《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》芋蟲

「私が言っているのは早送りについてではなく……

麻薬そのものに関してです」

名取さんの笑いが消える。無表で九條さんを見た。

食いついたのは田中さんだった。

「どういう意味ですか? ハッキリ言ってください。名取は真面目で優秀なスタッフですよ。変な言いがかりなら……」

「ではハッキリ言います。名取さん、點滴を新しいものと換する時、麻薬のっていないものとすり替えたのではないですか?」

「……は」

聲をらしてのは私だった。驚きで九條さんを見る。

至って真剣に、彼は言っていた。

「早送りしても効果はない。繋がってる薬剤そのものが麻薬ではなかった」

「え……じゃあ麻薬はどうしたんですか!?」

私が尋ねると、彼は頭を掻きながら答える。

「神谷すずが使用していたのはモルヒネ。一般的にもメジャーな麻薬です。過剰投與では死をもたらすこともある危険な薬。言わずもがな普通の一般人は手にりません。もし売ったら高くつくのでは」

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「まさか!」

んだのは田中さんだった。厳しい聲に私は萎してしまう。

田中さんは怒りに震えたように強く言った。

「麻薬は使う際注に移し替えます、元々麻薬がっていた容は病院へ返さなくてはなりません。それほど管理が厳しいんです。注に移し替えるのはナースステーションでやりますし、その麻薬を持ち帰るだなんてこと……」

「患者に繋げる時はどうなのです。注に移し替えた後、繋げる直前で用意していた別のものを繋げてしまえば分からないのでは?神谷すずは個室でしたし、この病棟は點滴のダブルチェックすらしてませんよね。繋げる時第三者がいましたか?」

ぐ、と田中さんが押し黙る。返す言葉がないと言うことは、九條さんの言っていることが正しいということ。

……まさか、

元々すずさんに繋がるはずの麻薬を盜んでいたということ?

確かに、だとすればすずさんの痛みの訴えが強いのは納得出來る。早送りしたって意味はない。

でも、そんな酷いことを……?

名取さんの顔を再び見た時はっとした。先ほどじていた違和に気づいたのだ。

の肩に、芋蟲が乗っていた。

うねうねときながら肩の上で踴っている。彼はそれに気付きもしない。

目を凝らしてみる。

それは芋蟲ではなく、人の指だった。

「簡単にですが名取さんについては調べさせて頂きました。あなた借金があるようですね」

ぎょっとして私と田中さんは名取さんを見る。

まさか伊藤さんが調べていたこととはこれ?

どうやってそんなこと一般人が調べるんだ!

あの無害そうな笑顔を思い出して、し怖くなった。

初めて名取さんの眉がいた。肩の上の指がまだいている。

「どこでそんなこと。知らぬ間にコソコソ調べられるのは気分悪いです」

「それに関してはすみません」

まるで謝罪のないすみませんを述べた九條さんはなお続ける。

「認知癥で會話もままならない神谷すず相手なら出來る事です。彼からすれば、本來投與されるはずの痛み止めが盜まれていたなんて恨みを持つのに十分だと思いませんか。それがこの病棟の麻薬の金庫の鍵を開けさせなくする原因です。私からすれば、鍵ぐらいで収まってる事に謝すべきだと」

「勘弁してくださいよ。言いがかりも大概に。私そんな事してません。たまたまけ持ちの日に神谷さんの痛みの訴えが多かったことでこんな屈辱……借金はありますけど? 名譽毀損ですよ」

名取さんは堂々として言った。口元には卑しい笑みが浮かんでいる。

言わなくても分かる。「そんな証拠どこにもない」ってことだ。神谷さんはもう亡くなっているし、病室には監視カメラなんてない。

確かにそうだ、証拠はない。

だけど……

私はじっと目の前の名取さんを見據える。

『彼ら』の姿が見えない人たちは、恵まれていると私は思う。

名取さんの肩に乗っていた指はとうとう後ろから這い出てきた。異様に長い腕がゆっくりゆっくり彼の肩の上をズルズルとく。同時に、白いナース服のパンツには何かが巻き付いていた。

次は、足だった。

それでも名取さんは気付かない、不敵な笑みを浮かべている。これほど恨まれているのに。

真っ白で生気のない腕と足が徐々に彼を締め付けていく。その景は、私にとっては悲しいものだった。

九條さんの言っていることは間違いじゃない。だからこそ、認めない名取さんに怒っている。

恐怖そのものの景が切なく見えた。

を縛られて、痛みにもがいたあの夢が蘇る。つらくて怖くて恨んだ。なぜ自分がこんな思いをしなくてはいけないのかと思い悩んだ。

その気持ちが…私には、分かる。

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