《【書籍化決定!】最強スキル持ちは、薬草採取しかできない》03 ギルドマスターの誤謬【ギズドーン視點】

冒険者ギルドのギルドマスター、その名をギズドーンといった。

ギルドマスターの経歴は大きく二種類に分けられ、第一線の冒険者が引退してサポート側に就くか、ギルド職員が昇格という形でトップに立つか。

ギズドーンは職員出ギルドマスターであった。

現場を知らず、命を張ったも知らない職員畑のトップは現実を見誤ると疎まれる。

その反面、現場組だけに権力を握られ暴走することがないようにと政務財務をよく知る職員型ギルドマスターは必要だとされていた。

ギズドーンにもそうした立ち回りを要求されギルドマスターに任ぜられた一人ではあったが、しかし務方なら誰でも冒険的な行を慎むかといえば、そうとも言い切れないのだった。

「オレ様には夢があるのだ!!」

ギズドーン冒険者ギルドマスターは、瞳に年のような輝きを宿らせて言う。

今年で四十七歳であった。

「オレ様が支配する冒険者ギルドをな、他の街のギルドより遙かに優れた最高最強のギルドにすることだ。世界でもっとも優れた冒険者ギルドといえばオレ様のギルドが最初に挙がる! 伝説の魔や未踏破ダンジョンも、我がギルド所屬の冒険者が討ち果たすのだ! オレ様は最強ギルドの創始者として歴史に名を刻むだろう! グハハハハハハ!」

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その癡れ言を目前にして『コイツ、シラフで言ってんのか?』と思うのはギルド付嬢のヘリシナ。

はつい先ほどの出來事から非常に機嫌が悪く、他人の妄想に付き合っている神的余裕など頭ない。

なのですぐさま用件を切り出す。

「そんなことよりエピクくんの除籍を撤回してください。ギルドマスターにそんな権限はないはずです」

冒険者ギルドの規定は、世界各都市のギルドを統括する理事會によって厳しく定められている。

ギルドマスターによって冒険者の登録を抹消することは可能ではあるが、それはあくまで問題のある冒険者に対してであり、しかもそれはギルドもしくは社會に対して大きな背信行為を行った者……それこそ犯罪者にしか適応されない。

いかに能力が足りないからと言って、そんな理由で冒険者を強制追放などできるはずがないし、仮にできたとしても當人の了解なく一方的な登録抹消を行った場合、その報告を理由も添えて、ギルド理事會に屆け出さなければならない。

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それが理事會側で認可されて、初めて抹消は正式なものになる。

組織のトップに立ったとしても、勝手好き放題できるようなシステムにはなっていないのだ斷じて。

「エピクくんは、もっとも簡単なクエストといえども日々薬草採取をこなして失敗したことはありません。クエストに従事する態度は実直で、期限と規約を守り、無論犯罪歴もありません。つまりギルドを追い出される理由などまったくないってことです!」

「だからどうした? 済んだ話じゃ」

「まったく済んでいません! 彼の登録を抹消するからには、當然その旨をギルド理事會に報告しなければでしょう! 何の瑕疵もないエピクくんの抹消を理事會側が認めると思いますか!?」

「報告の必要などない。すべては我がギルドの事じゃ」

そんな勝手な言い分が通じると思っているのか。

本當に理事會に報告もなくエピクの冒険者登録を抹消したら、ギルド規定に明確に違反したのは他でもないギルドマスター自になり処罰は免れない。

そのことをこの中年が理解しているとは、付嬢ヘリシナには思えなかった。

「いいかヘリシナくん? 一介の付嬢風がギルドマスターに盾突く、その不敬は罪深く即時解雇に値するが、キミのその貌に免じてオレ様が広い心で許してやっていることを理解してくれないと困るぞ?」

そう言ってギルドマスターが送ってくる好な視線に、ヘリシナは心底から気持ち悪さを覚えた。

「その上でキミの主張に答えるとだ。オレ様の高邁な思想によってこのギルドをよりよいものへと変えたい。エピクのクズはその理想を邪魔するものだ。あんなに弱くて向上心のないバカがいてはオレ様の目指す最強ギルドは完しない。だから排除した。當然のことではないか?」

スキルも持たず無能で弱い。

だからこそ昇級もできず萬年最下等のF級冒険者としてくすぶり続けてきた。

冒険者エピクに対するギルドマスターのイメージは概ねそんなものであった。

そんな半人前は、自分の作る最強ギルドにはまったく相応しくない。

自分に飼われるならば、たとえば現狀ギルド最強のガツィーブのように『切斷強化』『腳力向上』といった有用なスキルの複數持ちでなくてはならない。

そうなってこそ自分に認められる資格があるのだとギルドマスターは信じて疑わなかった。

彼の最強ギルドに籍を置く資格が。

「最強ギルドなど……そんなものを目指しているのはマスターだけです。自分勝手な理想に他人を巻き込まないでください」

「ふん、高邁な理想が凡人に理解されないのはよくあることだ。理解できないなら、せめてオレ様の有用な駒でいるよう心掛けるのだな。そうでなければお前もすぐに解雇してやるぞ」

無論それにも、理事會への報告義務が生じるのだが。

自分に都合の悪いことはとにかくなかったことにするか、見ることも聞くこともしないギルドマスターであった。

そのことに付嬢ヘリシナは深い失を覚えた。

できることなら一刻も早くエピクの正當な権利を回復させてあげたいと思っていたが、それもすぐには不可能だと認めざるを得ないのだから。

ならばと切り口を変えて、間接的にでもエピクの救済を目指す。

「ではまず、目の前の問題をどうにかしていただきたいですね」

「問題? そんなものがあるのか? クズを追い出して今まさに問題が減ったところではないか?」

コイツはやっぱりわかっていなかった。

ギルドマスターの不見識と暢気さに、改めて腸煮えくり返るヘリシナだった。

「クエストのことです。薬師協會から発注された薬草採取、これからどうしていくつもりですか? エピクくんがいなくなれば、このクエストをけてくれる冒険者は他にいませんよ?」

「はあ!?」

真実を告げたギルドマスターの反応は、概ねヘリシナの予想通りのものだった。

意外さからあんぐり大口開けている。

「何をバカな? 他にいくらでもいるだろう? ったばかりの新人どもにでもやらせておけ!」

「たしかに新人はいますが、誰も薬草採取をやりたがりません。報酬も安くて地味、本の冒険者がやることではないと……」

そうした風がギルドに蔓延している。

明らかな問題ではあったが、一その間違った認識はどこを病原として広まっているのか。

そんな中でもクエストを選り好みせず、地味な薬草採取でも進んで引きけてくれたエピクは救いだった。

その彼の誠実さに頼りすぎていた、と今ではヘリシナもまた反省している。

「今ギルドにいる冒険者は誰もが皆、派手な討伐クエストしかけようとしません。兇悪なモンスターを倒し、実力をアピールしなければ名が上がらないと」

だから薬草採取クエストなど地味で名聲の伴わないクエストはけるだけ時間の無駄。

そういってエピク以外の誰もけないのが現狀だった。

ける者がいないクエストは達しようがありません。しかし一旦注したクエストを履行不可能となったら、ギルドの落ち度になります。それはギルドのトップであるギルドマスターの落ち度です」

「そんなバカな! オレ様に落ち度などありえん!!」

「エピクくんの屆けてくれた薬草があれば達できたんですがね。それもギルドマスターが踏みつけて臺無しにしてしまいましたし」

「オレ様は関係ない!!」

見た目通りの自尊心で、ギルドマスターは自分の不手際を絶対認めようとしない。

そしてそれは付嬢ヘリシナの思通りだった。

「ならばエピクくんは呼び戻さなければいけませんね。薬草採取を引きけてくれるのは彼だけなんですから。彼に頭を下げて戻ってくるようにお願いしなければ」

「あんなクズに頭を下げるだと!? どうしてそのようなことをしなければいかん! オレ様のプライドが許さんぞ!」

お前のプライドなど知ったことではない。

と言いたいところであったがヘリシナは飲み込んだ。

どちらにしろ一旦注したクエストを不履行となればギルドの看板に傷がつく。

それは『最強ギルド』などという妄想に酔いしれるギルドマスターには耐えがたいことだろう。

「あるいは、現在所屬している冒険者たちにクエストを強制しますか? 急措置としてそういうシステムはありますが、間違いなく冒険者たちからの反を買いますよ?」

それ以前にクエストの強制執行は、ギルドやギルドが所屬する都市の存亡が関わるような事態に一丸となって対処するための措置で、そんな急システムを薬草採取などに適用することこそ前代未聞。

本當に実行したとなったら、他都市の冒険者ギルドから笑いものとなるだろう。

それもまた、このギルドマスターの自尊心をズタズタにするに違いない。

彼がその個人的なプライドを守り抜くには、やはりエピクに頼る以外なかった。

もちろんそれすらギルドマスターには面白くないに違いない。それでも彼の自尊心にとってもっとも淺い傷で済むのはエピクに頭を下げることだった。

不本意でももっとも賢明な判斷を下すだろう、……と思うヘリシナの考えは淺かった。

何よりも自分自のことしか考えない人間が、どんな常軌を逸した判斷を下すか、予想しきれなかった。

「……最初からなかった」

「はい?」

「薬草採取クエストは最初から注していなかった。そうすればクエストの不履行にもならないし、ギルドにも損害はない! そうだ、そうしよう! 我ながら極上のアイデアだ!!」

「何を言っているんですか!?」

『バカかコイツ!?』という絶まで出かかったヘリシナ。

いっそ本當に言ってやればよかったとさえ思う。

「クエスト契約はしっかりわされてるんです! それを今さらなかったことなんてできませんよ! 向こうも契約書の控えを持っているんですから訴えられたら確実に負けますよ!」

「それを何とかするのがお前らの仕事だろう!? いちいちオレ様を煩わせるな! まったくこれだから指示待ち人間は使えんのだ!」

「何をバカな……!?」

あまりのメチャクチャに絶句したヘリシナだが、そのまま黙り込んでいるわけにもいかない。

「薬草採取クエストの発注者である薬師協會は、常態的に毎日クエスト発注しているんですよ! 彼らが何のために薬草を求めているか考えてください! 薬を作るためなんですよ!」

そのために薬師協會はいついかなる時も薬材を必要としている。

直近のクエストを誤魔化しても翌日翌々日もずっと発注は來るのだ。

しかしギルドで薬草採取クエストをけてくれるのは、エピクしかいなかった。

その場凌ぎなど打開策にはならない。

「そっ、それなら薬草採取クエストは金注せん! 二度とけん! それで完璧じゃあ!!」

「なッ!」

「決まったことを何度も言わせるな! オレ様の冒険者ギルドでは薬草採取のクエストは絶対けん! 職員に徹底させておけ!」

無論このような暴挙が通じるわけもなく、ギルドマスターは後日苦しい立場に立たされることとなる。

しかしながらそれは彼の破滅的な未來の端緒に過ぎないのであった。

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