《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》この人、天然だ

準備をしてから行くと言った割に、後藤さんが去ったあと九條さんがしていたことといえばポッキーをかじり水を飲んでいたことぐらいだった。

てっきり何か道とかを準備するのかと思い込んでいた私は、何をしていいのかも分からず隣に座る彼を見上げる。

ポリポリと棒を食べる様子はなんだか小に見えてきた。てか、どんだけポッキー好きなんだ。

「あの、九條さん」

「ほしいんですか、どうぞ」

「どうも。……って違いますよ! 調査いかないんですか!?」

「今準備してますよ、伊藤さんが」

確かに伊藤さんは先ほどからずっと何やらパソコンにかじりついて忙しく働いている。

「私に出來ることはありますか?」

「あなたは現場でその力を貸してくれれば」

「………」

「あ、一つありました」

「あ、はい!」

「ポッキーなくなるので持ってきてください、キッチンの戸棚にあります。次抹茶味で」

「………」

伊藤さんがあんなに必死に々してるのに、このマイペースポッキー男ときたら。だが仕方ない、ここでは上司なのだ。

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私は渋々立ち上がってキッチンにり戸棚を開けた。するとそこには、まさにぎゅうぎゅうに敷き詰められたありとあらゆるポッキーがあって眩暈がした。

……まじでポッキー主食なのかあの男は。

呆れつつも抹茶味を手に取り彼の元に戻る。差し出すとすぐに封を開けてまた食べ出した。

呆れてそれを眺めていると、背後で伊藤さんの明るい聲が聞こえた。

「とりあえず簡単な下調べです、どうぞ!」

「ありがとうございます」

伊藤さんが差し出したのは紙の束だった。九條さんはそれをけ取ってすぐに目を通す。

私がやる事もなく困ったように立ちすくんでいると、伊藤さんが口頭で説明してくれた。

「行く前にその場所の下調べをするんだ。例えば病院の前はなんだったのかーとか、何か最近醫療ミスかなかったかーとか、病院の経営狀態とかね」

「へえ……」

「そういう雑務は僕の仕事だからね。まだまだ調べきれていない事も調べて隨時九條さんに送り続けるよ」

「なるほど……」

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「調べたところでは、特に大きな醫療事故も見當たらないし病院は患者數も多くて比較的人気なところだね。ま、隠してたらわかんないけどさー。よくある看護師の人手不足は否めないけど、まあ今の時代どこもそうだからね」

九條さんは黙ってしばらく紙に目を通していた。そして突然ゆらりと立ち上がると、黒いコートを手に取って私に呼びかけた。

「そろそろ行きましょう黒島さん」

「あ、はい……」

「いってらっしゃい、頑張って!」

そう伊藤さんに言われてつい勢いよく振り返る。伊藤さんは、來ないの!?

彼はニコリとあのエクボを浮かべて言った。

「僕は他の來客があれば対応しなきゃだし、基本はここで留守番だから」

「あ……そう、ですよね……」

「いってらっしゃい!」

正直なところ、伊藤さんの明るい人柄に助けられていた私は突然不安に襲われた。九條さんは口數もないしポッキー星人だし、あまり一緒にいて居心地がいい人とは言えないからだ。

でも働くと言ったのは自分だ。たじろいでる暇はない。

私も鞄とコートを手に持つと、すでに事務所を出てしまっていた九條さんの背中を追いかけた。背後で伊藤さんの頑張れ!の聲が聞こえた。

九條さんにただひたすらついていくと、辿り著いたのは駐車場だった。地下にある駐車場は車が所狹しと停まっている。ここのビルで働く人たちが主だろう。

スタスタとあるく黒いコートとし距離を保ちながら歩み進めれば、彼が一臺の車のドアにれた。

「!」

「乗ってください」

一言だけいうと、九條さんは運転席に乗り込んだ。

ああ、そうだろうとは思ってたけど運転するんだ。ちょっと想像つかない…

しかも何より、これ、BMWじゃないですか……顔だけで言えば九條さんに似合ってるけど、ポッキーばかり食べてる姿を見てるからなんか違和

てゆうかこの車が買えるほどはあの事務所儲かってるのか……

私は複雑な思いをしながら後部座席に乗り込んだ。助手席に座る勇気は持ち合わせていない。

心地の良いシートに座り込み、シートベルトをしっかり絞めた。

「……九條さん……運転されるんですね、なんか意外です」

「それよく言われます」

そういうと彼はエンジンをかけて、スムーズに車を発車させた。

後部座席から見える九條さんのハンドルを握る姿見て、不覚にもしだけときめいた。この人顔だけ見れば綺麗だもんなぁ。髪寢癖ついてるけど。

ふうと息をついて背もたれにもたれた。窓の外を眺める。

「黒島さんは生まれつきですか」

「え?あ、はい……心ついた時から」

「なるほど。では分かってるかと思いますが、彼らとは基本目を合わせないのが正しい対応です。目が合えば寄ってきますからね」

「はい……九條さんも、生まれつきですか…?」

「ええ」

「初めて會いました、同じ力持った人……」

変わった人だけど、同じものが見えるというだけでこんなにも安心する。

「今から行った先で気になる事は何でも私に言ってください。無理はしないで。はじめての現場ですから、あまり気に負うことはありません」

ハンドルをなれた手つきで回しながらそう話す姿を見て、し意外に思った。

勵まされてる。マイペースなこの人は、人をフォローするような発言はしないかと思っていた。

「……ありがとうございます」

小さく呟き視線をあげれば、ミラー越しに九條さんと目があった。やはり、ガラスのような綺麗な瞳だった。思わず背ける。

「病院という場所のイメージは」

「あ、確かにんなのを見かけますが、あまり攻撃的なものは見たことない気がします……」

「その通りです。病院でウロウロしてるような者たちは自分が死んだことに気づいておらず戸ってそこに滯在してるのが多い。病死ならば死の覚悟ができてる者が殆どですし、強い恨みを持って攻撃するような者は意外とない」

「なるほど」

「生きてる者に攻撃するほどの者とはかなり強い力と想いがあるはずですからね。今回の場合ある病棟のみの発生で、更に1ヶ月前からと限定的です。その病棟で何かあったか、それとも勤務するスタッフにどこかからついてきたのか……」

「時々肩にエゲツないのぶら下げてる人いますよね」

「私はシルエットしか見えませんからエゲツなさが分かりませんがね」

「あーそっか。そういう見え方があることも初めて知りました」

九條さんと二人きりだと聞いて焦っていたが、案外話せば普通に會話が立している。伊藤さんほどの話しやすさはないけど、思った以上に沈黙も流れない、し安心。

「普段はを用いて撮影するんですがね。病院となれば無理ですね」

「撮影、ですか?」

「彼らは映像に映りやすいんですよ。高能なを使うと更に。24時間見張るわけにもいかないので、カメラを設置して起こる現象を観察することが多くあります」

「……結構現代的なじなんですね、私やっぱりテレビで見るようなお祓いしかイメージありませんでした」

「あとは相ですね。黒島さんもそうだと思いますがいる者全て見えるわけではないと思いますから。相がいいものは特に向こうも積極的に訴えたりするはずです」

「へ、へぇ……生きてる者とそうでない者にも相があるんですか……」

「私はどちらかというとの霊の方が聲はよく聞こえる方ですね」

サラリと言ったのを聞いて、私はつい目を丸くした。

「え、それって、霊にもイケメンは好かれるってことですか??」

「イケメン?」

「え?」

「イケメンですか?」

「はあ」

「私がですか?」

「は、はあ」

「はあ……ありがとうございます」

ずっこけそうな反応だった。もしやあまり自覚ないのか?このレベルで??本人はどこか不思議そうに頬を掻いた。私はなおも言う。

「やっぱりどうせ近寄るならイケメンの方がいいって彼らも思うんでしょうか」

「考えたことありませんでした」

「え、ないんですか……だって九條さんモテるでしょう?」

「モテると思いますか」

「あ、えっと、うーんと」

「急に口籠るんですね」

いやいやだって、顔だけ見てそう聞いてみたけど、思えばこの人笑いもしないしマイペースすぎだしポッキー星人だし、ちょっとモテるタイプとは違うかもって思っちゃったんだもの。

「最初はモテると思いますよ!」

「全然フォローになってません」

キッパリと言われてしまった。噓がつけない自分を心の中で叱る。でも九條さんは気分を害した様子もなく、むしろ心したように言った。

「しかし言う通りです、はじめはは近寄ってきますがすぐに散っていきます。よくわかりましたね、なぜなんでしょうか」

「…………」

ここにきて、なんだかようやく分かってきた気がする。

この人天然だ。最高に天然な人なんだ。

多分気遣いをするとかも全然出來なくて、自分のことにすら疎くて、悪気も何もないある意味とても素直な人。

自覚ないんだ……イケメンであることも、自分が変わってるっていうことも。

「あー………ポッキー食べすぎなんじゃないですかね……」

「そうですか。はポッキー食べ過ぎは敬遠するんですね。では仕方ありませんね。私何よりポッキーが好きなのでこれだけは外せません」

そう彼は斷言して一人納得した。

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