《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》異変
田中さんに許可を得てナースステーションへ足を踏みれた。こんなところる機會はそうそうない。私はつい張する。
九條さんは金庫とカートをくまなくチェックした。近くにいた看護師さんが私たちに気づき近寄ってくる。ふとその人の顔を見て、凄い人であることに気がついた。
すらりと長も高く、小顔で目鼻立ちがくっきりした人さん。看護師で人って、なんか無敵なじする。
九條さんの隣に並べば大変絵になる二人だった。名札を見れば、名取さん、という看護師さんだった。
それでも九條さんは、名取さんの顔すら視界にってないようにカートを見つめていた。
「鍵がこちらです」
「開けてみてもらえますか」
それはあっさり、しの開けにくさもなく開かれた。
「こんな事が続いてるから、2回も買い換えたんです」
名取さん言う。九條さんはを遊ばすように摘んでは考える。形のいいがらかく揺れた。
「私がやってみてもいいですか」
「あ、はい、看護師付き添いなら」
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九條さんはカートの鍵をけ取りジロジロと眺める。それを差し込み回転させれば、やはりカチリと音がして鍵が開く。
「金庫の方も」
「あ、はい……あちらは麻薬の取り扱いですからね、あまり何度も開けたりはしたくないんですが、一度なら」
「それもそうですね」
名取さんが麻薬の金庫へ移する。九條さんに鍵を手渡すと、彼はゆっくりそれを差し込んだ。
カチリ
やはり、抵抗なくそれは開かれる。
「今のところなんの問題もありませんね。」
「ですね〜。使おうとする時に限ってなるんですよ〜」
「ちなみに、鍵以外で気になる験などはありますか」
「えっと、私はエレベーターのボタンを押してもかないことくらいですかね。エレベーターの不合かもしれません」
「他の方が経験したも何か聞いてませんか」
「あ、何かが通ったとか聞くのは、810號室近くが多いみたいですよ?ちなみに他の患者さんも言ってました。なんとか誤魔化してますけど、もう噂になってるかもしれませんね」
「810、ですか…」
九條さんは小さく呟いて、名取さんにお禮を言った。そしてすぐにナースステーションを出て病室へ続く廊下へ出る。
長い廊下にいくつか部屋が連なっている。どこか廊下が暗くじるのは、真ん中ら辺の蛍燈が切れているせいだろうか。
……あ、なんか、一気に病院、ってじがする。
病を纏った院患者がゆっくりとした歩調でトイレにっていく。看護師さんが廊下で何やらメモを書いている。私がイメージする病院の映像そのものだ。
歩みを進めれば、廊下に足音が響く。ただその廊下には、霊の姿は一つも見えなかった。
「ここが810ですね。黒島さん何か見えます?」
九條さんか足を止めて左側を見上げた。確かに部屋番號は810と書いてある。
扉は開いていた。中は空室らしい。個室のようで、ひとつだけベッドがぽつんとあった。小さなテレビにテーブル、大きな窓。至ってよくある普通の病室だと思った。
「……いえ私は。九條さんは?」
「生憎私も何一つ見えません。警戒されてるみたいですね。じるものすらない」
ふうと息をついた九條さんは、頭を掻いて言う。
「まあ仕方ないですね、実際鍵が開かなくなる現場を見たいので待機しましょう。看護師さんにそう提案してきます。」
「え……現象が起こるまで待つ、っていうことですか?」
「そうなりますね」
「ちょ、長期戦……!」
「ええ、調査は泊まり込みがほとんどですから」
その言葉を聞いて勢いよく隣を振り返る。
「言ってくださいよ…!」
「言ってませんでしたか」
「聞いてませんよ! 著替えとか! どうするんですか! 言ってくれれば持ってきたのに…」
「別に著替えなくても死にませんよ」
信じられない、という目で見上げてやった。九條さんは何が問題かわからない、というように私の顔を覗き込んでいる。
「こんなにイケメンの無駄遣いしてる人初めて見ました」
「また褒めてもらってありがとうございます」
「後半聞いてました?」
「まああなたは気になるなら伊藤さんに屆けてもらってください」
「む、無理ですよ!そんなの!」
「なぜですか。別に伊藤さんは気にせず持ってきてくれると思いますよ」
何を言ってるんだこの人は! パンツとかブラとかもあるのに! 伊藤さんに持ってきてもらえるわけないでしょう!
本當に気を遣うと言うことが出來ない、壊滅的に。男もも一緒だと思ってる。
私はもう怒る気力もなくして肩を落とした。
「……いいです、なるべく早く解決出來るよう祈っておきます」
「それは良いことですね。さて、ナースステーションに戻りましょうか」
九條さんはスタスタと踵を返して戻っていった。その後ろ姿を睨み付けて、もう何度目か分からない後悔の念を抱く。
……あのまま、屋上から飛び降りてた方がよかったのかな。
誰もいない場所で、誰にも知られず死ぬはずだった。
もうこんな世の中に嫌気がさしていた。母が待つ場所へ行くはずだったのに、同じように視える人と出會えた激でここまで來てしまったけど。
そこまで考えて、苦笑した。
私はいつでも中途半端なんだ。
視えない者として生きていくことも出來ず、
視える者として生きていくことも出來ず、
死ぬことすら途中で放棄してしまった。
全ては自分が不用すぎるせいだった
ふと、大分小さくなっていた九條さんの背中が止まった。
その背はピクリともかずそのまま立ち止まっていた。白い床、白い壁紙が続く廊下に溶け込んでしまいそうだと錯覚する。
彼の無造作な黒髪が風になびいて揺れる。ふわりとしたそれを見て、意外とらかそうな髪質だな、なんて思った。
その頭が僅かにだがピクリとく。ほんのし、ほんのし、頭は揺れている。
それが揺れているわけではなく、壊れた人形のようにこちらを振り返ろうといているのだと気づくのに、私は時間を要した。
あ、と思った瞬間全からどっと汗をかく。ひとつひとつが開いたように暑くなった。
痛いほどに心臓がバクバクと鳴る。それは自分のが鳴らしている警告の音だった。
九條さんじゃ、
ない。
頭がカクカクと小刻みに揺れながらこちらを振り向こうとする。再び風が吹いたように髪がなびくが、ここは室。それに私のところへは風はやってこなかった。
人の聲が聞こえない。音も聞こえない。
逃げ出したいのに、び出したいのにはまるでかなかった。全を誰かが押さえつけている覚に陥る。ちゃんと見ていなさい、と言うように。
視線を離すことが出來ない『それ』の耳が見えたところで、いよいよ私の限界が近づいてくる。
こっちを見るな、振り返るな。
け、離せ、私のを。
額に浮き上がった汗が頬をつたる不快。絞り出した聲は空気となって口から僅かにれたのみ。
『それ』は肩から下はびくともせずただ頭だけがいていた。人形のようだ、と冷靜にもじた。
「………あ」
頬が見える。それは深い皺が彫られた老人の頬だった。當然ながらやっぱり九條さんじゃない。
くっきりとした皺がしいたように見えた。
目を。
見ては、いけない。
「…あ……」
『それ』の首が不自然なほど曲がりがねじれているのが見える。
「……やめ…」
僅かに鼻も見えてくる。九條さんの高い鼻とは違った、団子鼻だった。
「……っ…めて…」
そして、『それ』の目が、
こちらを見
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