《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》そんな起こし方ある??
「……大丈夫かな……」
私の顔は今きっと真っ青だと思う。腕を組んで見下ろす先には、人形のように整った、けれども顔が悪い男が橫になっていた。
寢息は聞こえる。だがしかし、昨晩最後にみた格好とまるで同じ姿のまま今日を迎えている。
時刻はすでに晝12時。昨夜は確かに午前2時に寢付いたから遅かったけど、それでももう10時間は寢ている。
私は朝方目覚め、(慣れないベッドに睡できなかったのもある)まあ男が目覚めるまで待ってようと気長に考え、一人近くにあったコンビニまで出向き歯ブラシなどを購して支度は簡単に整えたりしてた。
退屈という最大の敵と闘いつつ、時計は気がつけば晝。さすがに起こしてやろう、と思い立ったのだ。
ソファで足をはみ出したまま寢る彼は布一枚もかけることなく睡していた。その肩にトントンと手を置き、「もうお晝ですよ」と聲を掛けたのだ。
ところが、である。
この男、眉ひとつかさない。
もうし力を強くして肩を叩いてみたが結果は同じだった。し苛立っていた自分は更に強く、更に強くと力をれて加えて最終的には彼の肩を大きく揺さぶるまで発展したものの、やつは起きないのだ。
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苛立ちを超えて恐怖が訪れた。もしや、なんか病気?脳に異常が生じたのだろうか。
そう考えれば焦ってきた。強く揺さぶるのもよくないよな、瞼を無理に開けてみたり冷水で冷やした手でおでこにれたりしたけど、ノーリアクション。私、死人と一晩過ごしたのかしら。
いやいやだから息はしてる。でも起きない、これはやばい、救急車を呼ぶべきか!
急に怖くなってきた私はオロオロとその場に立ち盡くした。救急車にしても自分は攜帯を持っていない、この人のは?勝手に探していいかな、いや他のテナントに駆け込んで電話を借りようか。それが1番だ、そうしよう!
私が決意して事務所から出ようと出口に手を掛けた瞬間だった。
れていないその扉がガチャリと開かれたのである。
「うわっっ!!」
んだのは私ではなかった。目の前にいた若い男の人が目を丸くして飛び跳ねたのだ。
「びっくりした!ど、どちら様で!?」
男の人は20歳前後だろうか。あどけない顔立ちは學生くらいにも見える。茶のモッズコートを著、手にはコンビニの袋をぶら下げていた。
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黒髪に丸顔。あの能面な男と違って、表かそうな人だった。
「あ、すみません……!私黒島と言います。えと、こちらの方ですか?」
「は、はいそうですけど」
「あの、男の方が起こしても全然起きなくて……揺さぶっても、本當に!何かの病気かもしれません、救急車を呼んでいただけますか!?」
焦って言う私の顔を見て、彼はきょとんとした。そして部屋の中を覗き込む。
ソファに寢そべる男を見、ああ〜と納得したように肯いた。
「えーと、ちょっと待ってくださいね〜」
「え?」
ニコニコしながら私にそう告げると、中へり持っていた袋をガラスのテーブルに置いた。そしてそれをゴソゴソと漁り、中から出てきたのはポッキーだった。
封を開けて一本取り出すと、なんとそれを寢ている彼の口にずいっと突っ込んだのだ。
「!!?」
そして耳に口を近づけると、部屋が揺れるんじゃないと言うほどのボリュームでんだ。
「九條さーーーーん!!朝でーーす!!」
あんな起こされ方をしたら私ならブチ切れる。でも、九條と呼ばれた男はその聲に対して、ただゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした目のが、寢ぼけていることを語っている。
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そして彼は突っ込まれたポッキーを、もぐもぐとしずつかじったのだ。
大聲を出した男はふうと息をついて困ったようにこちらを見た。やはり、犬のように人懐こい笑顔だった。
「こうしなきゃ起きないんですよ」
「は、はあ…」
「ほら、九條さん、相談者さん來てますからどいてください。もう〜晝ですよー?」
九條という人は素直に立ち上がり、頭をかきながらデスクのほうに移し、ダルそうに椅子に腰掛けてぐるりと回転した。
「さ、お待たせしました。どうぞこちらへ!」
ニコニコとソファを指差され戸う。
「あ、あ、いや私は…」
「すみませんね〜九條さんほんと寢起き悪くて。一日中寢てることもあるくらいで。どうぞどうぞー!」
どうやら私は來客と勘違いされているらしかった。さてどう説明しようか困っていると、寢起きの聲で九條さんがようやく聲を発した。
「伊藤さん。その人は客ではないです」
「へ?」
「今日からここで働く黒島さんです。よろしく。」
九條さんはデスクの上に置いてあったポッキーを取り出してまた食べている。だらしなく椅子にもたれてどこかぼんやりと天井を見上げていた。
伊藤さん……と呼ばれた男は驚いて九條さんに詰め寄った。
「ええっ、僕聞いてませんけど!」
「ええ今言いましたから」
「なんで急にそんなことに!?昨日の今日で、こんなの子!」
「拾ってきました」
飄々と言い放つその姿にむっとした。拾ってきた、って何よその言い方。確かについてきたのは私だけど、人を犬や貓みたいな言い方しないでほしい。
「私働くなんて言ってません。ここが何の事務所かも聞いてませんし、あなたが九條っていう名前だということすら今知りました」
語尾を強くして言う。伊藤さんが私の様子に気づいたようで慌てふためく。それでも九條という男は何も気にしないようにポッキーばかり食べていた。
「お話を聞かせてもらう、という約束でした。働くかは私が決めます」
「………」
しんとした沈黙に、ポッキーのかじる音だけが響く。伊藤さんは困ったように立ち盡くしていた。
九條さんは表を変えずに言う。
「見かけによらず気が強そうですね」
「普通です」
「いえ、確かにそうでしたね。失禮しました」
九條さんは半分ほどになったポッキーを一気に口に頬張ると、私の方を向き直った。
「九條尚久《くじょうなおひさ》といいます。単刀直にいいますと、この事務所は心霊調査事務所です」
「……し…」
「大想像ついてたでしょう?」
彼は無表で言い放った。
確かに、私のこの能力を活かせる仕事、と言われればそんなじかなとは頭をよぎった。
この人も……どうやら見えるらしいし……
だがしかし、一言で調査と言っても。響きは怪しすぎるし、何を調査するっていうんだ。
「調査、って言いますと、的にどんな…」
「世の中には怪奇な現象に悩む方々は多くいます。そんな依頼をけて調査し、原因を追及、現象の改善に努める仕事です」
「…ん??」
「つまりは『見えざるもの』が起こしている現象を止めることが目的です」
怪奇現象を止めるってことはつまり。
あの者たちを仏させるということ?
ちょっと待ってしい。調査とか言ってるけど、俗に言う霊師ってこと?
私はすっと冷靜になる。そして小さく息を吐き、視線を落とした。
「黒島さんのように視える方は希なので。適材適所かと」
「無理です」
小さく斷言した。
九條さんはまた袋からポッキーを取り出す。好きすぎだろ、ポッキー。
「……私は確かにその、普通の方が見えないようなものが視えます。でも、視えるだけなんです。除霊とか、結界はるとか、そんなプロなことは一切出來ません。ですからお役に立てないと思います。……ありがとうございました。お話だけでも聞けてよかったです」
もし私に祓うような力があったなら、これまでの人生ここまで悩まなかったかもしれない。
この力を活かして金儲けでも企むような強い人間になれたかもしれない。
しかし生憎私はただ視えるのみ。れない、話せない。そんな私が働けるわけがない。
私は一禮して踵を返した。同じように視える人に出會えたのは嬉しかったけど、私は彼のようには生きられない、違うタイプの人間なのだと思い知ったのだ。
「私も祓えませんよ」
一歩足を踏み出したところで、背後からそんな聲が響いた。
「……え?」
「私も。祓うなんて出來ませんよ。」
「……は」
振り返って見た奴の顔は、またしイラッとさせられるほどやる気のない姿勢でポッキーを頬張る顔だった。
「え、でも」
「除霊などする能力ありません。そう言った特殊な能力を持つ人間はほんの一握りですよ。」
「でもじゃあ、どうやって怪奇現象を止めるって言うんです?」
「あなたは見えざるものたちを鎮める方法は除霊しかないと思ってるのですか」
「え…だって、それがオーソドックスな形じゃ」
「まず第一に除霊と浄霊の違いはご存知で?」
私は小さく首を振る。九條さんはしだけ呆れたように首を傾げた。
「いいですか。除霊は霊を払い除ける行為で、つまりは霊自はまだ存在しているのです。なので除霊後再び同じ霊に取り憑かれるパターンも多くあります。
次に浄霊は、わかりやすく言えばしがらみや念などを浄化させて仏、もしくは無害な霊にさせることをいいます。」
「……そう、なんですか……」
「どちらも難易度は高い行為です。ですがあえてこの事務所が行なっていることを當てはめるなら後者……つまりは浄霊」
響きが似ている。し混してきた。
九條さんは椅子を遊ぶようにくるりと回転させ、考えるように天井を見上げた。
「怪奇な現象を起こすほどの霊たちは大概強い念を持って止まっています。その念の原因を探ることが第一。」
「でも私、霊と會話とかはできませんよ…ほんとにみえるだけで」
「黒島さん。屋上でみたのは、どんな人でしたか」
突然聞かれてうっと思い出してしまう。昨晩見たあのの姿が目の前に浮かんだ。
「え、どんなって……普通のの人でしたよね……セミロングの黒髪で、ジーンズとTシャツ著てた……」
私が言うと、空を仰いでいた九條さんが急にこちらを向いた。鋭い視線に、ついが鳴る。
真剣な顔をしてると、ほんと俳優みたいな顔面なのだこの人。ってそれどころじゃない。
「黒島さん。私はみえません」
「は?でもあの時指差して」
「詳しく言えばハッキリとはみえない、です。黒い塊がぼんやりとみえるんです。なんとなくシルエットで男の違いが分かる程度。あとはオーラで危険かそうではないかを判別できますが」
「へぇ…そういうみえかたもあるんですか…」
「あと聲が聞こえます。會話とは中々行きませんがね。」
「なるほど」
「なのであなたのようにしっかり視える方の力がしかったのです。視えるあなた、聞こえる私。合わせれば今まで以上に作業は円化する」
「え、でも伊藤さんは…」
私は近くにいる伊藤さんを指差す。こんなところで働いてるのだから、彼だって能力を持ってるのでは。
しかし伊藤さんはニコニコしながら首を振った。
「あ、僕全然だから!」
「え、そうなんですか?」
「伊藤さんはエサです」
「エサ?」
「あとはこの事務所の経理や來客の相手、掃除などが主な仕事です。」
エサについて突っ込みたかったが、九條さんは私が話す隙も與えず続けてしまう。
「し働いてみませんか、黒島さん。どうせもう全て終わりにしようと決意したくらいなら、しくらい試してみてもいいのでは」
「………」
私は目線を泳がせた。正直言って、あの見えざる者たちとはなるべく関わりたくない。どんな事をするのか的にはイマイチ分からないし、この九條という男だってどことなく摑めなくて苦手だ。
ここではいと言っても大丈夫なんだろうか。
……確かに、……もう死ぬつもりだったけど…
死ぬ気になれば何でもできる、って、よく聞くけどさ。
(……お母さん……)
今は亡き、あの笑顔が目に浮かぶ
「……分かりました。しだけ、働いてみることにします」
私がそう返答しても、九條さんは表を変えなかった。しだけ頷いて頭を掻く。
「ではお願いします。ああ、伊藤さん。黒島さんは今住む場所がないので、この事務所で寢泊まりしてもらいます」
「!? ここでですか!?」
「はいベッドがあるでしょう」
伊藤さんは信じられない、とばかりに目を丸くして九條さんに詰め寄った。
「あんな仮眠用のベッドで!?」
「はい」
「そもそも九條さんだってよくここで寢てるじゃないですか!」
「私は昨日のようにソファで」
「の子! 黒島さんの子なんですよ!」
「はあ、何か問題でも?」
「もも問題だらけでしょーが!」
「では伊藤さん、あなたの家にでも泊めてあげて」
「もっと問題だらけでしょうがぁ!!」
焦って説明する伊藤さんと対象に何が問題なんだと首を傾げる九條さん。その掛け合いが、なんだかしだけ面白かった。
私はついふ、と笑う。どうやら伊藤さんは常識人のようだ。それが分かっただけでも嬉しい、九條という男はあまりに不思議な人すぎるから。
「伊藤さん、私は大丈夫です、なんとかなります」
「え、ええっ……」
「もし必要とじればすぐに部屋を探しますから」
「そうなの? ……黒島さんがそういうなら……」
渋々引き下がる伊藤さんだが、すぐにあっと思い付いたように私に笑いかけた。
「じゃあ今からこの辺案しますよ!」
「え?」
「コインランドリーとか銭湯とかあるから。それに泊まるなら買っておきたいものあるんじゃない?買い付き合いますよ!」
「え、でも…」
「いいですよね九條さん?」
伊藤さんが尋ねると、彼ははいどうぞと返事した。まあ、確かに著替えすら持っていない私には必要な提案だった。しならお金もある。
「よし、じゃあ黒島さん行きましょう!」
伊藤さんはにこやかにそう笑った。私は置いてあったカバンを手に持ち、促されるまま事務所を後にした。
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