名乗るベリン・サールス=バハーザから、カルツェに與えられた指示は、ノヴァルナの暗殺であった。バハーザはノヴァルナやノアが、近に置いたネイミアの出す飲食だけは、無條件に口にする事を知っており、それに毒を混させるよう、この“グラスバインダーの毒”を與えたのである。

「ネッ!…ネイ! 言う事聞いちゃ駄目ッス!」

ぶキノッサ。チッ!…と舌打ちしたクラードは、「余計な手間を取らせるな…と言ったはずだが」と面倒臭げに呟き、小隊長に目配せした。再びキノッサの腹を蹴りつける小隊長。

「うげぇッ!!」

いてをよじるキノッサの姿に、ネイミアは「やめてぇ!!」と悲鳴を上げる。

「もぅ…やめて………」

涙を零すネイミアを無視し、クラードはキノッサに冷たく言い放つ。

「言う事を聞かないという事は、二人とも死ぬという事…おまえはこのマルストス嬢を道連れに死ぬつもりか? このを殺していいのか?」

「ひ…卑怯ッス…」

キノッサの詰る言葉にふん…と鼻を鳴らし、ネイミアに向き直ったクラードは、淡々と告げた。

「きみも同じだマルストス嬢。功すればカルツェ様が新當主の名譽にかけて、二人のの安全を保証して下さる。報酬もくれてやるから、あとは二人でどこへでも行くがいい………」

【第21話につづく】

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