《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》獨特の勵まし方

「……と言うじだったんです」

一気に話した私はのどが乾いてまたコーヒーを飲んだ。九條さんは何も手に取らずじっと一點を見つめて考え込んでいる。

「とにかく痛くて怖くて、九條さん。あれって」

「お手柄ですね黒島さん」

突然九條さんが言う。ポカンとしてる私をよそに、彼は目の前のパソコンを弄った。

「あなたも誰の霊かくらいは分かったのでは」

「え? ああ……やっぱり神谷すずさんという患者さんですか」

「正解です」

>>神谷すず(70)死因 食道癌。認知癥もあったため未告知のまま亡くなる。治療というより最後は疼痛コントロールであった。

私は彼の隣からパソコンを覗き込む。

「縛られてたので、それは認知癥によるものってことですよね?」

「でしょうね。認知癥がある方は、治療の妨げになるような事があれば家族の許可を得て抑制できます。神谷すずという方も抑制されていたようです、カルテに殘っています」

「看護師が般若だったのも、すずさんのイメージですね?」

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「でしょうね。認知癥のあるご本人からすれば、醫療者が恐ろしい人たちに見えたんでしょう」

そこまでは私も同だった。ようやくこの病棟に怪奇をもたらす正が判明したのだ。

しかし同時に困ってしまった。

「認知癥だから醫療者を敵と見なして恨んでるってことでしょうか? そうなら誰も悪くないわけで、どうすずさんの気持ちを収めるのか……」

「いいえ。彼がこれほどの恨みを持つ原因は他にちゃんとあります」

「え?」

九條さんはパソコンをくるりと私の方に畫面を向けて、中にある文字を指さした。

そこには、9:25 痛みの訴えあり麻薬を早送りする、と1行記録があった。

「……これが何か?」

「末期癌ですし痛みのコントロールのため麻薬を使用していました。それでも尚痛む時は醫師の指示の元麻薬の早送りをしていたそうですが」

「さっきの看護師さんも言ってましたね」

「名取と言う看護師がけ持ちの日に限り、神谷すずの痛みの訴えは別日より多い」

はっとして名取さんの存在を思い出す。すっかり忘れていたのだ。

「名取さんがけ持ちの日だけ……?」

「他の日は神谷すずは日に1.2回痛みを訴えるくらいなんです。その日によっては訴えが無いことも。しかし名取看護師の日はその勤務時間に4.5回は麻薬の早送りをしている。」

「……夢の中でも、痛くてたまらなくて……痛み止めを使うと言われても全然効かなかった……」

あれは本當に辛かった。痛み止めを使いますの言葉に凄い安堵を貰ったのに、実際はまるで痛みは治らなかったのだから。

はっとして前のめりになりながら九條さんに言う。

「もしかして、早送りすると言いながら本當はしてなかったんですか……!?」

だとしたらすずさんの怒りも分かる。あんな痛みを延々味わうだなんて地獄だ。

しかし九條さんは考え込むように腕を組んだ。ゆっくり手をばし、抹茶味のポッキーを摑む。

「いえ、早送りをしていなければ、次に薬剤が無くなる時間にズレが生じてしまいます。いくらずさんな病棟とは言えども、麻薬に関しては病院全で厳しく見るはず。そんなバレやすいことを名取看護師がするとは思えないのです」

「そ、れもそうですね……」

早送りしたなら薬剤の減りは早くなる。もし早送りをしていなかったら、薬剤の殘量に表れてしまう。

私は腕を組んで考え込む。ポッキーを咥えた九條さんがどうも悩んでるように見えなくて、私は気がついた。

「九條さんは分かってるんですか?」

「一つ仮説を立てています。まだ確定ではありません、そのために伊藤さんに調べをしてもらっています」

「伊藤さんに、ですか……」

「彼は蟲も殺さぬ顔をしてますが、仕事に関しては私も引くくらいの事をしてきますよ」

「え゛。あの伊藤さんが?」

子犬みたいな顔でニコニコしてるのに、そんな姿まるで想像つかないんですけど。

「しかし伊藤さんが調べ上げてきてくれるのにも限界があるのは事実です。今回の事件の真相を暴くのに、果たしてどう攻めるか……」

「……」

「どのみち今夜はけません、名取看護師もいませんしね。黒島さん寢てもいいですよ、昨日も遅かったんですから」

「え、遅かったのは九條さんもじゃないですか……」

「私は晝まで寢てましたから」

それもそうだな、この人ガッツリ寢てたんだった。

……とはいっても、さっきあんなことがあったしな。

私は俯いて言う。

「いや……寢るのが怖いといいますか……」

「寢ないと力持ちませんよ。ほんの數時間でも」

「そうですけど……」

私が困ったように視線を泳がすと、突然九條さんはポッキーを一本取り出し、私の口に突っ込んだ。急なことに驚いてむせそうになる。

「な! んれすか急に!」

「落ち込んでる時は甘味が1番ですよ。食べてください」

「……」

落ち込んでる相手にポッキーって。私は子供ですか。

そう考えてつい吹き出してしまう。

この人本當にど天然というか不用っていうか。とことん面白い人だな、怯えてるにポッキーで元気付けるのか。

でも最高に、この人らしい。

堪えきれず笑い出す私を、彼はちらりと橫目で見た。

「あは。すみません……! ありがとうございます……!」

お言葉に甘えてポッキーを齧った。まさにその名前のようにポキッと音が響く。

「久々に食べました。味しいですね」

「久々……? あなた普段何を食べてるんですか」

「米とかパンとかとか野菜ですよ。普通でしょう」

口の中でほどける甘さが心地よい。笑いながらまた齧った。

「まあ、笑えるだけ立ち直れてるならいいことです」

ぽつんと九條さんは呟いた。

「もしまたられるようなことがあったら私が起こしてあげますから。あなたは寢てください」

そう話す九條さんの表はどこからかくじて。

つい私は頷いて、そのあと機に突っ伏して寢てしまった。

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