《視えるのに祓えない、九條尚久の心霊調査事務所》ラーメン
まさかこんな時間に依頼人だろうか。私は対応出來ない、そういえば九條さんも伊藤さんも連絡先を聞いていなかった。それとも伊藤さんが忘れでもしたのだろうか。
じっと見つめる先のドアは、ゆっくりと開かれた。そしてそこからってきた人を見て、目を丸くする。
「……あ、九條さん?」
九條さんだった。彼は黒い服に黒いパンツ、黒いコートで、今日は全真っ黒で登場した。服のセンスも皆無と見た。
外が寒かったせいか、白いをほんのし赤くさせた彼は、無言で事務所にってくる。
「こんばんは」
「こ、こんばんは……何か急なお仕事ですか?」
「いえ」
彼は私に近づくと、じっとガラス玉のような目で見下ろしながら言う。
「夕飯、食べましたか」
「へ」
「夕飯。食べましたか?」
「ま、まだですけど……」
「そうですか。では行きましょう」
そう短く言った九條さんはくるりと私に背を向けて歩き出す。私は慌ててソファから立ち上がった。
「え、え!? ご飯食べに行くんですか!?」
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「そうです」
出り口に立った九條さんは、私を振り返る。今日は寢癖はついていない。
ポケットに手を突っ込んだまま言う。
「コートを取ってきてください」
「……」
私は唖然としながらも、言われたように奧の部屋からコートと鞄を取ってくる。それを羽織ると、おずおずと彼に近寄った。
私が來たのを確認した九條さんは、外へと出る。
人気のない廊下をさっさと進む彼の背中を追いかけて、私は小走りになった。
エレベーターのボタンを押して來るのを待っている九條さんに並ぶと、なぜか気まずくなった私は適當に話しかけてみる。
「どこにいくんですか、ポッキー食べ放題でも行くんですか」
「! そんなところあるんですか……!?」
「冗談です、ないと思います」
彼は分かりやすく殘念そうに眉を下げた。その景が面白くてつい笑ってしまう。
到著したエレベーターに2人乗り込み、ボタンを押して扉を閉める。
「黒島さん何か食べたいものは」
「え? あ、いや別に特には……何でも食べますし」
「そうですか」
「九條さんが普通のご飯も食べると知って安心しています」
「また。あなたの中の私のイメージどんなんですか」
不服そうに九條さんが言った時、エレベーターが到著した。てっきり駐車場に向かうのかと思えば、徒歩で移するらしく、彼は外へと足を踏み出した。
冬の夜は容赦ない。を刺すような寒気が襲った。ただ、空は綺麗に晴れて星が見えていた。私は寒さに一度震いし、九條さんと同じようにポケットに手をれた。
道はまだそれなりに人が歩いていた。車の通りも多く、ヘッドライトが次から次へと私たちを照らし出す。仕事帰りのサラリーマン達が何人か疲れたように足を運んでいる。
私は何も聞かず九條さんについて行く。果たして、この変人な男がどんなところに行くのか非常に気になった。
歩みを進めれば、時折すれ違うは基本彼をチラ見した。一瞬見惚れるような顔をしたり、中には二度見する人もいる。
まあね、顔だけ見れば気持ちは分かりますよ。でもポッキー星人なんですよ。
いつかも心で呟いたツッコミを再びした時、九條さんが足を止めた。突然だったため彼の背中に衝突しそうになる。
「ここ行きましょう」
「……あ、はい」
見上げてみれば、ラーメン屋だった。赤い暖簾のかかったよくあるタイプのお店だ。こじんまりとしたアットホームなお店だった。
九條さんは暖簾をかき分けて店へる。私も後に続いた。
「いらっしゃいませー」
行き慣れているのだろうか。彼は真っ直ぐに一番奧のボックス席へとっていった。中はカウンターといくつかボックス席がある。他にも何人かお客さんはいるようだった。
私も九條さんに続いて移し、彼の正面に座る。
……何だか、改めて向かい合うとちょっと恥ずかしいかも。じっくりこの人と食事なんてすると思わなかった。
「私ここ好きでよく來るんです。味噌がオススメです」
九條さんはメニューを手に取って私に差し出してくれる。私はそれを覗き込んだ。
「へぇ……じゃあ、オススメの味噌にします」
「そうですか。私は醤油で」
「味噌じゃないんですか!」
伊藤さんが言ってたけどツッコミ疲れるという言葉、非常に理解できる。もうほんと、ど天然だな。
そう思いながらまた自分の口から笑みが溢れる。さっきまで一人部屋で小さくなっていたのが噓みたいに。
「今日は醤油の気分なんです」
九條さんはそう言って近くの店員に注文してくれた。テーブルに置いて行かれたお水を飲む。し張しているとやたら水分をとってしまうタイプなのだ。
だがやはりというか、九條さんは何とも思っていないようで無言のままぼうっと座っている。沈黙を苦に思わないんだろう。
「……ラーメン、好きなんですね」
「ええ、特にここのは味しいです。事務所から近いですしよく來ています」
「伊藤さんも?」
「來たことありますよ」
伊藤さんと二人でラーメンを啜ってる様子を想像する。どこか微笑ましい映像に思えた。
「伊藤さんと九條さんって、なんかいいコンビですよね」
「そうですか? まあ彼は々用で私とは正反対ですからね、違いすぎていいのかもしれません」
「元々は依頼人だったって」
「ええ、そうです。解決した後、彼の強い希で働いて貰いました。丁度経理とかする人がしかったのでありがたかったです」
九條さんはようやく目の前のお水を飲んだ。上下する仏がやたら綺麗に見える。
私も釣られてお水を飲んだ。
「九條さんは……なんであの事務所を立ち上げたんですか?」
私が尋ねると、彼は考えるようにしだけ首を傾けた。
「他にやれることがなかった、というのが正しいかもしれませんね。別段「悲しんでる霊を何とかしたい」という熱を持って立ち上げたわけではないです」
「そ、そうなんですか……」
「ですがんな霊達に興味はあります。なぜそこまでしてこの世に滯在するのか、生前の思いを知ることは面白いと思っています。普通の人間は出來ないことなのですから、自分ではこの道を選んでよかったと思っています」
下手に熱意もなく談でもない九條さんのエピソードは、やけに私の心にスムーズに落ちた。
無表な彼の顔を盜み見て、し笑う。
「あと、意外と儲かります」
「え!!」
「うちはほぼ口コミで依頼が來るのですが意外と次々來ますし、料金もそこそこ頂いてますから」
「たしかに伊藤さん、依頼料見てびっくりしたって言ってた……」
「嫌なら他を當たればいいですし。こちらは寢る間も惜しんで、時には恐怖と闘って調査してるんですから當然です」
前もし思ったけど、彼意外とお金にはシビアだ。いや、正しいのかもしれない。商売は商売だ、九條さんも伊藤さんも生活があるのだし。
その時丁度ラーメンが運ばれてきた。目の前に置かれたそれは湯気を立てながらスープがし揺れている。
コーンやもやしの野菜がたっぷり乗ったラーメンだった。
「味しそう! いただきます!」
私は箸を持ってすぐに啜る。なるほど確かに、これは味しい。スープも麺も文句ない出來栄えだ。
「味しいですね!」
「でしょう」
目の前の九條さんを見れば、綺麗な端の持ち方でラーメンを啜っていた。ああほんと、ちゃんとしたご飯も食べるの安心しちゃった。
「うん、味しいです、結構アッサリしてるし……寒い日に染みますね!」
二人で向かい合ってラーメンを食べるそんな狀況が、どこか嬉しかった。一人部屋で落ち込んでいたさっきまでが噓みたいに。
私たちは無言でラーメンを啜り続けた。
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