「まあ、その話をしたい気持ちは山々だが……。

まずは作業を進めていこう。次は、B2のマンホールだ」

「お、おう……」

俺にうながされ、タブレットを通じてバキューム車に命令を下すエンテ……。

その作業風景を攜帯端末で録畫しながら、俺は心の溜め息をもらしていた。

男児然とした仕草といい、言葉使いといい、まだまだそういった事柄には興味が薄いと思っていたが……。

彼もまた、年頃のの子であったということだろう。

いや、考えてもみれば、エンテが気づくのは當然のことなのだ。

何しろ……。

――渦中のエルフとは、彼に仕える側近の片割れなのだから。

そもそも、全員がであることから分かる通り、自治區から出向してきているエルフ娘は皆、エンテのお目付け役と世話係を兼ねている。

中でもエンテと年齢が近い――と言っても最近よく會う俺の祖父より年長だが――二人は、側近中の側近であり、親友であり、姉代わりのような存在であるらしい。

エンテが先日、そんな存在に當てを喰らわせて気絶させたのは置いておくとして、俺が見たところ……をしているのはその片割れであった。

お相手は、バンホー率いるサムライ衆の一人――最も若年(じゃくねん)の獣人青年である。

その萌芽(ほうが)に気づいたのは、魔たちとの大戦(おおいくさ)を終えた後……エルフの集落で開かれた宴の時であった。

側近の二人に飲み慣れないワインを注(つ)がれながら、盛んに戦場での働きを語り聞かせていたからな。

顔の赤らみが酔いによるもののみではないことを、見逃す俺ではないのである。

果たして、それが功を奏したのか、どうか……。

どうやら、側近エルフの一人は彼のことを意識してくれたようだ。

例えば、食事を配膳する時……。

そのエルフ娘が炊事當番の時は、件(くだん)の彼にのみそっとご飯を多くよそってあげている。

例えば、何かの仕事で彼と顔を合わせる時……。

強い要に従い陣に配布したコンパクトミラーを使い、さっと髪を整えている姿も見られた。

なんとも、ほほえましい話ではないか……！

ちなみにだが、そのことへ気づいているのは俺のみではなく……。

先日は同じく気づいていたウルカと二人でお茶をし、そのことを噂し合いながら楽しく過ごさせて頂いたものだ。ごっつあんです。

エルフというのは、繁力の低さで知られる種族であるが……。

それはもしかしたら、沙汰に関して極端に初心(うぶ)であるからなのやもしれぬ。

何しろ、かように分かりやすく態度で表しているからな。

そりゃあ、いくらエンテでも気づくというものであろう。

さて、どうしたものか……。

側近であり、親友であり、姉代わりでもある存在がわずらいとなれば、々と思うところもあるだろう。

ここは一つ、人生における多の先駆者として……。

そして、初心者とはいえ妻帯している者として……。

適切な助言をしてやらねばなるまい。

バキューム車を従えたエンテと共に歩きながら、俺はかにそう決意していたのである。

--

「あのさ、さっきの話だけど……」

「ん……他種族にしてるエルフの話か？」

作業中に無駄口を叩くものではない……。

そのような説教を覚悟して口を開いたエンテであったが、意外にもアスルは乗り気な様子であった。

まあ、今はバキューム車に命じて次なるマンホールから汚を吸い出している最中である。

この間は見守るくらいしかすることがないため、雑談に興じるのもやぶさかではないということかもしれない。

「その……アスルはさ。

いつから、気づいてたんだ？」

意を決して、そう問いかける。

すると、アスルはさらりと答えてみせたのだ。

「集落で開かれた、宴の時かな」

「あの時!?　噓だろ!?　オレ、全然気づかなかったぜ!?」

思わず驚きのびを上げる。

あの時……。

エンテの中を占めていたものはといえば、ただただ己の不明を恥じるであった。

実際に窮地(きゅうち)へ陥ったこと……。

そして、父からのと怒りがり混じった折檻(せっかん)をけた結果である。

だが、言われてみればなるほど……。

自らの心ほど分からぬものも、考えてみれば存在しない。

あの時點で、すでに心が芽生えつつあったのだと言われれば、すんなりと納得することができた。

納得はした。

となれば、その上で気になってどうしようもないことがある。

聞くべきか、聞かないべきか……。

ほんの一瞬でも迷った自分に、苦笑いを浮かべてしまった。

躊躇(ちゅうちょ)するなど、らしくもない……。

そもそも、自分がアスルにしていることはすでに気づかれているのである。

ならば、これは聞くしかないではないか……！

「それじゃあさ、その……。

相手の方は……どう思って……いるのかな……なんて」

だが、考えることと実行に移すことはまったくの別問題だ。

いざ聞こうとしたら、どうしても気恥ずかしくなってしまい……。

しだけ、にごした言い方となってしまった。

しかし、問題はあるまい……。

自分がしている相手がアスルというのは、そもそもの大前提なのだから……。

「ははあ、そこが心配だったか……。

安心しろ。間違いなく惚れている」

「うそ!?　マジか!?」

ごくあっさりとそう言い切られ、思わず聞き返してしまった。

だが、それも無理からぬことであろう……。

――いやあんた、妻帯者じゃん！

このことが、あるからである。

アスルとウルカはれっきとした夫婦であり、初々しさこそあるものの、互いが互いを想い合っていることは見ているだけで分かった。

それが、堂々と自分に惚れていると言い切るとは……！

これでは、浮気ではないか！

だが、そこではたと気づく。

そういえば、聞いたことがある……。

ロンバルド王國の貴族は、時にその筋を保つために人を持つことがあると……。

なるほど、アスルの前は王族……貴族中の貴族である。

そのことを思えば、複數のをし囲うことを考えていたとしても不思議はなく、むしろ、それが當たり前という価値観を持っているのかもしれなかった。

と、なれば……。

と、なれば、だ……。

自分のことを、人……いや、側室とか妾(めかけ)と言うのだったか……？

ともかく、そういう存在に據えようと考えていたとておかしくないではないか！

考えてもみればエンテとてエルフのお姫様と呼べる存在であり、外……というのは難しくてよく分からないが、ともかく結びつきを強めるために婚姻したとしてもおかしくはない。

「すぅー……はぁ……」

気を落ち著けるために、深呼吸する。

アスルはそんな自分を、目を細めながら見つめていた。

まるで、心中の全てが見かされているようで、水著姿を見られた時よりも恥ずかしくなるが……。

またまた意を決して、問いかける。

「じゃ、じゃあさ。

その……二人が結婚するのって、アリだと思うか……？」

その質問に、アスルは深くうなずきながら力強く答えたのだ。

「ああ！　大アリだ！」

「――ッ!?」

その言葉に、自覚できるほど真っ赤になった両頬を押さえてしまった。