《兄と妹とVRMMOゲームと》第四話 憧憬④

くん!」

その場に崩れ落ちたを見て、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達の拘束から解放された花音は悲痛な聲を上げる。

はーーぐったりしたまま、微だにしない。

「……っ」

代わりに、梨のぐような聲が聞こえてきた。

寢覚めたばかりのように薄く目を開けている。

「……梨」

「……お兄、ちゃん」

紘の言葉に返ってきたのは、き通るような小さな聲。

れただけで溶けてしまいそうな、雪を彷彿させる繊細な聲だった。

「目的は果たした。ギルドに戻る」

「はっ」

紘の言葉に、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達はそう答えると丁重に一禮する。

立ち去ろうとする紘の背中に向かって、花音は咄嗟に聲をかけた。

「ねえ……。くんに何をしたの?」

「彼に、魂分配(ソウル・シェア)のスキルを使ってもらっただけだ」

紘のその反応に、花音の背筋に冷たいものが走る。

意味は分かるのに、意味をさない言葉。

花音は意を決したように、先程と同じーーだけど、別の言葉を口にした。

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くんはどうなったの?」

「特殊スキルは、仮想世界のみならず、現実世界をも干渉する力だ。魂を分け與えたことで、梨としての意識がある間は、彼が目を覚ますことはない」

長い沈黙を挾んだ後で、紘は淡々と答える。

冷酷な事実に、花音は思わず発させた。

くんをもとに戻して! もとに戻してよ!」

「なら、私達を止めてみるがいい。平等に、彼と彼を取り合おう」

微笑とともに決然とした言葉を殘して、紘は梨を抱きかかえるとその場から姿を消した。

「お兄ちゃん、くん!」

紘とともに、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達が立ち去った後、花音は必死になって二人に呼びかけた。

思考がまるで追いつかない。

『ログアウト出來るようになるアイテム』を生するために、初心者用ダンジョンに訪れたこと。

そこで紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』による奇襲をけたこと。

そして、が使うことができる特殊スキルーー魂分配(ソウル・シェア)。

どれもあまりに突然過ぎて、現実がまるでなかった。

「お兄ちゃん、くん」

泣き出しそうに歪んだ花音の顔には、はっきりと絶が浮かんでいた。

「私、これからどうしたらーー」

涙を浮かべた花音が、さらに疑問を口にしようとした瞬間ーー

「…………何もしなくていいぞ」

響き渡ったその聲に、花音は大きく目を見開いた。

「心配するな、妹よ。俺は生きている」

「……お兄ちゃん!」

先程、使った回復アイテムの効果によって、かろうじて立ち上がった有を見て、花音は顔を輝かせる。

「妹よ、助かった」

「うん、お兄ちゃんが作った回復アイテムだもん。効果(こうか)覿面(てきめん)だよ」

有の謝の言葉に、涙を拭いた花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答えた。

「でも、お兄ちゃん。くん、大丈夫かな?」

「とにかく、ギルドに戻るしかないな」

花音の戸いに、有は思案するように視線を巡らせる。

「心配するな、妹よ。がこの程度で倒れるわけがない」

「……うん。私、くんを信じる」

どこまでも熱く語る有をちらりと見て、花音は今も眠り続けているの手を取り、微かに頷いた。

『なら、私達を止めてみるがいい。平等に、彼と彼を取り合おう』

だが、最後に聞こえてきたその紘の言葉は、花音の耳にいつまでもこびりついていて、ギルドに戻っても消えることはなかった。

所は湖畔の街、マスカット。

地平線まで続く金の麥畑を風がでていく。

のぞかな田園の真ん中を貫く道の奧に、有達のギルド『キャスケット』はあった。

くん……」

一夜明けても、は一向に目を覚まさなかった。

ベッドに眠り続けるの傍らで、花音は祈るようにつぶやいた。

くん、大丈夫だよね……」

花音の訴えに、の返事は返ってこない。

不意に、花音は初めて、三人で『創世のアクリア』の世界へログインした日のことを思い出していた。

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