《銀河戦國記ノヴァルナ 第2章:運命の星、摑む者》#09
「だいぶ無理な戦いをしたな?」
マーディンは全周囲モニターに映る、キノッサの『ルーン・ゴート』を見渡し、ため息じりに言うと、続けて命じる。
「一旦、帰投する。ついて來い」
それを訊いてキノッサは不満そうな表がよぎった。
「で、でも戦闘はまだ終わって…」
「武裝を全て失った、そんな機では戦いようもないだろう。それに俺も超電磁ライフルを破壊された。BSI相手ならともかく、対艦攻撃は難しい。帰投だ」
「わ…わかりました」
不承不承といった(てい)でマーディンの『シデンSC』に従い、キノッサは攻撃艇形態に変形させた『ルーン・ゴート』の機種を、母艦となっている総旗艦『ヒテン』へ向ける。
そして両軍の艦艇やBSIユニットが激しく戦する、芒の中を飛ぶうちに、キノッサは縦桿を力一杯握り締めた。
“こんなんじゃ…俺っち、駄目ッス”
マーディンの援護もあって、手強い敵のASGULを撃破は出來たが、NNLを通じて記録された報から下される自分への戦評は、おそらく“ASGUL一機撃破”だけであろうからだ。これでは今までと同じく、“年に一度の一機撃破”と変わらない。
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今回の大きな戦いには自分が仕えているウォーダ家の存亡がかかっている。そしてそれは同時に、自分個人にとっても手柄を挙げるチャンスだった。しかし現実はこれである。傷心を抱え、キノッサは並走しているマーディンに呼びかけた。
「マーディン様…」
「どうした?」
「マーディン様はしばらく、実戦から遠ざかってらしたんスよね…」
「そうだな。もう五年ほどになるか」
それを聞いてキノッサは肩を落とす。
「それなのに、あの強さなんスよねぇ…」
「まぁ、ガルワニーシャ重工の出張所で、展示用シミュレーターを特別仕様にして使わせてもらってたからな…しかし、やっぱり実戦は違うな。思ったように機をかせなかった。ハハハ…」
「はぁ…羨ましいッス」
「何がだ?」
「自分は…どんだけ訓練しても、今みたいなのが一杯で。こんなんじゃ、いつまでたっても出世できないッス」
それを聞いてマーディンは、キノッサを面白い奴だと思った。ノヴァルナの近に仕える者であからさまに、まず自分の出世から口にする人間はいないからだ。しかし不快なじはしない。そういったところが、ノヴァルナが側に置き続けている理由なのだろうと思う。
一方でキノッサがマーディンを羨ましいのは、戦技の高さだけではなかった。それはノヴァルナからの信頼が厚い事だ。
マーディンはノヴァルナの命をけ、五年前からガルワニーシャ重工の社員を裝い、皇都星キヨウで報収集の活を行っているが、その収集している報というのが、謎の多い傭兵集団『アクレイド傭兵団』や、ムツルー宙域で何者かが裡に建造している、恒星間規模の『超空間ネゲントロピーコイル』に関わるものであった。
ただこれは今のところ、ウォーダ家の戦略に直接関係する案件ではなく、ノヴァルナとその妻ノアの、半ば個人的な調査案件である。しかしそういった個人的案件のために、キヨウへ五年間も単派遣されるという事自が、ノヴァルナからの信頼の厚さを語っているのだ。
それに今回の戦いでは、どうやらマーディンはノヴァルナに呼び戻されたのではなく、ウォーダ家存亡の危機に、自分から勝手に帰って來たらしい。そしてまたキノッサが驚いたのは、『ムーンベース・アルバ』に保管されていたマーディンの専用機が、すぐに出撃可能な狀態まで整備狀況を上げられており、新たな武の大型ポジトロンランスを與えられていた事だった。つまりノヴァルナは、マーディンが帰って來る事を、イマーガラ戦が始まる前から信じていたのだ。
主君の信頼を得るというのはこう言う事かと思い、キノッサはマーディンが羨ましかったのである。もちろんこれには、トゥ・シェイ=マーディンという人の出來も、大いに関係しているのは言うまでもない。
「マーディン様は何でもお出來になる。戦いだって、他のお役目だって。それに比べたら落ち込みたくもなるってもんス」
キノッサがそう言うと、マーディンは諭すように告げた。
「何でも出來る必要は無いさ」
「は?」
「何でも出來る必要は無い。自分が出來る事を極める…それだって出世への道さ」
「自分が出來る事を極める…」
「ああ。ASGULのパイロットが苦手なら、艦隊指揮を。両方だめなら戦略を。それでも駄目なら政務を。自分がこれならやれると思ったものを極め、ノヴァルナ様に認めて頂けばいいのさ」
「………」
「ノヴァルナ様がおまえに々とやれされておられるのは、そういう理由もあっての事だと、俺は思うぞ」
「マーディン様…そう…そうッスよね!」
切り替えの早いのもまた、キノッサの持ち味である。そしてこの日を境にキノッサは自分のパイロット登録を解除し、パイロットの訓練時間を艦隊指揮教育課程にすべて変更したのであった………
▶#10につづく
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