《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#17
“これも、けは人の為ならず…ってヤツか”
湯の適度な溫かさに大欠(おおあくび)をしながら、ノヴァルナは思った。カウンノンら商船連合に対する心象の良さは、単にあの史がアントニア星人だという事だけではないのだろう。
ノヴァルナがかつて屬していたナグヤ=ウォーダ家は、父ヒディラスの代で大きく飛躍し、宗家であったキオ・スー家やイル・ワークラン家と、肩を並べるほどに長したのだが、その原點となったのが、稅制の優遇などによる流通産業の活化政策だった。稅率の軽減により恒星間、星間、星上において、全ての輸送費が抑えられた事で、ナグヤ=ウォーダ系の植民星系の経済発展が、宗家の植民星系以上に進んだのだ。
その植民星系の発展は當然、輸送量の増加によって、流通産業自にも利益という恩恵をもたらす。ヒディラス・ダン=ウォーダの政策は、ウォーダ一族の中でも特に、流通産業を中心に、経済界から支持されたのである。
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そしてヒディラスの跡を継いだノヴァルナは、父ヒディラスの経済政策路線をも引き継ぎ、さらにオ・ワーリ宙域の統一を果たしてからは、ノアの父ドゥ・ザン=サイドゥが領地だったミノネリラ宙域で行っていた、植民星系だけでない他宙域との易に関する関稅撤廃政策も採用するようになっている。この辺りはノヴァルナの本質を実利主義者とした、ギィゲルトの見立て通りというわけだ。そういった事もあって、商船連合會頭のカウンノンも、ノヴァルナのためにギィゲルトと渉を纏める事を、真摯に捉えたのである。
対するギィゲルト・ジヴ=イマーガラの支配領域に対する経済政策は、厳格な管理稅制であり、各主要企業が得られる収益の振れ幅も定數管理が為されて、それ以上の収益は稅率が跳ね上がる仕組みだった。要は“生かさず殺さず”の範疇だという事である。そうであるならばオ・ワーリ宙域の経済界が、どちらのシステムを好むかという答えは自ずと知れて來るだろう。
ノヴァルナの脳裏に、會見を終えたカウンノンの言葉が蘇る。
“殿下の後押しは、アントニア人社會だけでなく、オ・ワーリの経済界すべてがむ事です。企業會などにも聲を掛けておきましょう。大なり小なり、力を貸してくれるはずにございます………”
出來る手は盡くした…と、湯の中で両腕を左右に広げるノヴァルナ。するとそこに、浴室のインターコムが呼び出し音を鳴らせる。素っのまま湯に浸かってノヴァルナが出ると、武將の等大ホログラムが姿を現す。相手はナルガヒルデ=ニーワスだ。
「おう、ナルガ。俺だ」
無頓著に応答するノヴァルナに、ナルガヒルデは視線を逸らせて報告した。
「殿下。ヴァルキス=ウォーダ様が獨斷で、星ラゴンを離れられました」
「ふふん…そうか」
ナルガヒルデからの言葉にも、ノヴァルナは揺を見せる事無く、鼻を鳴らして告げる。ヴァルキス=ウォーダの離反は想定の話であり、驚くにはあたらない…というより、むしろ出て行ってくれるのを待っていた、と言っていい。
「ヴァルキス様は専用艦『アルガルス』一隻のみで離。追撃し、撃破するなり、拿捕するなりも可能ですが、如何致します?」
「いや、構わねー。行かせてやれ」
ヴァルキスがナルミラ星系に駐留するイマーガラ家の次席家老、モルトス=オガヴェイと懇意にしており、その繋がりでギィゲルト・ジヴ=イマーガラと誼を通じている事は、ウォーダ家でも公然のだった。だがそれ故にヴァルキスは、ここまでの両家の停戦の橋渡し役でもあったわけで、利用価値を認めて置かれていたのである。ただイマーガラ軍の侵攻が迫った今日まで、ヴァルキスを捕えもせずに自由にさせていたのは、ノヴァルナにも思うところがあったらしいが…
すると再びインターコムが鳴り、今度はノヴァルナがいるのと同じ居住區畫の中で、片付けものをしていたノアの聲が來訪者を告げる。
「ノヴァルナ。ヴァルマス=ウォーダが訪ねて來てるわよ」
ヴァルマスはヴァルキスの実の弟で、人質の意味もあってヴァルキスとは別に、ノヴァルナの家臣となっていた。タイミング的に兄ヴァルキスの離の件で、ここへやって來たに違いない。
「おう。今行く、待たせといてくれ」
そう応じたノヴァルナは、ナルガヒルデのホログラムがいる前で、平然と立ち上がり、素っのままザバザバと湯から出ようとする。いつも冷靜沈著なナルガヒルデだが、自分に向かって來るのノヴァルナに、この時ばかりはし慌てて、「失禮致します」とホログラムを消し去り、通信を終了した。
そのヴァルマスはノヴァルナとノアの居住區畫のり口で、主君が応対に出て來るのを背筋をばして立って待つ。細の短剣のような印象の兄とは違い、丸顔で溫厚そうな大柄の男だ。
と、リビングがあると思われる奧の方から、「ちょっとノバくん。その恰好!」「ノバくん言うな!」「床が濡れるじゃないの!」「こまけー事は気にすんな!」という、ノア姫とノヴァルナのやり取りが聞こえて來る。そして姿を現したノヴァルナは、全の腰にバスタオルを巻いただけという出で立ちで、ヴァルマスの目を丸くさせた。
「おう、ヴァルマス。待たせたな」
兄のヴァルキスが離した事は知っているはずだが、それでもあっけらかんと言い放つノヴァルナに、ヴァルマスは苦笑を返すしかなかった。
▶#18につづく
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