《【最終章開始!】 ベイビーアサルト ~撃墜王の僕と、醫見習いの君と、空飛ぶ戦艦の醫務室。僕ら中學生16人が「救國の英雄 栄のラポルト16」と呼ばれるまで~》第4話 右手Ⅰ③
華奢な上腕が、するすると僕の背中にびている。その手は、僕の肩をとらえると、また、ちょうどいい合に肘で僕の頸椎をけ止める枕を作った。
「上手だね。もしかしてこういうのって、慣れてる?」
素直にそう思った。ちゃんと姿勢を作りながら、僕の右肩と彼の間には、ギリギリ空間が作られている。
「うん、まあそうだね。親戚の家とか行った時に、姪っ子たちの面倒みて、よくやらされてたから。慣れてる、のかな? 児のお世話」
視線を上 ――――に向けて、思い出す仕草をする。
「‥‥中には、わたしをお母さんと間違える子もいて」
「やっぱり。上手だったんだね」
言いながら口もとにスプーンが來たので、タイミングよく口にれた。彼は、褒められて気を良くしたのか。
「それでね。あのね。お母さんのすぐ下の叔母さんとこの子なんかね」
うんうん、しゃべれないから目で返事をする。
「わたしのことお母さんと勘違いして、わたしのおっぱい吸おうとするんだよ? うふふ」
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「‥‥‥‥ぶほあ」
「あ‥‥‥‥ごめん。今のはわたしが悪いよね‥‥‥‥」
とりあえず、逢初さんが天然だということはこれで確定した。警戒してたのに不意打ちしてくんなこの子。見えない角度からパンチを飛ばすタイプだ。
「咲見くん。ひとつ提案なんだけど」
僕が吹いたミルクを拭き取りながら、彼の方から話しかけてきた。助かった。もうどうにもリアクション出來なくて、寢たふりでもしようかと思ってたから。
「あのね。やっぱり前かけ作ります。よだれかけ。この頻度でパイロットスーツ汚してたら、不効率だよね。あと」
あれ? 提案ひとつじゃ? ま、いいか。
「ミルク飲んでる時にわたしが話しかけた時のお返事。YES,いいね、そう思う、の時はウインクして。NO,良くない、違う、の時は眉をしかめてみて。それで、會話しましょう」
不思議な娘だな。ミルク飲んでる時まで會話する必要あるか? と疑問が浮かんだけど、いいや。飲んでる時はタイミング合わせるから、喋りかけづらいし。
「うん、いいよ。あ、でもウインクは何かなあ、代わりに両目を閉じるよ」
そう返した。
それから、僕はまた彼に抱(いだ)かれるようにして、スプーンを口に運んだ。
「咲見くんは、やっぱり結婚とかするんだよね。將來」
彼は薄目を開けたまま、僕に問いかけてきた。僕はゆっくりと両目を閉じる。
「うん、そうだよね。『結婚しなさい』って同調圧力すごいもんね」
両目を閉じる。彼は笑ってみせた。僕にはそれが作り笑いに見えたのだけれど、なにぶん彼とのつきあいは短い。そう見えただけかもしれない。
「じゃあ、將來、咲見くんの奧さんになる人たちには、ぜひ、優しくしてあげてね」
逢初さんはそう言って、もう一度同じように笑った。
*****
「寢ちゃったかあ」
わたし、逢初(あいぞめ)依(えい)は、スプーンを暖斗(はると)くんの口から離した。背中に回していた腕を、そっと抜きとる。
「あ、そうだっだ」
ポケットからスマホを取り出して、暖斗くんに向けた。
「ふふ、なにこれ。本の赤ちゃんみたい」
彼の寢顔は、無防備で、無垢だった。確かに、赤ちゃんぽいと言えば赤ちゃんぽい。
「初陣で、きっとすごく張したんだよね。プレッシャーもあったんだよね」
溫かいタオルで、そっと暖斗くんの寢顔をぬぐった。
艦長の子(こごい)莉(ひかり)さんからは、何か異常がないか、気が付く事があったら、と心配の聲をもらっていた。ドローンで暖斗と一緒に戦った麻妃(まき)ちゃんも、馴染みを気にかけていた。
「モテモテじゃないの。咲見くん。んな子に、心配してもらって」
正直、麻妃ちゃんの存在は心強い。あの2人は、本當に兄弟の様だし、何より麻妃ちゃんが暖斗くんに対して、何でも意見を言える空気なのが良い。きっと、彼に相談すれば、困ることは無いんじゃないかなあ。
「う~ん。今どき珍しい男の子だよね。馴染みとはいえ、あんなに子に対して高圧的に接しないなんて。おかげで、わたしも普通に話しかけられるし」
もう一度、わたしは暖斗くんの寢顔を見直す。
そういえば、こうして自分が顔を近づけるたびに、彼は、困ったような表をして、首を引っこめていた。そうか、わたしは、小児や高齢者の患者様と話す機會が多いから、このくらい顔を近づけるのが普通だけど。
同世代の男子からしたら、近すぎてびっくりするよね。やっぱり。
「ふふ、本當に、赤ちゃん、みたい」
彼のに、そっと手をのせてみた。暖斗くんの溫と、呼吸のきが伝わってくる。わたしは無意識に、こんなことをつぶやいていた。
「あなたは、わたしの、べびたんになってくれるのかしら?」
*****
「さて、わたしの艦醫療の初陣も、とりあえず終了ね~」
PCに報告書を打ち込んだ所で、わたしは席を立った。両腕を上へ上げてをばしてから、暖斗くんに夏掛けをかけようとした、その時に。
「?」
わたしは、あることに気がついた。
「これは‥‥‥‥?」
暖斗くんの『右手』が、微かに、微かにだけど、震えていた。
思わず、わたしは、両手で暖斗くんの右手を包んでいた。
この人は‥‥‥‥!
「今日は大変だったね。咲見くん。‥‥‥そうだよね。本の軍の人も居なくて、大人ですら、1人も居なくて。何かあっても、この中學生16人でやらなきゃならないんだもんね。プレッシャーだったよね。苦しかったよね‥‥‥‥わたし、気づいてあげられなくて、ごめんね」
わたしはそのまま、彼の右手をずっと包んでいた。
※ やっぱりだ。やっぱり逢初さんいい子や! というそこのアナタ!!
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