《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》ポッキーないと働けないらしい
「黒島!!」
はっと目を開けた。
突如視界にってきたのは、鋭い目をして私を覗き込む男の顔だった。
「……あ……?」
彼の顔を見上げる。それは今度は間違いなく九條さんだった。彼が私を抱き抱えて名を呼んだのだと理解する。
音は元に戻っていた。雑音や遠くに聞こえる心電図モニター、誰かの話し聲。
普段無表で飄々としてる彼は、今は珍しく険しい顔をしていた。
彼は私が目を覚ましたことにふうと息をついた。
「……られましたね……?」
「……え?」
「振り返ったらあなたが目を開けたまま倒れ込んだので。青ざめては震えてますし、何より小さくやめて、と繰り返してました。何かにられましたね」
「……はいられた?」
「何かネガティブな事でも考えていたのでは。霊と波長が合うとこうしてられてしまいますよ。今までも経験ありますか?」
「……何度も」
「危険ですね。よく今まで無事に生きてきましたね……あなた視えるだけではなくられやすいんですか」
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今までも、こうして意識が飛んだようになることはあった。同時に現実ではありえない景を見ることも。
どれも必死で足掻けば現実に戻ってきたけれど、危険な事だったのか…。
九條さんが私の上半を起こしてくれたところで、彼に抱き抱えられていたことを思い出しはっとする。慌ててそこから離れた。
「す、すみません……!」
「いえ、別にいいですが、まだ顔が優れませんよ。車椅子でも借りましょうか」
「だ、大丈夫です!」
私は膝に力をれてそのまま立ち上がる。ふらつきも無くしっかり立てれた。だが額には汗を掻いていた。私は手のひらでそれを拭き取る。べっとりとし生溫い汗が、あの時の恐怖を思い出させる。
一度落ち著くためにゆっくり深呼吸を繰り返した。
振り返りそうだった。あの老人。
目は見なかったけど、どこかオーラが恨みを持ったようにじたけどー…
「あの、大丈夫ですか〜?」
背後から聲がして振り返れば名取さんが立っていた。キョトンとしながら私を見ている。病院で倒れるなんて、とんでもないことをしてしまったもんだ。
「あ、すみません、えと、転んじゃって!」
「そうですか?なんか大きな聲が聞こえたから……。調悪かったらベッド貸しますから言ってくださいね?」
「ありがとうございます」
名取さんはニコリと笑って去っていった。やっぱりプロは近くの異変に気づきやすいんだなぁ。
……正直この病棟のベッドで寢るなんて絶対に嫌だ、と心の中で言いながら、大きな聲、と言った名取さんの言葉を思い出した。
隣にいる九條さんを見上げる。
「あの、ありがとうございました……なんかヤバイじだったんですけど、九條さんが起こしてくれたから」
「いえ、たまたまです。しかし今までも経験あるとは。られやすいのは困りですが、出する力もあると言うことですね。一種の能力ですよ」
「そうなんでしょうか……」
「られないに越したことはないですけどね。一旦會議室に戻って休みましょう。あなたが視えたもの、話を聞かせてください」
九條さんはそういうと、私をじっと見た。
真正面から彼の顔が見える。その綺麗な顔面には未だ慣れていない。
あまりにまっすぐ見つめられるのでついのけ反る。
「あ、の?」
「本當に歩けますか。歩けないなら抱っこしましょうか」
「は!!?」
「冗談です。行きましょう」
いつもの無表で彼はそうサラリと言うと、ポケットに手をれてゆっくりとした歩調で歩き出した。
冗談とか言えるんだ。あんまり上手くないけど……
そう思いながら彼の後ろを続けば、九條さんが振り返って私の様子を見ながら歩いていることに気がついた。
いつもより歩く速度も遅い。
……マイペースで気遣いなんて出來ない人だと思ってたけど、人間として必要な優しさぐらいは持っているようだった。
私はし口角を上げる。
なんだか嬉しくなった私は、彼の側に駆け寄り、隣に並んで歩き出した。
會議室で座りし休んだ私は、先ほどみた験を九條さんに話した。
彼は腕を組んで考えるように聞きながら、「まだ今回の件と関係あるかどうかは分からない」と結論付けた。
それは私も同だった。ただ近くにいた霊と波長が合ってああなっただけかもしれない。鍵事件とはなんら関係ない可能の方が高い。
私たちはそう意見を言い合い、気分が落ち著いたところでナースステーションへと向かった。
もし鍵が開かないとなった時、すぐにその狀況を観察出來る様にナースステーションに在中したいと田中さんへ申し出ると、彼はすぐに許可してくれた。
だが私服のままナースステーションにずっといるのは患者さんに不審に思われてしまうので、これを羽織っておいてほしい、と渡されたのは醫師がよく著ている白だった。
無論私たちはそれを快くけれ、白を見に纏った。
たった一枚の白い布でガラリとイメージが変わるのが九條さんだった。正直、見惚れてしまったのは否定出來ない。
言わずもがな彫刻のようなしい顔をした彼は白を著るとぐっと神さが増す。寢癖はついてるけど、なんだか「當直で忙しかった働き者の醫師」みたいなイメージに変わるから不思議なもんだ。
看護師たちもやはりしめき立った。
當の本人はそれに気付いてなさそうに、ただじっと鍵のついた二つの箱を見つめていた。
「……今日は起こりそうにないですねぇ……」
私は呟いた。
時刻は17時を回った。私たちはナースステーション奧にある休憩室で座っていた。カーテン一枚仕切られ、出ればすぐにナースステーションだ。
忙しく働く看護師さんたちの橫でただ怪奇が起こるのを待つという立場は非常にやりづらかった。九條さんは気にしてなさそうだが。
その上今日は鍵はなんの抵抗もなく開くし、まだ明るいからか変な験をしたという話も聞かない。
麻薬の金庫は何度か開け閉めされたし、救急カートも1日に數回品のチェックをしてるらしく開かれるが無問題。
怪奇が起こらないのは素敵なことだけれども、起きなきゃ私たちは進めない。
「………あの、九條さん」
私は恐る恐る話しかける。
白を羽織ったまま座る彼がこちらを見た。
「大変厚かましいと思うんですが」
「はい」
「お腹空きました」
私がそう力なく言うと、彼はああ、と小さく呟く。
「そうですね、食事忘れてました」
「普通忘れます!?」
朝起きてコンビニに行った時軽くパンを食べたくらいで、そのあと私は何も口にしていない。
死にたがっていた人間が空腹を訴えるなんてと笑われるかもしれないが、それはそれ、これはこれ。
私は今実際生きてるんだからお腹空くし、空いたら食べたいよ。
「すみません、私集中したらよく忘れるんです」
(まじでやばい人だなこの人……)
「病院にコンビニがあるようですよ。私は待ってますから行ってきてください」
「というか……九條さんも朝からポッキーしか食べてなくないですか?」
「買ってきてもらえますか、ポッキー。あと水を」
「あなたポッキーしか食べないんですか?」
「いえ、食事も取りますよ。でも仕事中はさっと食べれるポッキーが適任です」
「事務所にいた時は仕事中じゃなかったけどポッキー食べてましたよね」
「ポッキーないと私働けないので。お願いします」
もう突っ込むのを辭めた。とにかくこの人のの4分の3がポッキーで出來ていることを確信し、私は立ち上がる。
「ではお言葉に甘えて行ってきます」
「はいごゆっくり」
私は財布を持ってナースステーションから出た。相変わらず働き続ける看護師さんにもどこか罪悪をじつつ、病棟を出てエレベーターへ向かう。
そうだ、コンビニなら。ブラは無くてもパンツくらい売ってるんじゃ。パンツだけでもかえたい。上下揃ってなくてもいいよ別に。
そんな気のないことを考えながらエレベーターのボタンを押した。
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