《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#01

皇國暦1560年4月15日。この日イマーガラ家では、正式に皇都星キヨウを目指す上軍進発の発令があった。

開始は5月1日。その戦力イマーガラ軍宇宙艦隊25個、艦艇2314隻。これにミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の宇宙艦隊5個、艦艇355隻が加わって、補給部隊も合わせるとおそらく、戦國最大規模の遠征軍となるはずである。

進路はミ・ガーワ宙域を抜けオ・ワーリ宙域へり、そこから中立宙域を通って皇都星キヨウのあるヤヴァルト宙域へ到達するというもので、ウォーダ家以外の勢力…ミノネリラ宙域のイースキー家、オウ・ルミル宙域のロッガ家などからは、その上を妨害しない旨の約束を取り付けてある。

そもそも上の目的が、ミョルジ家に事実上の支配を許している皇國中央の、秩序の回復という大義に基づいているため、妨害のしようもない。またイマーガラ家の周囲のタ・クェルダ家や、ホゥ・ジェン家とは同盟関係にあり、戦力の空白狀態を突いて、これらが侵攻して來る可能は低かった。

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星シズハルダの本拠地スーン・プーラス城の、大會議場に集めた各艦隊司令に対し、まず開始されるウォーダ家討伐戦の概要が、オ・ワーリ宙域の星図を映し出した大型ホログラムスクリーンをバックに、筆頭家老シェイヤ=サヒナンから説明されている。

「このように、オ・ワーリ宙域へ進出した我々は、真っ直ぐウォーダ家の本拠地星、ラゴンを目指します。かつてはヴァルツ=ウォーダの指揮のもと、勇猛で名を馳せたモルザン星系艦隊も今や見る影は無く、他の獨立管領にも我々の後背を脅かすだけの戦力はありません」

「まさに、“力押し”だな」

合いの手のように口を挾んだのは、第5艦隊司令モルトス=オガヴェイ。今年六十歳を迎える白髪頭のベテラン武將だ。モルトスの言葉に頷いたシェイヤは、ホログラムスクリーンの中で、星ラゴンのあるオ・ワーリ=シーモア星系を拡大した。

「シーモア星系の十個の公転星それぞれに、宇宙要塞が存在していますが、我々の進攻時期的に一番至近距離に來るのが、この第7星サパルにある宇宙要塞『マルネー』だと思われます。これだけはまず、先に潰す必要があります」

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何人かの艦隊司令が頷く。すると會議室の中央にいた當主のギィゲルト・ジヴ=イマーガラが、おもむろに口を開いた。

「トクルガル殿」

「はい」

端の席にいたイェルサス=トクルガルが立ち上がる。

「そち。マルネーを落とせるか?」

ギィゲルトの問いに、二十歳のイェルサスは口元を引き締めて応じた。

「先鋒は武人の譽れ。必ずや要塞を陥(お)として見せましょう」

その夜、スーン・プーラス城のバーラウンジでは、モルトス=オガヴェイのいで、筆頭家老シェイヤ=サヒナンや、艦隊司令職を兼任する幾人かの家老が集まり、グラスを傾けていた。

高級僚や高級士向けのラウンジであるため、大聲で騒ぐ輩もおらず、控え目な照明のホールには、古典音楽のピアノ曲がこちらも控え目に流れている。

カラリ…と氷が鳴る空のグラスをテーブルに置き、代わりのブランデーを注ぎながら、モルトスは皮めいた表で告げた。

「いやはや…トクルガル殿を先鋒とは。ギィゲルト様も悪趣味な事よ」

モルトスが口にしたのは晝間の會議で、ウォーダ家のオ・ワーリ=シーモア星系への進攻に、イェルサス=トクルガルを先鋒として、ギィゲルトが指名した話だ。

イェルサスは四年前までウォーダ家で人質となっており、現當主のノヴァルナ・ダン=ウォーダから、弟分として大事に扱われていた。表にこそ出しはしないが、その時の恩義をイェルサスは今も深くじ、懐かしんでいるのはイマーガラ家の誰もが知っている事実である。

「ギィゲルト様は、トクルガル殿の忠義を試そうと、されておられるのではないですか?」

そう尋ねるのはシェイヤ=サヒナン。三十代後半の家臣で、地位からすればこの場に居合わせる誰よりも高いのだが、この場に居合わせる誰よりも若いため、敬語を使っている。

「試すも試さぬも、逆らいようがないがな…」

そう言って手にしたグラスに口を付けるのは、第8艦隊司令のブルート=セナ。こちらも古參の重臣だ。それに第12艦隊司令のグェンゼイ=インヴァーが、頷いて応じる。

「トクルガル家の五個艦隊が、ウォーダ家に寢返ったところで、勝敗は変わらぬであろうからな」

だがモルトスは首を振って、それらを否定した。

「いいや。トクルガル殿は全力でノヴァルナ殿と戦うであろうよ。トクルガル家の當主たらんとして…そして、なにより長した自分を、ノヴァルナ殿に認めてもらうためにな」

「それが悪趣味と?」とシェイヤ。

「ああ。トクルガル殿のそのような心意気を知ったうえで、先鋒としてノヴァルナ殿と戦わせる…戦わせる相手ならばこの先、ヤヴァルト宙域に幾らでもおるというのにな」

「しかし私達は…」

言い掛けるシェイヤに、ブランデーをぐい!…と煽ったモルトスは、ぶっきらぼうに告げた。

「わかっているさ。すべてはギィゲルト様の意のままに。我等はそれに従い戦場を駆ける…それが武人の本懐だからな」

だがそうは言ったモルトスの眼には憂いのもある。大々名イマーガラ家の筆頭家老を若くして務めるだけあって、シェイヤ=サヒナンの察力は幾分のアルコールを得ても、鋭くそのモルトスの憂いを捉えた。

「ご納得できないものがお有りでしたら、この際、吐き出されてはいかがです?」

これを聞き、モルトスは白髪頭を指でひとでし、苦笑を浮かべる。

「いやはや。そのような言いよう…口調こそ違えど、まるで生前のタンゲン様が、おられるかのようだわい」

モルトスの言葉に、同席する艦隊司令達の顔が全て、同意の穏やかな笑みに包まれた。偉大であった前宰相のセッサーラ=タンゲンの後を継ぎ、肩の荷も重いはずのシェイヤだが、その手腕は誰もが評価するところであるからだ。

「納得できぬもの…か」

そこで言葉を止めるモルトスの手の中で、グラスの中の氷が再び、カラリ…と音を立てた。前屈みの姿勢から虛空を真っすぐ見據え、モルトスは続ける。

「…この皇都遠征。果たして我等にとって、真に大義に基づくものなのか…という気が、日に日に増して來ておってな」

「大義ならば、有るではありませんか。皇都と星帥皇室を事実上の人質にして、専橫を振るうミョルジ家の排除。その後の銀河皇國の秩序回復!…全てはこれに盡きましょう」

そう言うのは第7艦隊司令のレンリュー=イ・オー。イ・オー家を継いだばかりの將で、今回の遠征を、自分が戦功を立てる好機と捉えている男だ。それに対してベテランのモルトスは、理論立ててそれを否定する。

「いいや。大義とするには弱い。なぜならば今回の遠征はあくまでも、皇國の主要貴族からの依頼であって、星帥皇のテルーザ陛下からの上の勅命は、頂いておらぬからだ。つまりは今回の遠征は、ミョルジ家の存在を良く思わない、皇國中央の上級貴族達の思に乗ったものに過ぎぬ」

「む…では、ギィゲルト様はその事に、気付かれておられないと?」

前出のブルート=セナがそう問い質すと、思うところがあったのか、モルトスではなくシェイヤがそれに答える。

「いえ。その程度の事を理解されぬギィゲルト様では、ありますまい」

「それでは?」

不審げに尋ねるセナに、今度はモルトスが応じた。

「知った上で便乗されたのよ。あの日以來、ずっと抱き続けられて來た、タンゲン様の仇…ノヴァルナ憎しの思いのもとにな」

それこそがモルトスが抱く、主君ギィゲルトへの疑念だった。そしてそれはヴァルキス=ウォーダが指摘した、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラのノヴァルナに対する、“私怨”そのものだ。

銀河皇國貴族院筆頭議員を務める、バルガット・ツガーザ=セッツァーをはじめとした上級貴族達は、貴族を中心とした舊來の皇國秩序の回帰を目指し、イマーガラ家に上を求めたのだが、肝心の星帥皇テルーザからは、勅命を得られないままである。

そのためこの上はあくまでも、イマーガラ家の獨斷行となっており、皇國秩序の回復を、表立って上の大儀とするのは弱かった。それを知った上で、當主のギィゲルト・ジヴ=イマーガラが上に踏みきったのは、ウォーダ家との戦力差が充分に開いた今、上の途中でノヴァルナを斃し、亡きセッサーラ=タンゲンの無念を晴らすのを、目的にしたからに他ならない。

東洋の龍を思わせる頭を持ったドラルギル星人のセッサーラ=タンゲンは、當時まだ若輩だったギィゲルトを補佐し、イマーガラ家の家督爭いの決戦場、ハンナ・グラン星系會戦で勝利させて當主の座に就かせた。

しかも、その後も宰相として辣腕を振るい、國力を向上させ、タ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家との間で“三國同盟”を締結。さらにはミ・ガーワ宙域にも勢力をばし、弱化していた宙域領主のキラルーク家を吸収すると、すでに複數の星系を支配下に置いて星大名化し始めていた、トクルガル家も従屬させて、ミ・ガーワ宙域をも支配圏に置くという、まさにイマーガラ家の屋臺骨そのものという存在だったのだ。

その格は厳格で時として冷徹無比、初陣のノヴァルナに戦いへのトラウマを植え付けて捕えるため、新興植民星キイラの住民五十萬人を全て焼き殺すなど、非な面もあるが、政権運営についてはこの上なく公明正大であった。

またその一方で、ギィゲルトの嫡子ザネル・ギョヴ=イマーガラに対しては、まるで自分の孫のように好々爺ぶりを見せる面もあり、このようなタンゲンをギィゲルトだけでなく、シェイヤ=サヒナンや現在の家老達は皆、師父として敬していたのである―――

それゆえに四年前、死の病に冒されたタンゲンが、將來的にイマーガラ家にとって大きな禍となるであろうノヴァルナを道連れに死のうとした、恒星ムーラルの戦いで、ノヴァルナの後見人セルシュ=ヒ・ラティオの、捨ての阻止行で無念の死を遂げた事は、イマーガラ家の將の誰にとっても痛恨事だった。

「一番の問題はな―――」

モルトスは苦笑いと共に、全員の顔をひとわたり見て続けた。

「上目的が、本當はタンゲン様の仇討ちである事を、皆、心のどこかで理解し、期待しておるところよ。ワシも含めて…な」

▶#02につづく

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