《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#10

皇國暦1560年5月19日 皇國標準時間10:38―――

ギィゲルト・ジヴ=イマーガラは上機嫌であった。シェイヤ=サヒナンのイマーガラ軍第3艦隊とトクルガル軍第2艦隊が、ウォシューズ星系でナガン・ムーラン=ウォーダ家の艦隊を撃破したという報告から、一時間も経たぬうちに、イェルサス=トクルガルより、オ・ワーリ=シーモア星系第七星の宇宙要塞攻略を完了したという連絡がったのだから無理もない。

そのギィゲルトを乗せた総旗艦『ギョウビャク』は、直卒の第1艦隊を従えて當初の作戦計畫通り、第八星ルグラと第七星サパルの公転軌道の間に広がる、小星帯のフォルクェ=ザマへ向かう。本陣を設営するためだ。

第七星サパルの宇宙要塞『マルネー』攻略に必要があったのは、両家の攻防戦の生起予想地點への支援砲撃を封じるとともに、この本陣の位置を知られ、要塞主砲で狙撃されるのを防ぐためでもあったのだ。

「ホッホホホ…イェルサスめ、ようやった。ようやった」

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主君のに合わせ、通常のものより大きなサイズの司令席に、を預けているギィゲルトは、いつもの手癖である扇を弄びながら、満足げに何度も頷いた。

「通信參謀」

ギィゲルトに呼ばれ、司令席の背後に並ぶ參謀達の中から、テントウムシのようなカレンディ星人の男が、「はっ」と速足で歩み寄る。

「我の名で労いの言葉を送り、補給部隊を護衛して、オーダッカ星系へ向かうよう命じてやれ。向こうで補給と整備と休養を取らせるように」

意!」

通信參謀が去ると、ギィゲルトは艦橋中央の戦狀況ホログラムを見渡して、両軍のきを確認したあと、報參謀を振り向いて無言で扇を上下し、自分のもとに呼び寄せた。

「お館様」

を屈めて用件を待つ報參謀に、ギィゲルトは扇で口元を隠しながら、靜かな聲で命じる。

「ノヴァルナめのもう一つの専用艦…なんと申したかの?」

「戦闘輸送艦の『クォルガルード』の事でございますか?」

「そう、それじゃ。所在は摑んでおるか?」

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これこそが宙域三國を統べる大々名ギィゲルトの恐ろしさであった。ウォーダ軍主力部隊が見せた初の鈍さを、ノヴァルナの作戦の一つだと仮定した場合。當人は別隊として行している可能も考えていたのだ。

「はっ。第15艦隊司令部からはすでに、『クォルガルード』が同型艦二隻と共に、第五星トランの宇宙要塞『ナガンジーマ』へ向かったという、報がっておりますが…」

イマーガラ軍第15宇宙艦隊は、高々度ステルス艦―――いわゆる“潛宙艦”部隊である。ギィゲルトはオ・ワーリ=シーモア星系に侵した際、この第15艦隊には艦船攻撃ではなく、ウォーダ軍の各艦船のきを監視するように命じていた。そして先行していた一部の潛宙艦が、気付かれる事無く星ラゴン周辺まで進出、早朝にラゴンから発進した『クォルガルード』を追尾していたのである。

「ふむ。第五星の要塞とな…」

そう言ってギィゲルトは戦狀況ホログラムの中の、第五星に視線を遣った。第五星トランは公転軌道上では、第七星サパルの次に戦場の近くにいるが、両軍主力の戦場となるであろう位置に対してはマイナス角…つまり、味方艦隊の背後斜め橫となるため、迂闊に要塞主砲を放つ事が出來ない位置にある。

「敵の主力部隊の位置は…あれか」

狀況ホログラムへの視點を移させたギィゲルトは、接近して來るウォーダ軍の主力部隊の位置を確認した。第五星の宇宙要塞からの主砲撃は困難だが、別隊を潛ませておいて、主力部隊がこちらの本陣である、第1艦隊へ総攻撃を仕掛けている間に、別隊がこの総旗艦『ギョウビャク』を襲撃する…なるほど。

「ノヴァルナめはその別隊を指揮し、『クォルガルード』とやらで、この本陣を襲撃するつもりであろう」

圧倒的戦力差を覆して、ウォーダ家が勝利できる唯一の作戦が、自分―――つまり敵將ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討つ事であるのは、當初から予想されていた話だった。そのため、ノヴァルナの次の手を読んでも、ギィゲルトには慨など無い。ただ若手の參謀達の中には、首を傾げる者も何人かいた。

「しかし、『クォルガルード』型戦闘輸送艦の戦力評価はCです。護衛艦がどれぐらい付くか分かりませんが、分艦隊程度の戦力では、どうにもならないと思われますが」

これに対しギィゲルトは、僅かに口元を歪めて応じる。

「それをやるのが、ノヴァルナ・ダン=ウォーダという者じゃ。現(げん)にアイノンザンのヴァルキス=ウォーダから手した報では、ノヴァルナはここ最近、戦闘輸送艦を使用した訓練を、重ねておったらしいからの…であるからこそ、我はこのフォルクェ=ザマに本陣を置いたのじゃ」

「な、なるほど…」

そしてギィゲルトの眼が、BSIパイロットのを帯びてギラリと輝いた。

「ノヴァルナのイチかバチかの賭け…我が専用機『サモンジSV』の、『ディメンション・ストライカー』で打ち砕いてくれる!」

一方ノヴァルナのもとにも當然、ウォシューズ星系でナガン・ムーラン=ウォーダの艦隊が撃破され、第七星サパルの宇宙要塞『マルネー』が陥落した事と、それぞれの司令シェルビム=ウォーダと、ジュモル・ディグ=ザクバーが戦死した旨の報告がっている。

それを聞くノヴァルナはヘルメットこそ未著用だが、すでにパイロットスーツを著て、『センクウNX』のコクピットで待機していた。縦桿に軽く両手を置き、死んだ將と兵士達のためにしばしの瞑目をする。

“済まねーな…”

ただ、戦いはこれからが本番であり、さらに多くの命が散っていく事になるだろう。それを一々心の負荷にしていては、弱強食の戦國の星大名として、宙域國を統べたりできはしないが、その散っていった命の一つ一つにも、それぞれの人生があった事を忘れてはならない…とノヴァルナは思っていた。

そんなノヴァルナの戦はギィゲルトが読んだ通り、別隊によるイマーガラ軍本陣、総旗艦『ギョウビャク』への攻撃である。しかしその方法は、ギィゲルトの予想とは違ったものだった。

『センクウNX』のコクピットを包む、全周囲モニターの畫面を見ると、ノヴァルナがいるのは格納庫のようだ。しかしその景は、見慣れた『ヒテン』や『クォルガルード』のそれとは違っていて、なんの整備機も見當たらない、“がらんどう”だった。しかもやたらと照明もない。

そこへインターコムの呼び出し音が鳴った。ヘルメット著用していないため、自的に切り替わり、コクピットの通信モジュールの方が鳴る。回線を開くとの聲で報告があった。口調から察して軍の士のようだ。

「ノヴァルナ様」

「おう」

「間もなく迎撃艦隊が、イマーガラ軍と接します」

「わかった」

短く応答したノヴァルナは、インターコムの回線を切り、もう一度瞑目する。

“みんな。上手くやれよ…”

第五星トランの公転軌道上に展開していた、ウォーダ軍の十二個艦隊は、半球狀に陣形を組んで前進を開始していた。対するイマーガラ軍は二十四個艦隊が、それを半包囲する形に広がりつつ、応戦態勢にる。

総旗艦『ヒテン』に乗るのはノヴァルナではなく、その懐刀とされる武將のナルガヒルデ=ニーワス。眼鏡型のNNL端末をかけた赤髪のナルガヒルデは、前方に迫るイマーガラ軍の大艦隊を前にしても、教師のような雰囲気を崩す事無く、味方全軍に対し、以下の電文を発するよう命じた。

ウォーダ家の興廃この一戦にあり、各員一層勵努力せよ―――

▶#11につづく

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