《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》この人、確かに悪い人じゃない。

鍵事件の原因はやはり霊によるものだと分かったけれど、果たしてこれからどう進むのか。

私も九條さんも除霊などは出來ない。

九條さんはあの霊の元を明らかにしたいと言った。

私がさっき、名取さんの後ろにいる霊の顔を見れていればよかったのだけれど……

九條さんはもらったメモに書かれた4人の中の誰かの可能が高いと見て、とりあえずその人たちのカルテを読んでみることになった。

私はサンドイッチを、九條さんはポッキーを食べながらパソコンにかじりついていた。

気がつけば時刻も21時。病棟は夜勤帯に変わり、看護師は3名と減っている。

もう今日の泊まり込みは確定していた。あとでトイレでパンツ著替えよ。

「聲って、どう聞こえるんですか?」

九條さんはカルテ閲覧を、私はもう一度監視カメラの映像を見直していた。何か見落としがあるかもしれないからだ。

九條さんはパソコンから目を離すことなく言う。

「それによりけりです。ですか今回のようにあまりに恨みが強いといいますか、我をも失いかけてる霊は會話はり立ちません。その者が持ってる強い思いが聞こえるだけです」

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「それが痛い、かぁ……」

病気で亡くなったとすれば痛みが伴うのは必然的だとも思うが、なんとも切なくなる。

「ということは、霊によっては會話が立するんですか」

「しますよ。普通の人間と同じように會話することもあります」

「へえ……私は聲は聞こえないから……」

はっきり見えないけど聞こえる九條さん。

聞こえないけどはっきり見える私。

タイプは違うけど、同じように見えざる者が視えるんだ。

不鮮明な監視映像を眺めながら、なぜか私は微笑んだ。

「私、今まで出會ったことなかったんです、自分以外にみえる人。周りは変人扱いだし、正直自分の頭がおかしいだけなのかなってずっと思ってました。でも九條さんと會って、他にも視える人がいることに激したんです」

出會った時にみえた飛び降りる霊に、名取さんの背後の影。間違いなく、この人は私と同じものがみえる。

その安心は今まで生きてきた中で1番だ。生憎とんでもない天然男だけど、それでも私は嬉しい。

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「そうですか。私は他にも視える仕事仲間はいますから、まだよかったですが……周りに誰も理解者がいないということは確かに厳しいものがあるでしょうね」

「そうですね……」

「死にたくなるほど、に」

ふと畫面から目を離して隣を見た。いつのまにか九條さんパソコンから目を離し私を見ている。

夜の靜寂が二人を包んだ。テレビとパソコンの稼働音がわずかに響くのみ。それがひどく気まずくじた。

いたたまれず彼から視線を外す。

「……はは」

「話したところあなたは気が弱いわけでもなさそうですし、むしろ強く見えますが。あんな廃屋ビルまで足を運ばせる出來事があったんですか」

「………」

そっとを噛んだ。話してみたい、と思ってしまった自分への戒めに。

きっと私は誰かに聞いてしい。特に、私と同じく視える九條さんのような人に。

ただそれでも、今はまだ話すには軽率だと思った。

この仕事を引きけて、正直なところまだこれからどうするのか決め切れていない。役に立ってるとも思えないし、じゃあまた死のうだなんて極端な答えは出せない。

自分のいく末すら決め切れてないのに、人に話だけ聞いてしいなんて我儘だと思った。

「……もし……本格的に私を雇って頂くようになった日には…聞いてくれますか」

「……そうですね。そうしましょう」

彼は私に執拗に聞くような事はしなかった。それが大きな優しさだとじるのは、気のせいじゃない。

私が意識を失った時名をび、その後も様子を伺うようにゆっくり歩いてくれた人は悪い人じゃない。

『斷言してあの人は悪い人じゃないよ。』

そう言っていた伊藤さんの言葉がわかる。うん、悪い人じゃないね。変な人だけど。

一人でそう呟いて笑った時、そういえば九條さんは私と出會った時なぜあんな場所にいたのか聞きそびれていたのを思い出した。

「そういえば、九條さ……」

言いかけた時、部屋にノックの音が響いた。私と九條さんは同時に振り返る。

扉がそっと開かれたところに立ってたのは、病棟の看護師さんだった。

若い人で私と年も変わらなそうなだった。丸顔でどこか子供らしい。

「はい?」

「あ、こんばんはー。お疲れ様です、病棟でコーヒーいれたんです。よかったらどうかなと思って持ってきました」

手には確かに小さなお盆を持っていた。私は慌てて立ち上がり、彼を招きれた。人懐こい笑みを浮かべながら湯気の立つそれを溢さないようそっと部屋に運びれてくれる。

「お気遣いどうも……!」

「いえー、晝から働いてらっしゃるって。大変ですね。」

白いマグにれられたコーヒーをお盆から二つとる。砂糖やミルクも丁寧に置いてあったので頂いておいた。

九條さんは立ち上がることなくこちらを振り返り、看護師さんに尋ねた。

「あなたは何かここで験されましたか」

「えっ? うーん、私鈍いみたいでそういったことはまるでなくて」

「そうでしたか。ではこんな事になっている心當たりは」

「え……と、どうでしょう……仕事をしてれば患者さんとトラブルも起きたりもしますし、でもそれはよくあることっていうか…」

困ったように眉を下げる看護師さんに、九條さんは容赦なく質問を続けた。

「この4名をけ持ったことは」

九條さんが例のメモを開く。書かれた4人の名前を読み、ああーと頷いた。

「みんなけ持ったことはありますよ」

「トラブルは」

「安藤さんくらいですかね、そこに書いてあるみたいに治療にイチャモンつけてきて。でも最期の方は私たちに謝ったりして格も丸くなったし、穏やかに逝かれましたけど」

「そうですか……」

「他の3人はそういうことありませんでしたよ。告知済みでれてた方に、きた時から意識なくそのまま亡くなった方で……神谷さんに至っては認知癥が進行していたから會話もままならないぐらいでしたし」

九條さん腕を組んで考え込む。ポッキーすら手にする事なく彼は言う。

「ところで。この4名のうち3名が810號室なのは何か関係がありますか」

「え!?」

聲を上げて驚いたのは私だ。そんな事実知らなかった。

私が「られた」経験をしたのは810號室の前。名取さんもあの周辺で変なものを見たと言う証言が多いと言っていた。

そんな部屋で立て続けに人が亡くなるとなれば、ただの偶然とは思えない。力を持った何者かが、引き摺り込んでいるのでは……

なんていう映畫的展開を想像してビクビクしていた私をよそに、看護師さんはケロッとして話した。

「あ、それはあの部屋が重癥部屋だからです」

「重癥部屋?」

「ええ、ナースステーションに1番近い個室で、すぐ隣には処置室もあるし、何かあった時すぐ駆けつけられる部屋だからです」

「つまりは言い方は悪いですが亡くなる可能が高い方があの部屋にるようになってるんですか」

「ええ、そうです。やっぱりそういう方はナースみんなで気にかけなきゃいけませんから!」

ニコリと笑った看護師さんに、私は激した。そうか、一般素人の私は知らなかったけど、あてがう部屋の位置まで考え抜かれているんだ。

九條さんはずさんな仕事容と評価していたけれど、私としては素直に凄いなと心することの方が多い。

九條さんは納得したように頷くと、さらに質問を投げかけた。

「カルテの記録に書かれている、『麻薬の早送り』とは何ですか」

「ああ……」

看護さんは腕を組んで唸るように考える。分かりやすく説明する方法を生み出しているらしい。

「その、簡単に言えば頓服です。痛みが強い時にやるんです。

麻薬にも々種類はありますけど、早送りとは點滴の場合ですね。持続的に1時間に數ml流すとかの世界なんですけど、痛いと訴えがあれば、醫師の指示の元一時的に多めに流すんです」

「なるほど……それが、麻薬の早送り……」

九條さんはカルテをじっと見つめる。私はその隣で頂いたコーヒーを靜かに啜った。看護師さんもどうしていいのか分からないように、九條さんの様子を伺っている。

「分かりました。貴重なお話ありがとうございました」

「あ、いえー。ナースステーションにいるので何かあれば聲をかけてくださいね」

ニコリと笑って去る看護師さんに私は頭を下げると、彼は急足でそこから立ち去って行った。パタンと閉じられた扉が、また靜寂を作り出す。

私は九條さんの顔を覗き込んだ。

「面白い話でしたね」

さして面白くなさそうに彼は言う。

「そ、そうですか? 810の謎が解けたのはよかったけど」

し伊藤さんに調べてしいことがあるので連絡してきます。待っててください」

「……は!?」

九條さんはガタンと立ち上がる。ちょっと待って、私、一人にさせられるの?!

「なんなら寢ててもいいですよ、休憩も大事です」

「こんなところで寢たくないですよ……!」

「すぐ戻ります。あ、私コーヒー飲めないのであげます。気をつけてくださいね。あなたられやすいんですから」

九條さんはそう言い捨てると、私が怖がっているのにも気づかずにそのまま部屋から出て行ってしまった。

最後にとんでもない言葉を殘して行ったな。恐怖心を煽ってどうする。

「気をつけるったって……どうすりゃいいのよ……」

しんとした広い會議室、目の前には病棟を映す監視カメラ。廊下は消燈時間のためもう暗い。

最悪。最悪だ。こんなところに一人殘された。

見えざるものが視えるとなれば、大半の人は「慣れてるんだね」と思うかもしれない。だがそれは大きな勘違いだ。い頃から見えてはいるが、こちらはまるで慣れないしむしろ普通の人より恐怖心が強い。

震いをして自分の腕をさする。暖房が効いているはずの部屋が寒くじた。

やっぱりあのマイペース人間は。もうしこちらの事を考えてよ。か弱いなのに。

はあとため息をつくと、気を紛らわせるために、九條さんが見ていたカルテを覗き込んだ。今監視カメラのい映像はちょっと不気味だから。

開かれていたのは神谷すずという人のカルテのようだった。なるほどちょうど目の前に、「麻薬を早送りする」という文面が見えた。

確かこの人は認知癥がひどくて會話もままならないって言ってた人だ。きっと痛みの訴えだけはあったんだろうなぁ。

「痛い、かぁ……」

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