《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#10

ただこれに対し、ノヴァルナが治めるオ・ワーリ宙域は、他の星大名が治める宙域と些か事が異なる。

ノヴァルナ自の考え方から、オ・ワーリ宙域における報統制は緩やかなもので、NNLの流サイト『iちゃんねる』では、あらゆる報板で“ノヴァルナ批判スレ”が林立していた。オ・ワーリ宙域に住む若者を中心に、統治者ノヴァルナへの悪評が日々、大量に書き込まれていたのだ。

ところがである―――

ここに來て一週間ほど前から、その『iちゃんねる』やSNSで、ノヴァルナの勝利をむ聲が増えて來ていた。

ノヴァルナが敗北し、オ・ワーリ宙域までもがイマーガラ家の支配下にってしまうと、他の星大名家が支配する宙域同様、報統制が行われるようになり、これまでのような好き勝手な事が書き込める“自由”を、奪われるであろう事に気付いたからである。

それが回り回って、イマーガラ家の上軍が進発するこの日の時點で、ノヴァルナはNNL上の“おまえら”にとって、言論の自由を守る救世主“俺らのカラッポ殿下”にまで祭り上げられていた。ウォーダ家部や経済界が、イマーガラ家に対する敗北を覚悟するのに反比例して、自由を求める若者達からのノヴァルナへの聲援が大きくなるというのは、非常に奇妙な事だった。獨裁政権の指導者が、民主主義の旗頭として擔ぎ上げられるようなものだ。

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もっとも當のノヴァルナにとっては、そういったあらゆる事が“どうでもいい”で片付く話であった。どうやってイマーガラ家と戦うか、どうやって勝つか、その他の事は自分の命も含め、放っておいても終わったあとに、自然と決まると考えているからである。

そんなノヴァルナは、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラが座乗しイマーガラ家上軍の指揮を執る、総旗艦『ギョウビャク』がようやくき出した頃、キオ・スー城をノアと共にバイクで抜け出していた。

晴天の下、港灣工業地帯を通過し、海沿いのハイウェイに乗って、白い建で統一された街並みがしい、ビーチタウンのインターチェンジで降りる。五年前に妹のフェアンや『ホロウシュ』達を連れ、氏族會議を抜け出して流行(はやり)のアイスクリームショップを目指した道だ。

まだナグヤ=ウォーダ家の、問題だらけの次期當主だった五年前…そこからを思い起こせば、まさに激の五年としか言いようがない。しかしバイクを運転している今のノヴァルナには、そんな傷に浸る気持ちはさらさら無い。

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キオ・スー城を出て以來、ノヴァルナが考え続けているのはやはり、イマーガラ家に対する迎撃作戦だ。雙方の戦力比を考えれば、正攻法で勝利を期待するべくもないのは眼に見えている。

ならどうするか?…當然、奇策に頼るしかないが、それはイマーガラ家承知しているはずだった。それならイマーガラ家の想定の上を行く、イチかバチかの奇策を考える必要がある…いや、イチかバチかではなく、確実に仕留められる手を考えなくてはならない…だがそうなると…

思考を巡らせるノヴァルナは、ノアを連れ出してもほとんど無口であった。通話機能のあるヘルメットを被っていても、ほとんど無口であった。ただノヴァルナについて行くノアも、自分から話し掛ける事は無い。ノヴァルナが自一人だけではなく、自分も一緒に連れて來た意味を理解しているからだ。

世間の評判と真逆でが強く、思考も速いノヴァルナだが、それでも星大名としての自分の考えに煮詰まる時がある。そういった時に必要とするのが、ノアの存在だった。時には二言、三言だけわし、時には何時間も話し込む…ノアの視點や考え方はノヴァルナにとって、大航海時代のスパイスのように、貴重なものだったのである。

五年前にフェアンと訪れたのと同じアイスクリームショップで、ざく切り苺をふんだんに練り込んだ『ワイルドストロベリー』と、『マーブルチョコ』の二段重ねに、砕いたドライマンゴーチップのトッピングを注文したノヴァルナと、シュガー漬けラベンダーの花びらを練り込んだ『ラベンダースイート』と、『ローズヒップティー』の二段重ねに、カラーチョコトッピングを注文したノアは、海浜公園の広い芝生の上へ直に二人並んで座り、初夏の穏やかな海を眺めながら、アイスクリームを頬張った。

平日の午後という事もあり、公園に人影は疎(まば)らで、たまに通りかかる者も、まさかこんな所に自分達が住むオ・ワーリ宙域の、領主がいるとは思っていないらしく、バイクスーツを著た若いカップルが仲睦まじくしていると、見て見ぬふりで通り過ぎていくだけだ。

ここでも無言の二人だったが、雙方がほぼ同じタイミングでアイスクリームを食べ終わると、やがてノアがぽつりと尋ねる。

「考えはまとまりそう?」

それに対しノヴァルナは「いんや」と軽く応じて空を見上げる。そして再び無言の時間がしばらく続くと、今度はノヴァルナの方から聲を掛けた。

「ノア」

「なに?」

するとノヴァルナは今、自分が思考を進める上で最も必要だと、しているものを口にする。

「膝枕」

「もう…」

困り顔でありながら、応じるノアの聲はしげだ。

芝生の上に大の字に寢転んだノヴァルナの傍らで、ノアは正座に座り直し、「ほら、ノバくん」とノヴァルナに呼び掛ける。ノヴァルナは「ノバくん言うな」と文句を垂れながら、仰向けに寢転んだままノアににじり寄った。

ノアの膝枕に頭を乗せたノヴァルナは、改めて青空を見據える。雲量は3ぐらいであろうか、イマーガラ家に追い詰められた自分達を嘲笑うかのように、白い雲は各々で自由気ままに形を変えながら、風に乗って流れていく。

「どうですか、ウォーダの殿様。何か違って見えますか?」

わざと丁寧な口調にして優しく尋ねるノア。

「おう。地べたに寢転ぶより、ノアのフトモモの高さの分、空が近く見える」

「その言い方…なんか、やらしいから、やめて」

ノヴァルナのおかしな言い様に、ノアは苦笑いを浮かべて抗議すると、自分の右手の人差し指と中指を揃え、先端に口づけし、その指先をノヴァルナの額に軽くれさせた。表現の“間接キッス”だった。ノヴァルナも右腕を上へばし、お返しにノアの頬を指先で軽くでる。ひとしきりノヴァルナの指先のれたノアは、靜かに聲を掛けた。

「ねぇ…」

「ん?…」

「まさか、“最後の思い出づくり”…してないよね?」

「は?」

「イマーガラ軍に囲まれて、最期の瞬間を迎える時に、今の私の膝枕を思い出す…なんてのは、やめてよね」

それを聞いてノヴァルナは「アッハハハ…」と、控えめな高笑いを発する。ただノアの方は真顔になって、を絞り出すような聲で告げた。

「私。あなたが死ぬのは、嫌よ…」

言い方は冗談じみているが、妻の本心からの言葉だという事は當然、ノヴァルナにも理解できる。普段はこのところの奇行が目立つノヴァルナに対比するように、落ち著き払った態度を見せているノアだったが、心では不安が大きく渦巻いているに違いなかった。

「心配すんな…」

ノヴァルナはそう言って、不敵な笑みをノアに向ける。

「ピンチに陥った時、おまえの膝枕を思い出しゃあ、ぜってー生きて帰って、またしてもらおうって頑張れっだろ?」

「うん…」

そして二人は無言になって空を見上げた。するとしばらくして、ノヴァルナは流れていく雲の間に何かを見つけたのか、目を凝らす表になる。

「ノア。あれはなんだと思う?」

「どれ?」

ノアが問い返すと、ノヴァルナは空の一點を指差して言う。

「そこのちょい右の雲の間…空に白い粒々が、碁盤の目みたいに並んでる奴…宇宙船だと思うけど、あんなところに艦隊を置くようには言ってねぇはずだ…」

ノアがノヴァルナの指さした空の一角に視線を遣ると、引き裂かれていくように見える雲の間から、確かに宇宙船の集団らしき白い點が、青空を背景にマス目狀に並んでいるのが見えた。數は五十ほどもあろうか。ただそれを見ても、ノアは別段不思議そうな顔をしない。

「ああ。あれ、タンカーとか貨船よ」

「知ってんのか?」

「イマーガラ家が侵攻して來たら、拿捕される可能が高いから、ミ・ガーワ宙域に近い植民星系方面の航路に就いているタンカーや貨船は、全部運航を中止してラゴンの衛星軌道上で待機させるって、宙域商船連合から報告書が上がってたじゃない…あなた、報告書に眼を通してないの?」

図星を刺されてたじろぐノヴァルナ。

「う…忙しかったんだって…」

「前にテルーザ陛下が、ちゃんと報告書とか上申書を見てないって、星ガヌーバの事で怒ってたじゃない」

「悪かったよ」

藪蛇の結果を招いてバツが悪そうなノヴァルナだが、その眼は上空の宇宙船の群れを見據えたままだ。

「ノヴァルナ?」

呼び掛けるノア。すると不意に上を起こしたノヴァルナが告げる。

「悪い。帰んぞ、ノア」

まだ著いて大して時間も経っておらず、アイスクリームを頬張って、芝生でし休んだだけである。もう帰るのは“とんぼ返り”に等しい。しかしノアは不満そうな顔も見せず、「うん」と言って立ち上がる。何かを閃いた時に見せる夫の極端な行には、慣れたものだからだ。ノヴァルナはバイクがとめてある駐車場へ向かいながら、あとに従うノアに言った。

「戻って、商船連合の會頭に會う」

▶#11につづく

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