《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》ひとり

九條さんが事務所から出て行ってしまうと、殘された伊藤さんと私二人となる。

九條さんの家に著いて行くのはありえないと思っていたけど、実際ここで働いてる伊藤さんと二人きりというのも気まずい事この上ない。

何か手伝わねば。

私はそう思い立って伊藤さんに聲をかけようとした時、座っていた彼が思い出したように立ち上がった。

「あ! そうそう、忘れてた!」

「え?」

伊藤さんはキッチンにっていく。そして何やらガサガサと音がしたかと思うと、中からお盆を持って出てきた。

何やら味しそうな匂いが一気に部屋に立ち込める。

「お腹空いてるよね? ごめん、こんなしかないんだけど」

伊藤さんが私の目の前にお盆を置いた。そこには、おにぎりと豚が置いてあった。湯気の立つは私の胃袋を刺激して、一気に空腹が増す。

私はわあっと聲を上げて頬を緩めた。

「嬉しい! お腹空いてたんです! これ伊藤さんが?」

「豚はインスタント。あはは、ごめんね、夜はもっといい食べてね」

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そう笑う彼の笑顔が眩しい。もうサングラスしいですってぐらい。

私は深々と頭を下げた。

「急に來て住み込んでご迷をかけているのに……!」

「とんでもない! もうさ、僕一人で九條さんのツッコミするの疲れてたから黒島さんが來てくれて嬉しいよほんと。黒島さん結構ビシビシ突っ込むタイプなんだね?」

「いや、あれは誰でも突っ込むかと」

「あはは! 確かにね。」

「では、……いただきます」

形のいい三角のおにぎりは丁寧に海苔が巻かれていた。一口齧ると程よい塩気とらかなご飯の食が口に広がる。

味しいですー! 伊藤さんほんと気がきくし何でも出來るんですね!」

「あはは、褒めすぎー。ゆっくりしてね、あ、テレビ付けてもいいし!」

「食べたら手伝います、何かできることがあればですけど……」

「あーいいのいいのほんと。九條さんと現場に行って大変だったんだろうし。僕はここに留守番で何もする事ない時はネットして遊んでるし? 黒島さんはゆっくりして!」

小さなエクボを浮かべて顔をくしゃりと笑わせる伊藤さんに釣られて微笑む。なんて人との距離の摑み方が上手い人だろう。一緒にいると安心する。

頬張ったおにぎりから梅干しが出てくる。ご飯のお供としての最高峰。空腹に染み渡る。

「九條さんどうだった?」

「あ、えっと……変な人ですね」

「あはは!」

「でも、伊藤さんが言ってたことわかりました。悪い人じゃないですね。変わってるけど、いい人です」

すずさんの霊を鎮まらせて、そして病院の不正も暴いた。抜けているように見えて肝心なところは意外としっかりしていたし、仕事は出來る。

私のセリフを聞いて、伊藤さんはなぜか嬉しそうに微笑んだ。目を細めて、優しい目でこちらを見ている。

「よかった。いいパートナーになりそうだなって思ってたんだ。僕はほら、見えないからさ。九條さんの気持ち分かってあげられないから。黒島さんはそこのところ、彼を理解してあげられると思うから」

「り、理解出來るかは分かりませんが……」

「それにやっぱりの子がいると職場が明るいよね! あはは!」

伊藤さんはそうふざけて言うと立ち上がり、またパソコンの前に移した。

「食べたら寢てね! ほんと、僕の事は気にしないで。また調査始まったらゆっくり出來ないんだからね」

「あ、ありがとうございます!」

おにぎりを頬張って豚を飲んだ。心が溫かくなるような、そんな味に思えた。

食べ終えた私は伊藤さんの言葉に甘えて、仮眠室のベッドに橫になった。そして図太いことに、それから夜まで睡してしまったのである。

慣れない調査に疲れも出ていたのだろう。

夢を見ることすらなく睡した。

こんなにしっかり寢ったのは、久しぶりのように思えた。

ようやく目が覚めたとき、もう時刻は20時になっていたので飛び起きた。

慌てて仮眠室から出ると、伊藤さんがくるりとこちらを振り返る。

「あ、よかった、起きた」

「す。すみません……睡でした!」

寢起きの掠れた聲で私は謝罪する。伊藤さんは笑って言った。

「謝らないでー! 昨日大変だったんでしょ?」

「これじゃあ九條さんのこと何も言えませんね、伊藤さん働いてる隣でぐーぐーと」

「九條さんは仕事ない日も居眠りしてるから全然違うよ。黒島さんは疲れてたの」

伊藤さんはそう言うと立ち上がり、ポケットから何かを取り出した。

見れば、ネコのキャラクターのキーホルダーがついた鍵だった。

「僕そろそろ今日は帰ろうと思うから。この事務所の鍵、渡しておくね。出かけたい時とか戸締り困るでしょ?」

「あ、ありがとうございます……!」

「じゃ、また明日ね」

伊藤さんは掛けてあったコートを手に取ると、鞄を持って支度を整える。もしかして、私が起きるまで待っててくれたんだろうか。

彼は手を軽く振ると、そのまま事務所から出て行ってしまった。

一人殘された私は、手元の鍵を見つめる。

まだ正式に採用もしてない、元も定かじゃないに事務所の鍵預けるなんて。優しすぎるよ、二人とも。

外を見れば當然ながら真っ暗だった。電気は付いているものの、窓の奧の闇はどこか孤獨を騒ぎ立てる。

私はそんな沈んだ気持ちを誤魔化すために、目の前のソファに腰掛けて小さなテレビをつけてみた。お笑い番組の賑やかな聲が響く。

しでも気分が変わるかと思っていたのに、誰もいない事務所に響く笑い聲はより一層虛しさを助長した。

「あ……晩飯」

そう呟いて、自分の聲が消える。返事のない獨り言。

いいや、おにぎり食べたの遅い時間帯だったし。こんな暗い中一人出歩くのも、なんか嫌だ。

明日の朝コンビニでパンでも食べよう。

膝を抱えてテレビを見つめる。よく知っているお笑いコンビ、し前まで好きだったはずなのに。

……獨りはいけない。また、々思い出して落ち込んでしまう。

九條さんと會ってから忙しくて悩む暇もなかった。だからあまり落ち込む事もなかったけど……。

「……あーあ」

抱えた膝に顔を埋めた。

ずっとそばで支えてくれた人がもういない寂しさ。

心に殘っていたわだかまりが、再び私を押し潰し始める。

暖房がしっかり効いているはずの部屋が、どこか寒くじた。

するとその時、ガチャリと事務所のドアノブが回った。驚いて顔を上げる。

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