《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》人生で味わったことのない苦痛を

九條さんが聞いたという聲。死んでからもなおそれに苦しんでいるなんて、辛い。

怖いとか思ってしまうけど、きっと相手は哀れな人なんだ。

……私もあの時死んでたら、そうなってたのかなぁ。

自殺を繰り返すようなそんな存在に、なってたのかな。

「でもこれからどうやって進むんだろ、名取さん関係あるのかな」

獨り言が部屋に響く。それがやけに寂しく聞こえて、私は黙った。怖いからあえて喋ってたけど、逆に虛しい。

マウスでカルテを送りつつぼんやりと眺めていると、ノックの音がした。一瞬驚きで心臓が飛び上がるも、すぐに開いた扉から端正な顔が見えてほっとする。

「おかえりなさい! 早かったですね」

「ええ、要件はなかったので」

九條さんはそう短くいうと、思い出したように私に言った。

し試してみたい事があるんです、一緒に來てもらえませんか」

「え? は、はい、いいですけど」

私はコーヒーをもう一口だけ飲んで立ち上がる。九條さんの背中を追ってドアから出た。辺りは晝間と違い全が暗い。非常燈の緑がやたら眩しく見えた。

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それでもナースステーションだけは変わらぬ燈りがあるのでほっとする。

「こっちです」

九條さんは病棟へと足を運びれる。それに素直について行く。ナースステーションを通り過ぎる。巡視中なのか、看護師さんは誰もいなかった。

病棟の廊下はやはり暗闇だ。不気味には変わりないが、九條さんが一緒にいると言うだけでだいぶ心強い。

やたら自分の足音が響くように思えた。周りが靜かすぎる故だ。

「九條さん、もしかして……」

聲を潛めて背後から問う。この先は晝間あんな事があった部屋なのだ。

彼は何も答えず足を進める。一何を試すのか話してからでもいいのに、このポッキー野郎め。

しその白い背中を睨むと、ふと彼が足を止めた。

そこはやはりというか、810號室だった。

「………あの。なにを」

私が尋ねるのも聞かず、彼は閉まっていた扉をゆっくり開けた。引き戸の扉は小さなれる音を出しながらく。九條さんは中を覗き込んだ。

そして私の方を見て、手招きする。

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私は恐る恐る彼のいう通り部屋に近づき、中を覗き込んだ。

真っ暗な部屋は晝間と同じ形でひっそりとしていた。大きな窓からは月が見える。

キョロキョロと顔を突っ込んで中を観察していた時、あるを見つけて心臓が跳ねた。

ベッドで、誰かが寢ている。

はっとして九條さんの顔を見る。彼は無表で私を見ていた。

「……あれ……?」

私が震える聲で尋ねても彼は何も答えない。それが、見てこい、という無言の圧にじた。

うそ、私が見に行くの?

そう非難しようとして、そういえば九條さんは霊の姿はみえなかったのだと思い出す。ハッキリと視えるのは私なのだ。私の仕事だと言われれば確かにそうだ。

もう一度部屋を見る。真っ暗な中、分厚い布団を頭まで被っている何かがいる。枕元にほんのしだけ……黒髪がはみ出しているようにも見えた。

ごくんと唾を飲んで覚悟すると、震える足を踏み出した。

電気はつけなかった。霊の正を視るチャンスなのに、明かりを付けては消えてしまう気がしたからだ。

だが無論闇は人間の恐怖心をあおる。これでもかと言わんばかりに心臓は鳴り、ぶるぶると全が小さく踴る。

しずつベッドに近づき、ようやく見えたその塊を見つめる。盛り上がった布団を指先で摑んだ。人の溫が布団から伝わってくる気がした。

何がいるのか。誰がいるのか。あの4人のうちの誰かなんだろうか。

最後にもう一度だけ深呼吸をしたら、私は意を決してその布団を捲った。小さな埃が舞い散る。

『私』が寢ていた。

「………は」

聲がれる。ベッドに丸くなって目を開けたまま橫たわっているのは、紛れもなく自分だった。

死んだように顔は白く寢息もじられない。

一瞬頭が真っ白になった。瞬きすら忘れる。

「……く、九條さ」

布団を握りしめたまま振り返る。

だがそこには。

人影一つなかった。

……しまった

そう思った瞬間、自分のからび聲がれたが、それは辺りには響かなかった。

「おはようございまーす」

の聲が聞こえる。

その聲に反応し何とか眠い瞼を持ち上げると、部屋の明かりが目にる。

眩しさに眉を顰めながらも覚醒すれば、そこは病室の天井だと気がついた。

「……あれ、私!」

慌てて起き上がろとした瞬間、手首に痛みと抵抗をじ、またベッドに倒れ込む形になってしまった。

驚いて自分のを見る。

「………は」

私のは、抑制されていた。

両手はの橫で白い紐のようなで縛られ、ベッドの柵に繋がれている。

さらには腰も布のようなでベッドに固定されているのだ。

腕を引いてみるが、びくともしない。縛られた紐が手首のに食い込んで痛みが生じるだけだ。

一気に恐怖が押し寄せる。両手の自由を奪われたと知った途端、とてつもない不安だ。混で頭がぐるぐると回る、なぜこんなことになっている??

「あの!? これ、なんですか!?」

先ほど聞こえたの聲を頼りに右側を見た瞬間、ひっと自分の口から聲がれた。

そこには、般若の面を被った看護師がいた。

「な……な?」

真っ白なに釣り上がった目と口、2本のツノ。末恐ろしい顔がそこにはあった。

「はーい黒島さん、暴れないでね〜」

その言葉を聞いた瞬間、全に痛みが走った。どこが、というわけではない、幹全てに痛みがある。

側が燃えているような、誰かが中で暴れているかのような、そんな表現のしにくい痛みが私を襲った。

つい悶えするが、抑制はそれさえも許さなかった。せめてりたい、痛いところを抑えることも出來ないなんて!

「痛い……! 痛いです!」

痛みに顔を歪ませ、般若の看護師への恐怖も忘れて私はんだ。

「これもとってください、何で縛るんですか? あなた誰ですか、取ってください…! 九條さんは?」

私の問いかけに、般若の看護師は何も答えない。ただじっとこちらの方に顔を向けて立っている。般若の金の目がっていた。その奧からだれかが見ている。自分のが震えるのが分かった。ゾッとして鳥が立つ。

「助けて……! 痛いんです……?何の痛み? お腹とか、背中とか、とか、痛くて……!」

「痛みます?」

「は、はい! 痛いんです!」

「じゃあ痛み止め使いますね〜」

その言葉を聞いた時ほっと安心した。痛み止め、その単語がこれほど天國にじたことはない。般若のことなんてどうでもよくなってきた。

看護師は何やらゴソゴソしていたが私からは何も見えなかった。とにかく早く痛みを何とかしてしい、そう心に強く願う。

未だ続く痛みに唸り聲を上げながら、縛られた両手を何とかしようと抵抗する。手を無理に引き上げるたび、ベッド柵がガタンと揺れる。

「あの、これも取ってください、私もう起きましたから……!」

「それとれないのー」

「ど、どうして? 九條さんは? 九條さん、九條さん!!」

彼が戻ってきたらこんな取ってくれる、あの人は変な人だけど私をこんな目に遭わせたりしないはず。

どこへ? なぜこんなことに。

「九條さんを呼んでください、九條さんどこに行ったんですか? ……痛い、痛みが……!」

私の言葉に看護師は何も答えなかった。じっとこちらを黙って見ている。

痛い。骨なんだろうか、臓?どこが痛むんだろう。

目から涙が溢れてくる。痛いし、縛られてるし、九條さんはいないし、看護師は般若だし。

何故こんなことに。

私が涙を溢しているのにも知らんぷりで、看護師は踵を返してそのまま部屋から出て行こうとする。

「あ! ねえ!」

「痛み止めすぐに効きますからね〜」

それだけ彼は言うと、扉を開けて出て行ってしまったのだ。

……噓でしょう……

唖然としながら再び痛みに顔を歪める。痛い。

でも痛み止めが効くって言ってた。きっと多は良くなるはずだ。

私は歯を食いしばってとにかく痛みに耐える。

耐える。

耐える。

耐える。

痛みがなくなったらもう一度人を呼んで、九條さんを探してもらおう。とにかく痛み、これがなんとかならないと正常な思考も失いそうだ。

私はそう考えながら、時折を歪ませながら痛みと戦う。

しかし、その痛みが軽減することはなかった。

むしろ時間が経つにつれ増強してきたのではないかと思うほどだった。

どれほど時間が経ったのだろう。時計すらないこの部屋では、時の流れすらじることは出來ない。

「すみませーん! だ、誰か……いませんか!」

手を縛られているためナースコールすら押せない。私に殘されているのはぶと言うのみだ。

「痛いんです……! 痛いんです! 九條さん!」

私の聲は白い壁たちに吸い込まれた。

誰かが答えてくれるわけでも、顔を覗かせてくれるわけでもない。まるで世界に自分一人しかいないようだった。

呼んでも呼んでも、

私の元には誰も來ない。

これほどの絶を、未だかつてじた事がない。

人がそばに居ない寂しさ。

痛みが続く苦悩。

が自由を効かないもどかしさ。

「痛み止めって……全然効かない……!」

すぐに効くって言っていたのに。軽減どころか増してくるなんて。

まずなぜこんなに痛いの? 私のはどうしちゃったの。とうとう本當に頭がおかしくなったんだろうか。長い夢でも見ていた??

そう考えてはっとする。自分で出した仮説に震え上がった。

もしかして私はあの日、ビルから飛び降りたのかな。一命は取り止めてしまって院している?

九條さんなんて人、夢か妄想だったの? あんな人存在しない?

何があったの、なぜこうなってるの、

誰か教えて!

ぶも答えは何も返っては來なかった。び疲れたは掠れた聲しか出せない。流した涙が耳に溢れる。もちろんそれを拭き取る自由はない。

「誰か……來てください……!」

狂ってしまった方が、楽だと本気で思った。

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