《【書籍化決定!】最強スキル持ちは、薬草採取しかできない》09 ギルドマスターの誤算【ギズドーン視點】

冒険者ギルドマスター、ギズドーンは臍を噛んでいた。

まさか薬草採取があれほどの金になっていたとは。

毎日必ず金貨四枚、たかだか薬草ごときを納するだけで懐にってくる。しかも最底辺のF級冒険者に支払うのは々銅貨十數枚程度でよい。

先代ギルドマスターが作った仕組みのようだが、ここまでボロ儲けする仕組みがあったのかと心するほどだった。

「こんなことならあのクズを辭めさせても雑草集めだけはさせるべきじゃったわい」

しかしそれも彼自によってご破算になってしまっている。

彼が追い出したF級冒険者エピクはもう冒険者ギルドにおらず、二度と戻ってくることはないのだから。

しかしギズドーンはそれほど深刻ではなかった。

あんなクズの代わりなど探せばいくらでもいる。ソイツに薬草集めの雑用を押し付ければ、再び濡れ手に粟の大儲けができる。

「オレ様が歴史に殘る大英雄になるためにも先立つものはいるからのう……!」

生まれながらにして英雄願の強い男だった。

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運よくギルドマスターの役職に就いた彼は、みずからの所有たる冒険者ギルドが世界一となることで、その願を満たそうとしている。

「マスター、面會の時間が迫っています」

「今日は誰がご機嫌伺いにくるのじゃったかな?」

ギルド職員からの連絡に、得意げとなって応えるギルドマスター。

偉い彼の下には誰もがびへつらい會いにくると思っていた。

しかし訪問者の名を聞き、さすがの能天気な彼も顔をしかめざるを得なかった。

今日、面會に來たのは薬師協會の協會長だったからである。

厚顔なギルドマスターであっても今、薬師協會長と顔を合わすのは気まずかった。

一方的に契約を破り、薬草採取クエストを永劫注拒否している。

相手の怒りは窺うまでもない。

立場が下のギルド職員にならば強行に黙らせることもできた。しかし相手が協會長ともなれば同格。

また一方的な約束破りをしている分こちらの立場が弱いということは、いかに傲慢不遜のギルドマスターでも自覚せざるを得なかった。

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悪戯を叱られる子どものような気分でギルドマスターは、面會相手と相対する。

「このたびは我々のために時間を取っていただきありがとうございます」

そうでもなかった。

実際に顔を合わせてみた薬師協會長は、意外にも朗らかな笑顔でおべっかなど使ってくる。

この街の薬師協會長は、三十代の若さで組織のトップに立ったというやり手。

四十代の半ばも過ぎてようやくギルドマスターになった者としては面白くない相手だったが、そんな新進気鋭が自分にびへつらっていると思えばなかなかによい気分だった。

「こちらこそ、わざわざ足を運んでもらい悪かったのう。まあ楽にするといい」

ここは年上の貫録を見せてやろうと鷹揚に振舞う。

「用件は予想がついておる。薬草採取クエストじゃろう?」

いい気になった挙句に、切り出しにくかった用件を自分から切り出しに行くほどだった。

薬師協會は、薬草採取クエストの打ち切りに怒り心頭のはずであり、今日こうして直接會いに來たのはその抗議に違いない。

しかし協會長の溫和な態度を見るに、そこまで深刻な話でもないかとギルドマスターは都合よく解釈した。

あるいは、この有能たる自分の態度に気圧され、勘気を解いたか。

「クックック……、人のある者は得じゃのう……!」

ギルドマスターは相手に聞こえない小聲でほくそ笑んだ。

「何か?」

「いえいえ、キミらにも迷をかけて済まぬことじゃのう。……何と言うか、長年キミら発注のクエストを任せていた冒険者が……そう、突然勝手に辭めおってのう」

「ほう、突然勝手に?」

「そうそう、こちらとしても『突然は困る』と散々留したんじゃが、聞きれられずにのう。いや、ヤツの落ち度がキミらにまで迷をかけて、大変申し訳なく思っておるよ」

無論ウソであった。

現狀たった一人薬草採取を引きけてくれる冒険者エピクはギルドから追放されたのであり、その主導者は他でもないギルドマスター本人。

しかしながらできる限り責任を回避しようという狡さが、もはやここにはいないエピク一人に全責任を被せようという向きへと働いた。

無論、彼は知らない。

彼の下から去ったエピクがどこにいて、誰の庇護をけているかなど。

「ということでクエスト注は一旦停止してあるのじゃがな。だが心配はいらん、今代わりとなる擔當冒険者を探しておる最中じゃ。明日にでも勢復舊することじゃろうて、それまでは辛抱いただきたい」

「辛抱ですか……」

相手が下手に出てきたことで、すっかり思い通りになると思い込んでいたギルドマスター。

しかしそれは自分勝手な解釈に過ぎないと思い知ることになる。

「その辛抱とは、誰がすればいいのですか?」

「え? それは、あの……!?」

「我が薬師協會は、薬を作ることを生業としている。日々多くの患者が、我々の作る薬を求めているのです。材料が屆かなければ、薬も作れない。病気や怪我に苦しめられる人々にも辛抱しろとアナタは仰る?」

「いや、そういうわけではなく……!?」

さすがのギルドマスターも『そうじゃ』とは言えず、しどろもどろになる。

「ですが心配はいりません」

言葉に棘を出し始めた薬師協會長が、すぐさま引っ込める。

「すべての責任を冒険者ギルドさんにだけ負わせるわけにもいきませんのでね。ことが起きてから今日まで、當方でも解決の糸口はないかと試行錯誤していたのですよ」

「ほう?」

「その結果、我々獨自の薬草手ルートを確立できました。今日はそのことを報告いたしたく、こうして伺ったのですよ」

「ほうほう! それはいい報告ですなあ!」

事態が改善したなら自分の負う責任も自然軽くなる。

それだけで短絡的に喜ぶギルドマスター、しかしそのあとに続く宣言をまったく予想していなかった。

「ですので、冒険者ギルドに薬草採取を発注することも今後ありません」

「はッ!?」

「ヒトの話を聞いていたのですか? 我々は獨自の手ルートを確立した。これからはそこから薬剤を仕れればいい。つまりアナタたちはもういらないということですよ」

その通告にギルドマスターはたじろぐ。

薬草採取クエストの旨味は、エピクを追放したあとに気づけた。たかだか最下級冒険者を働かせるだけで日に金貨四枚儲かる。

そんな味しい儲け話を知ったからには手放せない。

一日でも早く復興させ、再び暴利を得たいというのは本心だった。

しかしそのための道は今や向こうから斷たれようとしている。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!? 冒険者ギルドとの取引を切っていいのかね!? 我々は、この街から認められた……!?」

「このような突発的な停止があったからにはリスク回避を模索するのは當然です。アナタ方は信用を失った、その意味がちゃんとわかっていないようですね」

薬師協會長からの底冷えするような聲がギルドマスターを震わせた。

すべてが水に流されたなど錯覚でしかない、ということに今さらながらに気づく。

「ああ、ついでながら申しますが、ウチから発注しているモンスター素材の納クエスト、あれもすべて取り下げることにしました。今後も発注することはありませんので、そのつもりで」

「はあぁッ!?」

ただでさえショックの大きいギルドマスターにさらなる衝撃が襲う。

薬師協會は『薬の材料になる』ということで薬草ばかりでなくモンスター素材のいくばくかも納するようにクエスト発注している。

それがすべてなくなるとすれば損害は甚大だった。

『薬師協會は、鍛冶師組合に次ぐ冒険者ギルドの上得意先なのだ』というギルド職員の誰かの言葉が思い出された。

「な、何故じゃ!? まさか貴様ら、冒険者ギルドとことをかまえるつもりか!?」

「まさかとんでもない。先ほども言ったでしょう新しい手ルートを確立したと。そのルートからモンスター素材も手にるのでね。アナタ方にお願いする必要がなくなったというだけですよ」

「じょ、冗談じゃないぞ!?」

薬師協會との取引が完全になくなれば、ギルドの儲けはどれだけ減るのか。

得するならばいくらでもいいが、損をするのは一銭たりとも我慢できない格のギルドマスターは憤慨した。

「な、何だその新しいルートというのは!? 冒険者ギルドの職域を侵してけしからん! 詳しく教えろ!?」

「とんでもない、企業ですよ」

そう簡単に手札を明かさない薬師協會長こそ曲者であった。

三十代の若さで組織のトップに立った男の手腕がる。

「ですが先に言ったように冒険者ギルドと対立するつもりなど頭ないということはご理解ください。我々の作るポーション、栄養剤、狀態回復薬などをもっとも買ってくれるのは他ならぬ冒険者さんたちですからね。お得意様は逃したくないですよ」

「ぐぬぅ……!?」

それは裏を返せば『やる気なら、お前らに売ってやっている薬品いつでも販売停止にしてやれるぞ?』という脅し文句でもあった。

危険地帯にるために回復用の消耗品は必須。それが斷たれれば冒険者ギルドの方が遙かに早く干上がる。

それぐらいは察することのできるギルドマスターであった。

「私からの話はこれだけです。いや、最後にもう一つ。アナタ方が拒否した薬草採取クエストだが、まだ発注されていない分はいいとしても、既に注した分の途中破棄は契約不履行以外の何者でもない」

ポンと肩に置かれる手。

それが首筋に刃を添えられているようだとギルドマスターにはじられた。

「その件は裁判でじっくり話し合うとしましょう。契約書はこっちにあるんだからな。互いにもっとも有利な結論を一緒に探そうじゃあないか」

相手は何も水に流してなどいない、むしろ徹底的にやり合うつもりだと、その時初めてギルドマスターは気づいた。

『大口契約相手とトラブった無能』。

そのレッテルを回避することはもはや葉わぬだろう。

世界最高ギルドを築き上げた英雄となるはずの自分が、その理想から遠ざかっていることを実するギルドマスターであった。

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