《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》早速來た依頼
「そうそう、僕は伊藤太! よろしく!」
街中を歩きながら、伊藤さんはそう笑って教えてくれた。
「あ、改めて…黒島です、よろしくお願いします」
「よろしく! 九條さんも言ってたけど僕は主に雑用だから。なんでも言ってね」
「はい、ありがとうございます」
九條さんとはまるで違う人懐こさと常人な彼に安堵する。本當に明るくて親切な人だった。話しやすく面白い。會話の途中では彼が26歳だと判明して驚かされた。てっきり20歳くらいの年下かと思っていたのに、年上だったとは。
「す、すみません……學生くらいかと思ってました……」
「あはは! よく言われるからいいよ。顔だし落ち著きないからさ。あ、ちなみに九條さんは27。本人年齢忘れてるかもだけどね」
「ね、年齢忘れてるって…」
隣に歩きながら伊藤さんは困ったように眉を潛めた。冷え込んだ空気が鼻を赤くしている。
「あの人ほんと生活力ないっていうか自分のことどうでもいいと思ってるっていうか。ああやって寢たら全然起きないし、言わないとポッキーばかりで食事も忘れてるし、ちょっとヤバいんだよね」
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「う、うわあ…」
「かなり変わってる人だけど、でも本當はいい人なんだよ」
いい人、というにはし信じがたい。
私の自殺を止めてくれたのは果たしていい人だからなのか。そういえば、なぜ昨日の夜中にあんなところにいたのかとか、私を知っていたのか聞き忘れてしまった。
帰ったら聞いてみよう。
私の気持ちは表に現れていたのか、伊藤さんが笑う。
「あ、いい人ってのに違和覚えてるね?」
「す、すみません……あったばかりで、変なところしか見てないから……」
「あはは、僕も最初そう思ってたよ。かなりマイペースな人だから無神経な言い方もするけど、斷言してあの人は悪い人じゃないよ。」
「そう、なんですかね……」
「うんそうそう。変な人だけど悪い人じゃない。イケメンの無駄遣いってくらい変な人だけど」
「あはは!」
つい笑ってしまった時、ふと聲を上げて笑うのはどれくらいぶりだろうと思ってしまった。
表筋は意外とすんなりいてくれた。もう固まってるかと思っていたのに。
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「それで……黒島さんがどうしてうちに來ることになったか、聞いてもいいのかな?」
ポツンと言われて心臓が鳴る。
そうだ、九條さんはその説明は何もしていなかった。私が自殺をしようとして止めたなんてこと。
もしかして私の気持ちを考えて話さないようにしてくれたのかな、と考えて否定した。多分あの人はそんな気遣いをするような人じゃない。
「あの、私……」
「あ。言いたくなければいいよ! うん。まだ會って間もないんだしね。言いたくなったら言えばいいよ。」
目を細めて笑う彼の笑顔にほっと息がれた。右側の頬に出來る小さなエクボが人柄を語っている。癒し系、ってこういう人のことを言うのかなぁ。
……全て話すには、時間がかかる。
それにまだ私は生きていくと心に決めたわけではない。何もかもを話してしまってその後またあの屋上にいく羽目になったら、きっと伊藤さんが苦しむに違いない。
まだ私には、話す勇気はない。
「あ、の、お仕事ってどんなが來るんですか?」
「え? あー怪しい響きのうちだけどさ、ちょくちょくんなの來るよ。やっぱり家から変な音がするーとか、不幸が続いてーとか、よくあること。口コミとか紹介で來る人がほとんどかな」
「解決するんですか?」
「あれで九條さんは優秀だよ、大はちゃんと解決してる。ただ一つの案件に取り掛かると結構時間取られるから、一人では大変そうだったんだ。だから黒島さん來てくれたの助かるんじゃないかなぁ」
「た、助けられるんでしょうかね……私そんな形で奴らに関わることなかったし……」
「なーんも見えない僕より全然役立つと思うよ! 視える人って大変だと思う。」
「……あの、普通幽霊がみえるとか、信じないじゃないですか。九條さんとか私がいうこと、なんでそんなに信じてくれるんですか?」
私の言う事を信じた人は誰もいなかった。母以外。
注目を集めたい痛い子ちゃんとして扱われるだけで、私にとって非常に生きにくい世界だった。
未だかつて他に視える人に出會ったこともない。だから私の発言が本當だと証明してくれる人はいなかったのだ。
噓つき。そのレッテルをられ、今まで生きてきた。
長すればみえるという発言をしないよう生きてきたが、それでも私の言には不審ながあるらしい、変わった子だと言われ続けた人生だった。
伊藤さんは大きく息を吸い込み、空を見上げた。今日はあいにくの曇り空だ。
「僕さ。元々あそこの依頼人なわけ」
「……え」
「その時々不可解な現象に悩まされてて、知り合いに紹介されて九條さんに會ったんだけどね。ぶっちゃけ信じてなかったの、怪しい壺買わされるかなーって。でも真摯に僕の話聞いて、かっこよく見事に解決してくれたときは痺れちゃって…」
「へえ……」
「依頼料にも痺れたんだけどね……中々のお値段でして」
「あら」
「でもほんと綺麗さっぱり解決できたから安いもんだった。だから僕はをもってその存在をじたし信じざるを得ないから。九條さんと黒島さんが言うこと信じてるよ」
信じてる、だなんて。
そんなストレートにいわれたのは、いつぶりだろう。
つい目頭が熱くなった。慌てて伊藤さんから顔を背ける。
幸いにも彼には気づかれてないようだった。隣で大きくびをしている。
九條という人は分からないことだらけだし、仕事容には不安しかないけれど。
あのとき屋上から飛び降りるのを諦めた価値が、この一言にあると思った。
もうし早く伊藤さんみたいな人に出會えていたらな。私もあんなに思い悩まなくてよかったかもしれないのに。
「さて、あそこ曲がったら薬局あるよ。よる?」
「あ、はいお願いします」
「はいじゃあ行きましょう!」
人と並んで歩くことすら、私にとっては久しぶりだった。
伊藤さんと両手にいっぱいの荷を抱えて事務所に戻った時、ソファに腰掛ける九條さんと中年の男が見えた。頭髪の薄い、中年太りしたよくいる男だった。
九條さんはこちらを振り返り言う。
「おかえりなさい」
「あ、どうも…」
「依頼の話です。」
伊藤さんが慌てて私の手から荷を全て貰いけ、『ほら!』と促した。一瞬戸ったものの、とりあえずおずおずと九條さんの隣に歩み寄り、男に頭を下げた。
「黒島といいます」
「これはまたお若い方が…可らしいですが、大丈夫ですか?」
どこかトゲのある言葉がハゲ頭から出てきた。見れば、やはり疑り深い目で私を品定めするように見ていた。著ていたスーツはシワひとつなく高級そうなものだが、その価値が無駄になりそうな表だ。
し不愉快に陥るものの、確かに私はまだ研修生のようなものだし、事務所みんな20代の若者となれば(伊藤さんに限ってはもっと若くみえるし)疑心暗鬼になるのも仕方ない気はする。
「ご不満でしたら無理にうちに依頼をかけられなくていいですよ」
隣で淡々とした聲が響いて驚く。九條さんはあの人形みたいな顔で中年親父をじっと見ていた。
「あ、いや、ここはよくしてくれると噂で聞きましたのでな……」
しどろもどろになる男を無視して、九條さんは私に「座ってください」、と話しかけた。お言葉に甘えて隣に座らせてもらう。
正面から依頼主の顔を見るが、今のところ厄介なものは見えていない。人によってはヤバいものを背負ってたりすることもあるのだ。
男は額に汗の玉を作り、それをポケットから出したハンカチで拭き取った。
「あー、改めまして、後藤輝也と言います。ここから車で20分ほど行った病院の院長をしております」
後藤さんは名刺を取り出して差し出した。九條さんが長い指でそれをけ取る。ちらりと橫から覗けば、なるほど、私も知っている大きな病院だった。
「存じ上げています、とても立派な病院ですよね」
私がいうと後藤さんは分かりやすく顔を緩めた。あんな病院の院長だとは。し意外に思えた。……って失禮かな私は。
九條さんは何も言わず興味なさげに名刺を機に置いた。彼は名刺を渡したりはしないらしい。
「で…相談容は?」
「は、はあ……中にある、科の病棟なのですが。その、1ヶ月前より不可解な現象が起こるとナース達から次々相談をけておりまして……」
歯切れの悪い言い方で後藤さんは言う。あまり彼自はそれを信じていないと見た。
伊藤さんがお茶を持ってテーブルに置く。後藤さんは何も言わずそれをすぐにゴクリと飲んだ。
「不可解、とは?」
「まあ、場所が場所ですからな。病院てのは時折不思議な事が起こる事もあります。ですが働くナース達は強く慣れてますのでちょっとやそっとの事じゃ驚かないんですが…。
まあ、無人の部屋からナースコールが聞こえるとか、夜勤中に人影を見たとかそういう王道なことも起こってるようで」
(王道なんだ……ナース凄い……)
「あとそれから。病棟近くのエレベーターのボタンが付かない、ナースステーションの電気が消える、プリンターやパソコンが壊れる、……まではよかったのですが」
(どうしよう全然よくない)
「……鍵が、開かなくなるんです」
「鍵、ですか?」
後藤さんは再びお茶を一口飲んで額を汗で拭く。
「何度修理をかけても鍵を作り直しても、何度も鍵が開かなくなるのです」
「お部屋の鍵、ということですか?」
私もつい口を挾んでしまう。後藤さんは首を振った。
「いえいえ、病室に鍵はついてませんから。
ナースステーションで管理する鍵は主に二つありまして。一つが急カート。患者の急変にはそれを持ち出して処置します。中には重要な薬剤などもってますから鍵管理です。
あと一つは麻薬。患者の疼痛緩和のために麻薬を用いるのですが、これはやはり基本鍵をかけて保管しています」
「そ、それが開かなくなるってことですか……!?」
それは非常にやばいのでは。患者の命に関わることでしょう!?
唖然としてる私をよそに後藤さんはあたまをかく。
「ええ、不合も何もないのにです…それが困ってましてね。買い替えてもみたのに翌日には開かないと騒ぎになるんですよ」
「どうするんですか開かなかったら!!」
「まあ、時間が経てばまた開く事が殆どなので。救急カートは隣の病棟から借りたりしてやり過ごしてるそうで」
そうで、じゃない!そんな大変な事態なのに1ヶ月も放置していたなんて!
呆れている私の隣で、九條さんは淡々と質問をぶつけた。
「ということはその病棟のみなんですね、現象は」
「は、はい」
「他に対策は」
「あーお札とかはってみたそうですが効果はまるで。あのこちらは派手なお祓いとかはしないと伺いましたが。場所が場所だけに、いかにもお祓い的なことをされると患者様の不安を仰ぎますゆえ…」
「ええ、そういった儀式はいたしません」
「よかったよかった。あと無論、怪奇現象などおこったなどと世間にはらさぬよう。守義務お願いしますよ」
「はいそれは」
「出來るだけ早く解決をお願いします。無理なら無理と言ってくださいよ、こちらも他を當たらねばなりませんので」
ほっとしたように息をつく後藤さんだが、すぐに顔を歪めてこちらを見た。
「…しかしお祓いもしないで、こんな若い人たちばかりが何をするんで?解決したと口だけで言って、現象が収まってなかったら料金は支払いませんからな」
節々にこちらを疑う言葉を投げかけてくる人だ。だがしかし、一般的にはこれが正しいのかもしれない。詐欺集団だと疑われてるんだろうな。
九條さんは表一つ変えず頷いた。
「し準備をしてから伺います。その間に、病棟の監視カメラの映像、不可解な験をした看護師達とも話せるよう手筈を整えておいてください」
「ええ、ええ。」
「よろしくお願いします」
後藤さんは最後にハンカチで頭全まで汗をふきとると、立ち上がって一度頭を下げた。
「一刻も早く。頼みますよ。」
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