《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》賭け

「名取さん…認めて謝ってあげてください…神谷さん、あなたの後ろにいます…」

つい涙聲で話しかけた。腕はもはや彼の首を絞めていた。それでも、名取さんは何も気づかず「はあ?」と私に敵意を向ける。

「そうやって怯えさせて吐かせようってこと? とんだ詐欺ですね、怪奇現象の改善とか胡散臭いと思ってたけどやっぱりそうだ。いい加減にしてもらえます? 私そんなんでビビりませんけど」

笑う名取さんの小さな顔の背後から、ついに誰かがこちらを覗く。私はぐっと押し黙りつつも目を逸らさずそれを見た。

グレーの髪、青白い。凹んで瞳孔が大きく開いた目。ポカンと開けた口から、數本の黃い歯が見えた。まるで名取さんを食べようとしてるような顔だった。意識も何もないその顔からは、ただ憎しみだけが伝わってきた。

ああ、ようやく見えた、神谷すずさんの顔。

その顔を見て思う。この人はもうしで、『霊』から『もっと悪いモノ』へと変わってしまう。ただ恨みだけに固められ人を攻撃するだけの存在になりかけている。

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なんて悲しい。なんて虛しい。

病気になって苦しんで、更に使用されるはずだった薬剤も使われなく痛くて。そんなの、恨んでもしょうがないよ。

聲をかけようとした私を、九條さんが手で制した。ふと見れば、彼もじっと名取さんの背後にいるモノを見つめていた。

九條さんはやや怒りのこもった目で名取さんを見、言う。

「神谷すずに関してはなんの証拠もありませんからね」

「ね? そんな憶測言われても」

「あなた今日のけ持ちに、神谷すずと似た患者がいますね」

ピタリと名取さんが止まる。初めて、彼は顔を変えた。

「他の看護師さんに教えて貰いました。麻薬使用中で認知癥または意識混濁のある患者さん。數人分この一晩でカルテを読しましたが、神谷すずと同じようにあなたがけ持ちの日は痛がったり暴れたりする事が非常に多い」

名取さんはみるみる顔を青くさせた。それが全ての答えだと思った。

九條さんは目を細めて言った。

「あなたが午前中換した點滴の中。こちらで分確かめさせて貰ってます。あとしで結果が出ますよ。それとも、あなたの荷の中やポケットの中を調べた方が早いですか」

名取さんは、何も言わない。

目線を泳がせる。それに気づいたのは、私や九條さだけではなかった。

「な、名取……!? あんた、ねえ!?」

田中さんが名取さんの肩を揺さぶる。それでも彼は何も答えない。

目をまん丸にして青ざめた田中さんは、名取さんの手を強く引いた。

「ちょ……ちょっと來なさい!」

名取さんの荷を調べるのだろうか。強引に引かれるがまま歩き出す名取さんの背中には、いつの間にか誰もぶら下がってはいなかった。

二人は大きな足音を立てて、部屋から出て行ってしまう。

「……はあ〜……」

私は大きなため息をついてその場にしゃがみ込んだ。

またえげつないの見ちゃったし、まさかこんな展開になるなんて思ってなかったし。いい人そうに見えてた名取さんがそんなことしてたなんて。

言わずもがな犯罪だ。醫療者として人として……彼は許されない事をした。

「……ま、これで荷を調べれば証拠も出てきますかね」

呟いた九條さんを見上げる。彼はポケットに手をれて素知らぬ顔で立っていた。

「よく點滴の中なんて調べられましたね……どうやって調べたんですか? 科學者に知り合いでも……」

「ハッタリですよ」

キッパリと言った彼に、目を丸くする。九條さんは私のことを見下げ、どこか悪戯っぽく口角を上げた。

「患者に繋がった點滴の中を取ってくるなんて私も出來ませんよ。そもそも午前中ずっと黒島さんと一緒にいたでしょう?」

「……な……」

パクパクと口を開けている私を他所に、彼は続けた。

「神谷すず以外の患者の麻薬を盜んでいた事は間違いないとは思ってましたけど、実際今日も実行するかは分かりませんでしたよ。流石に毎回盜んではいなさそうだったので」

「一か八かだったんですか……! もし今日盜んでなかったらどうするつもりだったんですか! 名譽毀損で訴えられてたかも!」

格として慎重派な私としては信じられない賭けだと思った。調べてきたこと全てが無駄になるかもしれなかったのか!

しかし九條さんは、ぼんやりとしながらこう言った。

「私は賭けたんですよ。神谷すずの恨みの気持ちに」

「へ……」

「無念を晴らすかもしれない今日。私が神谷すずなら、名取看護師の心にって盜ませますね。悪意のある霊は、しなら人の心をれるからです」

「……」

確かに、力のある霊は人の心までもかす力はある。

普段から盜みを罪悪なくしていた名取さんに今日盜ませる事は、すずさんにとって容易なことだったのかもしれない。

ふと、九條さんが振り返る。私も立ち上がってそちらに視線を向けた。

その景を見て一瞬息が止まる。

そこには、ベッドに腰掛けている老人がいた。

グレーの髪、白い。小柄で貓背なその人は、皺の深い頬を持ったごくごく普通のだった。

瞳は小さな一重。白いパジャマを著ている。力無く、ベットに座っていた。

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